スタルーク隊内相互の支援Aおよびシトリニカ⇔ユナカ支援Aを前提としています。
また、スタルーク×ラピスのカップリングを固定化しています。
こんな感情が胸中を渦巻くようになったのは、いつ頃からだっただろうか。
そう、こんな感情が
見慣れたはずの顔も、髪も、何もかもが、このごろはまるで宝石のように美しく見える。そして、今わたしを呼んでいる声も―――
「シトリニカ? ちょっと、シトリニカ!」
「はっ?! ど、どうしたの?」
ラピスが自分の顔を覗き込んでいる。……そうだ。今は、ラピスとスタルークと、3人で会議中だった。わたしったら、すっかりラピスに見惚れて……。
「……ごめんなさい、少しぼうっとしていたわ。ええと……何の話だったかしら?」
「ええと、恵まれない境遇の子どもたちを助けるための基金について、です。」
「疲れているんじゃないかしら。ちゃんと眠れている?」
「ええ、大丈夫よ。ありがとう。」
わたしの体調を気遣ってくれるなんて、なんて優しいのかしら。さすがはラピスね……って、いけない、また見惚れてしまうところだったわ。今は、会議に集中しないと……。
「資金の問題はなさそうです。なので今日は、具体的な活動内容などについても話しておきたいと思います。それから……」
***
(なんだか、今日は一段と疲れたわね……)
会議が終わり、シトリニカはほうっと大きなため息をついた。
ラピスが心配してくれたように、最近はよく眠れていない。ラピスはスタルークのことが好きなのだから、わたしがこの思いを伝えても困らせてしまうだろう。だから、絶対にこの気持ちを悟られてはいけない。……そう自分に言い聞かせていると、抑えようのない想いとの間で板挟みになってしまって、ぐるぐると思考ばかりがめぐるうちに、毎夜目が冴えてしまう。
睡眠不足も相まって、ラピスのことが好きだとはっきり自覚して以来、何事にも身が入らないようになってしまった。気付けばぼうっとラピスのことを考えているのだ。
今日も2人からさんざん心配されてしまった。……これ以上迷惑をかけるわけにもいかない。とりあえず、今日の仕事だけでも、早く終わらせてしまおう。今日の会議の内容を、ユナカにも共有しに行かないと。
ユナカを探しに行く前に、シトリニカは最後にもう一度ラピスのほうを振り返った。ラピスはスタルークと何やら話していた。ふと、顔をあげたラピスと目が合う。
……シトリニカは、また新たな感情の芽生えを感じた。その感情はなんだか重くモヤモヤとしていて、胸が押しつぶされるような感覚になる。その感情から逃げるように、シトリニカはその場を離れたのだった。
***
拠点ソラネルの片隅で、シトリニカは基金の発案者であるユナカに今日の会議の内容を伝えた。ユナカがシトリニカを呼び止めたのは、報告を終えて帰ろうとしかけた時だった。
「あっ、少し待ってくだされ!」
「どうしたの?」
「その……何かお悩みはありませぬか?」
「えっ?」
突然の質問に、シトリニカは戸惑う。
「仕事柄、人の表情の変化には敏感でして。今日のシトリニカ氏は、暗い顔をしていましたから、それで悩みがあるのではないかと。強制するつもりはありませぬが、よければ話してみませんかな? 話すことで楽になることもあるかもしれませんし。」
「……あなたに隠し事はできないわね。この前は、あなたが勇気を出して過去の話をしてくれたから、今度はわたしの番かしら。」
「無理はなさらずとも……」
「いえ、いい機会だもの。聞いてくれる?」
そう言って、シトリニカは語り始めた。
「その……名前は出さないけれど、わたしは今、ある人に惹かれているの。とても優しくて、いつも私のことを気にかけてくれていて。一緒にいると落ち着くというのかしら。でも、その人にはもう既に好きな人がいて……。だから、この気持ちは諦めないといけないと思うのだけど……。」
「ほほう。」
「それでも、やっぱり諦めきれないの。それに、その人がわたし以外の人と話しているだけで、なんだかもやもやするようになってしまって。こんな気持ちは初めてなの。ねえ、ユナカ。私、この気持ちをどうすればいいのかしら?」
一気にしゃべりきって、シトリニカはほうっと息をついた。ユナカはシトリニカの顔をまじまじと見つめ、しばらく考え込んでから口を開いた。
「ううむ……わたくしめも恋愛というものには縁遠い生活を送ってきていましたので、満足のいく答えができるかはわかりませぬが……。わたくしめからひとつ言えることがあるなら、『自分に正直になるべし』ですな。」
「自分に、正直に……?」
「わたくしめも、後ろ暗い過去を覆い隠して生きていたわけですが、あの時シトリニカ氏に話をして以来、幾分か胸の内が軽くなったように思います。一度勇気を出して、その方に正直な気持ちをぶつけてみるのですぞ。」
「なるほど……。そうよね、行動しなければ何も変わらないものね。ありがとう、ユナカ。おかげで少し、元気が出たわ。」
「お力になれたならば何よりです。頑張ってくだされ!」
ユナカの言葉に背中を押され、さっきよりも心が軽くなったような気がする。今なら、何かを変えることができるかもしれない……そう思い、シトリニカはまた歩き出した。
***
「シトリニカ。……少し、いいかしら?」
ラピスを探して歩いていると、後ろから本人に声をかけられてしまった。
「ちょうどよかったわ。わたしも、話があったの、だけど……。」
答えつつ振り返ったシトリニカは、思わず口をつぐんでしまった。ラピスが、とても真剣な表情をしていたからだ。
「いいわ。シトリニカから先に話して。」
「え、ええと……ちょっと、ここでは話しづらいから、場所を変えない? 二人きりで話したいことがあったのだけれど。」
「二人きりで……。やっぱり、そうなの? 確かに、それならここでは話しにくいわよね。外に行きましょう。」
ラピスの声は、どんどん悲しそうになっていく。何が原因かはわからないけど、とても思慕の情を伝えられるような雰囲気ではない。焦るシトリニカをよそに、ラピスはさっさと歩きだしてしまった。
2人は、ソラネルの人気のない一角で足を止めた。日が沈みかけていて、辺りは薄暗い。
「さあ、……覚悟はできているから、遠慮なく言って。」
「ま、待って、ラピス! きっとなにか、誤解していると思うの。先にあなたから話して。あなたが何を言いたいのか、ちゃんと知りたいの。」
「そう……そうよね。」
ラピスは目をぎゅっと瞑ると、静かに息を吐いた。
「なら、単刀直入に言うわ。シトリニカ……あなたも、スタルーク様のことが好きなのね?」
「えっ……?」
予想外の言葉に、シトリニカは目を丸くした。
「ち、違うわ。わたしが好きなのは……」
「隠さなくてもいいわ。最近のシトリニカを見ていれば、わかるもの。3人での会議中もずっとうわの空だし、一日の仕事が終わって別れるときはとても寂しそう。それに今日は、あたしがスタルーク様と話しているときに、怖い顔で睨んで行っちゃったじゃない。」
「そんなこと……」
否定しようとしたが、その時の状況を思い出して、黙ってしまう。ラピスと話しているスタルークへの嫉妬が顔に出てしまっていたのかもしれない。それに、昔から目つきが悪いと時々言われる。そんな顔を見られてしまったのなら、怒っていると思われても仕方がないだろう。
「ごめんなさい、シトリニカ。あなたの気持ちが、そんなに強いものだとは気づけなかったの。……あたし、スタルーク様のことは諦めるわ。スタルーク様のお隣には、あたしみたいな田舎娘なんかよりも、シトリニカみたいに綺麗で強くて、煌びやかな人が似合うはずだから。」
ラピスの感情が昂っている。泣き出してしまいそうな声で、歯止めが効かなくなったように言葉を紡ぎ続ける。
「……今まで仲良くしてくれてありがとう。あたし、王城兵をやめて田舎に帰るわ。ここにいたら、またスタルーク様のことを想ってしまいそうだから。シトリニカの邪魔はしたくないの。だから、2人でどうか幸せに―――」
「ラピス!!」
今にも駆けだしていってしまいそうなラピスの肩をしっかりとつかみ、シトリニカは叫んだ。
「あなたが言っていることは、全部間違いよ。だって……だって、わたしは―――
―――わたしは、ラピスのことが好きなの!―――
きれいな顔も髪も、かわいい声も、優しくて真面目な性格も、みんな―――大好きなのよ。」
ああ、言ってしまった。けれど、どこかすっきりしたような気がする。
「え……シトリ……ニカ……?」
ラピスの顔が、みるみるうちに赤く染まる。頬が熱いのは、自分の顔も同じくらい赤くなっているからだろう。
「会議中にぼうっとしていたのは、ラピスに見惚れていたから。仕事終わりが寂しいのは、ラピスと離れたくないから。怖い顔をしちゃったのだって……きっと、ラピスがスタルークと楽しそうに話してるからね。ラピスが一番楽しそうなのは、スタルークと話してる時だもの。妬けちゃうわ。」
「えっ、ええっ……? あたし、てっきり……」
「たしかに、スタルークは素敵な人だけれど……わたしは、臣下のままでいいわ。恋人じゃなくてね。それに、わたしはずっと、ラピスのことを応援しているんだから。」
そう言って微笑むと、ラピスはやっと笑顔を見せてくれた。やっぱり、ラピスには笑顔が似合うわ。
「ふふ……ありがとう、シトリニカ。あたしのこと、そんな風に思ってくれたいたなんて……。それなのにあたしったら、変な勘違いをして、一人で慌てちゃって……馬鹿みたいだわ。」
「それだけわたしのことを真剣に考えてくれたんでしょう? やっぱりラピスは、とても優しいのよ。……そんな優しいラピスが好きよ。」
「……そ、その、ことあるごとに好きだって言われると、照れちゃうわ……。」
「ふふっ、かわいいのね。」
「も、もう……からかわないで。」
そう言いつつも、ラピスははにかんだ笑顔を見せた。
「ラピスがスタルークのことを好きなのは知っているわ。だから、代わりにわたしを愛して、なんて贅沢なことは言わない。ラピスにとっての幸せがスタルークとの未来だというのなら、それを邪魔することはしたくないもの。
……でも、最後にひとつだけ、お願いを聞いてくれる?」
「ええ、いいわよ。どうしたの?」
「ラピス。どうか、わたしと―――
それからしばらくの間、ラピスとスタルークの関係は一進一退を繰り返した。少し進展したかと思えば、あっという間にどちらかが気恥ずかしくなったり、自信を失ったりしていたせいだ。その度にシトリニカが2人の背中を押し、あるいは静かに見守って、2人の距離を少しずつ縮めていった。
そうして長い長い時が過ぎ、ついに2人は結ばれることになったのだった。
「とても綺麗よ、ラピス。この純白のドレス、やっぱりあなたに似合うと思っていたの。」
「あ、ありがとう……。でも、やっぱりこんな高級なドレスを着ると、緊張しちゃうわ。」
「しっかりして。あなたはもうすぐ、スタルークの妃になるのよ? 王族の暮らしに慣れておかないと。」
「ふふ、そうよね。……でも、やっぱりまだ、少し不安なの。あたしはスタルーク様のお隣に立つに相応しい女性なのか。」
「自信をもって。わたしは、ラピス以上に素敵な人を知らないわ。わたしがスタルークの代わりに結婚してあげたいくらい。……なんてね。ラピスの隣にふさわしいのは、やっぱりスタルークだもの。あなたたち以上にお似合いなパートナーがこの世界にいるかしら?」
「嬉しいことを言ってくれるのね。なんだか、勇気が湧いてきたわ。あたし、これからも頑張っていける気がする。……あなたのおかげよ、シトリニカ。」
「まあ!」
まるで2人の心をそのまま映し出したような、透き通った青空の下。シトリニカは、ラピスをぎゅっと抱きしめた。
「シトリニカ……?」
「幸せになってね、ラピス。わたしは、いつまでもラピスの幸せを願ってるわ。」
「ええ、ありがとう。あたしは今、とても幸せよ。スタルーク様と結婚できたからだけじゃない……最高の親友が、傍にいてくれるから。」
「わたしもよ。ラピスの親友でいられて、本当によかった……。」
鐘の音が、2人の頭上を吹き抜けてゆく。
「時間ね。さあ、行きましょう、ラピス。」
「ええ、シトリニカ。」
スタルークとラピスの婚儀は、煌びやかに行われ、多くの人々に祝福された。もちろん、それを誰よりも祝福したのは、2人を一番近くで見守り続けたシトリニカだった。
ブロディアの王弟スタルーク夫妻の名前は、後年まで数々の記録に残されている。ある時はディアマンド王の治世を助けた賢臣として。またある時は誰もが羨む仲睦まじい夫婦として。
いつも彼らの名とともに記されているのは、シトリニカの名前。彼女については様々な記述が残されているが、どの記録にも共通してこう記されている。シトリニカは生涯王弟妃ラピスの親友であり続け、ラピスもまた生涯シトリニカの親友であり続けた、と。
あの日、シトリニカが願ったとおりに。
タイトルの鉱石は、「瑠璃」=ラピスラズリ→ラピス、「黄水晶」=シトリン→シトリニカを表しています。
ブロディアの人たちの名前はみんな鉱石由来なんだそう。