メリー号に着いてみると、ルフィがサンジに揺さぶられていた。多分ぶつかったんだろう。
私が降り立つとルフィはキョロキョロと辺りを見回した。
「イオリ! エースは?」
1人でさっさと飛んでったくせに…と思わないでもないけど、まあいいか。
「すぐに来るわよ。あの賞金稼ぎたちの相手をしてから」
「へ~……ま、エースは強ェからな」
「強いのか、あいつ」
聞いてきたのはチョッパーだったけど、表情を見るにそれはみんなが聞きたかったことなんだろう。
そしてその質問に、ルフィも私も即座に頷く。
「強いわよ。自然系の悪魔の実まで食べたみたいだし、もっと強くなってるんだろうな」
「でもその前から、おれはエースと勝負して1回も勝ったこと無かった。とにかく強ェんだ、エースは!!」
ルフィがエースに1度も勝ったことが無かったのは強い弱いの問題以前に、コントロール出来ないゴム能力を無理に使おうとしてたせいだと思うんだけどな。
「あんたが1度も? 生身の人間に?」
ナミは信じられないと言わんばかりの口調だけど、強い生身の人間なんて、いくらでもいるわよ?
ガープとか、レイリーとか。亡くなってるけどロジャーとか…
みんなには、ルフィとの修行の話をしているので、私が勝負に参加していない事を知ってる。というか、ここでの訓練中でも、私が勝負に参加するのは反則だろうとまで言われている。何故に?
「おう! 負け負けだった、おれなんか! でも今やったらおれが勝つね!」
「それも根拠の無ェ話だろ」
ゾロの言う通り。むしろ、勝てない根拠があるぐらいだ。
第1に、今のところルフィは自然系に対して有効な攻撃手段が少ない。教えた覇気を習得出来たら攻撃は可能だろうけど、現状では使えない。そうなるとルフィに出来るのは、海楼石を使うか固有の弱点を突くしかないけど、それも厳しいだろう。
第2に、基礎戦闘力の差。3年前の時点でアレだったんだ、今でもそれは健在だろう。ルフィが勝てる要素は見当たらない。
エースは出港前に見聞色が使えるようになってたけど、武装色についてはどうなんだろ?
見聞色で自力を見ても、(私以外)一味全員で勝負を挑んでもエースに勝てないと思う。
「お前が」
大口開けて笑ってるルフィの傍らでゴチャゴチャと考えてると、船の下から聞き慣れた声がした。
そしてそのすぐ後には。
「誰に勝てるって?」
一気に跳躍したらしいエースが、ルフィが寄りかかっていた船縁に飛び乗った。
その反動でルフィは前につんのめる。
「や、どうも皆さん。うちの
「「いえ、全く」」
開口一番、エースの口上に全員が口を揃えた
「何分こいつらときたら、片や躾がなってねェわ、片やいろんな意味で
「「いえ、全く」」
また全員口を揃えた!? ってか『いろんな意味で規格外の御転婆』だと!?
「よろしく頼むよ」
エース。…何て礼儀正しい挨拶を… マキノ塾で学んだものからグレードアップしてる気がする。
「茶でも出そうか?」
完璧と言ってもよさそうな挨拶に、みんなの緊張も和らいだ。やっぱり、第一印象って大事よね? あのサンジが、男に茶を勧めるぐらいなんだから。
「いや、いいんだ。お気遣いなく」
それをやんわりと断りながら、エースはサンジが手に持っていた煙草に指パッチンで火を点ける。便利な能力だ事…
白ひげ海賊団への勧誘を受けたルフィだけど、当然断る。けどエースはそれに気分を悪くした様子は無い。
「はは、そうだろうなァ……言ってみただけだ」
まぁ、ダメ元って言葉もあるしね。
「『白ひげ』はおれが知る中で最高の海賊さ。おれはあの男を王にしてやりてェ……ルフィ、お前じゃなくな」
それはメシ屋で私に言ってたのと殆ど同じ発言だった。そしてそれに対するルフィの返答はあっさりしたもので。
「いいさ! だっだら戦えばいいんだ!」
聞きようによっては宣戦布告とも取れるその発言にエースは怒ることはなく、何故かホッとした顔をしていた。何に安堵してんの?
私の視線に気付いたんだろう、エースは少しバツが悪そうに頭を掻いた。
「いや、ルフィが妙な事を言い出さなくて安心した」
あ~あれね。気にしてたのか、ファザコン発言。
けど確かに凄いよ『白ひげ』。エースが、あの『父親』ってヤツに拒否反応持ってんじゃないの? って勢いだったエースが、ここまで親父と慕ってるんだもの。
「イオリ、お前だけでも、白ひげ海賊団に来ねェか? まず間違いなく今より苦労は減るぞ?」
ルフィを誘って断られた後に、エースが私に向かって言った。ルフィ以外の全員が驚いた顔を見せる。
ルフィは私が断る事を確信しているのだろう。そもそも昔、ルフィの船に乗ると言ったのは私だからね。
「でしょうね。それは否定しないけど…。でもこの3年間でこの子もずいぶんと成長したのよ?」
「みてェだな。まぁハチャメチャな所は変わってねェけどよ」
「それは改善されないでしょうよ。血筋か隔世遺伝かのどちらかでしょうからね。」
「だな。でもさっきの話はマジで考えてみてくれよ?」
ナミとビビは、『エースさんてもしかして…イオリさんの事、好きなんじゃ?』『えっ?だって兄妹でしょう?』 なんて会話を交わしている。
兄妹と言っても義理だから、そういう事もあるかも知んない。けれど、エースが私を?ってのはちょっと考えられないかな?
なんたって、エースは私と出会った時に………ん?
「…残念だけど、まだ揃ってないのよ。しばらくは無理ね。それにいろいろとしがらみもできちゃってるから、諦めて頂戴。」
少し疑念を持ちながら、私は思っている事を正直に告げた。
「(チッ)そうか、残念だな。」
「………エース?今の小さな舌打ちは…何かな?」
「えっ!?いやおれ別に…」
やっぱりか?おめェ、全然成長してねェな?
「おめェ…まさか、私を誘ったのはあれか?メシを腹いっぱい食いたいからか?」
おめェは最初の出会いから、メシ一色だったもんなぁ!?
「い、いや、そんなことねぇぞ?」
― ウソ下手!! ー
見ている誰もが気づいとるわボケェッ!! ルフィほどじゃないにしてもバレバレだよお前!!
エースはしばし、悶絶しながら頭を抱えていた。頭に3段のたんこぶをこさえて…
その裏で、一味のメンバーがホッと胸を撫でおろしていた事を、イオリは気づいていなかった。
キレたイオリを止める事は誰にも出来ない。何故なら流れ弾を食らう危険があるからだ。
エースをぶん殴っていつもの表情にもどったから良かったものの、そのまま微笑んでいたならば…
特にそれらを食らったことのある、ルフィとウソップの顔色はすこぶる悪い。ルフィなど、気を抜くとトラウマに沈んでしまいそうだった。
実は、リトルガーデンで一度、ルフィはトラウマに沈んでいた。
ミス・ゴールデンウィークの暗示にかけられていた時に、ナミが『イオリに怒られるわよ!!』と叫んだところ、ルフィは暗示から解き放たれた。だがしかし、同時に過去のトラウマを呼び起こしてしまい、その場に蹲って沈んでしまったのだ。
ウソップは自分以上にひどい目にあったであろうルフィを思い涙した。
ゾロとナミはそれを見て、過去に一体何があった?と戦慄を覚えた。
その時その場に居合わせた者たちが、揃って強く認識した事は、『イオリを本気で怒らせてはいけない!』という1点に尽きる。
そしてそれは、イオリの知らないところで、一味における絶対的な不文律となっていくのである。
ー*ー*ー*ー*ー
そして、別れの時はやって来る。
「ルフィ、イオリ」
エースは上着のポケットから紙を取り出すと、ルフィと私にそれぞれ放った。
良かった、私も貰えたよ。
「そいつを持ってろ、ずっとだ」
「何だ、ただの紙切れじゃねェか」
メモ書きがあるわけでもない、見た目には何の変哲もないただの真っ白な紙にルフィは訝しげだ。
「そうだ。その紙切れがおれとお前らをまた引き合わせる……イオリ」
エースの視線が私に向けられた。
「お前なら知ってるよな。それが何なのか」
そりゃそうだ。何しろ、エースにこれを教えたのは私なんだから。
「ビブルカードでしょ?」
渡されたビブルカードをひらひらと振りながら答えると、正解と言わんばかりのニヤリとした笑みを浮かべられた。
「? 何だ、ビブルカードって」
聞いてきたのは同じくカードを渡されたルフィだけど、これについて聞きたいのは誰もが同じだったらしい。視線で説明を求められている。なので、簡単にだけど説明させてもらった。
「これが、命の紙…」
「このビブルカードも、掌にでも乗せれば動くんじゃない?」
ルフィは私のこの言葉に反応して試していた。
「おォ! 動いた!」
その言葉通り、固定されること無く掌に乗せられたビブルカードはじりじりと動いている。方向は勿論、今現在目の前にいるエースだ。そのエースは、はしゃぐルフィに肩をすくめると、ポケットから封筒を2つ取り出し、私に渡してきた。
「んで、これがお前に頼まれてた分」
「ありがとう」
コレ便利だもんね。これでゾロの迷子癖も少しは改善………されるといいなァ。
「それ何だ?」
私が叶わぬ(可能性が極めて高い)夢に思いを馳せていると、チョッパーが見上げて聞いてきた。
「ビブルカードだよ。ルフィと私の」
「おれの?」
これは話してないのだから当然ルフィにしてみても初耳の話だったわけで、きょとん顔で首を傾げていた。それに私はサラッと返す。
「3年前、エースの出航前夜に爪のカケラを渡して頼んどいたのよ。もしも機会が有ったら作っといてくれって。今この時のように渡すチャンスが出来たら儲けものだし、そうでなくても生存確認には使えるからね」
私の返答を傍で聞いてエースは苦笑しながら頭を掻いていた。
「まさか、本当にこうして渡す機会が出来るたァ思ってなかったがな」
そりゃそうだろうね。仲間殺しなんて事件が起こるなんて普通は思わないもの。
私はもらった名前の書かれた封筒を見て、ルフィの分はルフィに渡し、自分のビブルカードを取り出すと少し千切ってエースに渡した。
「私もこれ、渡しとくね。」
その後、その様子を見ていたルフィも、同じくビブルカードをエースに渡していた。
さて、これでいよいよ用事は全て片付いたわけだ。エースは改めて一同を見渡す。
「出来の悪い弟を持つと、兄貴は心配なんだ。お前ェらもこいつらには色々手を焼くだろうが、よろしく頼むよ」
エースは苦笑いしながら軽く会釈をすると、不意にもの凄く真剣な顔になった。
「ルフィ、イオリ。次に会う時は、海賊の高みだ」
そうだといいね。だってマリンフォードよりはそっちの方がずっとマシだ。
頂上戦争結果改変は当然目論んでいるけれど、そもそも起こらなかったら起こらなかったで構わない。
だから心の一部では、エースVSティーチがエースの勝利で終わることを願ってるよ。
「来いよ、高みへ」
エースがストライカーに乗って、出発する。
「何か、意外だな……」
驚きすら通り越して、最早呆然としたようにウソップが呟いた。
「兄貴がいるのは知ってたが……おれァてっきり、ルフィに輪をかけた身勝手野郎かそうでなければイオリ以上の外道かと…」
「ウソよ、ウソ……あんな常識あるまともそうな人が、こいつらのお兄さんなわけ無いわ……!」
「弟妹想いのイイやつだ……!」
「兄弟って素晴らしいんだな!」
「わからねェもんだな……海って不思議だ」
「ちょっと、みんな…」
……あんたらが、私たちをどう思ってたのかよ~く解ったわ。
特にウソップ。お前、後で覚えとけよ?私のどこが外道だってのよ!?
それにチョッパー、泣くほどのこと?
そしてナミ。私、常識はあるつもりなんだけど?それってつまり、ルフィが常識無くて私がまともじゃないってことですか?
えっ!?もしかして、ユナと私が別だって気づいてる?
仲間内ではただ1人、ビビだけはフォローしてくれていた。
私はちょっと感動して、アラバスタの為に頑張ろうと決意を新たにしたよ。
そうこうしている間にもストライカーは進み、進路の先にバロックワークスの船団が待ち構えているのが見えた。遠いけど、微かに聞こえる叫びからすると狙いは主にエースらしい。エースを捕まえれば昇格間違い無しって……
さっきのヤツらもそんなこと言ってたけど、そりゃそうだろうよ。
けどな、お前ら程度に捕まるような人間にこんな賞金がつくわけないだろ?
内心で呆れながら数だけは多い賞金稼ぎたちを見ていると、エースのストライカーがスピードを上げた。
「見せてもらおうじゃねェか。白ひげ海賊団2番隊隊長の実力を」
その意見には全力で同意するよ、ゾロ。私も知りたい。今のエースの実力を…
メラメラの能力についても全然知らないし。
ストライカーで船団に向かったエースはそのすぐ手前で跳躍し、そのまま船を飛び越えた。
月歩でもないのに、すごいジャンプ力だ。そして連なった船の横を取ると。
「
原作では壊されたという感じだったけど、賞金額が倍になったのは伊達じゃなかった。蒸発とまでは言わないけれど、一瞬でメリー号よりデカい5隻の船が燃やされた。
メラメラの実ってスゴいじゃん!!
エースがこっちを向いて何か言ったように感じた。そしてストライカーは走り出し、そのまま進んで見えなくなった。
なんとなく、私はエースが見えなくなった海を眺めていた。
「また会えるさ」
ルフィの物言いは実にあっけらかんとしていた。そしてそれはその通り。場合によってはすぐにでも…。
「ところで、イオリ」
もう気分を切り替えたのか、ルフィが真っ直ぐ私を見た。
「この……ビブルカードっての、何に使う気だ?」
この、というのはエースに貰ったものでなく、作ってもらっておいた私たちの分のことだろう。
私は肩を竦める。
「頼んだ時は、あれば便利かな? 程度の気持ちだったんだけどね。でも今は、取りあえず、するべき事があるでしょう?」
あえて聞き返して答えを促すと、ルフィも含めて全員が思い至ったらしい。
「おれを見るんじゃねェ!!」
揃いも揃って、ゾロに無言で視線を突き立てていた。
うん、誰もが考えるんだな。迷子対策……
例えビブルカードを持たせても、それでゾロの方向音痴が改善出来ると明言出来ないのが怖いんだけど…。
最終的には、全員にビブルカードの切れ端を行き渡らせることになったのだった。
じゃあね、エース。いつかまた。