イングリットの誕生日をみんなで祝うお話。
イングリットの誕生日のお話です。ベレスが教師になっている本編時空ですが、12月のジェラルト関連の不幸等は起こっていない平和な時間軸になります。ベレスは青獅子担任、スカウトは基本なしですが他学級生徒も出てきます。
「精が出るね。」
ある冬の日の夕暮れ時。幼馴染たち4人で訓練をしていたところに、ベレスがやってきた。
「先生も訓練ですか?」
「いや、そろそろ夕食の頃だから、一緒にどうかなと思って。」
「夕食……申し出はありがたいのですが、私たちはもう少し残って……」
「ここはお言葉に甘えようぜ。な?」
断ろうとするイングリットの言葉を遮って、シルヴァンが明るい声で言った。
「ちょっとシルヴァン、まだ訓練の途中じゃない。あなたが真面目に訓練するのなんて珍しいんだから、こういう時ぐらいはちゃんとやりなさいよ。」
「その辺にしてやれ、イングリット。ちょうど俺も腹が減ってきたところだ。」
「腹が減っては戦ができぬと言うだろう。空腹のままで続けたところで、無意味だ。」
ディミトリとフェリクスにも言われて、イングリットもとうとう折れた。
「では、ご一緒させていただきます!」
さっきまで渋っていたのはどこへ行ったのか、嬉しそうに言うイングリットを見て、シルヴァンは苦笑した。
「はは、お前の食い意地は昔っから変わらないなあ。」
「べ、別に構わないでしょう? 大修道院の食事は美味しいんだから。」
そんなやりとりをしながら、5人は連れ立って食堂へ向かった。
***
食堂の前では、アッシュとアネットが待ち構えていた。
「準備は万端ですよ。さあ、入ってください!」
「ほらほら、座って座って!」
「は、はあ……。」
2人に促されるまま、イングリットは席に座らされる。食堂の中には、2人以外にも大勢の生徒たちが待っていた。
「あの、これはいったい……?」
「えへへっ、せーの……」
「「「誕生日、おめでとう!」」」
皆の声が揃って響く。驚いて呆然としているイングリットの前に、何かの包みを持ったベレスが歩み寄る。
「びっくりしたかな? 君の誕生日のために、みんなでいろいろ用意していたんだ。はい、これは自分からの贈り物。」
「あ……ありがとうございます。」
まだ驚きを抑えきれないながらも、イングリットは嬉しそうだ。
「贈り物も良いですけど、まずは宴を始めましょうよ。ほら、こいつもご馳走が待ちきれないって顔してますし。」
「適当なこと言わないでちょうだい、シルヴァン。……ふふっ、でも確かに、さっきからずっと美味しそうな匂いがしていて、お腹が減ってきたわ。」
「よしきた、それじゃあ始めようぜ! イングリットの誕生日祝いをな!」
シルヴァンが陽気に宣言し、皆もそれに続いた。次々と運ばれてくる料理は、どれもイングリットの好物ばかりだ。
「ん~っ! このお肉、とっても柔らかくて美味しい! 味付けも絶妙だし、野菜の風味がそれを引き立て……まるで戦場を駆ける王と騎士たちのよう……!」
「そいつはよかった。お前、ほんといい顔で飯食うなあ。」
不意に背後で声がして振り向くと、ユーリスがいた。
「俺様とアッシュとドゥドゥーが腕によりをかけて作った最高の晩飯だぜ。ま、こいつが俺たちからの贈り物だな。」
「まあ、あなたたちが作ってくれたのですか? こんなに素晴らしい食事を……感謝します!」
「いやいや、喜んでくれりゃそれでいいんだよ。んじゃ、俺は一旦失礼するぜ。この調子でいくと、おかわりがすぐなくなっちまいそうだからな。」
そう言ってユーリスは去っていった。それと入れ替わりに、ドロテアがやってくる。
「お誕生日おめでとう、グリットちゃん。はい、私からのお祝いよ。」
そう言って手渡されたのは、白い花のついた髪飾り。
「お化粧道具も考えたのだけど、装飾品のほうが簡単にかわいくなれるじゃない?」
「その、受け取っておきますが……こんなにかわいらしいもの、本当に私に似合うでしょうか?」
「心配なら、今ここで試してみちゃう?」
イングリットが何か答える前に、ドロテアはさっとイングリットに髪飾りをつけてしまった。
「ふふっ、やっぱり似合うわ。ね、シルヴァンくん?」
「ああ。あのイングリットだってわかってても、口説いちまいそうだ。やっぱりドロテアちゃんの選ぶものは間違いないな!」
「もう、私じゃなくてグリットちゃんを褒めてあげてくださいよ。それから、もうひとつ……」
ドロテアは、自分の背後で小さくなっていたベルナデッタを前に引っ張り出した。
「ベルちゃんも贈り物を用意してるみたいですよ。ベルちゃん、今渡しちゃいましょ。」
「そっ、そんな急に振られても……! あああの、これっ、手作りです! 受け取ってくださいいい!!」
イングリットの腕に押し付けるようにして、ベルナデッタは何か白いものを渡した。……天馬のぬいぐるみだ。本物の天馬の羽と同じようにふかふかで、温かい。
「とてもかわいらしいですね! ありがとうございます、ベルナデッタ。ドロテアも、素敵な髪飾りをありがとうござます。学級も違うというのに……嬉しいです。」
「あら、学級なんて関係ないわよ。あなたの誕生日を祝いたい気持ちはみんな一緒なんだから。こんな盛大に宴を催そうって言い始めたのも、金鹿のクロードくんですし。」
ちょうどその言葉に反応したかのように、クロードをはじめとした金鹿の学級の面々がイングリットの元へとやって来た。
「よう、誕生日おめでとさん、イングリット。」
「あなたがこの宴を企画してくれたと聞きましたよ、クロード。おかげで良い誕生日になりそうです。あなたに感謝しなくてはいけませんね。」
「そういうことなら、俺じゃなくてシルヴァンに言ってやってくれよ。そもそもの誕生日会の企画はシルヴァンだからな。俺は、ちょっと派手にしようって意見を出しただけさ。」
「シルヴァンが……?!」
驚いたイングリットが思わずシルヴァンを振り返ると、彼は微妙な表情を浮かべながら笑った。
「そんなに意外かよ。ま、幼馴染の誕生日を祝うくらいは普通だろ?」
「そうよね。ありがとう、シルヴァン。こういう時ぐらいは、あなたにも感謝しておかなくちゃね。」
幼馴染どうしの心温まるひとときであった。
「と、まあ、それはいいんだが……俺たちも贈り物を渡してもいいか?」
完全に蚊帳の外だったクロードが注意を戻す。
「俺からは、俺特製の調味液だ。こいつをかければ、どんな料理でもたちまち美味くなる。……いや、怪しい薬じゃないぜ、信じてくれよな。」
「おお、それならオデの贈り物にもぴったりだぞ! イングリットさん、食べるの好きだったよな。だから、うんめえ干し肉をたくさん用意したぞ。」
「ボクからは、この茶器をどうぞ。空のような綺麗な色で模様が描かれていますから、外で飲むお茶がより美味しくなるかと。」
「私は……この馬櫛を……。天馬のお世話に、使ってあげてください。」
たくさんの面々から贈り物をもらって、イングリットはまた笑顔になる。
「ありがとうございます。大切に使わせてもらいますね。」
イングリットがお礼を言うと、金鹿の皆も穏やかに微笑んで、自分たちの卓に戻っていった。ラファエルの贈り物を見ながら、フェリクスがぼそりと呟く。
「まさか、イングリットの食い意地が隣の学級まで伝わっているとはな。」
「確かに、言われてみれば……。なんだか恥ずかしくなってきたわ。」
「実際、お前の食べっぷりは見ているだけでも気持がいい。誰かにふと教えたくなることもあるだろう。お前もそう思うだろう、ドゥドゥー?」
「ああ。お前は、おれの料理もとても美味そうに食べてくれる。料理を作る者として、これ以上ない喜びだ。」
いつの間にか戻ってきていたディミトリとドゥドゥーが、顔を少し赤くしたイングリットをなだめるように声をかけた。
「そうだ、俺たちからも贈り物を渡しておかなければな。この包みには乗馬用の靴が入っている、受け取ってくれ。」
「これを、私に……。感謝します、殿下。」
それに続くように、シルヴァンも包みを取り出す。
「俺からはこの本だ。お前が読みたいって言ってた騎士道物語をアッシュに聞いたから、そいつを用意したぜ。」
「俺は良い武器を用意した。後でやるから、楽しみにしておけ。」
「シルヴァンも、フェリクスも、ありがとう。おかげで、本当に良い一日になったわ。」
イングリットは、今日一番の笑顔で2人に告げた。
と、その時、突然破裂音とアネットの悲鳴が食堂に響いた。
「!? 大丈夫ですか、アネット?」
「う、うん……あたしは大丈夫だけど、食後のお菓子が……。」
何をどう失敗したらそうなるのか、アネットが作っていた菓子であろうものは、今や原型を留めておらず、薄く煙が立ち上っていた。
「ごめんね、イングリット。せっかくの誕生日なのに……。」
「気にしないでください、アネット。今日はもう十分に幸せな思いをさせてもらいましたから……菓子がなくとも、平気です。」
そう言いつつも、イングリットからは若干の未練が感じられた。と、そこへ救いの一言が舞い込んできた。
「あっ、こっちの半分はちゃんとできているわよ~。」
隣の炉を覗き込みながら、メルセデスが優しく言う。
「量は半分になっちゃったけれど、ちゃんとお菓子は食べられるわね~。」
「ほんと?! よかったあ……。さすがメーチェだね!」
「ふふっ、丸く収まったようで、よかったです。さあ、お菓子を食べる準備をしましょうか。」
こうして、イングリットの誕生日会は、楽しく続いていく。誕生日は、祝われる側も、祝う側も笑顔にするのだ。
ある冬の日―――守護の節、4の日の物語であった。