ウマ娘~come back to Derby~ 作:タンドリー
「距離ロスのことはあまり考えなくていい!それよりスピードを落としすぎないことを意識するんだ!」
「はい!!!」
流の指示を受けながら、ツナグが右回りのコーナーを駆け抜けていく。残り約一ヶ月に迫ったクラシック初戦、皐月賞。その前哨戦として二人が選んだのは、同じ中山レース場で行われるトライアルレース「弥生賞」であった。
中山レース場の特徴は小回りのカーブとゴール前の急坂である。特にストライド走法のツナグにとって、小回りのカーブは最重要課題であった。その対策として取り組んでいるのが、このコーナリング練習である。
(コースに赤コーンを設置してカーブをきつくする「擬似中山トレーニング」。昔先輩から教わった練習方法だったが、効果は抜群だな)
ツナグがゴールし終えたのを確認し、ストップウォッチを止める。二人でツナグの実家を訪ねてから早や数週間。あの時間がリフレッシュになったのか、ツナグはみるみる調子を取り戻していた。そしてこの練習を始めたことで、苦手だったコーナリングも徐々に改善されてきている。クラシックへの準備は順調に整いつつあった。
「流トレーナー!今の走りはどうでしたか」
「前よりも良くなっているし、タイムも縮んでいる。いい感じだ。水分補給をしたらもう一本、いけるか?」
「はい!わかりました」
乾いた喉にスポドリを流し込み、再びスタート地点へ戻っていくツナグ。天性の才能もそうだが、彼女のもう一つの強みはこの真面目な性格であった。流の指示を聞き、時に自分も意見を出しながら、黙々と練習を積み重ねていく。天才が努力をすることで、その実力は見違えて上がっていた。
(もうこれ以上、俺たちは負けられない)
ウマ娘たちがクラシックレースに出走する道は二つある。一つは実績を挙げること。具体的には、重賞で勝つかG1で連帯していれば十分である。そして実績の乏しいウマ娘たちに示されるもう一つの道が、各レースに設けられたトライアルレースで上位入線を果たすこと。レースごとに定められた着順以上に入ることで、本番への優先出走権が与えられるのだ。皐月賞では弥生賞、スプリングステークス、若葉ステークスの三つのトライアルが設けられていた。
三レースの内、本番と同じ条件で走れて、尚且つ距離も比較的長いのが弥生賞である。ツナグにとって最も好条件が揃ったレースだと流はみていた。だが、それでも皐月賞に出走するためには、絶対にこのレースを落とすわけにはいかない。ストップウォッチを握る流の手にも、力がこもる。
(最後まで抜かるな。弥生賞を勝って、ツナグをG1に!!)
その思いに応えるかのように、走り出していたツナグが加速する。彼女の背中を押すように、春風が芝を揺らしていた。
***
『あいにくの曇り空となりました中山第十一レース、弥生賞G2。ですが重苦しい曇天の空気を吹き飛ばすかのように、場内には多くのお客様が詰めかけています』
ようやく訪れた春を祝福するかのように、ターフのウマ娘たちへ声援を送る観客たち。ラジオNIKKEI杯の時よりも大きな
(いける。弥生賞に向けて、準備は完璧に整えてきた。後は……)
ちらりと視線を横にやると、同じく弥生賞に出走してきたテオファニーとロベルタがいた。二人とも既に皐月賞に挑める戦績を残しているとはいえ、レースに絶対はない。本番と同じ環境に慣れるため、キッチリ前哨戦に出てきていた。
(へっ、アタシは今三連勝中だ。この勢いのまま弥生賞もぶっちぎってやるぜ!)
(確かに二人は強い。けど、ボクも重賞二勝ウィナー。負けるわけにはいかないのさ、
上位人気の三人の視線が交差する。それを合図に、ファンファーレが鳴り響いた。スタンドから拍手が送られ、続々とウマ娘たちがゲートへと収まっていく。
『最後に12番テオファニーがゲートに入って体勢完了……スタートしました!』
各ウマ娘が一斉にスタートを決めた。特に目立った出遅れもなく、スムーズに十二人が駆け抜けていく。
『さぁまず前に出たのは十一番セガノウミキング、続いて九番グッドガール。二番人気のロベルタが内三番手について、外から一番人気テオファニーが並んでいきました』
人気の二人が前方に取り付く中、六番のツナグは中団の後ろに控えた。前のバ群を見ながら脚を温存できる上、閉じ込められそうになればすぐに外に出せる絶好のポジショニング。求めていた最高の位置取りができたことで、流とツナグは心の中でガッツポーズをしていた。
(よし!前と違って冷静に陣取れた。このまま行かせてもらう!)
少し縦長のバ群になったまま、ウマ娘たちは向こう正面に入っていく。中距離といってもたかが二〇〇〇メートル。レースはすぐに折り返しとなり、結局十一番のセガノウミキングが先頭のまま一分一秒六というタイムで一〇〇〇メートルを通過した。
(またスローペースかっ)
電光掲示板を睨みながら流は歯嚙みする。こうなってくると前目につけたウマ娘が有利だ。後方からレースをするツナグにはまたしても不利な展開だが、今回は違う。
(大丈夫、余力はしっかり残してある。ギリギリまで我慢して、最後にまとめて差し切る!!)
前回のような焦りはない。冷静に状況を見ながら、ツナグはジッとバ群の中で息を潜めた。
『三コーナーをカーブしてセガノウミキングに九番グッドガールが並びかける!さらに外テオファニーが先頭に並びかける構えだ!』
直線の短い中山レース場。それを意識してか、各ウマ娘が早めに仕掛け始めた。
(チンタラしてたらレースが終わっちまう!だったらァア!!!!)
四コーナーを曲がって直線、前の二人を抜きさり、一番始めに躍り出たのはテオファニーだった。
「このまま全員、振り落としてやるよォオ!!!」
『直線コースに入って抜け出た先頭テオファニー!リードを一バ身から二バ身取りにかかって二〇〇を切った!!』
強気の早や仕掛けに、観客席も多いに歓声が沸く。
(
『四番ガーデンタイガー、内狭い所から三番ロベルタも上がってきた!!外から八番ゴッドグラスも襲いかかる!!!』
先頭に喰らいつかんと、三人のウマ娘が牙をむいて迫ってくる。前四頭の争いを見るようにして、ツナグもギアを上げた。
(届かせてみせるっ!!!)
『前を突く勢いで後ろから六番ツナグ!ツナグも追い上げてくる!!!』
((((来たかッ!!!))))
前を走る四人が気が付くほどの勢い。充電満タンの状態でレースを進めたツナグの末脚が、さらに鋭くターフを削っていく。特訓のおかげで、スピードをできるだけ落とさずコーナーを回れたこと。それによってツナグの脚は、容易にフルスピードまで持っていくことが可能となっていた。
「いけぇ!!!ツナグ!!!!」
「やあああああああああああっ!!!!」
大きなストライドを遺憾なく発揮し、凄まじい速度を叩き出すツナグ。風を切り裂くその走りは、先頭まで残り一バ身にまで迫っていた。
(行ける!これなら前を捕らえられる!!!)
実際、ツナグの上がりは十二人の中で二番目に早い上りタイムを出していた。だが、そのキレ味を魅せるには、中山の直線は恐ろしく短かった。
『外から八番ゴッドグラス!ゴッドグラスゴールイン!!!勝ったのは伏兵、ゴッドグラスだぁあああああああ』
新たなクラシック候補の誕生に、にわかにざわめく中山レース場。ゴール前の熾烈な叩き合いを制したのは、六番人気のゴッドグラスであった。
「フッ、やられたか」
二着には十番人気の四番ガーデンタイガーが入り、ロベルタは三着でレースを終えていた。ここまでの三人が、皐月賞への優先出走権を手にしたことになる。
「チッ、馬鹿かアタシは。次はこうはいかないよ」
早め先頭に立ったことでスタミナ切れを起こしたテオファニーは、四着入線。優先出走権は逃したものの、前走で重賞を勝利していたため本番への出走圏内には入ったままだ。そして最後に追い上げたツナグは――
「ハァ、ハァ、ハァ」
肩で息をしながら、呆然と掲示板を見つめるツナグ。何度も瞬きしても、六番の数字は掲示板の一番下に灯ったままだ。
(えっ……)
呼吸が整うどころか、先ほどよりも荒くなっていく。
(ウソ……)
心臓の音がどんどんとうるさくなって、頭の中まで響いてくる。
(これじゃあ……この順位じゃ……)
視界が揺らぎ、徐々に霞んでいく。
(私は……)
状況を脳が理解した時、抑えていた感情の鍵が開かれ、大粒の涙となって溢れ出した。
(私はッ……!!!!)
今にして思えば、前走の後はただ落ち込んだだけだったのだろう。敗北の原因は自分のミスであったし、まだ次があるのをわかっていたからだ。でも、今回のレースは違う。敗北すれば、次なんてものは存在しない。希望の光が消えるのを目にした時、ツナグは初めて、心が折れる音が聴こえた。
(もう、ダメなんだ)
確定した六番の着順は五着。この日、ツナグは皐月賞への出走権を失った。
本日は天皇賞春!楽しみですね。
次回は5月2日投稿予定です!