バットマン Burns The Night   作:織姫ミグル

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第13章

 

 

『警告 : 』

 

『警告 : 』

 

『とある情報を検知』

 

 

「DA」本部に設置されているAIコンピューター、人工頭脳である『ラジアータ』から、エージェント達が即行動できるように素早く文章が打たれる。

 

 

『監視カメラから得た情報によると、数名の不審者が東京都にある『ねずほ銀行東京中央支店』を中心に目撃。横幅四十八センチ、縦幅二十センチ、奥行き二十八センチ、重さ八五十グラム、内容量三十六~四十といった同じ柄のスポーツバッグを全員が所持。よって銀行強盗の可能性あり。付近にいるリコリスは、ただちに現場へ急行せよ。繰り返す、ただちに現場へ急行せよ』

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

気が乗らない。

 

真島の部下の一人は路上駐車した盗難車の運転席でのんびりとそう思っていた。

 

彼がここにいるのは当然待ち合わせのためだ。

 

ここは、ねずほ銀行東京中央支店の近くだ。その陰になるように隣に立っているビルの角側に車を停めている。

 

かつて自分達を束ねていたリーダー、真島でさえ手に負えない奴が次のリーダー的存在になってしまったが故に、自分はこんな仕事を任された。

 

運転役と強盗役。

 

その二つをやらなければならないことに今さら緊張している。

 

 

「チッ!」

 

 

なんで自分がこんなこと、と男はつまらなそうにハンドルを軽く叩く。どのみち、表舞台から外れて闇社会へと身を投じた自分に、何かを語る資格はない。

 

あのピエロのメイク野郎に、何かを言える立場でもない。

 

苛立った彼は、運転席のドアを開けて外へ出た。

 

強盗のためにいつでも発進できるように準備をしておくこと、そして駐車禁止の取り締まりが強化されたことを考えると、車から降りるのは得策ではない。しかし、男はどうしても気分を変えたかった。

 

DAが見張るこの日本で強盗なんて成功するのか。

 

何て思ったのがいけなかったんだろう。

 

道の脇にベージュ色の制服を着込んだ少女がこちらを見張っていた。

 

それに気付いていない男はタバコを一本取り出して息抜きに吸い始める。チャンスだ、と思ったサードリコリスは的確に狙い打つために一般人を装って平然とした様子で歩いて近づく。

 

ただの女子高生だと思われているに違いない。

 

殺れる距離まで近付いた、その瞬間だった。

 

脇から伸びてきた手に捕まり、物陰へと引きずり込まれた。

 

 

「!?」

 

 

何があったのか、事態を把握する前に意識が遠のいていくのを感じた。彼女は仰向けに転がされており、そこに見知らぬ男が馬乗りになっていた。

 

ピエロのマスクを被った無口な男。

 

男の両手には用具入れなどに入っていそうなゴム手袋があり、それがサードリコリスの細い首を絞めている。

 

何をされているのか、考える余裕すらなかった。

 

むしろ、考えれなかった。

 

空気が確保できなくなった彼女の意識は次第に薄くなっていき、そのまま永遠に闇へと葬られた。

 

カツン、と。

 

複数の足音が鳴り響いた。

 

二人の道化。

 

男の同士であり、今回の作戦のチームメンバーだ。

 

そのうちの一人、モヒカンのように頭に毛を生やしたピエロマスクの男は、運転手に怒鳴り付ける。

 

 

「おい何外に出てやがんだ! しかもリコリスに見られてたじゃねぇか!! 危うくお前死ぬとこだったぞ!?」

 

「わ、悪ぃ」

 

「いいからさっさと出せ! さっさと作戦を開始すっぞ!! お前もさっさと乗れ!!」

 

「お、おう!!」

 

「······」

 

 

モヒカンピエロはサードリコリスを殺した男へ乗るように指示する。彼は無言のまま素直に従い、後ろのドアを開けて乗車する。運転手がピエロのマスクをつけると急いで運転席に乗ってエンジンを鳴らすと、必要以上にアクセルを踏みつける。

 

急発進にエンジンとタイヤが不気味な悲鳴を発し、息の根が止まったサードリコリスを残してワンボックスカーが発進した。

 

信号をすっ飛ばして乱暴にハンドルを掴むと、その矛先を銀行の裏口へ向ける運転手。

 

弁償とか何とか、そんなこと今更どうでもよかった。

 

 

「いっくぜぇぇぇええええッ!!」

 

 

叫び、思いっきり前進する。

 

そして激突。

 

グッシャア!! という凄まじい音が炸裂して、ボンネット部分がへこみ前面は大きく潰れた。その破壊力にドアを耐えきれなかった。

 

三人は車を降り、辺りを見渡す。

 

中に客となる者が何人かいるが、作戦は続行だ。

 

モヒカンの男が持っているサブマシンガンが天井を撃ち抜き、辺りを悲鳴で染め上げる。

 

ドパラタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタッ!!と。

 

途端に発動する警報装置。ピリピリピリピリーッ!! というけたたましい音にスタッフも客もあたふたとし、面倒なことになる前に強盗の基本である脅しをかける。

 

 

「全員手を上げて下を向け!!」

 

「下を向けってんだ! 早くしろッ!!」

 

 

まず一番の犠牲者は警備員だった。

 

下を向かせるために膝を撃ち抜き、強制的に床につかせる。

 

 

「······ッ!!」

 

 

無口なピエロマスクの男はせっせと何かを準備している。自分のスポーツバッグのチャックを外していき、そこから何かを取り出して客一人一人に向かって走っていく。

 

何も出来ないよう客を全員窓口側へと誘導し、銃口を向けて脅す。

 

そして、お客様のご対応をしている銀行員をハイカウンター奥から引きずり出し、客と同じように膝をつかせる。

 

 

「撃たれたくなかったらさっさとこっち来い!!」

 

「や、めて·····ッ!! お願い!!」

 

「防犯シャッターにも通報ボタンにも手を出すなよ!? した瞬間に全員ぶっ殺していくからな」

 

 

その言葉に皆が息を呑んだ。

 

銀行員達もここは素直に従ったほうがいいと判断したのか、言われた通りに窓口カウンターに背をつけてずるずると腰を床につける。

 

すると、無口なピエロマスクがそんな客達に何かを配り始める。卵のような、そんな形をした大きくて深緑の無機質な物体。

 

手榴弾だ。

 

男は客に銃を突きつけてこれを持てと合図を送ると、客は恐怖に駆られ手を震わせながらそれを掴む。

 

と、ピエロの男は手榴弾の安全ピンを外し、レバーから手を離さないようにしろと両手を強く握って指示する。ピンが抜かれた以上、レバー部分が跳ね上がってそれに抑えられていた内部のバネ仕掛けの撃針という尖った部品が発火薬を叩いてしまえば、すぐさま爆発する。

 

それを他の客にも銀行員にも同様に持たせ、それを見たモヒカンピエロは銃を向けながら忠告する。

 

 

「しっかり握ってろ、離すとドカンだぞ?」

 

 

恐怖を抱かせるのには十分だった。自分の命は自分達が文字通り握っている。

 

これで映画のヒーローみたいな正義感に目覚めた奴に反逆される心配はないと思った時、

 

 

ドバンッ!!

 

 

と、破裂した衝撃が仲間の一人を潰しにかかる。

 

 

「「!?」」

 

 

爆発音と共に血が飛び散る。

 

何本もの弾丸が飛んだ。残りの二人は無事だが一人は頭を半分消し飛ばされた。出血に耐えきれず、仲間の一人はそのまま動かなくなる。

 

運転手の出番はここで終わり。

 

そして、そんな運転手役の人を撃ったのは誰か。

 

誰でもない、名前のない紺色の制服を着込んだ『女子高生』だ。

 

 

「リコリス!? いつの間に!? やべぇ! 身を隠せ!!」

 

 

いつからいたのか、そんなことすら気付かないほどに銀行強盗達は作戦に集中していた。

 

指示された無口なピエロマスクは、カウンター別に並べられた記入台の陰へと隠れる。隠れている場所がわかった途端、セカンドリコリスは手に持っているショットガンを放ち、足音も近付けさせる。

 

ショットガンの持ち手部分を後ろにスライドし、空の弾を排莢するポンプアクションの音が鳴ったら仲間がいる一番奥の記入台を目指して逃げていく。

 

物陰から出たらリコリスはまた弾を放つ。

 

記入台にあった書類やボールペンが欠片となって舞い散る。火花まで噴き、確実に殺すために徹底的に二人を追い込んでいく。

 

排莢する音が聞こえたら台から出る、そしたらリコリスが撃つ。

 

しかし当たらない。

 

今はまだ当てるつもりはない。

 

確実に追い込んで、二人とも殺すのだ。

 

そのために、女子高生は脅すように叫ぶ。

 

 

「あなた達自分達がしたことをわかってるの! 全員命はないと思いなさい!!」

 

 

そこでようやく仲間のもとへたどり着いた。へっぴり腰に出口付近に設置されている記入台の陰へと隠れる二人は見つめ合い、作戦会議するように話し合う。

 

といっても一方的に。

 

 

「奴は弾切れか?」

 

 

その質問に、無口なピエロマスクは正面を向いて数瞬考え、そうだと言わんばかりに何度も頷いた。

 

 

「よし!」

 

 

机から顔を出したモヒカンピエロだったが、

 

 

ドバンッ!!

 

 

「ぐあッ!?」

 

 

撃たれた衝撃にモヒカンピエロは後ろへと倒れこむ。

 

そして、

 

リコリスは次の弾を発射するために持ち手部分を後ろにスライドして空の弾を排莢し、元に戻そうとするが戻らない。

 

今ので正真正銘の弾切れだったのだ。

 

それを見計らった無口なピエロマスクは台から出て、連射仕様のマシンピストルをリコリスの胸に命中させる。

 

 

「あぁッッッ!?」

 

 

生まれたての小鹿のような足取りで膝から崩れ落ちると、虫の息になりながら反射するほど綺麗に磨かれた床に写る自分を見つめている。

 

そして無口なピエロマスクは撃たれた仲間を見る。

 

右半分の顔がなくなっている。

 

仲間の死に悲しむかと思ったが、むしろ彼は笑っていた。

 

分け前が増えた。

 

そう言うかのように、死んだ二人が持っていたスポーツバッグを手にして、スキップしながら金庫へと向かう。金庫のダイヤルを知っていたピエロマスクは高圧電流が流れているであろうダイヤルを触って、特定の数字の所まで回す。

 

ゴム手袋をつけていた理由はこれ。大きな銀行には電流が流れていると噂で聞いたことがある。よって電流はピエロマスクの体には流れていかない。

 

特定の数字の所までダイヤルを回すと、ロック部分からガチャという音が聞こえ、チタン製の大扉を開いて、そこに置いてある金をどんどんバッグに詰めていく。

 

結局大荷物になった。

 

ちっこい車を使ったせいで、これじゃあ運べない。

 

それを嘲笑うように、セカンドリコリスは虫の息状態の中で言う。

 

 

「ふ、ふふ·······仲間もほとんど死んだし、あなた一人でそれ全部運べるかしら」

 

 

その問いに対し、今まで無口だったピエロマスクの男は腕時計を見てこう言った。

 

 

「そろそろ下校の時間だからなぁ」

 

 

は?

 

と、死にかけているリコリスがそんな声をあげると、

 

 

ドォンッ!!

 

 

と、銀行の出入口から幼稚園の送迎用バスがバックで突っ込んできた。

 

バスはピエロマスクの一歩手前で停止し、一歩下がったらバスの後ろにある扉から同じようにピエロのマスクをした運転手が現れ、

 

 

「下校の時間だぜ」

 

 

そう言って降りてくる運転手に、無口なピエロマスクは一生懸命詰め込んだ大金が入ったバッグを投げ渡していく。

 

 

「ボスの言う通り、他の仲間は殺したみたいだな。分け前が増えたな」

 

 

と、言ったその瞬間。

 

ドパラタタタタタタタタタタ! と。

 

轟音と共に、血まみれになったバス運転手が床に転がる。

 

芋虫みたいになったセカンドリコリスは真っ赤になった死体を軽く見て、その次に運ばれてきたバスに乗り込もうとしている無口なピエロマスクを睨み付けてから、

 

 

「······仲間殺しは、得意って、わけね········ッ!」

 

「······」

 

「あなたも·······自分のボスから······同じ目に、遭わされ、るのが·······オチよッ!!」

 

 

途切れ途切れの息。

その言葉を聞きながら、無表情のまま近付いていくピエロマスク。ベルトにある何かを探りながらリコリスの言い分を聞いている。

 

 

「昔の悪党にも信念があって、筋を、通してた······」

 

「······」

 

「今時の悪党はどうなの? 信念はあるn───!?」

 

 

そこで言葉は途切れた。

理由は簡単、口に何かを突っ込まれたからだ。

 

手榴弾。

 

みんなが持っている奴とは違うタイプだった。安全ピンには紐がくくりつけられており、それは男のベルトへと繋がっている。

 

そんな手榴弾を押し込んで、

 

 

「俺の信念はこうだ······“死ぬような目に遭った奴は───”」

 

 

男は狂った口調でマスクを外しながらこう宣言した。

 

 

イカれちまう

 

「ッッッ!!!??」

 

 

ついに、

 

ついに解放された。

 

ダメだと思っていたのに何もかも面白おかしくて、弾けるような解放感を抑えきれない。

 

三日月のようにばっくりと引き裂いた笑みを浮かべてリコリスに嘲笑を注ぐ。

 

 

HAHAッ!!

 

 

嗤って立ち去っていくジョーカー。

 

呆然とするセカンドリコリスの口から伸びている紐がジョーカーのベルトへと繋がっているためか、離れれば離れるほど安全度が下がっていく。

 

そして、バスの後部にある扉が閉められロックを掛けるとジョーカーはそのまま滑らかに発進させた。

 

直後、

 

 

ドン!! と。

 

 

銀行の入り口が、爆炎で赤く照らされた。

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

ブルース・ウェインは暗闇の中に座っていた。

 

アルフレッドもいないホテルの一室で、彼はただ何も考えず下を向いていた。闇の中に一人静かに座り、じっと物思いにふけっている。

 

 

「······」

 

 

実はブルースは、夜が嫌いだった。

 

どうしても、少年だったあの冬の帰り道での出来事を思い出してしまうのだ。あの日は早く、両親は彼を連れてゴッサム・シティの盛り場に出掛け、夜遅くまで三人で遊んだ。

 

買い物をしたり、高級レストランで食事をしたり、オペラを見物したりして楽しい一時を過ごした。ブルースは両親と共に過ごしたあの素晴らしい一日を絶対に忘れることが出来ない。

 

一日中、笑いが絶えなかったあの日を。

 

それが······。

 

 

「·······っ」

 

 

ブルースは目を閉じる。だが彼には、銃を手にした男が暗がりからふいに姿を現して、父親と母親を無惨に銃殺した光景が見えてくる。

 

父は二人を守るように前に出たが問答無用で発砲し、母が助けを求めて口を開けようとしていたところ銃口から閃光が走り、二発の銃弾が両親の命を奪った瞬間が思い起こされる。

 

 

「悪は······滅びるべきだ」

 

 

再び誓う。

 

いや何度だって誓う。

 

悪党どもがこの世界にいる限り、根絶やしにしてやらねばならない。

 

その誓いを胸に目を開くと、窓に明かりが浮かんでいる。

 

黄色く輝く環の中にコウモリのシルエットが映し出されている。

 

バットシグナルだ。

 

 

「ふっ······やっとお呼びか、リコリス」

 

 

悪を滅する合図。

 

今宵の夜は始まったばかりだ。

 

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