それが人生の転換点だった 作:ファンファン
夏休み。それは、多くの児童や学生にとって最高の休みだ。1ヶ月以上の超大型連休とも言える。しかし、ただただ幸福を享受できるものでは無い。代価があるのだ。ではそれは一体なんなのか。児童や学生諸君、ひいては大人であろうとも共感できるだろう。そう、宿題だ。
「めんどくさいよー、青哉くん……」
今日、アイを家に招き入れて夏休みの宿題をやっている。アイが、俺が居ないと宿題をやらないと堂々と宣言していた事もあり、こうなった。
勝手に家に入れて大丈夫なのかという問題はあったが、しばらく帰らないという書き置きと封筒があったので、大丈夫だろう。自分の部屋だし。
ちなみに、飯は自分で用意しろとの事。年齢考えてるんだろうか。別に買えるし作れるけど。頭湧いてる……いや、あんま悪口は良くないな、うん。
そして今、アイはこの通り、ミニテーブルにぐでっと身体を預けている。宿題が嫌というより、ただただ面倒らしい。気持ちはわかる。なんなら俺も面倒だ。
「面倒くさくてもとりあえずやっておかないと……やらないとその方が面倒だぞ。ほら、ある程度は俺もやるから」
やらなかったらやらなかったで先生に詰められるし、場合によってはもっと大ごとにされることもある。本当に時間がかかって面倒なだけなんだからさっさと終わらせて自由を満喫した方がきっといい。
「それはわかってるけどー……ねえ青哉くん」
「なんだ?」
アイが目線だけこちらに向けてくる。一応俺の宿題も下敷になっているからちょーっとどいて欲しい。いや、強制はしないけど。少しぐらい休んでも全然いいけど。
「私、もう結構頑張ったと思うんだよね」
「……まあ確かに、国語は終わってるな」
なんだかんだアイは宿題をやっている。今さっき終わらせたと言うべきか。意外と書くのが早いというのもあるが、まあ答え丸写しだ。正直俺も小学生の宿題なんてそれでいいと思う。良い子は真似してはいけない。
真面目にやるに越したことはない。でもさすがに簡単過ぎるというか、もう常識というか……せめて高学年のものならと。
「だから、ご褒美が欲しいんだ」
「……ご褒美。お菓子なら今度用意しておくけど」
身体を起こしてご褒美をねだるアイ。ご褒美って……なんだ? 何するんだ? マジで物しか思い浮かばない。うん、思い浮かばない。
「うーん、青哉くんの手作りお菓子も魅力的だけど、それはまた今度欲しいかな。今は……頭、撫でて欲しいな」
「!?」
アイが言ってきたのは、頭を撫でることだった。
「はい」
「……」
アイが頭を差し出してくる。まるで撫でて欲しいと言っているようだった。実際に言ってるんだけど。
これは……セーフなのか? まあ既に前科持ちだからセーフも何もないけど。ごめん、アイ……。
「はやくはやくー」
「くっ……どうなっても知らないぞ?」
訳の分からないことを言いながら腹を括る。アイが撫でて欲しいと言っているのだ、撫でてやらねば……。だがしかし、こうして真正面から向かってやるのはかなり緊張するというか。いや、相手の意識がなければ出来るって方がやばいな。良くないニオイがする。
意を決してアイの頭を撫でる。ちょっと怖いので最初は触れるぐらいの感覚だ。そう思って近づけた時、急にアイの頭が上がる。そうなれば必然、俺の手に全力で当たる。
「うおおぉぉぉぉぉ?!」
「もー、遅いから私からいっちゃった」
突然の出来事に固まった俺の手に頭を擦り付けてくる。何がいいのかかなり機嫌が良さそうだ。顔もかなり崩れている。周りに花が見えるんだけど。
少しオロオロしながら今度こそ撫でる。ずっと触っていたからちょっと慣れてきた。そろそろちゃんと撫でられる。
「おぉぉぉ……髪の毛さらさらだな」
手触りが凄くいい。あと撫で心地もいい。ずっと撫でていたくなる。頭の撫でやすさって頭の形からくるのか、それともまた別の何かなんだろうか。
「でしょ? 手入れした方が絶対良いって言われたから、ちゃんと手入れしてるんだ」
「へぇ、そうなのか……少し嫉妬するが、そいつは英断だな。こんなに綺麗なんだし」
この髪、ほんと良い髪だよな。さらさらはそうだけど、ツヤツヤしてるし、まとまり良さそうだし……なんか良い香りしてきたな。ちょっと頭がボーッとして来たぞ……?
「えへへー、やっぱりそう思うんだ」
「ああ。これを放置なんて勿体ないからな……」
国宝級だ。やっぱりアイって凄いなー。あ……なんか、気分が昂ってきた? ちょっと違うか。うーん、正常な思考が出来ない……?
「アイ」
「あれ、どうしたの青哉くん……」
やっぱアイって可愛いよな。こうしてマジマジと見ると改めて思う。そういや救うとかなんとか言ってるけどあんまアイのこと詳しくないよな……いや、この世の誰よりも知ってるけどね? でも知りたいと思うことは普通のこと。だからそう、今からアイを知ったっていいんだよな。
「ちょっとこっち来てよ」
「青哉くん、大胆だね。いいよ? 青哉くんなら」
少し移動し、アイをこちらに呼び寄せる。ベットに腰掛け、アイを膝の上に乗せる。身長が同じぐらいだからあまり差がない。ちょっと想定と違うが……まあいい。
「アイって抱き心地もいいんだな……」
「きゃー、青哉くんに抱かれてるー」
アイがきゃーきゃー言ってはしゃいでいる。言い方が悪いように感じるが、あくまで抱き締めているだけだ。疚しいことなんて欠片も無い。
「アイ……なにかつけてきたか?」
「えー? なにかって何?」
……やっぱおかしいって。支離滅裂になってるし、理性を制限されてるような感覚がする。少なくとも普段の俺はこんな事しない。しないよな? でもアイがそんなもの用意出来るわけがないのも事実……だよな。
「おかしいだろ、これ……」
「全然何もしてないよ? ただ、青哉くんが私にメロメロなだけ」
「そういうレベルじゃ……」
ないって……ああ、なんか眠くなってきたな……。
「いいんだよー。そのままその感覚に身を委ねて、私を抱き締めて?」
「ア……イ……」
いや、何で、意識が……遠のくんだよ……。
「おやすみ、青哉くん」
俺はそれに抵抗出来ず、そのまま意識を落とした。何故かはわからないが、最後にぼんやりと見えたのは、黒い星を瞳に宿したアイだった。
☆★☆
ある一軒家の一室。殺風景な部屋であるその一室には、物があまり無い。
教科書やノート類しか置いていない机に、何も入っていない本棚。随分と空いているクローゼットに、飾り気のないミニテーブル。窓にはレースカーテンと遮光カーテンが付けられていて、ドアには鍵穴が付けられている。
何の変哲もないただのベッドには2人の子供がおり、とても仲が良さそうにしている。
「……やっと寝たかな?」
少女がそう呟く。少女の背には少年がもたれかかり、その少年の膝の上に少女が乗っている。少年はまるで何かを逃がさないような姿勢で、気を失ったように眠っていた。
「とりあえず寝かせて、っと」
少女はしばらくその状態を維持して堪能した後、自分とほぼ同じ背丈の少年をベッドに寝かせ始めた。時々止まりながらもそれは行われていき、幾許かの後、最後に布団をかけて終わる。
「これでよし。……ああ、青哉くん。可愛くて、本当にカッコイイなぁ……好きが溢れて止まらないよ」
少女が少年の顔を見つめながら、何かを独りごちる。体を震わせ、恍惚とした表情で。少女の瞳とその周りには星が満ち、この空間と彼女達を取り巻くように明滅している。
「また撫でてもらったし、さっきなんて青哉くんに抱き締めて貰っちゃったし……青哉くん、暖かかったなぁ。包まれてる、って感じがして……」
少女は輝いている。そしてとても満足気な表情で自分の身体を抱き締めている。その様子は、何かを思い出してもう一度感じようとしているかのよう。
「ねえ青哉くん、早くしてね? 私、欲張りで、意外とせっかちかもしれないんだよ? こんなに待たせて……だから、あんまり遅いと──」
蠱惑的で、魅惑的で、どこか乙女のようで。でもとても綺麗な笑みを浮かべながら、少女は少年に更に近づく。距離はもうほとんど無く、肌と肌が触れ合いそうなほど。
少年は全く起きる気配がなく、静かに寝息を立てている。その少年の顔に手を添えながら、少女は耳元で囁く。
「──手遅れになっちゃうよ?」
★★★
外が眩しい? でもまた暗くなった。……あれ、寝てたのか。起きないと。
「う、ん……?」
「あっ、青哉くん起きた?」
目を開けると、そこにはアイがいた。瞳の星は白く、その表情は穏やかで、とても可愛い。
「ああ……おはよう、アイ」
「おはよう、青哉くん」
もう夕方なのか、空がオレンジから茜色に染まっている。随分と寝てしまっていたみたいだ。
「はぁ……ん?」
いや、おかしい。俺は今ベッドで横になっている。それはおそらくアイが俺を移動させてくれたのだろう。ありがとう、アイ。でもそれならなんでアイの顔が目の前にあるんだ?
「あ、気づいた?」
「いや、気づいたってか、なんで入って?!」
アイが同じベッドの中に入っている。所謂添い寝の状態だ……なんで?! 飛び起きたぞ!?
「青哉くん寝ちゃうから、どうせだし私も一緒に寝ようと思ったんだ」
「それで本当に一緒に寝るかよ……! 俺なんかその辺に置いてベッド使ってくれて良かったのに」
なんで一緒に寝てるんだ。俺もう誰かに一発ぶん殴られてもおかしくないだろ。というか、一緒に寝るのはダメだろ……。
「アイ……さすがに異性が一緒に寝るってのはあんまり良くないと思うんだけど……」
「私と青哉くんはいいんだよ」
「え、いや……そういう問題じゃ「私と青哉くんはいいんだよ」む、う」
「私と、青哉くんなら、いいんだよ?」
「……そう、ですね」
押し切られた。なんか圧が凄かった。黒い星もチラついたし……まあ? 俺だけなら別にいいかなとか思わなくもないし……本当にいいのか?
「……あはっ」
唸りながらも、1度言ってしまったしまあいいかと思ってしまった俺は、そのうち痛い目を見る気がする。でもアイが満足気だったからきっと大丈夫だ、なんとかなる。
その後、結局夏休みの宿題が進んでいない事に気付き、明日こそは進めようという話をして、今日は終わったのだった。
個人的に、お気に入りの話です。
アイは料理が……
-
得意
-
得意という程じゃないけど出来る
-
一応出来るぐらい
-
出来ない
-
閲☆覧★用