『地下鉄脱線事故から今日で一ヶ月が経ちました』
「おぉ、やってるなぁ」
墨田区内。
そこのある一角に、和風でありながらどこか洋風な華やかさも足されている喫茶店がある。
当然ながら現在の時刻だと開店時間内なのだが、元々客足が少ないというのもあってか、長い金髪にブカブカなパーカーを着た少女が煎餅を手にしつつ喫茶店の居候としてゴロゴロしている。
そんなゴロゴロしている少女クルミは、現在テレビを独占していた。
映っているのは先日起きた地下鉄脱線事故の件の会見。頭の中心には髪がなく、両側にだけ生やした中年の代表取締役社長自らが謝罪会見を行っている。
『事故のあった、北押上駅は未だ復旧の目処が立っておらず、利用者の苦情が相次いでいます』
ニュースの映像をバックに、スーツを着たお姉さんが真剣な表情で語ると、バックに映っていた録画映像が拡大し、代表取締役社長の声がオンになる。
『本当に、奇跡的に······自動運転の回送電車だったために───』
それを見ていたクルミはにこにこ笑顔で煎餅にかぶりついている。
あの時、何が起こったのか。
本当は何が原因でそんなことが起きたのか。
何も知らないまま謝罪をしている社長を見て、クルミは嘲笑う。
「あはは!」
「······この社長も気の毒ですね」
洗濯物を取り入れて上から降りて来たたきなは同情するような目でニュースを見る。
『死傷者が一人も出ませんでしたが、原因の究明と再発防止に早急に対応して参りますので、今後も引き続き────』
「この社長は何にも知らないんだろうなぁ~」
ガジリ、と煎餅を食べてそう言うクルミ。
先月、ちょうど千束とたきなが買い物に行っていた日、北押上駅で地下鉄脱線事故が起きたと報じられた。自動運転の回送電車だったから人は一人も乗っておらず、駅のホームにも
だが。
その脱線事故の真実を知っているクルミ達からすれば、その報道に対して笑みを浮かべてしまう。
なんて無茶苦茶で親切なシナリオなんだろうと思っているのだろう。
ラジアータが検知した犯罪予知によれば、北押上駅でテロ行為が行われると言われていた。よってDA達は早急に対処するために駅を封鎖し、一般人が立ち入れないように振る舞い、テロリストだけを侵入させるようにした。
そして、エージェントであるリコリス達を電車に投入し迎え撃つという作戦を取ったわけだが駅構内に仕掛けられていた爆弾によってホームごと爆発し、敵味方関係なくほぼ全滅。
死傷者はゼロというが、本当は三十五名ほどがその事件で亡くなっている。ほかに駅を封鎖していた職員がその爆風によって二名ほど負傷している。
しかし、それを表に出すわけには行かず、駅構内にある弾痕や遺体やら、リコリスやテロリストの存在に繋がりそうなものは全てクリーナーの手によって消されている。
情報も、ラジアータによって統制済み。
真実を知る者は、表社会にはいない。
リコリスと、謎のテロリスト。
その両者しか真実を知らないだろう。
······いや。
一人だけいる。
リコリスにもその謎テロリストのどちらにも属さない、どちらにも染まらない真っ黒なスーツを着たアイツは既に真実にたどり着いているはずだ。
そんなことを考えているクルミは次のニュースに目をやる。
『続いてのニュースです。昨夜東京都千代田区にある【ねずほ銀行東京中央支店】で、ガス爆発と見られる事故が発生し、付近に停まっていた車が一斉に吹き飛ばされました』
「「!!」」
映像が切り替わる。
銀行入り口が映っている付近の監視カメラの映像で、
『入り口付近に停まっていた車は薙ぎ倒され、ガラスが散乱しているのが確認できます。事故があったのは東京都千代田区大手町にある【ねずほ銀行東京中央支店】です。警察によりますと昨日午後一時頃、近くにいた人から、【銀行の入り口が爆発した】と警察に通報がありました。当時、銀行出入口付近には人がおらず、この事故による怪我人はいませんでした。現場周辺では一昨日夜、ガス管の修理が行われていて一時銀行へのガスの供給を止めていました。しかし、朝になって供給を再開したところ爆発したということで、消防と警察が詳しい原因を調べています』
「「······」」
二人は思わず酷い傷口を見るような顔になった。
今報道された事件も、リコリスが絡んでいるということは二人は知っていた。それは報道される前から作戦が全エージェント達に通達されていたからだ。
よって、エージェントである千束とたきなのスマホにもその内容が送られてきたのだが、担当地区外だったし、筋萎縮性側索硬化症の男性のボディーガードを請け負っていたことから向かえなかった。
だから現場近くにいたリコリス達が対応したようだが、呆気なく全滅。サードとセカンドを失っただけでなく、民間人までも巻き添えにしてしまった。
その事実を話さないDAと日本政府は何を考えているんだろうかと疑問を持つのは当然のこと。
二人は黙ってニュースの続きを聞いていた。
聞けば聞くほど、今回のその銀行ガス爆発事故の真相が気になる。リコリス達にも話さない今回の事件。
そもそも、銀行とガスってあまり接点がないように思えるが。
ニュースを見ていたクルミが、こんなことを言った。
「日本の治安維持は犠牲によって成り立ってるんだな」
頬杖をついたまま何気なく言ったクルミの言葉が、たきなの胸に刺さった。
セカンドでしかも転属させられた自分がどれだけ考えたところで、真相の答えにたどり着けるわけがない。
◇◆◇◆◇
日本の夜は、夜が訪れるごとに冷え込んできている気がした。今は夏だというのに、誰もが夏祭りといった平和なイベントを予想していた。
夏の夜、ミカは春頃に起きた銃撃戦跡地のビルに設置したコウモリの型を抜いた金属板を被せた巨大なサーチライトの隣で紙コップに入ったコーヒーをすすっていた。
するとミカの耳に羽ばたきが聞こえ、バットマンが照明の反対側に立っていた。
「·······」
ミカは彼が来たことを確認すると照明を切って、付近の監視カメラに映っていた
映っていたのは銀行強盗の瞬間。
一人一人に手榴弾を持たせ、セカンドのリコリスが単体で制圧を試みたものの失敗し、銀行の金を持ち去られたばかりか、セカンドの口に手榴弾を詰めて幼稚園のバスで立ち去っていった。
それらの写真を見て、バットマンは言う。
「ニュースでは加工されていたみたいだな」
「それが今の日本のやり方さ」
つまり、それこそが日本の在り方だった。
多少の犠牲が出ても、平和維持のために仕方なく日本は嘘の情報を流してしまう。己の国の社会活動は全て嘘で補うことができる。だから真実を明るみにする必要はない。
そんなことに加担している存在が、今バットマンの目の前にいる。
ミカは、怖い。
彼は悪を根絶やしにするためなら容赦もしない性格だ。
バットマンは、憎悪する。
平和のために嘘の情報を世間に流すことに、ではない。嘘で罷り通せるからといって、何のためらいもなく犠牲者の真実を葬り去ってしまう、この国の在り方に。
国、とは。
社会を維持するためならばここまで歪むことができるのかと思うと、それがとてつもなく怖く、とてつもなく憎い。
しかし、こうなった原因はこちらにある。
日本のテロリストがゴッサムから銃を注文したのが一番の原因だが、その銃を追って自分がやって来てしまったから、コイツまでやってくる羽目になってしまった。
「ここに呼び出した理由はわかっているとは思うが」
だからだろうか、ミカの声は少し低かった。
ミカはコーヒーを飲み干すとその辺りに捨て、『ピエロの化粧をした男』の写真を突きつけて告げた。
「まずいことになっている」
ミカの言葉に、バットマンは眉をひそめた。目の前にいる裏社会の人間、嘘に加担する人間、そんな奴がまずいことになったなどという弱音を吐くことなど想像もつかなかったからだ。
「ジョーカーか」
「ただのテロリストだけなら問題ない。それはいつもやっている仕事の一つだ。だが今回はそうもいかない」
「······」
バットマンは感想を持たなかった。日本が仮に嘘がばれたとしてもどんな緊急手段を持っているかなど興味はないし、そもそも日本の内情を説明されても理解できないだろう。
「問題なのは、この国に本来立ち入ってはならないほどの【手に負えない怪物】がいるということだ」
だからバットマンはその一点のみを思考する。
手に負えない怪物。それは自分とジョーカーどちらに対して言っているのか、そこはもういい。それはミカも同じで、彼はバットマンに敵意を持っていなかった。
つまり、ミカが言っているのはジョーカーのこと。
そのジョーカーが今回大胆にも日本の銀行を襲い、リコリス達を出し抜き、見事に金を奪い取られてしまって、その真相を日本が隠すことになってしまった。
今回の事件を簡単に説明すれば、その一言に尽きた。
「相手が何をしでかすかわからない以上、少し事情は厄介になる」
「なるほど、
バットマンは特に表情を変えず、事実を確認するくらいの気持ちで言ってみた。つまり、対抗できるのは彼だけということだ。
奴は謂わばRPGで言うところの魔王。リコリスは王様の兵士同然で、戦うには力不足だ。例え相手がライフが一だとしても、素直に攻撃を受けてくれるわけがないし、最初から大技を出してくる可能性もある。
そこで勇者が必要というわけだが、その勇者に値するのは生憎と同じ怪物のバットマンぐらいだ。法も秩序もお構い無し、ある意味ではジョーカーと共通する部分を多く持っている。そんな奴を頼っていいのか、ミカは未だに迷っている。
「······」
だがバットマンは黙って、ジョーカーの映っている写真だけを眺めている。
その様子を見ていたミカのこめかみに汗が垂れ落ちる。先の読めない暗闇へ突撃する類の緊張がミカの背筋をわずかに走り抜ける。
手慣れた感覚のはずだった。
元々戦場で生きてきたというのに、心地よくなかった。
それほどの怪物と怪物が今日本にいる。ミカを緊張させるほどの怪物が。
そのことに気付かず、ジョーカーの映った写真を眺めているバットマンは視線を固定したまま、
「コイツは危険だ。俺に任せてもらおう」
ポツリと。呟いたバットマンの顔は、まさに怪物を狩ろうとする狩人のそれだった。
ミカは戦慄した。
目の前の怪物は、敵である以上容赦はしない、と断言する怪物だった。
果たしてこの人間にとってはどこまでが『人間』で、
果たしてこの人間にとってはどこからが『怪物』であるのか。
『
真っ黒で塗りつぶされた相手に対してどれだけ考えたところで、答えがでてくるわけがない。