ウマ娘~come back to Derby~   作:タンドリー

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第13R 思いつないで

 全てわかっていた。このままでは何も成しえないこと。流トレーナーは本気で私のために動いてくれていること。私の実力を、きちんと評価してくれていること。今の自分が、現状と向き合えていないこと。

 

 全部ぜんぶ、頭の中では理解していた。

 

 それでも、心がそれを拒否した。皐月賞を諦めたくなくて。いや、自分の夢を叶える道を、捨てたくなくて。

 

 頭と心がどんどん離れて、ぐちゃぐちゃになって、どうしようもなくなって、私はあの場を逃げ出した。

 

 

 

 

 

 私は走った。お気に入りのパジャマを着たまま。友達にもらった、ふわふわのスリッパのまま。

 

 

 

 

 

 心が叫ぶままに、私は走った。行き先も決めず、帰り道のことも考えず、寮の門限のことも忘れて。

 

 

 

 

 私は走った。途中で雨に降られて、着ているもの全てがビショビショになっても、構わず走り続けた。

 

 

 

 

 走って、走って、走って、走り続けて。

 

 

 

 

 

 早くもと言うべきか、ようやくと言うべきか。走った先で辿り着いたのは、自分が生まれ育った家だった。

 

 

     ***

 

 

「まったく。いきなりピンポンが鳴って外に出たら、いきなりツナグが立っているからさぁ。父さんびっくりしたよ」

 

「しかもあんなに濡れて帰ってきてねぇ」

 

「……ごめんなさい」

 

 休業日で誰もいない喫茶「ねこひめ」。そのテーブル席の一つに、ツナグと両親が向かい合って座っていた。家のインターフォンが鳴ったので出てみると、目の前には雨でビショビショになった愛娘。学園から飛び出してきてそのままだったツナグを見た父親は、慌てて娘にシャワーを浴びさせ、服も着替えさせ、事情を聞くために家族の席を設けていた。

 

「それでツナグ、一体何があったんだ。別に怒ったりしないから、正直に話してごらん」

 

「実は……」

 

 母親が淹れてくれたココアのおかげもあるのだろう。ツナグは実家に戻ってきた理由と、今自分が抱いている感情や思い。それらを取り繕ったりせず、ありのままに話した。

 

(なるほどね)

 

 在りし日の自分と似た心境にいる娘をみて、懐かしさを覚える父親。思えば自分も、若い頃は何度も壁にぶつかり、いくつもの夢を諦めたものだ。

 

(それは、母さんも同じかな)

 

 隣で同じような表情を浮かべる妻を見る。特に母親は、ツナグと同じウマ娘。レースを走った経験があるからこそ、娘の気持ちが痛いほどわかった。そして理解できるからこそ、伝えなけらばならないことがある。母親はとある箱を机の上に置き、ツナグの方へ寄せた。

 

「これは?」

 

「開けてみて」

 

 母親に優しく促され、ツナグはふたを開ける。中には、何通もの手紙と色とりどりのお守りが、溢れんばかりに詰まっていた。

 

「そこにあるのは全てお店に来たお客さんが、あなたに渡してほしいってくれたモノなの」

 

「ここにあるもの、全部?」

 

「そうよ。みんなツナグのレースを見て、応援したくなったって。後から郵便で送ってくれた人もいたわ」

 

 箱の中から、一通の手紙を出して開いてみる。おそらく幼い子供がくれたのだろう。何度も消しゴムをこすって汚れた紙には、大きな字で『いつもてれびでみてます。れーすがんばって!』と書かれていた。

 

 他にも可愛らしい丸文字でツナグへの感謝を伝えるものや、達筆な字で激励の言葉をしたためたもの。クレヨンで描かれた元気な絵や、プロの作品かと思うほどの美しいデジタルイラストまで。レースを走るツナグへエールを送る、個性豊かなファンレターがそこにはあった。

 

(こんなに沢山の人たちが、私を見てくれてたんだ)

 

 手に取った手紙とお守りを、胸にしまうように抱きしめる。するとそこから温かい気持ちが広がって、体を包み込んでくれるような感覚がした。

 

「だからこそツナグ。あなたには果たさないといけない義務がある」

 

 先ほどまでと違う、真剣な目。それは一人の母親としてではなく、同じ競技に挑んだ先達者としての思いの表れであった。

 

「それは、みんなの思いにレースで応えること。どんな結果になっても構わない。自分の脚でターフの上に示すこと。自信の夢を追いかけることと同じくらい、それは大事なのよ」

 

 再び優しい顔に戻り、母は語りかける。

 

「“みんなの思いを乗せて走る”。それが私たち、ウマ娘なんだから」

 

「みんなの、思いを……」

 

 その時、ツナグは思い出した。幼い頃に家族で見に行った、かの“英雄”のトゥインクル・シリーズ最後のレース。

 

 スタンドを埋め尽くすほどの観客からの、凄まじい声援。ともすればプレッシャーにもなりかねないそれを受け、彼女は笑っていた。

 

『間違いなく翔んだ!間違いなく翔んだ!!これが私たちにくれる、最後の衝撃ぃ!!!』

 

 そして最高の笑顔とパフォーマンスで、引退の花道を飾ったのである。

 

(そうか、私の夢。私が本当にできること。それは――)

 

 

 

「それに、まだクラシックは始まったばかりだしな!」

 

「うわっ!!!流トレーナー!?」

 

 気が付くと、いつの間にか背後に流が立っていた。本当に急いできたのだろう。気丈な顔をしているが、ずっと汗を垂らしながら肩で呼吸し続けていた。

 

「ツナグが手紙を読んでいる間に、またインターフォンが鳴ってな。もしやと思って出てみたら、トレーナーさんが来てたんだ。あっ、ちなみに父さんも挨拶は済ませたぞ」

 

「いやぁ、ツナグが突然走っていくもんだから、慌てて追いかけましたよ。とりあえず勘で電車に飛び乗ったんですが、見事に当たりだったみたいですね」

 

 母からタオルを受け取り、照れくさそうに笑う流。その姿を見て、改めて自分のトレーナーは凄いとツナグは思った。

 

「トレーナーさん、まずはいきなり逃げてしまってごめんなさい。私、こんがらがってしまって、流トレーナーに酷い言葉までかけてしまって」

 

 謝罪の言葉を続けようとするツナグを、流は手で制する。

 

「それ以上は大丈夫だ、ツナグ。さっきは俺にも非があった。でも、俺の思いは本当だ。だからもう一度尋ねたい」

 

 流はゆっくりと右手をツナグに向ける。

 

「俺の示した道を、俺と一緒に歩んでくれないか」

 

「そこは“駆け抜けて”くれないか、ですよ」

 

 ツナグは差し出された手を、しっかりと握る。

 

「よろしくお願いします、流トレーナー。私が貴方と、応援してくれる人たちを。そして両親を。必ず、日本ダービーの景色まで連れていきます!」

 

 雲が晴れたような笑顔をみせるツナグ。

 

 トレーナーとウマ娘、二人が本当の意味で「つながった」瞬間であった。




本日は朝からアメリカでケンタッキーダービー。そして夕方にはNHKマイルカップもあります!激アツな日曜日ですね!

次回は5月10日投稿予定です。
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