それが人生の転換点だった   作:ファンファン

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1―15 運動会 下

 混沌とした運動会。あくまで俺の周りの話というか、俺の中だけの話なのだが。

 いよいよ運動会で1番盛り上がると言っても過言では無いリレーが始まる。しかし来るはずの田端たちの両親は来ず、頼みの綱の早水さんもいなくなってしまっている。

 そして俺は俺で昼にあったアイとの話が頭から離れずに集中出来ない。どうしてあんな顔をさせてしまうのか。一体何があったのか。

 

 

「……青哉くん?」

 

 

 表情に出ていたのか、どこか心配そうに声をかけてくるアイ。顔を上げると、まばらだが既に移動し始めている人がチラホラと出てきていた。田端たちもいつの間にか移動していた。

 

 

「ん、ああ。もう移動しないとな……じゃあまた後でな、アイ」

 

「うん……」

 

 

 しっかりと定位置に移動する。アイはこちらとは反対側なので、ここで一旦別れることになる。まだ心配そうな顔をしているので軽く大丈夫と声をかけていく。しっかり声をかけたはずなのに、アイの表情が妙に戻りきっていないのが気がかりだった。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 ついに始まってしまったリレー。集中出来ずにアイやクラスに迷惑をかけるわけにもいかないので、一度気を取り直す。

 このリレーは2クラス対抗という形をとっている。各クラス事前に決めた順番に則ってバトンを繋ぎ、アンカーが先にゴールすれば勝ち。

 実は田端の特訓の半分ぐらいはこのバトンパスに費やしたりしている。バトンが受け取れないっていうから見てみたらそれはもう酷かった。まず受け取りたいなら手を広げてくれ。話はそれからだ。

 

 徐々に出番が迫ってくる。ここまでは何事も無く進んでいて、今のところはこちらのクラスが先行している。差が大きいわけではないが、ひとまずは安心だ。

 しかし、まだ来てないのか、田端たちの両親。もう来れないなら来れないって言った方がいいんじゃないかって気がしてきた。もちろん、事故なりなんなりの可能性もあるので一概には言えないけど。

 

 そんな事を考えていると、ついに番が回ってきた。今こちら側の人が走り出し、次はアイの順。軽く移動しながらそちらの方を見る。

 今回、アイに対して不安は無い。怪我とかしないでくれというものならあるが、それぐらいなものだ。走ることやリレー自体には何も無い。

 

 そうは思うものの、ハラハラしながら見ていると無事、アイにバトンが渡された。転ぶことも変なことも無くアイは普通に走り出した。そう、普通に。

 いつものような目を引くものではなく、ごく普通に走っている。目立つことはなく、その他大勢と同じような走り。俺からしてみれば、アイの走りなのか少し疑ってしまうもの。

 それが何を意味するのかはわからない。そしてそれを考える猶予もほとんどない。もうアイはそこまで来ている。

 

 アイの顔が良く見える位置まで来ると、一瞬、頭が空白になった。あまりにも、何も感じ取れなかった。一切の無を表すかのような、そんな表情。しかし、これすらも気にしている余裕はない。

 

 

「青哉くん……!」

 

 

 すぐそこまでアイが来て、こちらに呼びかけてくる。走り出してもいいという合図だ。事前に決めたもので、事故を無くすためのもの。それに合わせてゆっくり走り出す。

 

 

「……」

 

 

 目を離せなかったが故に、近くまで来たのがわかると同時に手を後ろに出す。アイからバトンを受け取る。そしてそのまま前を向いて走り出す。ただそれだけなのに、減速しながらこちらに手を伸ばしてくる姿が、目に焼き付いて離れなかった。

 

 

 

★★☆

 

 

 

 そのまま走り終え、結果としてリードを広げて自分の番を終えることが出来た。アイが気がかりなことこの上ないが、ここを離れて目をつけられる訳にもいかない。終わったあとが勝負だろうか。

 ふと、校門の方が気になってそちらを見る。すると、明らかに品格がある集団が見えた。雰囲気や仕草から滲み出ているオーラ。あれ、確実に田端たちの両親だ。早水さんが混ざってるし。間に合ったんだな。

 田端たちは気づいているのか見ると、どちらとも判別しづらい。田端はもう体育座りで顔埋めてるし、金山さんは明後日の方向をずっと見てる。何かいるのだとしたら、幽霊はちょっと勘弁して欲しいところだ。

 

 ようやく田端の番。田端の様子は元に戻ったように見えるが、大丈夫なのだろうか。両親と思わしき人物の方は……双眼鏡? いやオペラグラス……そうじゃないな。なんでそんな遠くから観てるんだ。安全のため? やっぱり狙われてたりする? まあ、とりあえず来てくれて良かったな、田端達。……今、あの集団こっち見たか?

 

 その後田端は全力で走り切り、ミスもなく次の走者へバトンを繋いだ。最後、次の走者である金山さんが走り出すのが早すぎてあわやゾーン越えかという危機はあったものの、ギリギリで止まることでセーフとなった。

 金山さんは凄かった。静止状態から一気にトップスピードまでもっていき、視線の延長線上にいたあの人らを見つけたのか、そこから更にスピードが上がった。その速さには多くの人が歓声を上げ、運動会全体で拍手喝采となった。もちろん、もう1クラスも善戦し、その健闘を讃えられた。

 あの集団はリレーを見て満足したのか、あるいは用事が立て込んでいたのか、終了して少し経てばその姿を消していた。ただ、田端たちは見ていたことに気づいたようで、かなり嬉しそうだった。

 

 

 

☆★★

 

 

 

「お母さん達来てたね! こっち見て手を振ってくれたよ!」

 

「うん、少しは頑張ってる所見せられたかな……!」

 

 

 閉会式間際、2人はこんなことを言って喜び合っていた。とても微笑ましい。特に田端にとっては、上手くいったらしいリレーを見せられたのは嬉しい出来事なのだろう。

 

 後に判明することだが、この時車で移動していたあの人達は事故による渋滞に引っかかっていたらしく、高速を降りて一般道で来たから遅れたらしい。朝から仕事で高速乗ってどっか行ってたのかと少し驚いた。

 そんなに忙しいのに行事に来てくれる親って凄いな。中々いないだろ、外せない仕事があっても早く終わらせて来てくれる親って。少なくとも俺には関係ない。来なくてありがとうって思ってる側だし。

 

 

「良かったな、2人とも」

 

「はい! 菫堂君のお陰です。きっと特訓していなかったら、ろくなことになっていなかった。ありがとうございます」

 

「そんな言われることじゃないと思うんだけど……素直に受け取っておく。受け取らなかったら何かと付け回されるからな」

 

 

 この田端とかいう奴、なにか恩返ししないと済まない性分なのか、礼を断ると尽く付きまとって何か返そうとしてくる。いい事ではあるが、限度ってものを学ぼうか。どこかに着いてくるなら自分も用事ある時にしてくれない? 雉を撃ちにって言ったら猟銃でも用意して来そうなんだけど。

 

 

「……アイ?」

 

「どうしたの、青哉くん」

 

 

 さっきから静かなアイに話しかける。話しかけたらいつもみたいに返事を返そうとするんだから、困る。何かあるときは言って欲しいのに。

 

 

「……後で少し話してもいいか?」

 

「いいよ? 青哉くんが改まって言うなんて、珍しいね」

 

「そうか?」

 

「うん、珍しいよ」

 

 

 いつもなら無条件で喜べる言葉でも、引っかかってしまう。今すぐに何かをしてしまいそうになる心を必死に抑えていると、号令がかかる。どうやら最後の競技が終わったらしい。

 となれば閉会式が始まるので、移動する。いつもの様に軽い雑談を、バレないようにしながら。

 

 

「これより、閉会式を──」

 

 

 

★★★

 

 

 

 運動会が無事に終わり、各々が帰宅していく。田端たちも早水さんが何故か迎えに来て、満足そうに帰っていった。今夜感想を聞くらしい。ただ、早水さんが迎えに来るって、やっぱなんかあったんじゃないかなと思ってしまうのだが、大丈夫なのだろうか。平穏に過ごしてほしいものだ。

 そして田端たちが帰ったということは、俺達もいつもの様に帰っている。

 

 

「それで、どうしたの青哉くん」

 

「あー、なんていうかな……」

 

 

 聞きたいことが山ほどある。でも、整理がついてないのだ。

 

 

「……バトンパスの時、どうしてあんなに悲しそうだったんだ?」

 

「……見られちゃったか」

 

 

 アイが力無くそう言う。観念するかのようにも見える。一瞬でも逃さないように気を付けてるからな。

 

 

「そりゃあ、なるべくずっと見てるからな」

 

「嬉しいこと言ってくれるなー、青哉くんは。ずっと、私が欲しい言葉を言ってくれるんだもん。……これは、話してもいいよね

 

 

 アイが小声で何かを言った。前半は聞き取れたが、残りは聞き取れなかった。今までのアイはあまりしていなかったこと。……そして、あの(原作の)アイなら確実にしないと予想できる事だ。やっぱり、この記憶と知識には何か欠陥が……いや、今は置いておこう。

 

 

「あの時、なんだか青哉くんが遠く手の届かない所まで行っちゃう気がして……」

 

「そんなことない、だろう。俺はここにいるんだぞ?」

 

 

 間違いなく俺はここにいるし、遠く離れる気もない。しかもあの時はただのリレーだったのに。アイは一体何を見た……いや、何を思い出したんだ?

 

 

「うん、青哉くんはここにいる。こうやって見つけることも、声を聞くことも、触れて感じることも出来るんだよね」

 

 

 そう言いながらその通りのことをしてくる。少しずつ近づいてきて、こちらをじっと見つめて、耳をすますような仕草をして、最後に触れてくる。その全ての動作が、存在を確かめるようだった。

 

 

「……」

 

 

 思わず抱き締めてしまいそうになる。自分でも何故そう思ったのかわからない。そうした方が良い気がした。けれど、今この場でそれをする事が出来なかった。

 

 

「わっ、青哉くん?」

 

「……今はこんな事しか出来ないけど、勘弁してくれ。それから、俺は勝手にどこかへいったりしない。約束する」

 

 

 アイの頭を軽く、本当に軽く撫でる。背が同じぐらいだから格好がつかないけれど、少しは目に見える形で示せると思って。

 

 

「……今はこれでいいよ。青哉くんがそういうタイプってわかってきたし、今の全部が嬉しかったから」

 

 

 アイは手に頭を押し付けるようにしながらそう言った。少しの間その体勢を維持した後、アイは俺の手を自分の頭から下ろし、途中で止まったかと思うと握り締める。離さないと言わんばかりに。

 

 

「でもこれだけは覚えておいてね、青哉くん。もしこの約束を破ったら、私は青哉くんをどこまでも追いかけるよ。例えそれが、いつどんな所だとしても」

 

「……わかった」

 

 

 そんな約束をして今日を終えた。結局、アイが何故あんなものを感じたのかを知ることは出来なかった。いつか教えてくれるといいんだが。

 それに、うまくはぐらかされたようだが、きっとあれも本心。これでまた一つ、俺の中でも迷いが吹っ切れたかもしれない。




 あのアイちゃんが揺らぐって、どんなモノが見えたんでしょうか。それとも、見てしまった……?
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