バットマン Burns The Night   作:織姫ミグル

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第11章

 

 

地下拠点の建設は順調。

 

それどころか、完成間近。

 

私、“ルーシャス・フォックス”が全ての指揮を執り、極秘で送り込んだ建築士の報告によれば、東京目黒の地下に設置をする予定。

 

バットモービル及びバットウィングの収納には、東京というビルが立ち並ぶ都会には不向きと判断し、目黒区西部には約七割の森林が偏在しているという情報もあって、土壌流出が進んだ人工林間伐が適切に行われないと林内が暗いということもあり、民間人に知られる可能性は少ないと思われる。

 

降雨により土砂が流出しやすい場ではあるが、ブルース様のご要望通り東京に拠点を作るための予算はいくらでも使ってよいというご寛容さに甘え、そこにバットマン専用のビークルを収納できる施設及び、彼専用の拠点をもう一つ造ることにする。

 

と言っても、彼の活動地域は主に都心であるため、目黒の地下の基地まで遠隔操作でバットモービルを呼び出せるように、東京の地下に、より深いトンネルを作らなければならなくなる。

 

地下鉄や地上のビルに影響が出ないように、細心の注意を払ってトンネルを掘り進めなければならない。

 

東京都の西側に位置するエリア、多摩地域は、基本的に二三区を「都内」と呼ぶのに対し、東京都下もしくは郊外や三多摩と呼ばれることもあり、そしてほとんどの地域が急傾斜地で土壌流出が発生しやすいという特徴があるので、都会に住む者達はほとんど近づかないだろう。

 

無論、自然災害でビークルはおろか基地が倒壊しないようにホワイトハウスにある地下壕を参考にして建設中。たとえ核攻撃を受けても日本用バットケイブには何の影響もないように、ウェイン邸の地下壕と同じ材質で放射能すら届かない最硬の要塞を設計中。

 

優秀で守秘義務もしっかりと守れる、信用に値する人材を雇ったため、早ければ日本時間で四月の終わり頃には完成することだろう。

 

ご主人様のご要望通り、形的に蝙蝠型に全体を掘り進めて建設する予定ではあるが。

 

一つ、難点があるとすれば。

 

どれだけ倒壊防止のために強固にしたところで、湿っぽい地域のため。

 

天井に水滴がついて、雨漏りのように僅かながら雫が滴り落ちる可能性があることだろう。

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

東京都市外周部。

 

神奈川県方面に埼玉方面、山梨に千葉県。それぞれ面してる地域によって、街の作りや風景がガラリと変化する。

 

中心に行けば行くほど鉄筋コンクリートが込められたビルが立ち並ぶ近代都市、若者の整地と呼ばれる物が多くなって、そして人通りも多くなる。

 

闇の中に潜むためには、ある程度人が少なくなければならない。

 

よって、選ばれたのは森林地帯。といっても、都市部と森林部の中間のような場所だ。

 

最寄り駅は目黒駅。

 

近くには東京とは思えないくらい自然に恵まれた公園がある。大きなビルの森に埋もれるように大自然の木々がいくつも並んでいる場所。都市外にも思えるその場所が、彼の拠点となる。

 

一応、観光地であるためある程度は雑草などの整理はしているが、関係者及び一般人立ち入り禁止区域には繁殖力旺盛な雑草や蔦系の植物は『立ち入り禁止!!』と書かれた看板が貼られている錆び付いたドアに絡み付き、容赦なく風景を自然へと還している。

 

第一、そこを立ち入る者はほとんどいない。

 

危険だからというのは本当だ。しかしそれは、その中には凶暴な怪物が封じ込められているんだよ~とか、お化け出るんだよ~なんて無邪気な子供のための注意喚起というわけではない。

 

劣化しすぎてて、立ち入れば風化している床に足をつけた瞬間に踏み抜かれ、骨折する恐れもある。さらに、壁なども劣化していて崩壊する危険性もある。

 

そんなところを何故、『立ち入り禁止!!』の看板だけで済ませとくのか。

 

そこはおそらく······裏の顔というやつなのかもしれない。言葉やネットでも探し出すことが出来ない、秘匿性の高い『何か』がある。

 

······という、冗談は置いといて。

 

ともあれ、そこに近づく者なんて誰もいない。雑草や蔦系の植物がそこまでの道を妨害している。人はまず近寄らないし、立ち入り禁止と書かれたドアを開ける愚か者もいるはずもない。

 

が。

 

そこを開ける者がいた。

 

ガチャ·····

 

と、錆び付いた蝶番が夜の森に響き渡る。

 

よく見たら、立ち入り禁止以外にも付けておかなければならない要素がそのドアにはなかった。

 

鎖と南京錠。

 

それが取り外され、彼は何の躊躇いもなくドアの中へと入っていく。

 

外見はマジで何も整備されていない状態なのだから、その先にあるのは湿っぽくて錆びとカビだらけの暗い廊下が続いているはずだ。

 

しかし、そんなことはなく。

 

彼はまず暗くて黒い石の階段を一段一段降りていく。

 

そして、部屋の入り口らしき形をした四角い穴を抜けてその部屋に足を踏み入れた瞬間、部屋は一気に明転させられる。

 

一面、アスファルトの空間が広がっていた。

 

周囲を完全に免震構造のアスファルトで囲まれた四角い平面。所謂秘密基地を作るのに合わせて、不要な場所や部分を、全て丸ごと取り壊して急遽洞窟を作った、という一角だった。

 

横幅は三◯メートル前後、奥行きは八十メートルはありそうだ。

 

一見すれば広く見えそうだが、どういうわけか少しも広いと感じない印象を受けてしまう。

 

理由は簡単だ。

 

まるでその部屋全体がそのために用意されていたかのように、ありとあらゆる種類の『乗り物』が所狭しと一周するように並べられているためだ。

 

一九五五年製リンカーン・フューチュラ・コンセプトをベースにカスタマイズされた外車の漆黒のレトロカー、フロントと後部のウイングが長く全体がかなり大型になっていて運転席は屋根がない改造クラシックカー、あとはもはや戦車なんじゃないかとすら思えるほど後部には炎すら噴かせるエンジンを搭載し重装備された車。

 

あとは、蝙蝠のような羽を象った模様の羽が付いた戦闘機に、そもそも羽すらなくエンジン音も最小限に抑えて周囲に気づかれないほどの技術が組み込まれた漆黒隠密戦闘機。

 

あちこちに金属の柱が立っていて、施設場全体が核シェルターを基にした避難壕。天井には、螺旋状に描かれた巨大な鉄の屋根に覆われている。

 

いくつもの乗り物が並べられているが、それらは全て中心に向かって一周するように置かれている。選んだ乗り物を地上へと出すために、部屋の中心部には電車の転車台のように回転台があるためだ。

 

電動機やによる動力で回転させ、乗車もしくは搭乗したい機体を回転台まで移動させて固定し、そのまま回転台はリフトとして起動して上へと押し出され、それに合わせて螺旋状の天井が開き、乗り物を外に出す。

 

ここはどちらかというと、秘密基地に近い『車庫』。

 

車両はどれも、漆黒に塗りつぶされて、蝙蝠の刻印が押されているか形をしている。

 

車庫と整備場。

 

彼はゆっくりとした動作で、モニタが据えられた部屋へと入ると、彼は回転台前に置かれているモニタを睨む。

 

そこには、ここに置かれている機体のリストがあった。

 

彼は今求めているものを決めるため、画面を指でスライドしてある機体の名前が表示されている場所を軽くタッチする。すると、その選ばれた機体は回転台にまで自動的に運ばれていき、運転手が乗車次第、リフトは上へと上昇される。

 

押されたリストには、こう書かれていた。

 

『Bat mobile 2005618』

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

「ねぇたきな。その“ウォールナット”ってハッカさんと合流したあとどうやって羽田まで行くの?」

 

「······ホンットなんも聞いてないじゃないですか···あと、『ハッカ』じゃなくて『ハッカー』です」

 

 

発火、的なイントネーションが気に入らなかった。

 

日本人でいる限り、正しい日本語を使いましょうみたいな国語教師の口調で訂正したたきなは呆れたように千束の前を歩く。

 

夜道は暗く、人っ子一人いない中で二人の会話は結構聞こえやすい。

 

が。

 

この時間は人通りも少ないし、誰も気にしないだろう。千束は両手を合わせて神様仏様! みたいに祈りながらもう一度説明を受けるように懇願する。

 

 

「ごめ~ん、もう一回たきな様~ッ!!」

 

「······店長が駐車場に車を用意してくれているようです」

 

「え!? マジッ!? ハイハイハイ!! 千束が運転しますッ!!」

 

「私がします」

 

 

そうはさせねぇみたいに即否定したたきなは、運転を千束に任せるのが非常に不安だった。そりゃこんな天真爛漫な奴にハンドル握らせたら、思いも寄らない方向に車が行きそうだし。

 

もしかしたら、アクセル踏みすぎてワイルドなスピードを出しすぎて『俺を止められるものは誰もいねぇ!! ヒャッハ~ッ!!』的な世紀末世界の中でしかないようなポピュラーな叫び声を上げて、最悪事故に巻き込まれてしまうかもしれない。

 

かもしれない運転は、運転する際の基本中の基本。

 

あらゆる可能性を秘めたこの少女は確かに凄いけど、時と場合によってはその才能は逆に働きそうだ。

 

しかしやはり、千束は不服らしく、

 

 

「え~なんでぇ~ッ? たきな運転できんのかよぉ~?」

 

「······できなきゃリコリスになれないでしょう」

 

 

彼女らがいた場所の教育方針は知らないが、どうやら運転免許を取ることは必須科目のようだ。

 

千束は車のクラクションみたいにブーブーうるさくたきなを煽ってくるが、彼女はそんなことは一々気にせず歩いていると、目指す駐車場が見えた。

 

鉄網フェンスで囲まれた駐車場の中には、凄く目立つスポーツカーがあって、それを見た千束は興奮して頭がおかしくなったのか、もしくは更に頭を世紀末にしたのかフェンスにヘッドバンギングをするように叫ぶ。

 

 

「うぉぉぉおおおおおッ!! スーパーカーじゃん!!!」

 

「······あれが店長が用意した車? にしては目立ちますね」

 

「すっげぇ! すっげぇ! あぁぁぁああああやっぱり私が運転するぅぅぅうううううッ!!」

 

 

ガッチャガッチャとしたフェンスから発せられるロック音に共鳴し、リズムに合わせるように頭を激しく上下に振る千束だったが、たきなは様子がおかしいという表情を浮かべている。

 

わかっているとは思うが、千束に対してではない。

 

······あの店長が用意した車にしては派手すぎる。

 

あれでは、敵に見つけてくださいと言っているようなものだと思う。今は夜だし、色も黒にすべきだし、エンジン音もなるべく抑えるためにマフラーも特注品にしてあるものを用意するはずだ。

 

だが、あれはどう見ても排気ガスを排出させたら爆音を起こすような、デザイン性を重視した車だ。

 

あんなものを、店長が用意するか?

 

すると。

 

遠くの方からエンジンを全力で吹かす音が聞こえてくる。

 

二人はそっちの方へ目を向けると、歩道に立っている街路樹の間から見慣れぬ車が突撃してきた。車道にタイヤが付いた瞬間に方向転換し、車道の真ん中であくびをして寝ていた猫はびっくりしたように逃げていく。

 

クラクションを鳴らしながらやってくる軽乗用車。

 

それが千束達のちょうど隣に停められると、排気ガス臭い匂いと共に驚きながら顔を顰める。

 

 

「うあああ!!? なになに!?」

 

 

なんて疑問の口を開いても、たきなは動じない。

 

すると、助手席側の窓が下へと降りていって開かれていく。

 

()()()()()()()()()

 

代わりに奥の方で、もふもふ生地で覆われている指をハンドルに添えている『マスコット』が、表情を変えずにこう言った。

 

 

『ウォール!』

 

「ナット!!」

 

 

続けてたきなが応える。

 

それが合言葉。

 

それだけを聞くとマスコットは二人にすぐに乗るように急かしてくる。

 

······しかし、

 

こいつら、今が夜だってこと忘れてるな?

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

夜逃げについて、最初に渡されたのは身代わりのマスコット。

 

プランについて、最終的に殺されるか消されるかしなくてはならない。

 

 

「······一言で聞くぞ? それを私にやれと?」

 

「そうだ」

 

 

キョトンとした顔の『VRゴーグルをかけた少女』は何の問題もなくそう言う。

 

渋々といった感じで、渡された着ぐるみを被るミズキ。

 

その最中、イライラメーターが急上昇のミズキはアルコール依存症でおかしくなったのか、ふんがーッ!! と声にならない絶叫を夜遅くに木霊させた。

 

時は数分前。

 

ここはとあるビルとビルに挟まれた狭い裏路地。見上げれば漆黒の空が四角く切り取られているのがわかる。

 

そこにいる小柄な少女は、開けっ放しのスーツケースの前で体操座りをしていた。

 

歳はせいぜい十歳かそこらくらいだろうか。肩まで伸ばしたロングヘアーの金髪に、ぶかぶかのパーカー。そして『マスコットの瞳』に仕込んでいるカメラと連結させているVRゴーグルをかけて、強烈に危なっかしい少女という印象を与えてくる。

 

いっそ、噂通りの年寄りならどれだけ良かったか。

 

ゆっくりと、息を吐く。

 

ミズキは、落ち着いてリスの着ぐるみを被る。

 

そして。

 

そして。

 

ポケットの中にあった携帯電話もといスマホを取り出したミズキは実はスマホを操作しやすいように導電糸が使われているそのもふもふ生地で指をスライドしめちゃくちゃ文句を言うために特定の電話番号を入力して耳に当てて大声で叫ぶ。

 

 

『金払いがいいからあんまり今は聞かないけどさッ!? これ本当に大丈夫なのか!? 護衛の身代わりで死ぬフリをするのはいいけど、ちゃんと死なないように防弾されてるんだよな!?』

 

『心配するな、ちゃんと死なないように特殊な防弾合金を仕込んである。そして、死んだと見せかけるように派手に血が出るようにもしてある、代わりに凄く重くなるがな』

 

『私本当に生きて帰れんのか!? 金貰う前に死んだら一生呪ってやるからな!?』

 

『心配するな、なんとかなる』

 

『なるか!?』

 

 

電話の向こうにいるミカは冷静に話しているが、身代わりとなるミズキは不安要素が多すぎて精神が崩壊寸前のようだ。

 

そんなミズキを宥めるように、ミカはこう言う。

 

 

『終わったらビールを好きなだけ飲んで良いぞ』

 

『よぉしウォールナット、さっさとスーツケースに入れ。急いでここから離れるぞッ!!』

 

 

すぐさま切り替えたミズキは護衛対象に防弾仕様の黄色いスーツケースに入れと言うが、こっちは既に準備は終わらせていたのか、入って自分でスーツケースの蓋を閉めていた。

 

 

『わかった。いつでも行けるぞ』

 

 

ミズキの着ているリスの被り物からそんな声が聞こえてきた。本人はスーツケースの中だが、声の発信源は基本ミズキの着ているマスコットから。

 

口調を真似するよりも本人が喋った方が信憑性が高いと判断し、ミズキも話せるが、基本マスコットの口から出てくる声の主はスーツケースの中にいる本人だ。

 

これで、ウォールナット本人だと追っ手は思ってくれるだろう。

 

 

『聞いても答えてくれないだろうけどどうやって自分から蓋閉めた?』

 

 

細かいことは良いんだよ。

そう言うように護衛対象のウォールナットは黙っていた。

 

ミズキは一度スーツケースから目を離すと、電話先にいるミカに話を聞く。

 

 

『あの二人は? もう集合場所にいるの?』

 

『ああ。今、北千住駅を降りたと報告が来た。急いだ方がいいぞ』

 

『オッケー』

 

 

それだけ聞くと、彼女は電話を切る。

 

二人と合流するために、用意された車の場所を目指してスーツケースを手に取りゴロゴロ引きずって行こうとするミズキは、護衛対象が入っているスーツケースの方に振り返って、

 

 

『それじゃ、早速車に乗るぞ。お前は助手席になるけどいいか─────』

 

 

言いかけた言葉が止まる。

 

ミズキはリスの被り物を着てムンクの叫びのように両手を両頬に当てて悲鳴を上げる。

 

理由は簡単。

 

ついさっきまでそこにいたはずの護衛対象の入ったスーツケースがどこにもなかったからだ。

 

 

『うっそぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!!??????』

 

 

ギョッとしたウォールナットの身代わりさんは周囲を見渡したが、あの目立つスーツケースはどこにもない。

 

それがわかった途端、ミズキの中で冷や汗が起きる。着ぐるみって着ると体温が閉じ込められて暑いから汗掻くのは当然だろと思うかもしれないが、この汗はそういったものじゃない。

 

任務失敗。

 

そんな言葉が脳裏に過った途端、吐き気に似たような嫌な気分が彼女を襲う。絶望が身体全体を支配する中、急にリスの被り物の裏で涙を流しているミズキの耳元に、というか口元から声が出てきた。

 

 

『問題ない』

 

 

突然、機械音声が響いた。

ウォールナット、本人のものだ。

 

ギクリとしたミズキは肩を震わせる。耳元ではなく口から聞こえてくるなんて違和感ありまくりでどうにも慣れないのだ。

 

そんなことよりも、ミズキは自分の口から自分の口に向かって話し出す。

 

 

『ちょ!? お前どこ行ったの!? 護衛対象がいなくなったらマズイでしょうか!?』

 

 

ミズキは息を呑む。

恐怖と歓喜の二つの感情が複雑に絡み合って胸を締め付ける。

 

一先ず安全であることは確認できたが、一体どういうつもりなのか問い詰めようとしたところ、

 

 

『少しプランを変えて、“自分”だけ別ルートで逃げることにした』

 

『はあ!? おい! 私達が考えた作戦は!?』

 

『そっちはそっちのプラン通り、囮で追っ手から逃げ回ってくれ。こちらはこちらなりに逃げさせて貰う』

 

『何勝手なこと言ってんのアンタ!? そんなの許せるわけ────ッ!?』

 

『金は払ったはずだ。逐一そちらの様子は見られるから、お前は逃げることに専念するといい。リコリス二人との相手もちゃんと自分がする。だからあとは計画通り頼むぞ。お前が死ぬところを奴らに見られれば、任務は完了。先に払っておいた金の倍を出そう』

 

『ちょ!? だから勝手に決めるなッ!! こっちにだってこっちのやり方が─────ッ!!』

 

 

しかし、その言葉は最後まで続かなかった。

 

口元から一時的なものなのかどうかはわからないが、ブツンッ!! という音が聞こえてきたのだ。

 

そこに付けたマイクは、ミズキの声にしか反応しない。

 

完全に切られた。

 

選択肢が限られてしまった途端、ミズキは今の心境を一言でこう語る。

 

 

『どうすんだよこれぇぇぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッッッ!!???』

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

内側からチャックを締めるのは意外と簡単だ。完全ではないが、彼女の子供のような小さな手なら、ファスナーのスライダー部分を人差し指と親指を挟んで慎重に動かせば自らスーツケースに入り込める。

 

スーツケースの中に入ると、ウォールナットこと“クルミ”はVRゴーグルをかけてマイク付きヘッドフォンをかける。

 

これで、身代わりのマスコットの口元に備え付けられたマイクから自分の声が出せる。

 

身代わりが何やらケースの外で話していたが、内容はどうでもよかった。

 

 

『それじゃ、早速車に乗るぞ。お前は助手席になるけどいいか─────』

 

 

よし、準備は整った。

 

クルミはそれに応えるように返事をしようとしたが、

 

ブツンッ!!

 

と、

 

耳に付けたヘッドフォンから流れてきた雑音が鼓膜を叩く。

 

そして、何が起きているのかカバンに入っているためわからないが、ケースそのものを持ち上げられて地面から離れすぐに上に向かって勢いよく引き上げられた。

 

内蔵が浮く感覚がして気持ちが悪い。

 

 

『問題ない』

 

「!?」

 

 

自分が製作した合成音声ソフトと同じ声がケースの外から聞こえた。身代わりのマスコットの口元に備え付けられたマイクからではない、スーツのすぐ隣、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

(ハッキング!?)

 

 

一体誰が?

と、疑問に思う前にミズキの怒号が飛んでくる。

 

 

『ちょ!? お前どこ行ったの!? 護衛対象がいなくなったらマズイでしょうか!?』

 

『少しプランを変えて、“自分”だけ別ルートで逃げることにした』

 

『はあ!? おい! 私達が考えた作戦は!?』

 

『そっちはそっちのプラン通り、囮で追っ手から逃げ回ってくれ。こちらはこちらなりに逃げさせて貰う』

 

『何勝手なこと言ってんのアンタ!? そんなの許せるわけ────ッ!?』

 

『金は払ったはずだ。逐一そちらの様子は見られるから、お前は逃げることに専念するといい。リコリス二人との相手もちゃんと自分がする。だからあとは計画通り頼むぞ。お前が死ぬところを奴らに見られれば、任務は完了。先に払っておいた金の倍を出そう』

 

『ちょ!? だから勝手に決めるなッ!! こっちにだってこっちのやり方が─────ッ!!』

 

 

自分を置いてきぼりにして、勝手に話が変な方向に進められる。自分の口調を真似ているみたいだが、“一人称”だけは把握してなかったようで、そこは再現できていないみたいだった。

 

が。

 

ミズキの慌てっぷりからわかる通り、人の口調に気づく余裕はないみたいだった。

 

会話を強引に切ると同時に上昇が止まり、どこかに降ろされた。だが、まだ目的地にはたどり着いてはいないみたいだ。

 

 

「よし、もうちょっと上に行こうか」

 

 

誰かの声がケースに隠れているクルミの耳に囁いた。低いしわがれた作り声。

 

すると、銃の引き金を引いた音がした。ガス式なのか、かすかに空気の漏れる音がして、ケースに入ったクルミはまたしても勢いよく上に飛んだ。

 

同時に静止すると、クルミの入ったケースは乱暴に地面に叩きつけられる。

 

 

(痛!?)

 

 

と、感じるのも束の間、クルミが隠れているスーツケースが何者かの手によって開けられる。

 

ビィーッ!! と。

 

務歯の一つ一つが外されていき、外の光が中にまで入ってくる。

 

もし敵だった場合、絶体絶命のピンチ。

 

クルミは桃から生まれた子供みたいに左右へ開閉されたスーツケースから外の世界へと顔を覗かせる。

 

吹き抜ける風。

 

どこまでも開かれた広い屋上。

 

その先に見えたものは。

 

 

「会いたがってたろ、来てやった」

 

 

黒いマントを風に靡かせながら睨むマスクの男。

 

 

「······!」

 

 

クルミは最初は驚きこそしたが、次には好奇心に満ちたような目をしてにへら、と可愛らしい女の子みたいに純粋に笑った。

 

 

「逃げるために二つの場所に依頼してたけど、正直お前の方は多分来ないだろうなと思ってたからリコリスの方を頼るつもりだったけど、会えて嬉しいよバットマン」

 

 

ファンによる喜びの笑みを向けられるバットマン。

 

しかし対照的に両腕の拳を自ら破壊しかねない勢いで岩のように握りしめ、聞いた者を震え上がらせるような声で会話をする。

 

 

「何故俺のアドレスを知ってる?」

 

「ボクは世界一のハッカーだからね。ありとあらゆる情報はいつでも息を吸うように入手できる。心配しなくても、お前の正体は誰にも話してないよ······『世界一の億万長者』」

 

「······面白いな」

 

 

自ら自分の正体に気付く者は他にもいた。

 

“ディック・グレイソン”に“ジェイソン・トッド”。

 

二人とも、同じくサーカスの花形スターであったが、両親がゴッサムの悪党共に殺害され、ウェイン邸に引き取られる事になった。

 

ディックには自ら自分の正体を明かしたが、ジェイソンだけは自力で正体にたどり着いた。

 

サーカスの頃から彼は素直で好奇心旺盛な性格をしており、ウェイン邸を探索しまくっていた所、偶然バットケイブを発見され、ブルースはバットマンである事を知られてしまった。

 

当時、ディックはバットマンの相棒である『ロビン』を続けていたが、スーパーヒーローの脇役でいることに疲弊を感じるようになり、その後独立し単独で活動するようになったため、今ではジェイソンが『二代目ロビン』だ。

 

二人とも優秀で、高校二年と小学生を卒業したばかりの身な二人なのに十分な働きをしてゴッサムの悪党を片っ端から片付けている。

 

そういう連絡をアルフレッドからよく受け取り、やはりあの二人を引き取って育ててよかったと思えた。

 

ただ。

 

目の前の少女はその二人とは訳が違う。

 

彼女のことは、よーく調べた。

 

ネットワーク上でウィザード級と呼ばれるほどの腕を持った、この国のトップクラスのハッカー。ハッキングする内容は様々で、調べた限りでは、彼女の引き受けた案件は正直曖昧だ。

 

人々のために世間の嘘を暴いたりだとか、この真実を知られたら世界を大きく変えてしまうような大事件の真相をなかったことにするために揉み消したりだとか。

 

もしくは、取引現場の時間を狂わせてDAの到着を遅らせたりだとか。

 

善にも悪にも転がりかねない、『純粋さ』。

 

故に、彼女は砕けたような格好でスーツケースから出るとあぐらを組んで尻をコンクリートの床に押し付け、

 

 

「多分、お前のことだからボクのことは信じられないだろうな。むしろ、抹殺対象か?」

 

「······殺す趣味はない」

 

「つまり! 匿ってくれるということだな!?」

 

「······そのつもりもない」

 

 

メールで送った通り『助けて欲しい』という内容を読んだから来てくれたんだと悟った彼女は笑って言うも、彼は首一つ動かさずに否定する。

 

そして、バットマンは鬼気迫る顔で言う。

 

 

「お前を味方だと断言できる要素が何もない」

 

「まあ、今のところお前に貢献した覚えもないしな」

 

「むしろその逆だ。俺はお前を『悪』として見ている。俺の正体をネットにでもばら蒔いたらどうなるか────」

 

「その辺はきっちり守る」

 

 

クルミは腕を組むと、

 

 

「確かに、公表してしまったらお前は世界中から追われる身になる。それで、ヒーローがいなくなったとわかった悪人達は高額でボクに悪党の仕事を押し付けてくるかもしれないが、ボクだって好きでこんなことをしてるわけじゃない。ちゃんとボクだけじゃなく世間が良くなるような仕事しか引き受けてないぞ。最低でも、良くてそこらの不良集団が敵対している暴走族の情報を売り付けたりとかするくらいだ」

 

「·········」

 

 

子供ながらの言い訳に頭が痛くなる。

やはりこいつは、明確に『ヴィラン』だと判断できてしまう。

 

判断してしまう。

 

歴代ロビンとはまた違う。大仰な身振りや手振りで、そして純粋な口振りで話して聞かせている。つまりは納得させるための動きがない。

 

この軽さ。

 

まるで『道化師』のような動きに目を鋭くするバットマン。

 

 

「お前の普段の行いを見て、それを信用しろと?」

 

「······難しいかもな」

 

 

なら、と一拍置いて、

 

 

「俺を頼るというのなら、それ相応の対価を支払え。元からそのつもりで、『その覚悟』で俺にも救援要請のメールを送ってきたんだろ? 望みが薄いから彼女達を頼ろうとしたみたいだがな」

 

 

一見安心感のある現場に見えて、しかしどこか緊迫感のある風景だ。

 

まず、相手が悪であるならば徹底的に容赦なく叩きのめして這い上がれないほど深い闇に沈めるのがバットマンというダークヒーローだ。

 

たとえ悪党が自身の金でいくつもの表舞台のシステムを買収しても、それで法や評議会が許しても、彼は絶対に許さない。

 

悪は徹底的に叩き潰す。

 

そう言うように、彼の足がかすかに動くと小石が数センチほど転がっていく。

 

ようやっと、彼が自分に対してどのような認識でいるのか知った彼女はごくりと喉を鳴らして話し出す。

 

 

「まず、お前へのメリットを二つ言っておく」

 

 

クルミは指を二本立てて、

 

 

「一つ目は、お前の仕事を手伝う。お前の目的は、ゴッサムからこちらに送り込まれた大量の銃の居所だろ? ボクを助けてくれたら格安で······いや、無料でその仕事の手伝いを引き受けよう」

 

「······二つ目」

 

「リコリス達の正体だ。ある程度はもう知っているかもしれないが、これから更に詳しく知ることが出来るぞ」

 

「······お得意のハッキングでか?」

 

「違う、これだ」

 

 

そう言うとクルミは、おでこに付けているVRゴーグルと、耳に付けているゲーミング用のヘッドマイク。

 

その二つをいじりながら、

 

 

「今この二つは、ボクの身代わりになってくれているリコリスの仲間と繋がってるんだ。身代わりが着ているマスコットの視界に付けているカメラをこのゴーグルに、相手の音声はこのヘッドフォンに、そしてこちらからの声はこのヘッドマイクから通して奴らと会話することができる」

 

「それで?」

 

「そこから日常的な何気ない感じでリコリスとは何かを聞き出すんだよ。ボクもある程度は知ってるけど、全部じゃない。会話を拾って情報を得ていけば、彼女達の更なる実体が掴めるかもしれないぞ?」

 

「·······」

 

「何より、今彼女達には前金を渡してある。ボクの代わりに死んだフリをしてくれたら、ボクを追っている連中どころか世界中の人々がそれ以上の捜索はしなくなり、ボクという人間は『死んだ』という認識になる。そして、依頼完了の金を渡す際に接触する時、ボクを人質にして何か脅しになるような情報を言えば、彼女達からもっと良い情報が聞ける可能性がある。どうだ?」

 

 

その言葉を受けて。

バットマンは頭の片隅に、一理あるという小さな欲望が生じつつあるのを感じていた。

 

だが、最後の部分だけは頂けない。

 

人質を取って拷問とかする趣味はない。必要ならば脅しくらいはするが、出来れば消極的でありたい方針だ。

 

それと同時に、悪を潰すためなら手段は選ばない方針もある。

 

クルミが提示した提案。

 

反則でも卑怯でも構わない。殺害というルールさえ破らなければいいのだ。

 

 

「······」

 

 

黒いブーツがカツンカツンと音を立てる。

歩み寄り、睥睨するようにクルミを見下して威圧すると、彼女はまた息を呑む。

 

冷たい風が流れる。

 

夜の暴走族が暴れまわっている爆音が、ずっとずっと遠くから空虚に響いてくる。

 

世界一治安は良いと言われても、まだまだな部分がある。見逃されている悪が、この国にも存在する。それを再認識した彼は、分厚い金属でコーティングされた漆黒の手を伸ばし、握手でも求めるように言う。

 

 

「ドライブの時間だ」

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

二人が背にしたビルの屋上にあるフェンスの向こう側にある小さな軽自動車が勢いよく発進される様子が見えた。

 

おそらく、彼女も同乗するはずだった車だ。

 

 

「行ったな」

 

「······」

 

「で? どうするつもりだ? ボクだって一応忙しんだ。身代わりをしているマスコットに定期的に話し声を送り込まなきゃいけないし、走りながらだと疲れて息切れした音が混じって怪しまれる。ドライブって言ってたけど、お前の車は?」

 

「心配ない」

 

 

それ以上は答えなかった。

 

腰を落とし、彼女を片手で持ち上げて脇で挟むと、フェンスに手をついて向こう側に飛び越える。都合六階建てのビルの屋上から躊躇なく身を投げ出す形で。

 

 

「ちょおい!? うそだろぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!???」

 

 

なんか横から絶叫が聞こえたが、浮遊の感覚はほんの一瞬だった。

 

彼は構わず空いている手を自分の腰へと伸ばし、そこに装着されている物を取り出す。

 

グラップネルランチャー。

 

全長約十八センチ。ハンドル部全て合わせて漆黒に塗られている。ガスによる空気圧によってフックが射出、そして射出後には電動での巻き取りギミックも内蔵されている。

 

ワイヤーがパシュ! と音を立てて伸びていき、ビルの四階辺りの壁に鋭い槍が突き刺さったことによって、バットマンの体は減速していく。

 

そこから徐々に徐々にワイヤーをゆっくりと伸ばしていき、足は無事に地面に置かれる。

 

 

「殺す気か!?」

 

「殺すつもりはない」

 

「知ってるけど!?」

 

 

なんて下手なコントはどうでもいいとして、バットマンはぐるりと回ってクルミを抱えたまま背を向ける。

 

その先には闇が広がっている。街灯の光が届いていないのだ。

 

小道の奥の闇へと消えた、次の瞬間。

 

 

眩いヘッドライトが辺りを照らし出し、パワフルなエンジンの低い唸り声が聞こえた。

 

 

ヘッドライトが動き、自動車らしくも見える漆黒が前に飛び出し、ちょうど暴走族が通ろうとしていた道の脇を通りすぎる。

 

ピロパロブンブンうるさかった連中が凍ったように一斉に硬直する。自由に走り回って、ルート上バットマン達がいた所も爆走しようとしていたみたいだが、漆黒の闇が自分達の道を遮り、表通りの方へと向かった。

 

漆黒の乗り物がなんであれ、スピードは落とさなかった。

 

いやむしろ、スピードを上げて致命的な大惨事を引き起こした。

 

前方に偶然ハザードランプを点けて停車させている青軽自動車。近くの自販機に飲み物を買おうとしていた男性が逃げる。おそらく、そいつがこの車の持ち主だ。

 

バットマンが乗っているであろう乗り物は男性の軽自動車に衝突すると、巨大な前輪で軽自動車のフロントを踏み潰し、上を乗り越えて通りに出ていった。

 

男性は自販機で買った缶コーヒーを握りしめ、暴走族のリーダーが口を開けっ放しにしながら続けて呟く。

 

 

「黒い······」

 

「·······()()?」

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

暴走族が暴れまわっているくらいだから、通りはほとんど無人だった。

 

クルミは助手席に強制的に乗せられ、自分では外せないシートベルトを締められている。そんなシートベルトに逆らって腕をまっすぐ伸ばし、ダッシュボードに手をつこうとするかのように両手を出す。

 

 

「飛ばしすぎだ!?」

 

「安全運転は心掛けている」

 

 

などと言うが、バットマンはそれよりもクルミにやってもらいたいことがある。

 

 

「彼女達の連絡は?」

 

「······あ!?」

 

 

それを言われてハッ! と思い出したような表情をしたクルミは急いでVRゴーグルを装着しようと準備する。

 

バットマンがハンドルのボタンに触れると、運転席と助手席の間のスクリーンが明るくなった。スクリーンには線が交差していて、実線もあれば点線もある。

 

 

「GPSだ」

 

「!」

 

「彼女達が乗る車のな」

 

 

表示されている場所を見るに、もうすぐ合流地点だ。ゴーグルで視界を覆い、ヘッドマイクのスイッチを入れると、クルミはゴーグルから映し出されている視界からタイミングを合わせて言う。

 

 

「ウォールッ!!」

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

結果。

任務は上手く失敗に終わった。

 

掃射音が遠距離で轟いた。アイパッドが粉砕され、破片が降り注ぐ。

 

リスの着ぐるみの胸部に血飛沫が上がった。

 

アイパッドを手にしながら、ただ脱力して立ち尽くし、蜂の巣にされていく様子が面白おかしくて爆笑した。

 

 

「HAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAAAAAAAッッッ!!」

 

 

それを見終わった『道化師』は大画面が取り付けられている電源を落とし、あくびをしながら立ち上がる。

 

部屋は暗く、パソコンを起動させるための道具と少量の趣味であろうポスターなどが貼られてある。

 

 

「そこのナイスガイ、何か言いたいことはあるかい?」

 

 

軽口を叩く道化師は、一つの椅子の前で立ち止まった。

 

パソコンチェアにガムテープでグルグル巻きにされ、『乱れたツインテールをした女』に監視されている『男性』は冷や汗でいっぱいだった。

 

 

「ほら、『ミスターJ』が聞いてるわよ? 答えてあげなさい?」

 

「んむぅ!?」

 

 

毛先を赤くし、顔を真っ白に塗りつぶし、ゴスロリのような衣装に身を包みながらサイコロの飾りをグリップに括り付けてあるサブマシンガンを、ロボットの被り物をした男性の腰辺りに押し付ける。

 

恐怖を吸って黒く重たくなった部屋は、パソコン室から『尋問室』へとビフォーアフターしていた。宗教裁判にありがちな拷問器具はないが、人の命を指を引くだけで奪える銃が二つ。

 

一つは彼女に。

 

もう一つは道化師の懐に。

 

二つの意味での狂気に脅されたハッカー、“ロボ太”は涙目になりながらどうしてこうなったのかを思い出す。

 

言われた通り、指定の場所に日本への不法入国の手続き書類を送ったら、次の日、世界一と呼ばれていたハッカーを殺そうとした日に限って、そいつらは唐突に自分の部屋に現れた。

 

呼び鈴が鳴ったかと思いきや、ついドアのレンズから誰なのか確認もせずに出てみたら、紫と緑を基調としたスーツに身を包んだ『道化師』のような男がにっこりと口の両端が三日月みたいに吊り上った笑みを浮かべて立っていた。

 

白塗りの顔から溢れ出す狂気に呑まれたロボ太はすぐ閉めようとしたが、その前に後ろにいた最近染めたばかりのツインテールをしたゴスロリ女に殴られ気絶させられた。

 

目が覚めたら、もういつの間にか全てが終わっていた。

 

憎きウォールナットと思われる死体が映し出されているかと思いきや、道化師は電源を切って自分の方に愉快そうに歩み寄ってくる。

 

 

「まずは、日本への招待状を手配してくれてありがとうジャパニーズサイボーグ君?」

 

「!?」

 

「それで、聞きたいことはわかってるな?」

 

 

道化師はロボ太の横を通りつつ、

 

 

「おやおや、どうやら聞き逃したみたいだ。無理もない、お前が気絶してる時に説明したんだから」

 

 

じゃあ無理だろ!? と叫ぼうとしたができなかった。口元にガムテープが貼られているのだ。話せと言われても話せないんじゃ無理がありすぎる。

 

 

「では改めて聞くが、お前達の企みはなんだ? いつも冷酷だが、ずるいことは決してしないはずのコブルポッド君から銃を千丁も貰っておいて、俺様抜きで楽しいことやろうだなんて·······ずるい~ずるすぎる~!」

 

「!?」

 

「その銃を使って何をする気だ? それを仕切ってる奴の名前は?」

 

「······ッ!!」

 

 

後ろで常に何かを楽しげに述べながらロボ太の肩に手を乗っけると、後ろから覗き込むように顔を出す。

 

笑って、

 

嗤って、

 

興味深そうに嗤ってロボ太の前に来ると、その口元にあったテープを剥がす。

 

剥がして背を向けてこう告げる。

 

 

「·······教えてくれ、その名前を」

 

 

解答権を得られた。そう思った時には迷わず彼は秘密を明かそうとする気満々だった。粘着力が強かったが、着ぐるみの上につけられてたらか問題ない。

 

恐怖に満ちた調子で声を放った。

 

 

「も、もちろんッ!! 今僕が関わってる計画を仕切ってるのは─────ッ!!」

 

 

その途端に、彼の太股に銃弾が埋め込まれた。

 

 

「ぎぃゃゃゃぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!???」

 

 

撃たれた衝撃による反動で椅子が後ろに倒れ、後頭部を強く打つロボ太。

 

しかし痛いのは太股の方。

 

絶叫し、激痛と恐怖に満ちた目を回していると。

 

 

「告げ口は我慢ならないね。だから俺は一人が好きなんだ·····ネタバレする奴もいないしなぁ?」

 

 

ロボ太に跨がるように立つ道化師は、ろくに声色も変えないで、笑みも絶やさないで、簡単に告げた。

 

 

「お前もちょっとやってみろよ。遠慮するな、俺達のちょっとイカれたゲームに友達を引き込んだら何が起こるかわかるはずだ」

 

 

そしてそのまま、懐から抜いた銃身がすごく長い、十六インチはありそうなリボルバーを首元に押し込んでみると、切羽詰まったような気配を感じ取る。

 

その様子を見て、彼は小さく嗤った。

 

嗤いながら、彼はこう命令する。

 

 

「そいつを呼び出せ。そのお仲間も出来るだけ多く。なぁ~に心配するな、ちょっとした高級ホテルで親睦会を開きたいだけだ」

 

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