ウマ娘~come back to Derby~ 作:タンドリー
『ただいまより、選抜第五レース、芝一八〇〇メートルを行います。出走者はゲート前に集まってください』
アナウンスを受け、ウマ娘たちが続々とゲート前に集まり始める。今回の出走者は七名。皐月賞ウマ娘の妹がいるなど好メンバーが揃っていたが、中でも一番人気となっているのが、流が目当てにしていたウマ娘であった。
「彼女か……」
五番のゼッケンつけた彼女の名は「ツナグ」。美しい青鹿毛の少女だった。均整のとれた体格に、ほどよく引き締まったトモ。全体にやや緩さは残るものの、デビュー前としては十分すぎるほどの完成度を誇っていた。だが、流が着目したのはそこではない。
(“空気”が違う)
そう、彼女が他と比べて異才を放っていたのは、その身に纏う“空気”だった。オーラと言い換えてもいいだろう。体の完成度も高いが、いわゆる「素質がある」と評価を受けるウマ娘であれば、皆同程度のレベルを持っている。しかし、そうした目に見えるものとは違う“何か”が彼女にはあった。
「よう、流。来てくれたか」
「あっ、おはようございます先輩」
ツナグから目を離さないでいると、今日ここに呼びつけた張本人に声をかけられた。鈴木
「その様子から見るに、気に入ってもらえたようだな。ツナグのことを」
「まぁ、他の子たちとは違うってのはわかりました」
「だろう?でも、アイツの凄さはここからだ。絶対目を離すなよ」
先輩からの言葉に流がうなずくと、鋼蔵は満足気な笑みを浮かべながらコースに視線を移した。同時にファンファーレが鳴り響き、ウマ娘たちがゲートへと収まっていく。
『最後に七番ミスタータイムズ収まって体勢完了……スタートしました!』
ゲートが開き、ウマ娘たちが一斉に飛び出していく。それに合わせて、流もストップウオッチのボタンを押した。
『最初の先行争い、ハナを主張するのは一番クラウンミソロジー。内から三番ビックユウキが並ぶ。横一杯に広がって外からミスタータイムズも上がっていきます』
比較的緩やかな先頭争いを眺めながら、ツナグは後方集団の先頭に陣取った。どうやら前半に足を溜めて、後半にスパートをかけるつもりらしい。ツナグは特に焦る様子も見せず、静かにレースを進めている。
結局ゼッケン一番のウマ娘がハナに行き、平均ペースでレースが流れていく。先頭から最後方まではおよそ五馬身。バ群が固まっているため、どのウマ娘にも逆転の可能性が残っている。これといった動きのないまま、七人がひと固まりとなって第四コーナーを迎えた。
『内から一番クラウンミソロジーが先頭に立って直線に入った!外から三番ビックユウキが並んでくる!』
全員がラストスパートをかける最後の直線。始めに先頭に躍り出たのは、レースを引っ張ってきたこの二人だった。両者足色に疲れは見えず、グングンと加速していく。レースを見守っていた者の多くが、この二人で決まりだと思った。
(いいや、それは違う)
流は
(見えた!これが、私のコースだ!)
ツナグもそのコースを捉えていた。内に入っていた体をスムーズに外に出すと、フッと短く息を吸う。そして呼吸を今一度整えると、そこから一気に加速を開始した。
『さぁここで外から五番ツナグだ!ツナグが三番手に上がってきた!!』
他のウマ娘が荒い息をしながら駆ける中、ツナグが猛然と追い上げてくる。一完歩ごとにその両脚は回転数を上げ、飛び立つ鳥の羽ばたきの如く加速していく。バ場状態の良い経済コースを滑走路にして繰り出される強烈な末脚に、会場が歓声に沸き始めた。
『粘るクラウンミソロジー!その外からビックユウキ!!それらを捉えてツナグが先頭に立った!!!』
「やあああああああああああああああああっ!!!!」
そこからは一瞬だった。先頭の二人を並ぶ間もなく抜き去ると、そこからさらにリードを広げてゴールイン。ゴール板を過ぎた頃には、二着と二バ身もの差がついていた。
『一着は五番ツナグだ!ツナグが先頭でゴールしました!!!』
決して派手とはいえない勝ち方。しかし、一部の隙も見せないレース運びは、まさに王者の走りであった。
「凄かったぞおおお、ツナグうううう!!!」
「さっすが委員長ー!!!」
圧巻のレースを見せた彼女に、会場中から拍手が送られる。流はそれを遠巻きから眺めていたが、彼も内心ではツナグに拍手を送っていた。
(逸材だ)
目の前で見せつけられた凄まじい末脚に舌を巻きながら、手元のストップウォッチを確認する。その画面に映し出された数字は、流をさらに驚愕させるものだった。
「上がり三ハロン、三三秒八!?」
上がり三ハロンとは、レースの最後六〇〇メートルのことである。ここでのタイムはいわゆるラストスパートのタイムであると考えてよい。ゴール前であるためどのウマ娘たちも全力で走るため、そのウマ娘たちの能力を測る一つの目安として用いられる。レース条件によっても異なるが平均は三四秒代のため、ツナグの出した三三秒八というのは驚異的な数字であった。
「こいつは大物になるかもな」
成績を挙げられなくなり、周囲や世間からも見放され、自分自身でさえも諦めかけていた消えかけの情熱。それが再び熱を帯びていくのを、流はひしひしと感じていた。