ウマ娘~come back to Derby~ 作:タンドリー
まだテレビどころか、映像そのものが珍しかった時代。日本に“夢”が生まれた。
夢はしだいに大きくなり、幾人もの人々とウマ娘たちによって引き継がれてきた。
夢を叶える者もいた。志半ばで夢破れた者もいた。夢に到達できなかった者も、夢を叶える舞台にすら立てない者もいた。
夢が次への通過点に過ぎなかった者もいた。夢に全てを懸けた者も、夢で燃え尽きた者もいた。夢に阻まれた者の意思を継ぎ、自らの代でそれを叶えた者もいた。
私たちは夢に憧れ、夢に想いを託す。夢があるから頑張れる。夢があるから、目指す場所まで走り続けることができる。
私たちは、夢の名前を知っている――
***
その日、東京レース場には十三万人もの観客が押し寄せた。待ちに待った最高の舞台「日本ダービー」を見にやってきたのである。
人の数だけでも普段とは比べ物にならないほど異なるレース場だが、今年はさらに異様な光景が広がっていた。
「おい、あれ!」
観客の一人が指さした先には、親友のメジロライアンと談笑するアイネスフウジンがいた。他にもシリウスシンボリやトウカイテイオー、アドマイヤベガやスペシャルウィーク、タニノギムレットにウオッカなど、名だたるダービーウマ娘たちが会場を訪れていた。
今年は十年に一度のダービーメモリアルイヤー。日本で初めてダービーが開催されてからの節目に当たる、特別な年である。そのためURAによって歴代のダービーウマ娘たちが招待され、東京レース場に集まっていたのである。
「それにほら、上を見てみろ」
観客の連れが頭上を指さす。スタンドのはるか上、府中を見下ろすように設けられた関係者用の観戦席。その一角には、ダービーウマ娘の中でも極めて偉大な“三冠ウマ娘”たちのためだけに用意されたスペースがあった。
「ついに、今年もこの日がやってきたな」
「だね。一年の中でもいっちばん熱くて、ワクワクする日だ」
発走の時を待ちわびる観客たちを見守りながら、優しく微笑むトレセン学園生徒会長シンボリルドルフ。その隣には学園きっての風来坊ミスターシービーがいた。
「君も楽しみだとは思わないか、ブライアン」
「フッ、そうだな。この日が一番
シービーの横で不敵な笑みを見せるナリタブライアン。三冠ウマ娘が三人も揃ったこの空間は、独特な重厚感を醸し出していた。そこへ、新たなウマ娘が扉を開けて入ってきた。
「やはり君も来たか、“英雄”」
「ハッ!相変わらずいちいち大仰な雰囲気を出すやつだな“皇帝”」
ルドルフに“英雄”と呼ばれた鹿毛のウマ娘は、シービーとは反対隣りの席にドカリと腰を下ろした。
「俺はただ探しに来ただけだよ。自分より深い『衝撃』を与えてくれるヤツにな」
鹿毛のウマ娘は手元のタッチパネルを操作し、近くのモニターにある画面を映し出す。そこには、今年のダービーに出走するウマ娘たちのパドックの模様が中継されていた。
***
『お送りしております本日のメインレース、東京優駿・日本ダービー。続いてはパドックの模様をお届けします』
アナウンサーの声に合わせるように、パドックに設けられた天幕が開かれた。
『まずは一枠一番、現在一番人気のツナグです』
今年のダービーの主役の一人、青鹿毛のウマ娘ツナグの登場に、パドックを囲む観客たちが盛り上がる。燃えるような赤と空のように澄んだ水色を基調とした、パンツスタイルの勝負服。G1に出走するのが初めてであるツナグにとって、ここか勝負服の初お披露目ともなった。
「あれがツナグの勝負服かぁ。あんな感じなんだー」
「カッコいい!!めっちゃ似合ってるじゃん!」
ライトなレースファンたちは、美しい青鹿毛と完璧にマッチした勝負服と、それをスマートに着こなすツナグの容姿に惚れ惚れとしている。しかし、レースを長年みている玄人ファンたちは、ライトファンとは全く異なる点に着目していた。
(なんだ……あの落ち着き様は)
そう、今日のツナグは驚くほどに静寂を纏っていた。言うまでもなく体の仕上がりも素晴らしい。デビュー時にはまだ見受けられた緩さは消え失せ、名刀の如く筋肉はハリと輝きを放っている。だがそれ以上に、彼らはツナグの様相に思考を奪われていた。
多くの場合、ダービーに出走するウマ娘たちは大なり少なり浮足立っているものだ。まだまだレース経験の浅いクラシック級であるのに加え、全レース関係者が憧れる夢の舞台である。むしろ緊張をみせているのが自然なくらいであるが、パドックに立つツナグは恐ろしいほどに平静を保っていた。
(あれではまるで、歴戦のシニア級ウマ娘じゃないか。一体どれほどのメンタルトレーニングを行ってきたんだ?)
驚愕する玄人ファンたちを他所に、いつも通りツナグは深いお辞儀をしてパドックを去った。
その後も続々とウマ娘たちがパドックに姿を現していく。特に二番のロベルタ、八番のシンボルパレット、九番のテオファニーが見えた時は、一際大きな歓声が沸いた。
「よっ!ダービーはアタシがいただいたぁ!」
最早パドックでは恒例となったテオファニーの見得ポーズに、ファンたちから拍手が送られる。今年のダービーは皐月賞で上位を独占したこの三人。そして毎日杯と京都新聞杯を連勝したツナグを加えた“四強”であるというのが目下の予想であった。
無論主役は彼女らだけではない。四強の他にも共同通信杯の勝者フジペガサスに、ダービートライアルである青葉賞を制したタバインパクト。さらにはG1であるNHKマイルカップを勝利し駒を進めてきたフシチョウなど、同世代きっての実力者たちが顔を揃えた。
まさに群雄割拠の夢舞台。そんな中にあってもツナグは一切の乱れも見せずに、用意された控室に入った。鏡の前で勝負服を整え、椅子に座ってもう一度シューズと蹄鉄を確認する。先に部屋で待機していた流は、いつも通りに準備を進める相棒に問うた。
「ツナグ、何か気になることはないか」
ターフに入れば、もうトレーナーにできることは何もない。最終確認の意味も込めて、流は声をかけた。そのトレーナーの意図をきちんと理解したツナグは、今一度考えた上でこう答えた。
「大丈夫です。レースに向けて、何も問題ありません!」
虚勢でもから元気でもない、心の底から自信に溢れた表情。その顔を見ただけで、流は納得することができた。
「よし!それなら後は言うことはない。自分の全てを出し尽くしてこい、ツナグ!!」
「はいっ!!!」
互いに最高の笑顔を交わし、二人は控室を出た。
日本最高峰の戦い。ウマ娘にとって一生に一度のレースが、今始まる―――
そのまま次回へと続きます。よろしければ、一気に読んでいただけると嬉しいです!