ウマ娘~come back to Derby~   作:タンドリー

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大変遅くなりました!今回もよろしくお願いします!


第15R 最後のピース

 五月。多くの人にとっては、ようやく新生活な慣れて一息つく頃合いだろう。だが、クラシック級のウマ娘たちは違う。彼女らにとって、五月は集大成の時期だ。

 

 クラシック級のマイル王を決める、NHKマイルカップ。

 

 ティアラ路線の女王の座を競い合う、オークス。

 

 そして、クラシック級のみならず、日本レース界最高峰の舞台、日本ダービー。

 

 それぞれの道を歩む者たちの、それぞれの大一番となるG1レースが控えている。ウマ娘やトレーナーは最後の追い込みに入り、トレセン学園は独特な緊張感と張りつめた空気が支配する。普段より敷地内の警備は強固になり、メディアへの対応もより厳しくなる。来たる日に向けて、この時期は特に関係者は皆真剣な表情で授業や業務に励んでいるのである。

 

 そしてお昼休みの教室にいるツナグも、他の者と同様厳しい表情を浮かべていた。

 

(あれ?委員長何見てるんだろう)

 

(こないだのレース映像を見て研究してるみたい。邪魔しちゃ悪いから、どっか別の所で食べようか)

 

 クラスメイトらの話声など一切気にせず、ツナグは手元にある映像を食い入るように見つめる。スマートフォンに映っていたのは、先月行われた皐月賞のレース映像だった。

 

『外からねじ伏せるか七番シンボルパレット!テオファニーも食い下がる!その内を狙って十二番ロベルタも追ってきて二〇〇メートルを切った!』

 

 上位人気を分け合った三人が、激しく火花を散らしながら直線を突き進む。三人とも素晴らしい走りをみせていたが、中でもシンボルパレットは別格だった。普段からは想像もつかぬほどの気迫と力強さで、後方からの追撃の手を引きちぎっていく。

 

『抜けた七番シンボルパレット!!今日も王者の走りだゴールイン!!!』

 

 まさに完勝。実際の着差以上の差を見せつけて、シンボルパレットは皐月賞を制覇した。

 

(これが、G1ウマ娘の貫禄)

 

 次に、先週自身が走ったG2京都新聞杯の映像をリプレイする。

 

『第四コーナーを曲がって五番はツナグはまだ後方。まだ後方で直線に入ります!』

 

 ややハイペースで流れたこのレース。最後方でレースを進めたツナグはいつも通り脚を温存したことで、抜群の手応えで最終直線を向かえる。

 

『前三人が争う中五番ツナグ!外から五番ツナグがやってきた!!』

 

 最大の武器である鋭い末脚と、バ場状態が良好なコースを走れたことで、最終的に二着から一バ身以上の差をつけてツナグはゴールした。皐月賞に負けず劣らず、こちらも素晴らしいパフォーマンスである。それでも、ツナグはパレットに比べて自身に物足りなさを感じていた。

 

(重賞を二つも勝てた。トレーニングの成果もあって、体は今最高のコンディションに近づきつつある。でも……)

 

 もう一度皐月賞のレース映像を見る。先頭を駆けるパレットは、画面越しからでも息を呑むほどの“何か”を感じさせる。ただ重賞を勝ったウマ娘たちとは違う、()()()()()印象を与える何か。きっかけだけでもいい。それを手にすることができなければ、ダービーを勝つことはできない。その確信だけがツナグにはあった。

 

(でも“何か”って何だろう。覚悟とは違うような)

 

 深い思考の沼に沈みかけた時、スマートフォンの通知音がなった。確認すると、メッセージアプリに流からの連絡が入っている。

 

「放課後の併走トレーニングに、スペシャルゲストを呼んだ?」

 

 ゲストが誰か気になったので、一応聞いてみる。が、いくらメッセージを送っても謎のスタンプではぐらかされ、肝心のゲストについて名前を出してくれない。そうこうしているうちに昼休み終了のチャイムが鳴り響いた。

 

「ま、トレーニングに行けばわかるか」

 

 答えを聞くのを諦めたツナグは、角だけになった食べかけのサンドイッチを口に入れ、次の授業の支度を始めた。

 

 

               ***

 

 

「うっそ……」

 

 放課後。予想外のウマ娘が、ツナグのことを待っていた。

 

「紹介するよ。こちらはアドマイヤベガだ」

 

「……こんにちは」

 

 アドマイヤベガ。デビュー当初より注目を浴び、クラシックではテイエムオペラオーやナリタトップロードらと激突。そしてダービーウマ娘の称号を手にした、一流のウマ娘である。同じダービーを目指すウマ娘として、ツナグにとっては憧れの先輩でもあった。

 

「今回ダービーに挑むにあたって、あの舞台を知るウマ娘と一度走っておいた方がいいと思ってな。アヤベとは俺が親父のチームのサブトレーナーをしてた頃から縁があったから、併走を頼んでみたんだ」

 

「丁度私も、併走相手を探していた所だったから。さっそくだけど、お願いできるかしら」

 

「ももも、もちろんです!!こちらこそ、お願いいたします!!!」

 

 ヘッドバンキング並みの勢いでツナグは首を縦に振った。

 

(まさかアヤベ先輩と、“ダービーウマ娘”と一緒に走れるなんて)

 

 良い意味で予想外の事態である。だが、これはチャンスでもあった。

 

(パレットちゃんから感じた力強い“何か”。アヤベ先輩となら、それが掴めるかもしれない!)

 

 両頬を軽く叩いて、気合いを入れる。かたやダービーウマ娘、かたやただの重賞を二勝したウマ娘。経験も格も、雲泥の差がある。それでも、ツナグに負ける気など毛頭なかった。

 

 コースに入った二人は、互いに準備運動とアップを済ませスタート位置につく。併走とはいえ珍しい組み合わせのためか、ちらほらと周囲にギャラリーが集まっていた。

 

「準備はいいか!二人とも!」

 

 流の声かけに、二人は両腕で丸を作って答える。

 

「改めてよろしく」

 

「はい!胸をお借りします!」

 

 短く息をはき、スタート体勢に入る。

 

「よーい……スタート!!!」

 

 ほぼ同じタイミングで二人が飛び出した。どちらが前にいくわけでもなく、ほぼ横並びの状態でコースを駆け抜けていく。

 

(二人とも同じようなレースをするからな。だからこそ併走相手に選んだのだが)

 

 ツナグとアドマイヤベガ。同じ京都新聞杯の勝者という共通点もある二人は、どちらも鋭い末脚を武器に走るウマ娘である。そのため前半は脚を溜めてレースを進めるため、併走のペースは比較的緩やかなものとなっていた。

 

(それにしても……)

 

 ちらりと横目で隣を確認するツナグ。内目で淡々とペースを刻むアヤベの走る姿勢は、思わず見とれてしまいそうになるほど美しい。乱れない手の振り、力強く大地を蹴る両脚、そして伸びやかな四肢。どこをとっても均整がとれた完璧なフォームである。

 

(でも、私だってフォームは練習してきた。少なくともその部分では負けてないはず!)

 

 自身が言うように、ツナグもほぼ完全にストライド走法を会得していた。入学当初より評価されたしなやかな筋肉を躍動させ、アヤベの横をピタリと付いていく。特に大きな動きもないまま、併走は折り返し地点に入った。

 

(それにしてもこの子……)

 

 涼しい顔をしながら、アヤベも内心ツナグの走りに驚愕していた。多少こちらを気にする素振りは見せつつも、一切の乱れを見せない冷静さ。加えて、自身のリズムと狂いなく一致させたストライド走法。とてもクラシック級とは思えない完成度に、アヤベは自分のクラシック級の頃を思い出す。

 

(あの頃の私、いや私()()とは大違いね。でも!)

 

 視界の端に最後のハロン棒が見えた瞬間、アヤベが先に仕掛けた。

 

(しまった!!)

 

 それからワンテンポ遅れたツナグも、慌てて追い込み体勢に入る。鹿毛の一等星と青鹿毛の流星、二つの星が風を切り裂き、強烈な加速度を叩き出す。

 

「アヤベに喰らいついていけ!!ツナグ!!」

 

「やああああああああああああああああああっ!!!」

 

 得意のギアチェンジを駆使し、僅かな時間で最高速度にまで持って行ったツナグ。既に毎日杯や京都新聞杯を勝った時と同程度の末脚を繰り出しているが、それでも先を駆けるアヤベに一歩届かない。

 

(ダメ!このままじゃ……)

 

 その時、脳裏に本番のコースを走る自分の姿が浮かんだ。

 

 東京の長い直線。ファンや流トレーナーからの声援を右から受けながら、遥か先のゴールを目指す。後方からレースを進めた自分は、最終直線に入っても尚、十人以上いるライバルたちを追い抜かなければならない。だというのに、自分の脚は“鈍足”のまま。このままでは、栄光など到底得られない。

 

 崖っぷちに立たされているのを自覚した時、ツナグのエンジンがもう一度火を吹いた。

 

(もっとだ)

 

 歯を食いしばりながら、自身のギアにさらなる負荷をかける。

 

(もっとだ!)

 

 既に苦悶の表情を浮かべる体に追い打ちをかけるように、激しくムチを打つ。

 

(もっとだ!!)

 

 疲労で減速しようとする脚を、無理矢理前に出す。

 

(もっとだああああああああああああああああああッ!!!!!)

 

 声にならない咆哮を上げながら、大地を蹴るための筋肉全てに力を込めた。

 

 

 

 

 

 

 カチッ

 

 

 

 

 

 

 

 その時、自分の中で“何か”が変わる音がした。変容した何かは、背中の方から徐々にツナグを()()()()()いく。

 

(まさか……これが……?)

 

 今まさに溢れ出る凄まじい“これ”が、自身の求めていた“何か”なのか。答えを出す前に、併走は終わりを告げていた。

 

「ハナ差だが、今回はアヤベの勝ちだ。でもよく頑張ったな、ツナグ」

 

「ハァ、ハァ、ハァあ」

 

 流に話かけられ、ツナグはようやく現実に戻ってきた。自分の横では、アヤベが激しく息を切らしている。

 

「負けちゃいましたか……」

 

 口では敗北を悔やみながらも、ツナグはこの併走で確かな自信を得ていた。

 

(“何か”に吞まれそうになった、最後の感覚。あれを忘れないようにしないと)

 

 何度も手を握りながら、最後に得た感覚を反芻する。すると、少し息を整えたアヤベがこちらに近づいていた。

 

「お疲れ様。併走、どうもありがとう」

 

「いえいえ!こちらこそ、おかげで何かが掴めそうな気がします!」

 

「……そう。なら、よかった」

 

 純粋に喜ぶ後輩の顔が眩しかったのか、アヤベは僅かに目を逸らした。

 

「それじゃあ流さん。私はこれで」

 

「おう、本当にありがとな。あっ、そうだ!忘れてた」

 

 流はベンチから紙袋を一つ取ると、アヤベに手渡した。

 

「これ、例のやつな。併走のお礼だ」

 

 手渡された紙袋をアヤベは一度凝視すると、すぐさま後ろに隠した。

 

「ありがとう。二人とも、ダービー頑張って」

 

 いつもよりほんの少し優しい声音でエールを送り、アドマイヤベガはコースを後にした。

 

「ちなみに流トレーナー。アヤベ先輩には何を渡したんですか?」

 

「お礼のやつか?あれは“ふわふわスリッパシリーズ”の最新モデルだ。何でもふわふわが好きなんだと」

 

「……意外と可愛いな、アヤベ先輩」

 

 




今回は投稿予定日を過ぎてしまいごめんなさい!ですがその分、沢山の熱量を注ぎ込んでかき上げました。物語もフィナーレまであと少し。最後までお付き合いいただけると嬉しいです!

次回は5月19日投稿予定です。
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