暑いので水分補給忘れずに、ということで茘枝水を作る楊貴妃のお話です。
夏休みの直前、少し遠くには陽炎や逃げ水が見えるほどの暑さの中で藤丸立香と楊貴妃は歩く。
「暑い、ちょっとコンビニで休憩したい」
「冷たい飲み物を買って、水分も摂らないと萎びちゃいます」
その気になれば耐えられるのだが、人並みに暑さを感じている以上は無理をする必要もない。
2人は目に付いたコンビニに入ると、その涼しさに感動しながら真っ先にドリンクコーナーへ向かった。
「何にしようかなー?」
涼みながら冷蔵棚をじっくり見つめる楊貴妃を横目に見つつ、藤丸も飲み物を物色する。
お茶やコーヒーはちょっと、甘いジュース類も気分ではなく、やはりスポーツドリンクの類いが飲みたい。
そんな気分で悩む藤丸の横で、楊貴妃もまた悩んでいた。
「茘枝風味の飲み物がこんなにたくさん、今年の覇権果実も狙えるのでは?」
ノンアルコールに限ってもライチ風味のジュースは元よりモクテルやスポドリ、エナドリ、更に他の果物とのミックスジュースやフレーバーティまで、種類の多さにそう呟いた楊貴妃はどれにしようか吟味を重ねる。
その真剣な姿をほほ笑ましく見つめながら、藤丸が手に取ったのは粗塩とライチが描かれたボトルだった。
「むむ、ミネラル・ライチですか」
「ちょっと汗かいたからね、普通のよりもスポドリ系で」
ただのスポドリではさすがに味気無いと思い藤丸が手に取った、美味しくミネラル・水分補給と書かれたそれを見て楊貴妃も決心がついたようだ。
「じゃあ、あたしも立香くんと同じのにしよっと。えへへ、お揃いだよ」
顔の傍に持って来たペットボトルを藤丸に見せるようにした楊貴妃に、藤丸は思わずときめいてしまう。
もしその瞬間がこの飲み物のCMになっていたら即完売待ったなし、そう思わざるを得なかった。
「はぁ、沁みるぅ~」
店外に出た直後、一気に半分ほどを飲み干した藤丸はようやく一息ついた気分だった。
喉を流れて火照った身体を内側から冷たさは、やはり何物にも代えがたい。
「なるほど、こういう味ですか」
対する楊貴妃は最初に一口、味を確認するかのように飲んでからちびちび飲み進めていく。
「もしかして、口に合わなかった?」
彼女のライチ好きを当然知っている藤丸は、その飲み方を見て尋ねた。
薦めたわけではないとはいえ、自分が選んだのを見て決めた彼女には多少の罪悪感がある。
「ううん、そういう訳じゃないよ。だけどやっぱり茘枝風味の飲み物というか、足した甘さでせっかくの茘枝の味を邪魔してる感じがして」
「まぁ、スポドリにライチを足しただけだからね……」
2人で一緒にラベルを見れば書いてあるのは果汁11パーセント未満、そしてライチ以外の果物だった。
「美味しいのというか、やっぱりちゃんとしたライチ味ってなると自分で作るしかないよね」
無論、それなりにロングセラーとなった定番商品だけあって決して不味くはない。
それでも自分の舌に合う、そしてライチ以外の果物や甘みを極力使わないとなればそうなるだろうと、藤丸が冗談めかして言った。
「でしたら、あたしが作ります!」
「え?」
だが、それが楊貴妃の何かに火を付けてしまったらしい。
「本物の美味しい茘枝水、もちろんミネラル補給もばっちりなのをあたしが作って見せます」
本気で美味しい夏のライチ水を作ろうとしている、そして下手に止めると逆に拗らせてしまうというのは長い付き合いで藤丸も良く知っていたし、瞳の奥にメラッと碧い炎が見えた気がして止めるのも憚られてしまった。
だから、藤丸は本気の願望も半分ほどあってこう答える。
「楽しみにしてるね、ユゥユゥ。でも、量はほどほどで……」
大量茘枝事件、過去にカルデアで彼女がやらかした3日3食ライチ漬けはさすがにもう勘弁願いたいと、藤丸は思った。
その夜、さっそくキッチンに立った楊貴妃の傍らにはボウル一杯の赤いライチがあった。
果汁の濃さや塩味を確かめつつ、ライチだけでは甘過ぎると少しばかりのレモンも足して、ひとまずコップ一杯の試作品が出来上がった。
「こくり……。好吃、やっぱり茘枝は美味しー♪」
なかなか満足のいく味わい、コレなら立香くんも気に入ってくれるはず、と思った楊貴妃だがふと思う。
今日のように暑くて喉が渇いたときに飲んでも美味しいか、確かめてみようと。
「おっふろーおっふろー」
となれば早速お風呂で少し汗ばむまで身体を温めることにした。
「はぁ〜、暑いときには少しぬるいのもまた良いですね〜」
ちゃぷちゃぷ水音を立てながら、日焼け止めでも防ぎきれなかった日焼けに少し染みたのに苦笑い。
霊体化すれば無かったことになるけれど、この余分もまた藤丸と一緒に過ごしている証なのだ。
「ではでは、早速ゴクリと」
まだ少し汗ばむまま、冷蔵庫から取り出した手づくり茘枝水を楊貴妃はゴクリといった。
「ほのかな塩味が染み渡る〜。早速、明日の分を作らなくちゃ」
お試し品は大成功、今日飲んだライチ風味のスポーツドリンクより遥かに美味しいものが出来ている。これなら夢中になること間違いなしと、藤丸と自分、それにマシュのを合わせてボトル3本分を作り始めた。
「ふんふんふふ〜ん♪」
鼻唄交じりにライチを剥いて搾り、炎の侍女に搾らせたレモン果汁と水と混ぜてお塩を少し。
その途中で手についたライチを一舐めしたとき、ふとした悪戯心が楊貴妃のうちに湧いた。
「ちょっとだけならバレません、よね?」
最期の一本、藤丸のを作る楊貴妃は少し顔を赤らめながら悪戯っぽい笑みを浮かべるのだった。
翌日、またも猛暑の中を藤丸たちは歩く。
今日は一緒に帰るマシュともども3人で暑さに耐えて歩く中、楊貴妃が声を上げた。
「立香くん、マシュさん、もし良ければこちらをどうぞ」
バッグから取り出したのは可愛らしい丸文字で各々の名前が書かれた2本のボトル。少しばかり魔術でズルをしたのか軽く結露するほど冷えており、そのことに仕方ないと苦笑しながら2人が受け取ると楊貴妃は追加で自分の分を取り出した。
「ありがとう、ユゥユゥ。昨日話をしたばかりなのに、もう出来上がるなんて凄いね」
「えへへ、自分でも飲みたいって思ったし、立香くんに美味しいものを飲んで欲しくて頑張っちゃった」
褒められた照れ隠しに笑う楊貴妃にマシュもお礼を告げる。
「先輩のためのものなのに、わたしの分までありがとうございます」
「ううん、マシュさんだけ用意しないのも悪いから当然だよ」
むしろ全員分ないと立香くんが遠慮して飲まない、そんな計算もあってのことは微塵も匂わせず楊貴妃はマシュにも笑みを見せる。
1人だけ仲間外れにしたくないというのも、また本心だからだ。
「じゃあ、早速」
「はい、いただきます」
「どうぞグイッと」
2人の、とくに藤丸が飲む様子に楊貴妃はじっと視線を注ぐ。
その視線は単に反応が気になるだけではなく、何処か気恥ずかしさが含まれていた。
「美味しいよ、ユゥユゥ。甘さスッキリなのにライチの味がちゃんとして、ちょっぴりスポドリっぽい感じで染みる」
「本当に? なら良かった〜。あたしが美味しいって思っても立香くんがどう感じるか、不安だったから」
それに、と心の中であることをつけ足す。
自分の手についた汗と混じったライチを舐めて湧いた悪戯心で、立香くんのは手で搾って作ったんだよ、と。
ちょっとだけ自分の汗が混ざったのを知らずに飲む姿に、歪んだ悦びが心中に滲む。
どうしようもない女だと、それでもこれもまた自分だと落とし所を見つけて彼と居るしか無いのだろう。
「どうしたのユゥユゥ? そんなに見つめられると恥ずかしいんだけど」
そんな楊貴妃の視線に気付いた藤丸が暑さとは違う理由で顔を赤くして言ったのに、楊貴妃は何でもないと首を横るのだった。
フェスの1日目に参加したのですが、楊貴妃ありました!
北斎さんの美人画に3臨の楊貴妃が!!
水着、可能性はゼロではないと信じています(血涙
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