ウマ娘~come back to Derby~ 作:タンドリー
きっと心のどこかで、このままではいけないと思っていたのだろう。
朝の九時。いつも通りの時刻にかかってきた流トレーナーからの電話に、今日はなぜか、自然に応答していた。
「……もしもし」
『!!!』
電話越しにトレーナーが息を呑んだのがわかった。そりゃそうか。なんせ一週間ぶりに
『ようやく電話に出てくれたな、ツナグ』
「お久しぶりです。あの、私は」
『普段なら話を聞いてやりたいとこだが、あいにく今は時間がない。とりあえず学園の食堂まで来てくれ』
「えっ」
私が口を挟むより早く、勢いよく自室のドアが開かれた。突然のことで動揺するこちらを気にも留めず、マスクとグラサンを装着したウマ娘三人が室内に侵入してくる。
「今だよ、アンタたち!」
「「はい姐さん!!」」
気付けばグラサンウマ娘二人に背後を取られ、抵抗する間もなく麻袋を被せられる。
『ちょっと!?私をいったいどうするつもりですか!』
「悪いねぇ、アンタのトレーナーに頼まれたのさ。謝罪なら後でいくらでもしてやるから、とっとと行くよ!」
「「はい姐さん!!」」
三人に担ぎ上げられ、私は麻袋のまま部屋から連行されてしまった。
(こんなことになるなら、電話になんか出なければ……)
後悔したところで、流れる涙はただ麻を湿らせるだけであった。
***
今日は休日ということもあってか、学園内の食堂にいつものような賑わいはない。そんな中で流は一人待っていると、ヒシアマゾンたちがやってきた。
「待たせたねトレーナー。お望み通り連れてきてやったよっ!」
「連れて来たというより運んできただな」
何ともいたたまれない姿で座らされていたため、すぐにその麻袋をとってやる。急に視界が開けて眩しかったのか、ツナグは若干目をショボショボとさせた。
「よう。手荒な真似した悪かったな、ツナグ。でも、こうでもしないと今の君はまた逃げてしまいそうだったからな。もし電話に出てくれたら俺の下へ連れてきてくれるよう、ヒシアマゾンたちに協力をお願いしていたんだ」
「だから電話の後、ヒシアマ姐さんたちが入ってきたんですね……」
ツナグのジト目に、ヒシアマゾンたちは装備を外した笑顔で応える。
「さてと、アタシらの仕事はここまでだ。後は頑張りなよ、トレーナー!」
「あぁ、本当に助かった。ありがとう、ヒシアマゾン」
雰囲気を察したのか、ヒシアマゾンたちはすぐに食堂を後にした。
テーブルは二人だけになり、気まずい空気が流れる。
(ヤバイ!このままだとまた時間を無駄にしてしまう!)
短く息を吐き、流は意を決して切り出した。
「今日ツナグに話したかったのは、これからのレースプランについてだ」
「っ!!!」
つぶらな瞳が僅かに揺れる。やはり、まだ弥生賞敗北の傷は癒えていないようだ。だが、ここで足踏みすれば、本当に全てが終わる。流は胸の内を押し殺して話題を続ける。
「前回の弥生賞。負けたのはもちろん俺の力不足もあるが、現状ツナグには中山コースが合っていなかったんじゃないか。ということも考えた」
「それは……」
「だから正直、このままじゃクラシックを勝つことは難しい。加えて今の成績のままでは、この後のG1に出走できるかも危ういラインだ。そこで俺は、とあるレース一本に目標を絞ってプランを組み立てた。これを見てくれ」
流はカバンの中から、愛用のノートを取り出した。その中の白色の付箋を付けたページを開き、ツナグに見せる。
「毎日杯から始まり、京都新聞杯を叩いて“日本ダービー”に挑む。これが俺の考えた、ツナグ。君のためだけのレースプランだ」
ノートに書かれたプランは、ハッキリ言えば王道からは少々外れたローテーションであった。阪神で行われるG3毎日杯と、京都で行われるG2京都新聞杯。どちらもトゥインクル・シリーズ最高峰の舞台、日本ダービーを目指す上で選択するウマ娘が多いローテーションである。
しかし、今回流は両レースとも出走すると提案した。言葉通りにローテーションを組めば、六週間で三つものレースに出なければならない。達成できればダービーへの出走は確実となるが、その分かなり過酷なスケジュールで挑まねばならない。この事は流も十分理解しているが、それでもやらなけらばダービーには挑戦できない。周囲どころか世間からの批判も覚悟の上で、流はこの話を打ち明けていた。
「どうだ、ツナグ。辛い挑戦になると思うがやってみないか。今まで燻ってきた君の実力を、ダービーの舞台で見せつけてやろうぜ!」
「皐月賞は」
「ん?」
「皐月賞には、登録してくれないのでしょうか……?」
実を言うと、トライアルレースに敗北しても皐月賞へ出走登録することはできる。ただ現時点のツナグでは抽選になる恐れがあり、分の悪い賭けだと言わざるを得ない。また、毎日杯を勝って皐月賞への出走を目指す道もあるが、歴史上そのローテを達成したウマ娘は数えるほどしかいない。代表的なのは“世紀末覇王”テイエムオペラオーである。何にせよ、こちらも現実的とは言い難かった。
これらの理由から先の提案をしたことを、改めて流は説明する。いつもの聡明な彼女であればこちらの意図に理解を示してくれていたが、今回は違った。
「そうですよね。所詮私なんか、G1に挑めるウマ娘じゃないですもんね」
「おいツナグ。誰もそんなことは――」
「わかってるんです!!!!どうせ流トレーナーは、私の事なんて評価してないって。だからジュニア級の時も、そして今も!!!私をG1に出してくれないのでしょう……?」
「違う!!!そんなことはない。ただ俺は、君を……」
話をする前から、ツナグにこの事を指摘されると予想はしていた。デビュー戦の前に彼女から聞いた「英雄を超える」という夢。それを叶える第一歩から、諦めさせようとしているのである。加えてジュニア級時にすでにG1を一度見送っている。それを踏まえての先のプランは反対されて当然だとわかっていたし、説得するための材料も複数用意した。
それでも、今にも泣き崩れそうな青鹿毛の少女を前にして、流はこれ以上口を動かすことができなかった。
自信を砕かれた敗戦と、夢を諦めなければならない現実。少女を襲う二つの絶望は、計り知れないほどに深かった。
「もういいんです。元はと言えば、私が負けてばかりなのが悪いんですよね」
「ツナグ……?」
「もう、私に構わないでください。私は、貴方の指導を受ける資格なんてありませんから」
それだけ言い残して、ツナグは走り去ってしまった。
「ツナグ!!!」
大声で叫んでも、彼女は振り返ってくれはしない。瞬きする間に、背中も見えなくなるほど遠くに行ってしまう。
(人間の足でウマ娘に追いつけるわけがない。けど、それでも!!!)
流は机に広げたものをカバンに押し込み、急いで青鹿毛の軌跡を追った。
希望の光を、見失ってしまわないように。
次回は5月7日投稿予定です!