ウマ娘~come back to Derby~   作:タンドリー

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連続投稿二話目です。よろしくお願いします!


第18R すべてはこの日のために

 本バ場入場前。テオファニー、ロベルタ、シンボルパレットの三人は、地下バ道にてあるウマ娘を待っていた。

 

「おっ、ようやくお出ましだぜ」

 

 山あいから昇る朝日のように、日陰からゆっくりと、青鹿毛のウマ娘が現れた。

 

「よぉ、ツナグ。待ちわびた……ぜ……」

 

 その姿が視界に入った瞬間、テオファニーは言葉を失った。“すべてはこの日のために”。そう言わんばかりに練り上げられた至高の気迫が、静寂の箱にしっかりと収められている。まるで歴戦のウマ娘の如き風格を見せるライバルに、三人は戦慄する。

 

Oh mio dio(なんてことだ).こいつは一筋縄ではいかないね)

 

(まさかツナグちゃんが、ここまで仕上げてくるなんて。でも、私だって!)

 

「やぁみんな。ようやく、ここまで追いついたよ。そして、ここからは()()()()番だ」

 

 三人の動揺を知ってか知らずか、ツナグが何気なく口にした一言。それが揺らいで三人の心に、もう一度火を灯した。

 

()()()()だと?言ってくれるじゃねぇか」

 

「上等だ!受けて立とうじゃないか!」

 

「言いたいことは沢山あるけど、私たちはウマ娘。なら、やるべきことは一つ!」

 

 四人は揃って並び立つ。

 

「あぁ、全ては走りで見せる。行こう!」

 

 入口から差し込む光に導かれるように、四人はターフへ足を踏み入れた。

 

 

 

 ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!

 

 

 

 

 

 会場を埋め尽くす人、人、人。彼らが放つ熱狂、歓喜、願い、その他数多の想いが渦巻いて、東京レース場は凄まじいエネルギーに満ち溢れていた。

 

(凄いな。これがG1。これがダービーの舞台か!)

 

 周囲を見れば、皆一様に顔をこわばらせている。中にはあまりのプレッシャーに泣き出しそうになっているウマ娘も。だが、初めてG1に出走するはずのツナグは、それらのプレッシャーは一切感じていなかった。

 

(緊張していない訳じゃない。でも、不思議と落ち着いている。今なら、練習してきた全てが出せる気がする!!)

 

 ツナグはもう一度会場を見渡す。目を細めて視線を右往左往させていると、こちらに手を振る流と両親の姿を見つけた。ツナグも両手で大きく手を振り返し、いつも通りのアップに入った。

 

「テオちゃーん!頑張ってねー!!」

 

「うおおおおお!スぺ先輩、ありがとうございます!頑張ります!」

 

 客席から尊敬する先輩ウマ娘・スペシャルウィークに声をかけられ、一層熱が入るテオファニー。

 

「ロベルタ、forza(頑張って)!」

 

「ありがとう我が師よ!Vado(行ってくる)!!」

 

 通っているイタリア語教室の先生よりエールをもらい、サムズアップで応えるロベルタ。

 

「いつも通りの走りならきっと勝てるわ、パレットちゃん」

 

「はい。私、必ずダービートレーナーの称号を獲って帰ってきます!」

 

 最前列にいた自身の担当トレーナーと握手を交わし、静かに気持ちを整えるシンボルパレット。

 

 出走する十八人それぞれが各々の大切な人たちと心を通わせながら、最後の最後まで抜かりなく準備を進めていく。

 

 本バ入場から発走まではおよそ十五分。長いようにも短いようにも感じられる時間は、ウマ娘だけなく観客たちの心も締め付ける。

 

「うぅ、早く始まらないかなぁ」

 

「あとちょっとだよ!それまであの子の勝利を祈っておこ!」

 

 ウォーミングアップを終え、ゲート前に集まり始めるウマ娘たち。会場の緊張が最大にまで高まった時、府中の青空にファンファーレが鳴り響いた。

 

『素晴らしい晴天に恵まれました、ダービーデー東京レース場。多くのファンの方々によって会場が埋め尽くされております。芝二四〇〇メートル、東京優駿・日本ダービーG1。いよいよ発走の時を迎えました』

 

 歓声は止み、アナウンサーの声だけが会場にこだまする。発走前はウマ娘たちが最も集中したい時間。ファンたちもそれを理解しているからこそ、盛り上がりたい気持ちを何とか抑えて、静かにゲートが開くのを待つのである。

 

(よし、行こう!)

 

 今回のレースで一枠一番になったツナグが、真っ先にゲート内で待機する。それに続いて他のウマ娘たちも順調にゲートへ入っていった。

 

『さぁ最後に十八番トラヴァースが少し躊躇しましたが……収まりました』

 

 全員がゲート入りしたのを確認し、十八人が構える。

 

『スタートしました!!!』

 

 ゲート音と共に、ウマ娘たちが一斉に飛び出した。

 

((よし!))

 

 ツナグと流が、心の中で同時にガッツポーズした。ダービーという一世一代の大舞台で、練習時以上のスタートが切れたのである。本番でいつも通りのことができた。この時点で、二人は勝利へ向けて自信が確信へと変わった。もちろん油断はできない。他のウマ娘たちも同様に抜群のスタートを決め、先頭ではすでに激しいポジション争いが始まっていた。

 

『まずは広がっての先行争い。スタートダッシュ決めた八番シンボルパレットが前へ前へと行きますが、それを制して十二番エスズホマレ、内から三番ラピッドサン。この二人が行きます』

 

(無理にハナを切ることはない。前目に陣取って、いつも通りの王道のレースで勝つ!)

 

 シンボルパレットは競りかけてきた二人を前に行かせ、自身は四番手に控えた。その後若干外に十五番のメジャーマドンナ。テオファニーとロベルタは中団真ん中に陣取って様子をうかがう。

 

『そして一番人気、一番ツナグは後方三番手に位置して各ウマ娘、第一コーナーを駆け抜けていきます』

 

 想像以上に後方のポジションを取ったツナグに、客席がにわかにざわめく。

 

「おいおい!いくら後ろからのレースをするからって、さすがに後ろすぎやしないか」

 

「あんなに後ろで、最後は届くのか?」

 

(いや、これでいい。むしろこれがベストだ)

 

 ファンたちの心配とは反対に、流は冷静にレースを見守る。ツナグの末脚は世代トップクラス。その自信があるからこそ、流はいつも通りの後方からのレースを指示した。そしてツナグも自身の脚を信じているからこそ、迷わず後方からのレースを選択したのである。

 

(大丈夫。このまま流れて、最後にまとめて差し切る!)

 

 結局三番のラピッドサンが先頭に立ち、一バ身ほど離れて二番手に十五番メジャーマドンナという形になった。バ群は縦長ぎみではあるものの、中団にウマ娘が集まっているのが目立つ。特に九番テオファニーは多くのウマ娘たちに囲まれ、かなり動きずらい状況に陥っていた。

 

(クソッ!イライラするぜ。中でも……)

 

 ちらりと横目で右側を確認するテオファニー。彼女より少し先行する形で外に取り付くロベルタが、完璧にテオファニーを内ラチに封じ込めていた。

 

(テオに先行されたら厄介だからね。ここで蓋をさしてもらうよ)

 

 ジュニア級から重賞で走り続けるロベルタの、経験豊富なポジショニングテクニックが光る。さらに二コーナーを回ったあたりで五番フジペガサスが二人の外からグングンと前に上がっていく。

 

(あの野郎!アタシが動けない間にスイスイ動きやがってぇえええええええええええ)

 

 フジペガサスの動きをみたことで、テオファニーの怒りがますます膨張する。レースの緊張も相まってか普段より鼻息が荒く、明らかにかかっている。そのライバルの様子を後方で見ながら、ツナグはほくそ笑んだ。

 

(いいぞ。テオは強敵だ。言い方は悪いが、このまま消耗してくれるならラッキーだ!) 

 

 ウマ娘たちが密集していない後方集団でゆったりしながら、ツナグは前半千メートルを迎えた。通過タイムは六十秒三。ハイでもミドルでもない、平均ペースである。

 

(しかもペースが大して早くねえええええええええええええええ)

 

「テオ姐さん、めっちゃイライラしてるッス!!!」

 

「姐さああああああん!!!焦っちゃダメえええええええええ」

 

 テオを慕う学園の後輩たちが必死に叫ぶが、目を血走らせた彼女には届かない。着実にテオファニーのフラストレーションが溜まり続ける中、バ群は向こう正面を超え、形はそのまま第三コーナーへ入る。

 

(よし、ここから!!)

 

 少しでも有利に最終直線を迎えるべく、シンボルパレットが進出を開始する。他のウマ娘たちも最高の位置からラストスパートをかけるべく、慌ただしく動き始める。

 

「いけいけ!少しでも前に!」

 

「慌てるなよ……府中の直線は長いんだ!」

 

 徐々に熱を帯び始める観客たちの応援と連動するかのように、ウマ娘たちも激しくポジションを変化させていく。縦長だったバ群はいつの間にか団子状に固まり、文字通り一丸となって第四コーナーへ殺到する。十八人からなる弾丸は、勢いが落ちることなく直線を迎えた。

 

『八番シンボルパレットが動いて第四コーナーから直線に入りました!先頭は三番ラピッドサン!五番フジペガサスが一度後退、しかし盛り返して四〇〇メートルを切る!!!』

 

「はあああああああああああああッ!!!」

 

 これまでレースを引っ張ってきた二人が脅威の粘りを見せ、そこに外からシンボルパレットが襲いかかる。

 

「行かせないよ!らあああああああああああああああッ!!」

 

 前を行くシンボルパレットを目標に、これまでスマートにレースを進めたロベルタが大外から追い上げる。ターフを駆ける誰もが一歩も引かない、凄まじいデッドヒート。魂を削り合うようなせめぎ合いに、スタンドからの歓声もより大きくなる。

 

「そのまま押し切れ!シンボルパレット!!!!」

 

「差せえええええええええええロベルタaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!」

 

 ファンたちの声援に背中を押され、ウマ娘たちが死力を尽くして府中を駆ける。そんな中にあったただ一人、このウマ娘だけは異質なエネルギーを溜めていた。

 

(テメェらよくも、アタシをここまでコケにしてくれたなァ)

 

 内に閉じ込められ、かかって無駄にスタミナを消耗させられたテオファニーは、既に満身創痍の状態にあった。しかし、獣が最も恐ろしいのは、死の間際に瀕した時。

 

 フラストレーションで傷だらけにされたターフの獣は、直線に入った瞬間、いよいよその牙を剥いた。

 

「どけよ、テメェら。このレースはなァ……」

 

 一度体を外に持ち出し、ゴールという獲物を完璧に捉える。

 

「アタシのモノだああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

『外から九番テオファニー!!外からテオファニーが迫る!!!』

 

 これまでにも片鱗は見せていた、テオファニーの暴力的なまでの脚力。鎖に縛られていたその力が解き放たれ、強烈な加速と信じられないほどの追い込みを実現させていた。

 

「おらァアアアアアッ!!!」

 

「クソッ!!」

 

 あっという間にロベルタを抜き去り、先頭に躍り出んとするテオファニー。本来なら観客の視線は全て、彼女に集まっていたことだろう。だが、今回は違った。

 

 人々が目を奪われたのはテオファニーよりさらに外。ほぼ最後方の位置から飛んできた、一人のウマ娘が魅せた末脚であった。

 

 

       ***

 

 

 これまで練習やシミュレーションで繰り返した完璧なレース運びにより、満タンに近い状態で脚を溜めることができたツナグ。そのエネルギーを解放するべく、第四コーナーを曲がった時点でポジションを上げ始めた。

 

(後方にいたおかげで、他の子たちに遮られることもなかった。このまま!!)

 

 直線に入り残り四〇〇メートル。遂にスパートをかけようとした時、アクシデントが起こった。

 

「あぁ!!!」

 

 それは、客席にいた流からでもわかった。ツナグの前を走っていた二人が突如ふらつき、進路が塞がれそうになったのである。

 

(あっ……)

 

 二人の内の左側がこちらによれ、視界が狭まる。

 

(ウソ……このままじゃ……)

 

 脳裏に嫌なイメージがよぎった時、これまでのことが走馬灯のように蘇ってきた。

 

 父と一緒に初めて見に行ったレース。

 

 英雄に憧れ、必死にトレーニングして受験したトレセン学園の入試。

 

 入学していきなり足を捻挫し、悔しい思いをした半年間。

 

 鋼蔵トレーナーと出会い、共に挑んだ選抜レース。そこで出会った、流トレーナーとの担当契約。

 

 メイクデビューからの二連勝、そして重賞二連敗。

 

 皐月賞への出走が叶わなくなったことによる挫折と、トレーナーとの喧嘩。

 

 両親とファンの人たちのおかげによる再スタート、そしてダービー出走を懸けた二連戦。

 

 無駄なことなど一つもなかった。全てがツナグに力を与え、この舞台へと押し上げてくれたのである。

 

(それを、こんなことで終わりにするの?今まで積み重ねてきたこと、全部台無しにするの?)

 

 心が暗い方へと傾きかける。足元が覚束なくなり、危うく落ちそうになった時、一人の叫び声が聴こえた。

 

「ツナグううううううううう!!!諦めるなああああああああああああああああ!!!」

 

 耳をつんざいたのは、いつも側で自分を支えてくれたトレーナーの声であった。そして、声を届けてくれているは流だけではない。

 

「まだだ!!信じているぞツナグ!!!」

 

「ツナグちゃん!!あなたなら勝てるわ!!」

 

 タオルを掲げ、喉が張り裂けそうになるまで応援してくれるファンの人たち。不安のあまり声は出せないものの、必死に自分の勝利を祈り続けてくれる両親。

 

 みんなの声援が、ツナグの闇を晴らしていく。そうして心の視界が開けた時、そこにあったのは自身の“原点”だった。

 

 

 

 

 

(私の原点。それは、夢。“英雄”を超えること。そしてずっと考えてた。「超える」って、具体的にどういうことだろうと)

 

 もう一度息を吸い、体に酸素を送りこむ。

 

(今、みんなの声を聴いてようやくわかった。三冠を取ることでも、圧倒的なレースを見せることでもない。私が唯一、英雄を超えることができる点。それは――)

 

 体勢を僅かに低くし、踏み込む足に力を込める。

 

(英雄よりはるかに多くの想いを“繋いで”、必ず栄光の未来へ届けること!!!)

 

「そこをどけえええええええええええええええええええええええええええええ!!!」

 

 右側のウマ娘がよれ、完全に進路が塞がれる直前。よれる二人の間に体をねじ込み、死に物狂いでこじ開けた。

 

「やああああアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

 もがくような走りで抜けた時、目の前にはゴールを超えても続きそうな、広い広い道。青々とした芝生が敷かれた、府中の直線が真っ直ぐに伸びていた。

 

(“視”えた!!!これが私の、ダービールート!!!)

 

 

 

 

 カチッ

 

 

 

 

 ツナグは、()()をはっきりと認識することができた。アドマイヤベガとの併走でも感じた、何かが自分を、世界を()()()()()いく感覚。あの時は途切れさせてしまったが、今回はその必要はない。

 

 歓声も、脚音も、風の音も、一緒に走るウマ娘の息遣いも聞こえない、世界が静寂に包まれたような感覚。それでいて、確かに自分の存在と体の熱だけは感じることができる、不思議な感覚。言葉にし難いその感覚に身を任せ、ツナグはただひたすらに手足を動かした。

 

『大外に持ち出した一番ツナグだ!ツナグが外からやってきた!!!』

 

 内の争いなんて関係ない。スタートから溜めに溜めたエネルギーを爆発させ、青鹿毛の彗星がターフを蹂躙する。一人、また一人とその背中を追い抜く度に彗星は速度を上げ、より鋭利な末脚で大地をえぐり取っていく。

 

「うおおおお!!!なんちゅう末脚だ!!!」

 

「いけええええ!!!ツナグのおねちゃあああん!!!」

 

 観客のボルテージの高まりに呼応するように、ツナグの脚はさらに速度を増していく。突き進む彗星は残り一〇〇メートル地点でついに、先頭集団の一人ロベルタを捉えた。

 

「クッ!!」

 

 体に残された最後の力で抵抗するも、瞬きする間に飲み込まれるロベルタ。重賞二勝ウマ娘を下した彗星は、次に先頭へ喰らいつかんとするシンボルパレットに襲いかかる。

 

「負けて……たまるかああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 

 メンバー唯一のG1二勝ウマ娘としての、揺るぎない矜持。シンボルパレットはこれまで挙げたことのなかった凄まじい咆哮と共に脚を伸ばすが、それさえも一完歩で薙ぎ払い、ツナグは二番手まで迫った。

 

「らアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」

 

 ゴールまで残り五〇メートル。最後に立ちはだかったのは、同じく進路をこじ開け単独先頭に飛び出したテオファニーだった。

 

『テオファニーが前に出る!!そして外から一番のツナグだ!!ツナグだ!!!』

 

「さァ、決着つけようぜ!!!!!」

 

 ターフを翔ける彗星が、ターフを駆ける獣に並びかける。ゴールまではあと僅か。勝負は一瞬の差で決まる。

 

「「おおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」

 

 声にならない雄叫びをあげ、二人は互いに生涯で一番の末脚を繰り出す。万全の状態では、どちらの脚も差は無かっただろう。だが、最初から完璧にレースを運んだツナグと、かかりながら満身創痍の状態で最終局面を迎えたテオファニー。決戦に至るまで道が、二人の明暗を分けた。

 

「私は……英雄を超える!!!!」

 

 獣に並んだ彗星は抵抗する隙も与えず、爆発的な速度で走り抜けた。

 

『一番ツナグが差し切ってゴオオオオオオルインンッ!!!!』

 

 見事なまでの大外一気。刹那の圧勝劇に、府中の全てが湧いた。轟雷のような拍手と歓声に送られ王者となったのは、一枠一番。青鹿毛のウマ娘、ツナグという名の少女だった。

 

 




本日は第九〇回日本ダービーの開催日!作者も現地で観戦します。一緒に楽しみましょう!!!

次回は5月31日投稿予定です。
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