バットマン Burns The Night   作:織姫ミグル

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第4章

 

 

『匿名情報を検知。出所は不明、追跡も不可能。東京都警察情報通信部に提供された情報によると、神奈川県横浜市の東京湾岸にある港湾で、複数の武装集団の手によって密輸がされているという情報を確認。密輸している品は銃だということが判明。前回の事件で敵対した武器商人との関わりは極めて高いことから、今回の任務は極秘事項とする。最小限のメンバーで任務にあたるように。この港湾管理者は横浜であり、密輸先との繋がりは依然不明。武装者集団独自の犯行である可能性は九十パーセント以上。これ以上の銃の拡散は国の混乱を招く危険性あり。至急リコリスは現地に赴き、武器および武装集団の対処を。なお、作戦行動全指揮および現場リーダーは、ファーストリコリスの春川フキに一任する。本作戦の最優先事項は武装集団の身柄を確保。武器の拡散を抑えることは勿論のこと、その過程で武装集団を一人残らず殺害する事態は避けるように。最低でも一人は生かすよう、可能ならばその集団のリーダーが望ましい。一人でも身柄を確保できた場合、それ以外の者は全員排除するように。繰り返す、最低でも一人確保した場合、それ以外の者達は全員排除するように』

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

警察や軍隊といった総意的機関が存在するにも関わらず、ブルースは闇の執行人として、

 

『バットマン』として。

 

自らの正義や倫理に基づいて自警活動を続けている。

 

正当な正義の執行権利を持つ奴らからすれば、彼の行いは混沌をもたらす行為だと捉えた。

 

しかし、一方で彼の行いは混沌に満ちたゴッサムの住民たちからしたら救世主のように見えたという。不当な法や秩序で守られた悪人どもを成敗し、二度と這い上がって来れないほどの闇へと沈める彼を英雄視する者達は多く、皮肉ながら彼の行いは悪党どもと同じように黙認されていた。

 

プラスな方向に向かっているのだから、これはきっと正しいことだと皆が思った。

 

よって、彼は法律では裁けない存在をねじ伏せる権利を得た。

 

 

『それを日本にまで手を伸ばすのですか······私の勘違いであることを望みますが、今回ばかりはいくらなんでも無謀で無責任すぎる気がします』

 

「何故だ?」

 

『ブルース様が調べた通りであるならば、彼女達日本のエージェントは、治安を乱す者なら誰であろうと自国に仇をなす存在と見なし、即敵対行動を取るかと思われます。これまで大きな事件が起きてこなかったのは、おそらく彼女達が影で犯罪を企む者達を一人残らず始末していたからでしょう。隠蔽に隠蔽を重ねて、事件そのものをなかったことにする。そうすることで、日本の平和は守られているのです』

 

「······」

 

『そこにブルース様のような、何の許可もなく悪人を勝手に制裁する者は、彼女達からしたら治安を乱す存在に見えるはずです。他国からの使者ともなれば尚更です。ゴッサムの人々はあなた様の行動を称賛していましたが、日本でそれは許されません。治安を守ることを第一に考えているのならば、問答無用で攻めてくるでしょう。たった一人の勝手な行動によって自分達の国が危険に晒されるのなら、どんな手を使ってでも正体を突き止め、あなたを抹殺しにやって来る可能性がございます』

 

「時間がないんだ。悪党共をこの世から永遠に消し去るためならば、何がどうなろうと関係ない」

 

『全てを失ってでもですか? あなた様の身勝手な行動一つで、ウェイン家の遺産が全て崩壊するかもしれませんよ?』

 

「······今やってることが、家族の遺産だ。この世界を変えられないなら、何かを動かせないなら、俺の人生など意味はない」

 

『それが心配なのです』

 

「アルフレッド、やめてくれ·····お前は父親ではない」

 

『······わかっております』

 

 

スーツを着ると口調が自動的に変わる性格なのか、それとも変声した声色のテンションに合わせるためなのか。彼の父、トーマス・ウェインから引き継いだ会社を顧みずに闇の執行人としての活動に取り組むブルースは、アルフレッドの助言を意に介さない。

 

それを聞いたアルフレッドは、それ以上は何も言及しなかった。これ以上は、何を言っても無駄だと思ったのだろう。

 

何を言ってもダメならば、せめて良い結果になるように自分が精一杯支えればいい。

 

日本上空七◯◯◯メートル。

 

独特なデザインをした羽根を取り付けた一機の戦闘機、『バットウィング』に黒いスーツを纏った男が乗り込んでいた。

 

ここは彼の管轄ではない。やっていることはほとんど、いやどう考えても不法入国だ。

 

機内に取り付けられたスピーカーから甲高い警告ベルと、雑音混じりの連絡が飛んでくる。彼は耳を傾けるだけで視線は窓の外に集中させている。

 

マイクの向こうにいるアルフレッドは、わがままなご主人様に観念したような声で、サポートに徹するために現状の情報を送る。

 

 

『ブルース様、たった今日本の国家領域内に侵入致しました。探知レーダーに捉えられないようにフォックス様が開発したステルス機能も、ちゃんと稼動しております』

 

「わかった」

 

『現地時間夜の九時となりました。ペンギンが密輸した銃の行き先をある程度絞ってみたところ、奴らは横浜と呼ばれる地域の港地区に隠したのではないかと推測されます。今、座標をお送り致します』

 

 

機内にあるディスプレイにマップが表示される。それと同時に、ハッキングした監視カメラに偶然映っていた怪しい男達がタンカーからコンテナを降ろして倉庫へと運んでいく静止映像まで送られてきた。

 

彼は操縦桿を掴んだまま、薄型モニタを眺めて常に高度と座標を頭に入れている。この戦闘機は普通の戦闘機とは違ってとても繊細だ。

 

少しでも気を緩めたら思わぬ方向へと飛んでいってしまうほどのじゃじゃ馬。

 

それを操るのとモニタをチェックするには人並外れた集中力がいる。

 

と、ようやく街明かりが見えてきた。

 

上空から捉えた日本の街は、光で溢れていた。横浜とよばれる場所から少し離れた所、位置的には東京だろうか。光を一点に集めて眠らない街にしようとしているためか、その内部には背の高いビルがごちゃごちゃと詰め込まれているような印象を受ける。

 

それを見て、彼は眉間に皺を寄せる。

 

 

「······美しいな」

 

『確かに。日本には美しい文化が大量に残されておりますので、そこが日本の魅力と言ってもいいでしょう』

 

 

マイクから発せられる声は言葉を選びながら彼との会話に応じる。

 

こんな美しい景色を汚すようなクソ野郎共が日本にいるなんて、考えるだけで腹が立つ。日本の文化は海外から見たらそれはそれは素晴らしい。思わず息を呑むほどの絶景に目を奪われたなんて感想も聞いたことがある。

 

平和に過ごし、何の心配もなく日常を送れるその幸福さ。

 

それが心底羨ましい。

 

だからこそ、彼は守る。

 

守るために、ここにやって来た。

 

自分達の国から溢れ出た泥を拭うためだけに、管轄という縛りを超越してやって来たのだ。

 

日本のエージェントに目をつけられようと関係ない。悪を根絶やしにできるのなら、どこにだって赴いてやる覚悟だ。

 

彼はスピーカーに向かって一言だけ呟く。

 

 

「操縦を頼む」

 

『かしこまりました。では、ドローンモードに変更致します。サーモ画像によると、敵は十以上いると思われます。くれぐれも油断なさらぬように』

 

「わかっている」

 

『降ろすのは港近くで?』

 

「いや、ここだ」

 

 

スピーカーの言葉に億劫そうにこたえると、操縦席を開くための手順を踏んでいるのか、あるボタンを押してから機内のあちこちで電子音が鳴り響く。

 

そして、

 

 

「ッ!!」

 

 

コックピットから、一つの影が躊躇いもなく飛び出していく。

 

上空の闇夜に現れた一つの影は、まるで蝙蝠のように見えたという。

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

午後九時十七分、というデジタル表示されている時間は彼女達には相応しくない時間帯だった。

 

車内にいるのも相応しくない。

 

女子高生がたった二人で車にいるなんて、普通あり得ないことだ。

 

真っ暗に染まった夜の道に軽自動車を走らせながら、春川フキはハンドルを握る手に汗が浮き出ていた。彼女は戦闘と隠密のプロフェッショナルだ。男勝りな性格をした彼女でも、死と隣り合わせの任務となれば緊張するものだ。

 

そもそも、平和な日本に死と隣り合わせの光景なんてあるはずない。せめて人同士での拳の語り合いが起きる程度で、命を落とす規模にまでは至らないはずだ。

 

しかし、彼女達は真実を知っている。

 

平和とは、たくさんの嘘の上に成り立つもの。

 

世間に知られることなく、安心に暮らしてもらうために、真実を隠蔽して世の中に不都合なものは全て抹消するということを仕事としている。

 

彼女らは今回も、日本という平和な国に不要な犯罪を揉み消すため、組織が支給してくれた銃器と車を使って、横浜にある港へと急いでいる。人員確保をしている暇もなかったため、今回は二人で任務へと向かっている。

 

 

「······初めてのパートナーで緊張しているかもしれないが、お前には期待しているぞ“乙女サクラ”」

 

「はいっす~先輩ッ!!」

 

 

助手席で呑気にスマホをいじっている、茶色のツーブロックが特徴的な少女が軽い口調で答える。

 

つい最近、単独行動が原因で別の部署に左遷されたリコリスの後任としてファーストリコリスである春川フキの新たなパートナー、乙女サクラ。

 

彼女は誰にでも悪気なく挑発的な言動をするお調子者で、一方組織の頂点へとたどり着く事を目的としている野心家の一面も持ち合わせている。

 

塗装をできるだけ暗くし、夜の闇に潜めやすい乗用車で何の躊躇いもなくスマホを開いている彼女。その乗用車のハンドルを握りながら、フキは隣の助手席を見て呆れている。

 

彼女達は任務中だ。

 

それなのにコイツは何口笛を吹きながらスマホを開いてやがるんだろうか。

 

仕事一辺倒ではないその姿勢に少しイラつく。運転中にその感情を抱くのは危険運転に繋がるため抑えるべきだろうが、初めてのコンビで彼女も緊張しているのだろう。

 

手に汗握る現状に、ハンドルが微かに揺らぐ。

 

 

(たきなは問題行動が目立つ奴だったが優秀なリコリスだった。ま、さすがにあの時の行動は誰がどう考えてもたきなが悪いが、現場指揮を上手く出来なかった私にも責任がある。今回の任務もどうなるかわからない以上、下手に動くのは危険だ。ましてや、たきなと同じセカンドとはいえ今日はじめて組んだ相手を上手く扱えるのかもわからない。どっちみち、今回の任務は絶対に失敗はできないし、素行が悪そうな奴とはいえコイツに頼るしかねぇんだ)

 

 

先輩であり、階級が一つ上であるフキに対しても舐めた態度でいる彼女と組むのは正直不安だった。今日はじめて会って抱いた印象は、現代の若者っぽくチャラチャラしているだった。

 

そんなエージェントとしての心構えがなってない奴と一緒に任務に赴くのは、ファーストである彼女であっても緊張感を抱く。

 

さらに、前回の失敗も含めれば更なるプレッシャーが掛かり、より不安を膨張させる。

 

今回ばかりは失敗できない、ファーストとしてのプライドが彼女を苦しめているようだが、強引に気付かない振りをして平然とした態度で運転に集中している。

 

 

「先輩~どうしたんっすか?」

 

「何でもねぇよ」

 

 

フキは特に表情も変えずに答える。

 

 

「作戦についてだが、お前はあまり行動するな。相手が何人いるかわからない以上、下手に動くと人質にされてしまう可能性がある。だから、私の後ろにぴったりとついてこい。離れたら最後、お前はDAから見放されたと思った方がいい」

 

「大げさっすねぇ~。たかが密輸をしている連中を取っ捕まえればいいだけの簡単な任務でしょ? そこまで慎重に動かなくっても何とかなりますってぇ~」

 

「これは命令だ、わかったな?」

 

「はいはいっす」

 

 

サクラは口を尖らせて適当に答える。

 

彼女は何の心配もなさそうにリラックスをしているが、話はそう単純ではない。今回の任務は、前回失敗した武器取引と何か関係しているかもしれないのだ。

 

銃の出所や行方が掴めるかもしれない。

 

前回の失敗を今回で取り戻すチャンスがある以上、必ず成功させなければならない。

 

たきなと同じセカンド、それも態度的にアイツより使いにくそうな感じであるため、下手したらまた任務が失敗に終わるかもしれなかった。

 

となると、

 

 

(やっぱり私が先行するしかないよな)

 

 

という判断に至るわけだ。

 

どうも彼女的に、セカンドというクラスはあまり信用できないらしい。全員というわけではないが、何かどいつもこいつも不安要素を抱えていて扱いにくい。少なくとも、今まで組んできた奴らは大体問題行動を起こしていた。

 

独断専行をする奴に、人質になる奴。

 

なんか足を引っ張る奴しか見てきてない気がする。

 

だからあまり頼りたくないのだ。

 

そんなフキの想いは置いておいて、現場となる港近くまでやって来た。コンテナが大量に置かれた中で、そこからわずかに離れた場所に停めると、車から出て新たな相棒に向けてこう言った。

 

 

「いいか、くれぐれも勝手な行動はするなよ?」

 

「わかってるっすよ~」

 

 

相当悩む返事にまた不安になる。

 

これからどうなるかわからないが、なんとしてでも今回の任務は成功させたい。

 

一番の懸念は今は忘れるとして。

 

必要なことだけを頭のなかで繰り返して、最後は成功しますようにと運に祈る。今できることはそれしかない。現場の展開次第で臨機応変に動ければ必ず上手くいくはず。

 

フキは防弾仕様に改造された学生鞄へと手を伸ばすと、そこから銃を取り出して息を殺す。

 

コンテナの物陰に隠れ、様子を伺う。

 

他のコンテナから何か大きな箱を二人がかりで取り出している様子が所々で見える。二人一組で作業をしていることから敵の数は思ったよりも多そうだ。近くには黒い車が停められている。

 

一つの車に何人もの警護がついていることから、あそこにもしかしたらこの集団のリーダーがいるのかもしれない。

 

他の奴らを排除しつつ、あの中にいる奴を捕獲できればいいが、それを二人でやれるのだろうか。

 

 

(······考えていても仕方ない。なんとかやりきるしかねぇ)

 

 

明確な案はない。ただあらかじめ命令されていたことだけを頭に置いて慎重に行動するのみだ。

 

コンテナの陰から首を動かした彼女は、後ろで待機している後輩に目線で指示をする。SWAT隊員がよくやるサインをして現場の状況を伝えると、サクラは二回頷きつつ、にやっと笑ってOKサインを送る。

 

敵を一人ずつ確実に落とすために銃を構え、同時に別のコンテナの陰に移動しようとした。

 

そんな時だった。

 

 

『ギャアァァァアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!???』

 

「「ッ!?」」

 

 

一人の悲鳴が鳴り響くのを二人が耳にした途端、その直後港一帯が闇に包まれた。

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

冷たい風が湾から吹き付けていた。

 

春の風はとても不安定で強風がコンテナの隙間に入り込み、すでに波止場は冷え込んでいた。薄い霧が街灯にカーテンをかけ、巨大な貨物船すらもその輪郭線を霞ませる。一つの貨物船からどんどん降ろされてくるコンテナ。錆れたような色合いをした鉄の表面には、いくつもの会社のロゴが貼り付けられている。それらのコンテナが降ろされるたびに人の手によって扉が開けられ、夜だったこともあって中に光は届かない。よって中に入っているものは外からでは見えない。

 

密輸業者の三人はようやく仕事に取り掛かり、担当のコンテナから箱の荷下ろしを始めていたが、この国で銃を求めている奴らは少ない。三人はボスに言われた通り埠頭にやって来たのに、その銃は現段階では誰にも売る予定はないというのだ。予約が来るまではどこかに隠さなければならないのだが、その隠し場所まで運ぶのが意外ときつい。警察に見つかりでもしたらとか、そういう被害妄想が頭に思い浮かぶ度に心臓の鼓動が早まる。

 

だったらなんでこんな汚れ仕事をしているのかと言われたら、仕方なくだ。

 

現在の日本は、物価高が続いている。ある流行病がこの国にも上陸した日を境に、仕事も金にも困ることになった。国による感染対策によって店は強制的に営業を止められ、そしてついには閉店にまで追い込まれる始末。職を失った彼らは仕事探しに奮闘したが、どこもリモートリモートなワークばかりしかなくて、体を動かすことが商売道具な彼らには合わなかった。肩を落として三人仲良く酒に溺れていたところ、ある男からいい仕事があるからと言葉巧みに誘導された。

 

神経が弱まっていたところに差し込んだ光、その言葉に甘えてついて行ってみたら······後はご察しの通りだ。

 

彼らは重い息を吐きながら、桟橋に着いた貨物船の甲板から降ろされた巨大な貨物コンテナ中にある荷物をトラックに積み込む。

 

その時、突然リムジンのヘッドライトに照らされ、三人はその眩い光に体が固まる。

 

 

「「「······」」」

 

 

ボスだ。

 

バックシートから黒ずくめの服を着た男が一人降り立つと、どうぞとばかりに反対側のドアにまで回って開けて差し上げる。そこから高級そうな革靴を履いた足が伸びてきた。カツンという音を鳴らして、湿った地面に足を下ろすと、サングラスをかけた中年の男がこちらを見てきた。

 

大股で三人の元へと近づいてくると、一人が持っていた荷物を開けて中に手を突っ込むと、分厚い本を取り出した。辞典ほどの量のページが収められているその本は、開くことができない。それもそのはずで、ページの一つ一つに強力な接着剤をつけて固めているからだ。手で強引に引きちぎるくらいの力で開かなければ、この本は開かない。サングラスをかけた男は一冊だけその本を力強く開けると、特定のページで開かれた。そこには何の文字も書いておらず、ページの紙をくり抜いて外国製の拳銃が隠されていた。

 

 

「······面白い内容だ」

 

 

彼はそう言うと銃だけを取り出して、本は近くに積み上がっている大量の本の上に放り投げる。

 

すると彼は鼻で笑ってさっさと運べと指で合図して縁石沿いに停められたリムジンへと戻って行く。バックシートに乗り込むと、その中に座っていた自分の部下に話しかける。

 

膝に銃を乗せて、

 

 

「今回はかなり品がいいな」

 

「あの治安がクソ悪い暗黒街で一番の帝王と言われた、カーマイン・ファルコーネの元右腕のオズワルドが直接選定してくれたものですからね」

 

「これなら、客は大金を支払ってくれるだろうな」

 

「どこに売るつもりで?」

 

「まだ決まってないが、お前みたいな下っ端には想像できない連中にだよ。命が大切だと思うんだったら、ただ金を稼ぐことだけを考えてればいい」

 

 

冷酷な会話が車の中で繰り広げている中、車外では点滅している街灯の下で今も荷下ろしが続いていた。同僚が箱を手渡すと、三人のうちの一人の男が積み上げられたコンテナの間の隘路を通って運んで行く。

 

そこで、

 

カン!!

 

 

「······?」

 

 

金属製の物が叩かれたような音が聞こえた。

 

その音がどこから出たものなのかと辺りを見渡していると、ギギィと錆びた金属が擦れる音が聞こえてきた。

 

そこにあるのは、わずかに開かれたコンテナ。

 

荷物は完全に降ろされたのか、もしくは単に夜の闇で中が見えないのか、どちらにしてもその先には暗闇が広がっていた。

 

彼は開いたコンテナに向き直り、そのコンテナに近づいて行くと、

 

そこで内側に引っ張られて闇へと取り込まれた。

 

 

「うわァアッッッ!!?」

 

 

その一瞬後、くぐもったうなり声が仲間達の耳へと届いた。仲間の声だと気付いた残りの奴らは、一度手を止めて呼び掛ける。

 

 

「······おい?」

 

 

返事はなかった。

 

代わりに、

 

 

ヒュン!!

 

 

と背後で風を切るような音が聞こえたと思ったら、頭上の明かりが次々と消えた。

 

びくっと肩を震わせてしまったが、二人はすぐに冷静さを取り戻す。

 

パキンパキンとガラス製のものが割れて光が失われていることから、港を照らす街灯が割られているのだとすぐにわかった。

 

 

「「······」」

 

 

振り返り、銃をかざした。街灯に当たったものがなんなのか、地面に落ちた物を拾い上げる。光が失われている状態なので、形の輪郭をわかりやすくするために暗闇の中で『それ』を目に近づける。

 

 

「······なんだこれ?」

 

 

疑問と共に仲間に呼び掛ける。

 

地面に落ちていたのは、『蝙蝠の形に切り取った金属』。側面全てに鋭利な刃がついており、形的には手裏剣のような道具にも見えた。

 

一体これはなんだろうかと仲間に情報共有しようと、視線を振り返らせる。だが視線はそれを通り過ぎて、夜空に浮かぶ巨大なガントリークレーンへと向かっていく。

 

仲間がそちらを見ていたのだ。

 

口を開けて、不思議そうな目をして上を見ていた。

 

それにつられて視線を上に持っていくと、一つの影がぶら下がっていた。

 

 

「なんだありゃ?」

 

 

二人は瞬きをして、一人がそう呟いた。

 

蝙蝠か?

 

にしてはでかすぎる。

 

なんてことを思っていると、

 

その影が動いた。

 

翼のある影は一人を丸飲みにする。

 

 

「ッ!?」

 

 

考える余裕もなく、残りの男は振り返って走った。何が起きたのか、見ていたのにすぐその記憶が飛んだ。それほどの衝撃が彼の目の前で起きたのだ。翼を開いて落下して来た瞬間、その影は男の顔面を蹴り潰した。声も悲鳴もあげられず、同僚は沈められた。

 

その光景を目にした瞬間、彼にやって来たのは恐怖心。

 

両手を必死に振って、息も絶え絶えになりながらも積み上げられたコンテナの間を突進し、勢いを止められず角にぶつかって、スピードをわずかに緩めてカーブを曲がり、通りを飛び出す。

 

と、

 

 

「ギャアァァァアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!???」

 

 

彼の姿がコンテナの陰に引きずり込まれた。

 

真っ暗な一つの影が唐突にコンテナから飛び出してきて、彼の体を掻っ攫っていったのだ。

 

急な出来事と恐怖によって生まれた悲鳴、それは遠くに停めてあるリムジンにまで届いていた。

 

 

「ボス、見てきます」

 

「ああ、頼む」

 

 

護衛の部下は車から飛び出し、ショルダーホルスターからアメリカ製のオートマチック拳銃を抜いて、素早く辺りを見回して桟橋の方向へと向かっていく。

 

 

「何で急に明かりが消えるんだよこんちくしょうッ!!」

 

 

暗闇に向けて悪態をついても誰も聞いていない。

 

港を照らす明かりが全て失われて何も見えない状態になっていたが、僅かな輪郭を頼りにコンテナの間の回廊に滑り込む。

 

その時、

 

ブニュ、と何か柔らかい、そしてひどい呻き声をあげるものにつまずいた。何だ? と思って膝をついてライターを灯すと、そこにいたのは密輸作業をしていた仲間の男だった。

 

生きてはいるが、気を失っている。

 

首を絞めて通気口を塞ぎ、一時的に体を酸素不足の状態に陥らせて意識を奪ったのだ。その証拠に、男の首には太い痣がある。腕を組まれて絞められたようだった。

 

状況がまずいということを悟った部下はボスのリムジンまで走り、ドアを引き開けて告げた。

 

 

「どうも様子が変です、逃げた方がいい!」

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

仲間がどんどん消されていく。

 

別々に分かれた皆は今の状況を察して銃を抜く。一人一人コンテナの間の通路を抜け、迷路のような現場で状況把握を開始する。

 

すると、暗い影が狭いコンテナを通過するのが見えた。

 

それから混乱が始まった。

 

闇が一閃し、一人一人影の中に引きずり込まれていく。

 

十秒もしないうちに、見回りは全滅。たった一人生き残った男はサブマシンガンを震える手で持ち、歯をガチガチと鳴らしながら迷路を抜け出そうとしている。

 

そんな時、彼の二十メートル離れたところで影が消えてゆくのを見た。

 

 

「ッ!?」

 

 

彼はその影がいた場所に発砲する。

暗い影は木箱の間に走って消え、彼はまた何発も撃ち、更に撃ち、何度も撃ち、しまいには連射仕様の撃鉄が薬室をむなしく叩き続けるまで引き金を引いていた。

 

新しい弾倉を探してポケットをかきまわしながら、パニックに染まった声で叫ぶ。

 

 

「どこだッ!? 出てこいッ!!」

 

「ここだ」

 

 

耳に囁き声が聞こえた。

 

瞬間、

 

彼の意識は闇へと葬られた。

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

部下が戻ってこない。

 

偵察に行った仲間達の様子を見に行ってから全然帰ってこない。

 

 

「一体何事だ?」

 

 

サングラスをかけた男はショットガンを掴み、リムジンを降りる。腰だめに構え、いつでも撃てるように人差し指を引き金にかける。

 

すると、コンテナから物音が聞こえた。

 

唸り声、呻き声、それからバキッボキッという鈍い音。彼は銃を船の舳先のように前に突き出して手下達を探して歩き回る。

 

そして見つけた。

 

全員息をするだけの肉塊となっている姿を。

 

 

「ッ!?」

 

 

その光景に息を呑んだ。

 

みんな生きており意識をなくしていたが、どいつもこいつも酷い有り様だった。腕が反対方向に折れ曲がり、地面には折れた歯が何個も転がって、へこんだコンテナに埋められている者まで、まさに虫の息の状態だった。

 

ボスである彼は手下どもを助けることなんて端から考えていなかった。そんな手間をかけるくらいなら逃げた方が断然いい。

 

彼は急いでリムジンまで戻って後部座席に乗ると、運転席と座席を仕切るプレキシグラスをゴンゴンと叩いて叫ぶ。

 

 

「出せ、早くッ!!」

 

「······」

 

「聞こえたろッ!? 早く出せッ!!」

 

 

それでも返事はなかった。

彼は仕切りを下ろして運転手の肩を揺すって応答するように呼び掛けるが、運転手は脱力してそのままハンドルに突っ伏した。

 

すでにやられていたのだ。

 

 

「ッ!?」

 

 

良く見ると、運転席の前にあるフロントガラスが完全に割られており、壁も何もない状態になっていた。運転手の鼻は折れ、鼻血を流して目を瞑っている。

 

彼はもう逃げ場はないと悟ったのか、うわ言のようにこう呟いた。

 

 

「あいつ······一体何者だッ!?」

 

 

その疑問はすぐに解消された。

 

直後、

 

バカンッ!! という凄まじい音と共に、視界が一気に広がる。

 

ガラスのサンルーフが割れるだけでなく屋根そのものをベキベキと音を立てて車体から分断したと思ったら、黒い防具で包まれた二本の腕がボスの男の襟首を掴み、オープンカーとなった車から引きずり上げられた。

 

 

「······ッ!?」

 

 

穴から引っ張り出されたボスは黒いマスクで覆われた顔と向かい合う。

 

君臨したのは、蝙蝠をモチーフにした怪物。

 

その姿を目の当たりにして声を失ったボスの男に対して、日本の闇に挑みかかるようにこう宣言したのだ。

 

 

()()······()()()()()()

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

一ブロック先、赤と紺の制服に身を包んだ女子高生が銃を構えてコンテナの陰で様子を窺っていると、くぐもった悲鳴が聞こえた。

 

銃声まで鳴り響く始末。

 

一体何が起きているのか、二人は全く掴めていない。

 

 

「なんだ······一体何が起きてるんだ?」

 

「わ、わかんねぇっす」

 

 

そんな状態の中で下手に動いたらどうなるかわかったもんじゃないと思った二人はもうしばらく息を潜めていたが、次第に混乱染みた悲鳴と銃声は聞こえなくなった。

 

それが合図だと思った。

 

彼女達は恐る恐るコンテナの陰から離れると、別のコンテナの壁をつたって一ブロック進み、闇の中を早足で通過する。

 

やがて桟橋につくと、喘いだ。

 

喘ぐしかなかった。

 

全身黒ずくめの装備を着込んだ大男が、ボロボロになったリムジンのルーフの上に立っていたのだ。

 

 

(な、なんだアイツ!?)

 

 

相手はまだこちらに気付いていない。

 

それを良いことに彼女は周囲の状況を確認する。狭いコンテナの回廊から手が飛び出ているのが見えた。意識がないのかピクリとも動かない。遠くを見ると、複数の男達が死んだように地面に倒れ込んでいた。腕が反対側に折れ曲がり、足も別の方向を向いている。

 

無力化するために一人ずつ腕か足のいずれかを壊したようだが、その残虐さにフキの全身へ緊張が走る。

 

フキの銃を持つ手から、異様な汗が吹き出ているのがわかる。

 

理由はわからない。しかし車の上に立っているあの人影は、容赦ナシの怪物だということだけは理解した。ここにいる連中をたった一人で無力化した、それも素手で。銃か何かの武器を使った形跡はない、全て拳で沈めたようであった。武器を所持した複数の男共を相手に素手で挑んで勝つなんて、明らかにレベルが違いすぎる。

 

今まで何人もの強者と相手をしてきたが、奴はどう考えても別格だ。

 

どう立ち向かうのだとか、どこから奇襲すればいいのだとか、そういう段階を越えている。死線を乗り越えたからこそ感じるプレッシャー、その圧がこれまで以上だった。

 

茂みに隠れて猛獣をやり過ごす草食動物のように、フキ達は息を潜めていた。

 

というのに、

 

 

「いい髪型だな」

 

「ッ!?」

 

 

突然投げ掛けられた声に、フキの全身が強張る。

 

その変声された声質そのものも禍々しかったが、何より彼女が驚いたのは、陰に隠れてるのにこちらの位置を既に特定していたということだ。

 

フキは銃を構えつつも、信じられないようなものを見るような目でそちらを見る。

 

明らかに黒いマスクで覆われた目はこちらを向いている。コンテナの角を見つめている。

 

完全にばれているようだった。

 

フキは生存本能から体が硬直しコンテナの陰から出られなかったが、彼は構わずこう続けた。

 

 

「いずれ君達とはまた会うことになるだろう、他の友達にもよろしく言っておいてくれ」

 

「ッ!?」

 

「俺はまだやることがある·······こいつらのことは任せたぞ」

 

 

それだけを言い残し、消えた。

 

夜の空へ舞い上がったのだ。

 

雲に覆われた夜の先へと消えていく男を、フキは追えなかった。

 

声もかけられなかった。

 

圧倒的な存在を捕まえなければいけなかったのに、ファーストリコリスである春川フキはしばらく恐怖心で動けなかった。

 

 

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