イムの娘(いむのこ)   作:槙 秀人

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02-57話:クロの誤算

 父親を侮辱されたことで、ウソップの顔色が目に見えて変わった。

 

「何をしようと勝手だが、お嬢様に近付くのは止めてもらおう」

 それに気付いているだろうに、クロは知らんぷりだ。当然か、これは挑発なんだろうから。

 

「あいつの父ちゃん、海賊なのか」

 ルフィが驚いたように呟き、思案顔になった。ウソップの顔に見覚えがあるからだろう。

 

「薄汚いだと!?」

 ウソップはドスの効いたような低い声で呟いた。怒りだろうか?その声は震えている。

 誇りに思う父親の事を侮辱されたのだから当然か。

 

「お嬢様に取り入って……目的は金か? いくらほしい」

「!」

「!」

 さすがにこれにはお嬢様も驚いたようだ。まぁクロは、ウソップを怒らせようと挑発している訳だから、何を言っても無駄だろうけどね。

 

「言いすぎよ、クラハドール! ウソップさんに謝って!」

 カヤお嬢さんは良識的だ。それがクロに通用するかはおいといて…

 

「謝る? 何をです? 私は事実を述べているだけです」

「どこが事実よ。あんたの単なる邪推でしょ?」

 私が口を挟むと、クロはこっちを睨んだ。まったく怖くないけどね。

 

「ウソップは、そんなこと一言も言ってないじゃない!それとも何か知ってるのかしら?たとえばこのお屋敷のお金を狙った海賊が居たとか?…居るとか?」

 おめーの事だけどな!!

 

「……そのようなことが起こらないように注意を払っているのだ」

 不測の事態にこの対処。演技派ですねェ…

 

「まぁウソップ君……君には同情するよ。恨んでいることだろう、家族を捨てて海に飛び出した、財宝狂いのバカ親父を」

 

「テメェ、それ以上親父をバカにするな!」

「何を熱くなっているんだ、君も賢くないな」

 クロの言う通り、確かに熱くなってはいけない。相手がそれを望んでいる以上、思う壺というものだ。他人事ならばそうだと思うんだけど、私もよく熱くなっちゃうからなぁ…

 

 ウソップが今にも飛び出しそうになっている。というか、既に飛び出しかけている。

 しかたがないな。

 

「ぐおっ!!」

 飛び出して、クロの顔面を蹴り抜いた。 私が!

 

 まぁね。ウソップと私じゃスピードがまるで違うから。

 たとえばウソップの拳がクロにあたる寸前から動いたとしても、私の蹴りのほうが早いと思う。もっとも、そんなタイミングで動いたら、ウソップも、暴力を振るったと思われちゃうからしないけどね。

 クロは思いっきり吹っ飛んで壁に激突した。

 

「へ?」

 出遅れたウソップが間の抜けた声を上げたけど、これでカヤのウソップに対する心証が悪くなるのは避けられたでしょ。

 

「き、君! 何のつもりだ!?」

 あ、クロの復活早い。

 

「あら、ごめんなさい?でも随分と丈夫ね?なんだか戦い慣れた人みたいだわ。」

 当て擦りも忘れません。クロは苦虫を噛み潰したような顔をした。

 

「そんなことは聞いていない! 何のつもりで私に暴力を働いたのかと聞いているんだ!」

 よし、クロの矛先は完全に私に向いた。

 

「さっき、ルフィが言ってたのは聞こえてなかったみたいね?私たちも海賊なのよ。侮辱されて黙ってるわけないでしょう?」

 もちろん、本気で怒っている訳じゃないので、手加減は忘れてませんけどね?

 

 ウソップの父親が海賊だと聞いてからずっと、ルフィが何か考え込んでる。本当に記憶の糸を手繰るのがへたな子ね。

 しかたが無いので名前を出させてもらう事にする。

 

「父親が海賊って聞いて思い出したんだけど、ウソップってヤソップの子?」

 

「そうだ!思い出したぞ!!お前の親父、ヤソップか?」

「親父を知ってるのか?」

 驚きながらも肯定の言葉を返したウソップに、ルフィはやっぱりと言って笑った。

 

「子どもの頃に会ったことがあるんだ! お前、顔そっくりだな! 何か懐かしい感じはしてたんだけど、やっと思い出した」

 思わぬところから出て来たせいだろう、その情報にウソップはポカンとしている。

 

「い、今どこに!?」

 新世界だと思います。1年に1度は東の海にも船長と一緒に来てるはずです。

 

「それは解んねぇ。でもきっと今も『赤髪』のシャンクスの船に乗ってるさ!ヤソップはおれの大好きな海賊団のクルーなんだ!」

 

「そ、そうか」

 ウソップは嬉しそうだ。それもそうだろう、大好きなんて言われたらね。

 

「そうか、シャンクスの船に…あの『赤髪』のなぁ………………シャンクスだとぉ!?」

 そこまで驚くか?というほどに、ウソップ変顔が凄い!

 

「何だ、シャンクスのこと知ってんのか?」

 お前、どんだけ無知なんだ?子供でも知ってるって!後ろでゾロもナミもお子様3人組も驚いてるじゃん!カヤだって驚愕してるんだし。

 

「当たり前だ、そりゃ大海賊じゃねぇか! そんなスゲェ船に乗ってんのか、おれの親父は!」

 さて、ここでクロの様子を見てみよう。すっごく驚愕してますね。予想通りだ。

 

 ヤソップがどこのどんな海賊団に属しているのかは、今この瞬間まで息子のウソップすら知らなかった事。シャンクスが四皇になったのは5年前。クロがこの村にやってきた3年前には新世界に居たわけだから、主要メンバーとはいえ、クロは知らないだろうと踏んでいた。

 よし、追撃するか。

 

「ヤソップは、シャンクスの船でも主要メンバーに数えられてるわ。『追撃者』(チェイサー)という異名を持つ超一流の狙撃手なのよ。まさしく、勇敢なる海の戦士ね! 田舎の村のお金持ちのお屋敷に狙いをつけて、セコセコ裏工作するような小物とはモノが違うわけよ。」

 そこで倒れてる男の事だけどね。

 

「ヤソップは射撃がうまかったもんなァ~!!」

 ルフィが昔を思い出しながらつぶやいた。

 

「す……すっげぇ、キャプテン!」

「カッコいい!」

「本物なんだ!」

 お子様3人組が、キラッキラした笑顔でウソップを取り囲んだ。

 

「…海賊が勇敢な海の戦士だと? ものは言い様だな」

 クロが言うけど、何と言うか……四面楚歌?

 

「「「「ばーか。」」」」

 ルフィが9歳児に混じってハモる。違和感がないのがなんとも言えんが…

 

 ウソップはクロに何もしてないし、この状況ではクロが一方的に、ウソップの父親を貶めているだけというね…。

 そりゃ、『ばーか』って言われるわよ。

 しかも、クロ以外の心の天秤は、完全にヤソップに傾いているわけだし。

 

「海賊は海賊だ! 君が何か企んでいるという証拠なら、君が海賊の息子であるというだけで充ぶっ!」

 

「私も海賊だ、って……言ったわよね?」

 私の2発目の蹴りがクロの顔面にまたもやヒット。ここで本性を晒すわけにもいかないからか、クロはあっさりと蹴り飛ばされた。

「暴力はやめてください!」

 心優しきお嬢様、カヤに宥められる私。…さて。

 

「でも……ウソップだって腹が立つでしょ?」

 私はウソップに向き直った。

 

「え? あ、あぁそりゃ」

 

「腹立つでしょ?(あんたの器の大きいところ、見せ付けてやりなさいよ)」

 ウソップに詰め寄り、ヤツにしか聞こえない程度の声量で後半のセリフを呟く。

 ウソップはちょっとビクついたけど……やがて、大きく息を吐き出した。

 

「いや……もういい、あんなヤツ。もう親父を侮辱さえしなきゃ」

 うん、その譲れない部分までどうこう言うつもりはない。

 

「心が広いのね。なんだか、キレた私がみっともない感じ…」

 私は少し、恥じ入ったようにうつむいてみせた。

 恥じ入っているのはカヤもらしい。

 

「ごめんなさい、ウソップさん。クラハドールに悪気は無いの」

 あれが悪気が無いって? お優しいのか、天然なのか…

 

「ただ、私のためを思って……過敏になっているだけなの。もうあんなこと言わないでって、私から言っておきます。だからあの! また、来てくれる……?」

 

「お、おうよ! おれは細かいことにいつまでも拘ったりしねぇよ!」

 その返答に、カヤはホッとした表情を見せていた。

 

 その後、結局私たちは屋敷を追い出されたわけだけど、カヤの中のウソップ評価は下がるどころか上がっただろう。

 

「お前、さっきのアレはわざとだろう?」

 道すがら、ゾロが確信的に聞いてきた。

 

「お前が蹴らなきゃ、アイツ、あの執事を殴ってただろうからな」

 アイツ、の部分でお子様3人組に纏わりつかれながらルフィと雑談してるウソップをチラッと見た。

 

 原作を知る身としては、ウソップが発砲されるのは阻止したかったからね。

 ウソップがクロの計画を聞いて、カヤに知らせに行って、それで撃たれるのはさすがにね。

 

「まぁ、そうなんだけど、それだけじゃないのよ。悪いけど、ちょっと船に戻ってくるわね!」

 私は一言断りを入れて船に戻った。

 

「ちゃんと持ってるのよね~」

 私が棚から取り出したのは、手配書の入ったファイルだ。賞金稼ぎというわけではないけど、発行された手配書は一通り持っている。過去のものは必要ないので、更新されたら最新のものに差し替えてね。アルビダのもバギーのも、勿論、アーロンとかのもある!

 

 もしもの時の為に失効された手配書も処分しないで持っている。当然クロの手配書も捨ててない。

 私はエイタで見れるけど、他の人に見せるには手配書じゃないとダメだからね。

 これがあれば、ヤツが海賊だって周囲に知らせる事も出来るだろう。

 始終持ち歩いてるのも不自然なので、ふだんは船の棚に置いてあるのよ。

 ここまで取りに来るぐらいは大した手間でもないからね。

 

「さて、戻りますか」

 ルフィに何も言わずに来ちゃったし、早い方がいいかな?

 

 

 私が戻ると、そこはカオスな状態になっていた。

 お子様3人とルフィ、それにハート型のサングラスをした男の5人が、道端で眠りこけてる。

 

「これはどんな状況?」

「こいつは催眠術師なんだと!」

 ウソップの返答は簡潔だった。状況は把握できた。

 

「起きなさい!窒息するわよ?」

 私はルフィの口と鼻をふさいで、しばらく待った。

 この場合、”する”より”させる”と言う方が正しいかしら?

 

「ぶっフォっ!!」

 息が苦しくなったのだろう。ルフィが飛び起きた。

 

「殺す気か!?もっとマシな起こし方ねェのかよ!」

「道端で寝てる方が悪いわね!」

「そうか!」

「って、何納得してんだよ!」

 ウソップにツッコまれた。

 

「はっ! しまったぜ……」

 いつの間にか催眠術師、ジャンゴも起きた。

 

「ガキども、おれは忙しいんだ。じゃあな」

 ジャンゴがムーンウォークで去っていく。変な人だ…

 

「で、イオリは何しに船に行ってたの?」

 催眠術にはあまり興味が無かったんだろう、真っ先に聞いてきたのはナミだった。

 私は持ってきていたファイルから手配書抜き出して差し出した。

 

「『百計』のクロ。懸賞金1600万ベリー。何だか、あの執事の顔に見覚えがあってね」

 手配書の写真を見て、4人が反応した。青くなったのがウソップとナミ、好戦的な顔をしたのがゾロとルフィだ。

 

「この男、3年前に捕まって処刑されたはずなのよ。それが生きてるなんて、おかしいと思わない?しかも二つ名が『百計』だもの。何か企んでるに違いないわ。」

「ちょっと待て」

 ウソップが私の言葉を遮った。

 

「ってことはお前、あいつがキャプテン・クロだと解った上で、あんなに蹴ったり嫌味言ったりしてたのか!?」

「当たり前じゃない。普通の執事にあんな事しないわよ。ついでに、これは今さっき増えた情報だけど、もう1枚!」

 私が次いでファイルから取り出して見せたのは…

 

「あ、コイツさっきの催眠術師!」

 ルフィがその手配書を指差して叫んだ。

 

「『1、2』のジャンゴ。現在のクロネコ海賊団の船長。ちなみに先代船長は『百計』のクロ。あいつらはまだ繋がってる可能性が高いって事!きっと何かする気よ!」

 

 私はニヤリと笑って見せた。

 

 

 

 

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