上
それはあるマンションの一室。
玄関からリビングに繋ぐ廊下には夥しい血のカーペットが敷かれている。
その日20歳を迎えた彼女は扉に背を預け、腹部から血を流している。息も絶え絶えで今から救急車を呼んでも助からない事だけは明確だった。
愛と言う名の嘘を使いこなし、哀しき過去を持つ...愛を知らぬ少女は偶像となり愛を振りまく存在となった。
秘密主義のミステリアスな彼女は齢16にて双子を生み、世間を騙して偶像として活躍し、タレントとして出世街道邁進中。そんな時期だった。
母としての幸せ、アイドルとしての幸せ、その両方を欲した彼女は両方得ることが出来た。幸福を噛み締めている最中の出来事だった。
熱狂的なファンがある協力者によって尖兵として仕立て上げられ、彼女の道を終わらせる。
確かに彼女はその壮絶な育ちから、『考えるより先にその場に合わせた行動をとる』という見る人から見れば愚かな、自業自得とも言える行動指針を持つ人間であった。
しかし、彼女が亡くなった事に関して納得ができるかと聞かれれば答えはNoだ。
液晶に映る一連の流れを見た『ある人間』は涙を一滴流した。これまでの人生でドラマや映画、アニメを見て涙を流したことの無いソレは確かに一滴涙を流した。そして何が関係したのか、ソレはその場で倒れて動く事は無くなった。
「ふむ、強い憤りが自らを死に追いやったか。人間という生物は時折面白い反応をするじゃ無いか。やはりまだ捨てたものじゃ無いな」
姿の形容できない存在は楽の感情を浮かべて微笑を浮かべる。
「そこまで強い心残りになるというのであれば貴様の大事なものをいくつか貰うとしよう、それで良い結果を齎そう」
微笑は嗤いに変わり、手の様なものを虚空で数回振る。
すると先ほど倒れたソレから淀んだ光の玉が飛び出して謎の存在の手に収まった。
そして何かを引き抜いて、その代わりに眩い光を放つを一つ差し込んで淡く光る玉にした後、真下に投げた。
それがどこに向かったか、有象無象の我らには理解の及ばないものだろう。
☆────────────────★
「...あれ...?」
濃紺と間違える様な黒髪の少女は、瞳から一筋の涙を流していることに気付く。
「疲れてるのかな...」
天気予報を見ている最中に涙を零す彼女は、何か大事なものを忘れている様な気がして思考の海に意識を沈める。
別世界の様な空間にはデスクトップパソコンがあり、画面はブラウザの検索画面が表示されており、検索ワードは
【自身 重要な記憶 使命】
三単語が並んでおり、一人でにマウスカーソルが動かされ検索される。
検索結果がそのまま記憶領域に流し込まれる。この検索結果に間違いは一切無い。脳とは別の記憶領域に情報は保存されており、世界の心理すら知ることのできるその能力は無意識で発動される。
「あぁ...そっか。あの光景を守らないとだ...ね...」
意識が元に戻り次第、淀んだ緑色の瞳は輝くエメラルドの様になり、歪んだ菱形の様な模様が浮かび上がる。両目に星を浮かべて口角を上げる彼女はどこか、最近話題になっているアイという芸能人に似た容姿をしていた。浮かべる笑顔は見たものすべてに寒気を感じさせるほどの不気味さと空虚さを感じさせるものではあったのだが、彼女しかいないこの場では誰も指摘するものはいない。
ゆったりとした部屋着を脱いで外行きの服に着替えて、長い髪をポニーテールに結んでマスクをつける。万札を二枚ほどポケットの奥に突っ込んで虚空を見つめる。
再び検索画面。
感覚でキーボードを打ち込んで検索を行う。
【星野アイ ───】
色々と調べた後、意識を元に戻して動き出す。
星野アイと瓜二つの少女。夜風 紅羽の行動指針はたった一つ。
『星野アイの殺害を阻止する』
その一つに集中する彼女は、瞳の歪な星を妖しく輝かせて外に踏み出す。
まだ脳がぐちゃぐちゃです。