俺田マコトのファイアーエムブレム短編集   作:俺田マコト

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遠い異界のフォドラであったかもしれない、イングリットとマリアンヌのお話。


氷雪の誓い

イングリットは、活発な少女だった。貴族の令嬢だというのに、雪山を駆け回ったり、家の騎士たちに混じって武芸の鍛錬をしたり。14歳になる頃には心身ともに強く美しく成長し、次代のガラテア伯にふさわしいと、周囲から期待を寄せられ始めていた。それでも活動的なところは相変わらずで、時たま家の者たちにも黙ってこっそり家を抜け出しては、何事もなかったかのように帰ってくるのだった。

 

その日も彼女は領内の雪山に出かけ、ひとりで狩りをしていた。日も暮れかけた頃になり、そろそろ帰らなければ家人が心配するだろうと思い、帰り支度を始めたその時、イングリットの耳は誰かの足音を捉えた。獣ではなく、確かに靴を履いた人間の足音だった。思い違いかとも思ったが、よく耳を澄ませると、小さく咳き込むような声まで聞こえてくる。

「誰か、いるのですか?」

思い切って声をあげてみたが、返事はない。しかし代わりに、ザザッと雪の崩れる音とともに短い悲鳴が聞こえ……辺りはまた静かになった。

その「誰か」が雪崩れに巻き込まれてしまったのだ、と考えるまでもなく察し、イングリットは音のしたほうに駆けだしていた。

やがてイングリットは、ほとんど雪に埋もれた状態の人間を見つけた。淡い青色の髪をしていて、イングリットと同じくらいの年齢の少女だ。意識を失っているのか、ぐったりとしている。

「大丈夫ですか!? しっかりしてください!」

反応はない。急いで雪を払い抱き起こすと、まだかすかに息をしていることがわかった。しかし、ひどい熱が出ているようだ。このままではまず命はないだろう。周囲に他の人の姿はない。自分が助けなければ―――そう思って、イングリットは彼女をおぶると、急いで屋敷を目指した。

 

イングリットが少女を背負って屋敷へと駆け戻ると、ガラテアの屋敷は大騒ぎになった。誰とも知れない娘を、しかも瀕死の状態で連れ帰ってきたわけなので無理もないのだが、イングリットと伯爵がてきぱきと指示を出し、使用人たちが総動員して彼女の看病に当たったため、少女はなんとか命を取り留めた。少し遅れて医者が到着する頃にはすっかり容態も落ち着いており、少女は穏やかな寝息を立てていた。

「屋敷の皆さんが適切な処置をしてくださったおかげで、私がするべきことはほとんどありません。このまま安静にしていれば、じき目を覚ますでしょう。また何か必要がありましたらお呼びください。」

医者はそう言い残して去っていった。

それから半刻ほど経って、少女は目を開けた。すぐには状況がわからずぼんやりとしていたようだったが、寝台の脇に立つイングリットたちの姿に気づくと、さっと怯えたような顔を見せた。

「怖がらなくても大丈夫です。何があったのかは覚えていますか? あなたは雪に埋もれて凍えかけていたのですよ。」

少女はしばらく黙り込んだ後、目を伏せて「……すみません。」と呟くように言った。

「……? どうして謝るのです。」

「助けていただいたうえに、介抱まで……私、ご迷惑をかけしてしまいました。」

「人を助けるのは当然のことです。気に病む必要などありませんよ。」

「でも、私は……。……ごめんなさい、すぐに出ていきます。」

少女はまた謝罪しながら立ち上がろうとしたが、足元がふらついて倒れそうになる。それをすかさず隣にいたイングリットが支える。

「待って! そんな身体でどこに行くつもりなのです!?」

「触らないで!」

少女はイングリットの手を振り払ったが、すぐにハッと気づいて、「あっ……」と小さく声をあげた。

「す、すみません……取り乱してしまって。……でも、私には触らないほうがいいと思います。私……あなたを不幸にしてしまいます。」

「どういうことです?」

イングリットが尋ねると、少女は俯いたまま消え入りそうな声で言った。

「……私には、呪われた血が流れているんです。不幸をもたらす、忌まわしい血が。私の周りではたくさんの人が不幸になりました。私自身も、何度も死ぬような思いをしてきました。だからきっと、私に関わればあなたたちも不幸な目に遭ってしまう。どうか、私のことはもう放っておいてください。……お願いします。」

「……」

イングリットは無言のまま、じっと少女を見つめていたが、やがて口を開いた。

「あなたの血は、本当に呪われているのでしょうか?」

「えっ……?」

「何度も死ぬような思いをしてきた、というのは本当でしょう。実際、先ほども雪崩に巻き込まれて死にかけたわけですし。けれど、何度もそんな目に遭っても、あなたはこうして無事に生きている。ならばそれは、あなたはむしろ運が強いという……あなたの血に呪いなどないという証拠ではないのですか?」

イングリットの言葉に、少女は驚いた様子だった。

「周りの人に不幸が続いたというのも、それはきっと偶然で、決してあなたのせいなどではないのでしょう。……少なくとも、私はそう思います。」

「そんなことを言われたのは……初めてです。私の運が強いなんて……考えたこともありませんでした。」

「……それでも、まだ出ていきたいですか?」

顔をあげた少女に問いかけつつ、彼女の手を優しく握るイングリット。

「……いいえ。あなたたちが構わないのなら……もう少し、ここに居させていただけませんか?」

その答えを聞いて、イングリットは微笑んだ。

「ええ、もちろんです。」

 

マリアンヌと名乗ったその少女は、壮絶な身の上を語った。マリアンヌと両親は、血の呪いを信じる者たちに迫害され、遂に両親は行方知れずとなってしまった。新たな養父に引き取られて暮らすようになったものの、迫害は続き、養家に迷惑をかけていると思い悩んだ彼女は、ある夜密かに家を抜け出した。それ以来は山の中でひとり暮らしてきたのだという。行くあてもなく彷徨い歩いて、たどり着いたのがあの雪山だったのだという。

マリアンヌに身寄りがないことを知ったイングリットは、彼女をガラテア家に引き取ることを決めた。体調が回復すると、マリアンヌは偽名を使って屋敷の使用人として働き始めた。マリアンヌははじめこそ不安げだったが、屋敷の者たちは皆素性の知れない彼女も温かく迎え入れたため、次第にガラテアの屋敷に馴染んでいった。生まれて初めて同世代の友人を得られたことも、彼女にとっては大きな変化で、イングリットとふたりで楽しげに厩舎の馬や天馬たちの世話をしている様子も見かけられた。

 

―――そして、マリアンヌがガラテア家で平和な時間を過ごし、4年の年月が経った。

 

「イングリットさん、お茶が入りましたよ。」

「ありがとうございます。マリアンヌも一緒に飲みませんか?」

「では、お言葉に甘えて。」

ふたりは17歳になっていた。令嬢と使用人という関係ながらも、ふたりはお互いを大切な親友のように思っており、いつもふたりは共にいた。この日もふたりは、屋敷の中庭でお茶会を開いていた。

「こうして今、一緒にお茶を飲んでいられるのも、あの時イングリットさんに助けてもらったおかげなんだと思うと、なんだか感慨深いです。あの頃の私は、呪いに振り回されて……自分にこんな未来があるなんて、頭の片隅にもありませんでしたから。」

「大げさですよ、マリアンヌ。私は当然の行いをしただけです。それに、私だって、あなたにはとても感謝しているんですよ。」

「私に……? 私、何かしたでしょうか……?」

「私と、こうして友人になってくれたではありませんか。この4年間、私がどれだけあなたに救われたか。私には、あなた以外に友人と呼べるような人はいませんから……ふたりきりのときに、『お嬢様』ではなくて名前で呼んでくれるのも、とても嬉しいのです。」

「そ、そう言ってもらえると……私としても、嬉しいです。私にとっても、イングリットさんはかけがえのない人ですから……。」

「私も同じ気持ちです。あなたと出会えたことは、私にとって幸運でした。私たちは今、こんなにも幸福なのに……まったくどうして不幸をもたらす呪いなんて話が出てきたのやら。」

イングリットが苦笑しながら言うと、マリアンヌもくすりと笑う。それからしばらく、他愛もない会話を交わしながら穏やかなひとときを過ごした。

 

「……そろそろ、戻りましょうか。今日のお茶も美味しかったです。」

「ありがとうございます。いつもと違う茶葉を使ったので少し不安でしたが、イングリットさんの口に合ったようでよかったです。」

「マリアンヌの淹れ方は素晴らしいですからね。」

「ちゃんと使用人として働けるよう、頑張って勉強しましたから。」

「努力家ですからね、マリアンヌは。」

笑い合いながら、ふたりは立ち上がった。茶器を片付けようと、イングリットは一瞬マリアンヌから目を離した―――。

その瞬間、突如マリアンヌの背後に人影が現れた。その手に刃が煌めくのを見て、イングリットは咄嵯に叫ぶ。

「危ない! マリアンヌ!」

イングリットの声に反応して振り返ったマリアンヌは、すんでのところで振り下ろされた剣を避けたが、その拍子に転んでしまった。襲撃者はそんな彼女に容赦なく斬りかかろうとする。

「くっ……させるものですか……っ!!」

イングリットは素早くマリアンヌの前に滑り込み、護身用の短剣で応戦する。

「マリアンヌ、騎士団を呼んできてください! ここは私が食い止めます……早く!」

「は、はい……っ!」

イングリットの必死の形相に気圧され、マリアンヌは転げるように駆け出した。襲撃者はイングリットを力づくで押し退け、マリアンヌを追って行こうとする。が、それでもイングリットはまた間に入ってその進路を阻む。

「しつこいわね……わたしの標的はあっちの子だけよ。別にあなたを殺したいわけじゃない。どいてくれるかしら?」

襲撃者は、紫色の髪で片目を隠した女だ。若いながらも歴戦の強者の気を放っている。

「彼女は私にとって大切な人なのです。あなたに殺させてなるものですか……!」

対するイングリットは、幼少期から鍛えた武術の経験を役立て、短剣一本で襲撃者に立ち向かう。扱い慣れた槍ならまだしも、武器がこれではさすがに分が悪い。

「そう……なら、あなたも斬るしかないわね。残念だけど。」

しかし、マリアンヌを絶対に守りたいという強い意志が、彼女に力を与えた。マリアンヌがガラテアの騎士団を呼んで戻ってくるまで、イングリットは襲撃者の剣撃を躱し続け、耐えきったのだ。

「……さすがにこの人数の正規兵相手じゃ分が悪いかしら。ここは退かせてもらうわ。」

襲撃者の女は、騎士団が来るのを見て逃げ去った。駆け寄ってきた者たちの中にマリアンヌの姿を見つけて、イングリットはほっと息をつく。マリアンヌもイングリットの無事を確認すると、安堵の表情を浮かべる。

「ごめんなさい……! 私のせいで、こんな……!」

「謝らないでください、マリアンヌ。あなたを守れて、本当によかった……。」

「……ありがとう、ございます。……でもどうか、私なんかのために、無茶をしないでください。」

「何を言っているのです。私は当然のことをしただけですよ。」

「もっと、自分自身を大事にしてあげてください。私よりも……」

そう言いながらマリアンヌは、得意の白魔法でイングリットの傷を癒し始めた。

 

結局、襲撃者の足取りは掴めないまま、夜になった。イングリットは、寝台に横になっても、なかなか眠れなかった。マリアンヌのこと、謎の襲撃者のこと、自分自身のこと……様々なことが頭を過って、目が冴えてしまう。

(私は……いったいどうするべきなのでしょう……?)

考えれば考えるほど、答えは出ない。徒に時間だけが過ぎていく。

―――その時だった。何か物音が聞こえた気がして、イングリットは体を起こす。……間違いない。皆が寝静まっているはずのこの時間に、屋敷の中を動いている者がいる! まさか、あの襲撃者が戻ってきたのでは……。イングリットはなるべく音を立てないように部屋を出て、物音のする方へと急いだ。

そうしてイングリットは、従者たちの寝室が並ぶ一画までやって来た。……やはり、何者かがこの辺りにいる。物音は、ひとつ先の廊下から聞こえてくる。イングリットは短剣を構えなおし、そっと様子を窺う。すると、そこには……。

「……え?」

イングリットは思わず小さく声をあげた。その声に驚いて振り返ったのは、間違いなくマリアンヌ本人だった。

「イングリットさん……!?」

「このような時間に、いったい何を……」

言いかけて、イングリットは彼女が旅支度をしているらしいことに気がついた。それも、ただの旅装ではない。

「まさか、出ていくつもりですか。」

「……はい。」

イングリットの問いに、マリアンヌは静かに答える。

「これ以上、皆さんを巻き込むわけにはいきません。私の問題に、巻き込みたくないんです。」

「あの時言ったことを思い出してください、マリアンヌ。あなたの血に呪いなどないと、この4年の日々が証明したではありませんか。」

「魔力が宿っているわけではなくとも……この血が流れているせいで命を狙われ、大切な人すらも傷つけてしまう。……呪いのようなものです。だから、私はここを出ていくべきなんです。どうか、止めないでください……。」

マリアンヌの目には涙が浮かんでいる。彼女なりに考え抜いた結果だったのだろう。

「……わかりました。あなたがそこまで言うのなら、引き留めることはできません。……ただ、ひとつだけお願いを聞いていただけますか?」

「……何でしょう。」

「私も、一緒に行かせてください。」

「えっ……?」

イングリットの言葉を聞き、マリアンヌは驚きの声を上げる。

「……イングリットさんの気持ちは嬉しいです。ですが……それではイングリットさんも危険に晒されてしまいます。」

「大丈夫です。剣や槍の扱いには自信がありますし、いざというときに自分とあなたを護ることくらいはできるはずです。」

「でも、イングリットさんはガラテア家の跡継ぎなんでしょう? 私と共に来てしまっては、お父様が困ってしまうのでは……。」

「私がいなくなっても、きょうだいの誰かが代わりに後を継ぐだけです。それに……領主というのは、ずいぶん窮屈な立場ですから。今日もあの後、お前の身に何かあればどうするのだ、とお父様に叱られてしまいました。大切な人のために命を懸けることも許されないだなんて、私は嫌です。」

「……自分に、そこまでしてもらう価値はありません。」

「私はそうは思いませんが。……なら、自分勝手な理由も教えましょうか? 私は、昔から騎士道物語が好きで、騎士の生き様に憧れていました。しかし、領主を継いでしまえば、騎士になるという夢は絶対に叶いません。ならばここに残るよりは、大切な人を護るために槍を振るっていたいのです。私の勝手で、あなたについて行きたいと頼めば、許してくれるでしょうか。」

イングリットはマリアンヌの手を握り、その瞳をまっすぐに見つめた。

「私を、あなたの騎士にしてくれませんか? マリアンヌを護る騎士に、私はなりたいのです。」

マリアンヌは少し迷った後に、小さく微笑んで答えた。

「イングリットさん……。ありがとう、ございます……。」

 

その夜のうちに、ふたりはガラテアの屋敷を出た。翌朝、屋敷中が大騒ぎになったことは言うまでもない。

 

同じ頃から、フォドラの北方で奇妙な話が噂され始めた。山の奥に、夏でも雪が溶けない一帯があり、探索に行った者はことごとくひどい吹雪に阻まれ、帰還を余儀なくされるという。いつしか魔女が住むだとか、魔獣が棲んでいるだとかと噂は広がり、その一帯には誰も近づかないようになっていった。

その雪の中に佇む小さな小屋で、ふたりの少女が平和に暮らしているとも知らずに……。




異界のフォドラシリーズ、次回シェズ編に続く……かも?
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