バットマン Burns The Night   作:織姫ミグル

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第6章

 

 

新宿近くの無人の道路で、一台の車が停まっていた。

 

車、と呼ぶには少々設備が整いすぎて高級すぎる気もするが、リムジンとまで呼ぶにはやや手狭な、ある意味で非常に目立たないレクサスLSの中に、とある謎の支援機関の実質的なトップの一員、吉松シンジは悠然と佇んでいた。

 

日本時間午後九時を回る所だが、そんな時間帯でも普通外は賑わっているはずだ。眠らない街、東京とまで言われた一国の首都の道路にいるにも拘わらず、周囲は荘厳と表現できる静けさに包まれている。

 

人通りが少ない場所を知っていたからこそ、この静寂な闇が心地よく思える。

 

彼は車の中から夜景を楽しんでいる。

 

車の中に当たる光はフロントガラス越しの月明かりと、運転席に付けられている液晶モニタの光だけだ。

 

彼は優しく、それでいて冷酷な微笑みを浮かべてモニタに映っている映像を見る。

 

 

「······千束」

 

 

そこには、赤い制服を着込んだ少女と、こちらに銃口を向けている紺の制服を着た黒髪の少女の姿が映り込んでいた。

 

 

『あの距離でドローンに気がつくとはな······しかも一発で当ててくるとは、たいした腕だ』

 

 

モニタから耳障りな声が聞こえてくる。

男か女か、子供か大人か、善人か罪人かもわからない変造された声に吉松は思わず鼻で笑ってしまう。

 

彼は特に何も答えず、ただ赤い制服の少女に目を向けていると、

 

 

『リコリスの知り合いか? 国家に仇なす者を消して回る噂の処刑人が、まさかこんな少女だったとは驚きだ』

 

「······」

 

 

余計な一言を付け加えてくるモニタの声に、吉松は目を細める。せっかく目当ての少女が収められた映像を楽しんでいたというのに、リスのようなダサいイラストが割り込むように映し出されて、吉松はつまらなそうに告げる。

 

 

「さすがはウォールナット、博識だな」

 

『無知であることは嫌いなんだ······だからもっと知りたいことがある』

 

「報酬だね? 依頼したDAのハッキングには満足している。十分報いる額を────」

 

『まだ続きがある』

 

 

一言で言い切った。

 

その声に吉松はほんの僅かに黙る。続きだと? と眉をひそめていると、モニタに新たな映像が送られてくる。

 

そこに映し出されたのは、一方的な蹂躙だった。

 

動画の時間は三十秒ほどの長さしかなかった。その短時間で、黒ずくめの鎧を着込んだ謎の男が武装した集団を殲滅していた。

 

軍事用コンバットスーツを改造して作られたようにも見えた。スーツの胸部分には蝙蝠のようなマークが掘られている。

 

その男がいた場所は、おそらく少女達がいた所のすぐ近く。

 

その証拠に、戦闘が行われている現場の奥でひょっこりと黄色が混じったような白髪の頭が壁の陰から出ている。

 

日本でその髪型をしている者は少ない。

 

場所の雰囲気も似ていて、この戦闘がどこで行われたものなのかすぐに特定できた。

 

しかし、気にするべき所はそこではない。

 

 

「······バットマン、か」

 

『何故奴が日本にいるのかさっぱりわからない。奴の管轄は世界一治安が悪いあのゴッサムの中だけじゃなかったか? それなのに何故奴は、しかも何故リコリスがいる現場に都合よく現れたんだ?』

 

 

モニタの声は平淡に告げるが、彼は何も答えない。しかし変声された声は構わず続ける。

 

 

『それだけじゃない。奴はこの数分前に、横浜の港でも武装した男達を無力化している。それにその現場には別のリコリスもいた。しかも、ここにいた奴らは外国から銃の密輸を行っていたようだ』

 

「ほう」

 

『銃の密輸と、銃取引·····そして、バットマン。偶然にしてはいくらなんでもタイミングが良すぎる。今回DAが抱えている問題に、奴も何か関係してるんじゃないかと思うんだが』

 

「それで? 何故この映像を私に見せる? 私が頼んだのはDAのハッキングと、リコリスの戦闘映像を撮ることだけだったはずだが?」

 

 

モニタは簡単だ、と一言告げると、

 

 

『何故銃取引なんぞに関わる? 施しの女神はタブーなしなのかい? “アラン機関”······』

 

「······」

 

 

モニタの声は得意げにそう伝えるが、対してモニタの前にいる吉松からの返事はない。

 

? とモニタの向こうにいるであろう相手は一瞬首を傾げたような声を上げると、

 

ドン!! と。

 

すぐ近くのビルの一角が、唐突に爆炎で赤く照らされた。

 

距離は本当に近い。音よりも光の方が数秒速くやってくる。無数のビルで隠れそうになっている黒い煙は、天を貫くように上空へと舞い上がっていく。

 

吉松は落胆したように、しかしどこか面白がるようにこう言った。

 

 

「無知であるほうが人は幸福なんだよ? ハッカー······」

 

 

吉松シンジは一仕事を終えたかのように一呼吸置くと、ハッカーから送られてきた映像に再び目を向ける。

 

バットマン。

 

その名を知っている者はこの国では少数だ。

 

都合の悪いものは日本は見せない。日本を出来るだけクリーンな空間にさせるために、必要のないと判断した物は容赦なく切り捨てるのがこの国の方針だ。

 

治安が悪い街のニュースなんて、綺麗好きな日本は一切取り上げないだろう。ゴッサムという街の名前すらも報道されない。

 

よって、その中で活動しているヒーローのことなど誰も知らない。

 

ある者達を除けば。

 

 

「彼がこの国にやって来ているとは·······少々予想外だが、やりようによっては利用価値がありそうだ」

 

 

彼の役目は、天才を探し出して無償の支援を行うこと。その支援する『才能』には見境がなく、正か邪かを区別しない。

 

例えそれが、『人を殺す才能』だったとしても、彼らの支援対象になる。

 

彼の······彼らの目的は、才能の開花。

 

そのためならば、法律も倫理も関係ない。殺し合いをさせる事も厭わない。

 

モニタを眺めている吉松はニヤリと笑うと、

 

 

「ふむ······確かに、銃の密輸と銃取引に彼も何か関係しているかもしれないね。だとしたら、彼と千束を一緒に行動させることで、予想以上に面白い結果となるかもしれない」

 

 

吉松は面白そうに呟くと、運転手の女性がつられるように無機質な声で話しかける。

 

 

「楽しみですね」

 

「あらゆる意味でね」

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

患者は日本のニュースをテレビで見ていた。

 

触法精神障碍者である彼がいる場所は、『アーカム・アサイラム』と呼ばれる精神病院。

 

正気を失った犯罪者が刑の執行を受ける代わりに、この精神病院に収容されるのだが、彼はどこまでいっても正気だった。

 

むしろ、奴らがおかしいのだ。

 

こんなにも美しくて、

 

無慈悲で、

 

無惨で、

 

残酷で、

 

極悪で、

 

兇悪で、

 

無情で、

 

無道で、

 

残忍で、

 

苛酷で、

 

冷酷で、

 

薄情で、

 

壮絶で、

 

最低で、

 

平凡で、

 

非道で、

 

理不尽なこの世界を楽しもうとすらしないなんて、勿体ないとすら思わないのか。

 

愉快すぎて腹が割れる。

 

今日の朝、日本で起きた事件。ビルが立ち並ぶ東京で一つの建物が爆発し、赤い炎がもくもくと立ち上っている。横浜の港でなにやら騒ぎがあったみたいだが具体的な詳細は依然不明、現場には蝙蝠のような金属片が残されていたという。

 

他にも、謎の集団に拉致られかけたみたいな報道もされていたが、近くにいた民間人の協力によって無事に問題を解決したようだ。

 

そんな明るいニュースを眺める一方で、患者は隣街、ゴッサムのニュースに目を通す。

 

患者が気に留めたのは、『BATMAN NO MORE GOTHAM』という項目。

 

治安がクソ悪いと言われているこのゴッサムから、あの蝙蝠野郎は離れたというのだ。

 

理由は知らないが、それだけで街は大騒ぎだった。

 

幸い、奴の弟子共がこの街を監視するみたいだが、そんなことはどうでも良かった。

 

()()()()()()()()()()()()()()()

 

その事実に思わずため息をつく。

 

ゴッサムという街は限界だ、とさえ思い始めていた。

 

しかし、

 

しかし、だ。

 

彼はあることに気が付いた。

 

先ほど、日本のニュースで横浜で騒ぎがあったと報道されていた。その場所には蝙蝠のような金属片が残されていたとも言っていた。

 

そんなものを持ち歩く奴なんて、一人しかいないだろう。

 

彼はその真実に気が付くとベッドから立ち上がって、病室の窓の外を眺めながら、

 

 

 

HAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAAAAAAAッッッ!!

 

 

 

自分を除け者にしてそんな所に行っちゃうなんてあんまりじゃないか、とばかりに思わず笑みが溢れる。新しい玩具を貰った子供のように喜んでいると、彼は口には出さずに頭の中でこう思った。

 

独り占めは許さないよダーリン! と。

 

楽しみすぎる展開に、心が躍る。

 

囚人はもはやそちらを眺めずに、くしゃくしゃな笑い声を上げながら牢獄の地面を転げ回る。

 

口元には、三日月のようにばっくりと左右に引き裂かれた笑みだけがあった。

 

 

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