ウマ娘~come back to Derby~ 作:タンドリー
レースを終えたツナグは早速トレーナーたちに囲まれるも、それらをやんわりと宥めて脱出。鋼蔵らの元へ一番にやってきた。
「鋼蔵トレーナー!レース、見てくれてましたか」
「バッチシ見てたぜ!実に良いレースだったぞ、ツナグ。横にいたコイツも驚いてたくらいだ。なぁ?」
「えっ!?えぇ、それはもちろん。特に最後の末脚なんかは」
流がレースの感想を言おうとすると、突然ツナグに右手を掴まれた。
「初めまして!!!あなたが文流トレーナーですね。生で会えて嬉しいです!」
大きな瞳を目一杯輝かせて、こちらを見つめるツナグ。その面影は、どこか在りし日の“彼女”に似ていて――
「おいツナグ。流が驚いて固まってるぞ」
「すみません!嬉しくてついはしゃいでしまいました」
ツナグは慌てて手を離した。
「悪いな。コイツは英雄様とそのトレーナーの大ファンなんだとよ」
「なるほど。そういうことでしたか」
かつて“英雄”が現役であったころ、彼女と一緒に沢山のメディアに出ていたため、二人の知名度は他のコンビよりも抜けて高かった。実際彼女がトゥインクル・シリーズを引退した後、英雄に憧れてトレセン学園に入学したウマ娘が急増したらしい。ターフを去ってもなお輝く元相棒を誇らしく思う反面、惨めな現状に置かれた自分が情けない。死に体のトレーナーはそんな感情を抱いていた。
「それで、結局どうして先輩は俺にレースを見させたんですか?まさか、彼女の自慢をして終わりって訳でもないでしょう」
「あぁ、そのことなんだがな」
鋼蔵は使い古したキャップ帽を取ると、流に向かって深く頭を下げた。
「頼む!俺の代わりにコイツを。ツナグの、担当トレーナーになってやってくれないか!」
「ちょっ、先輩!?一体どういうことですか。俺はてっきり、ツナグの担当トレーナーは先輩がなるものだと」
「確かに、選抜レースに出るまでのトレーニングは俺が見てきた。でも、これから先の戦いには俺は付いていけない。体が、もう言うことを聞かねぇんだ」
ゆっくりと頭を上げた鋼蔵は、改めて流と向き合った。
(あっ……)
正面からその顔を見て、流は察した。目に移る恩師は、確かに若々しい黒髪を保っている。しかし、ハンサムなその顔には深い皺がいくつも刻まれ、背も昔より僅かに縮んでいた。
意外に思えるかもしれないが、トレーナーも体力勝負の仕事である。もちろんウマ娘たちのように直接走ったりはしないが、トレーニングメニューの作成。各種レースの登録。メディアへの対応に、学園での各種事務作業。一年三六五日、休みを返上して膨大な業務に当たらねばならない。しかもそれがクラシックに挑むウマ娘となれば、より大変な職務となる。これからまさにデビューしクラシックに挑まんとするツナグを支えるには、鋼蔵の体はいささか年を重ね過ぎた。であるからこそ、鋼蔵は最後に自身が認める後輩へ、自らが最後に見出したウマ娘を託そうとしているのだ。
「君は、納得しているのかい」
流は、横で神妙な面持ちをしているウマ娘に尋ねた。
「はい。選抜レースに向けてトレーニングを見てもらった際、鋼蔵トレーナーが引退することを教えてもらいました。そして引継ぎ役として、流トレーナー。あなた選んだということも」
ツナグは真剣な目で、正面に立つトレーナーを見据えた。ふとすれば吸い込まれそうなほど黒い瞳に、流は思わず目をそらしてしまう。
「俺の現状は、君も知っての通りだろう?昔は天才だなんだと言われもしたが、今ではご覧の有り様だ。そんなトレーナーが担当になろうとしているのに、どうして君は……」
我ながら情けない質問だと思った。だが、この答えを聞かなければ、自分はどこにも進めない。流はそう思った。
「確かに、今の流トレーナーに不安がないとは言えません。ごめんなさい。でも、信じることから始めないと、何も成し遂げられませんから!」
「っ!!!」
その時、流の頭にまたしても“彼女”の言葉がよぎった。
《確かにアンタの言う通り、無敗のクラシック三冠なんて無謀かもしれない。でもさトレーナー、まずは信じることから始めてみようぜ。自分のことすら信じられないヤツが、夢を叶えることなんてできやしないんだから》
(そうだよな。お前の言う通りだ)
一度手汗を拭きとり、流はゆっくりと右手を差し出した。
「先輩の頼み、確かに引き受けました。ツナグ。君と担当契約、させてくれないか」
「はいっ!よろしくお願いします、流トレーナー!」
“英雄”に憧れたウマ娘と、“英雄”を育てたトレーナー。一人の偉大なウマ娘に導かれた二人が今、運命のコンビを結成した。
3話目にしてようやく、ウマ娘とトレーナーの担当契約が終わりました。本当はアプリのウマ娘ストーリーに合わせて四話構成のプロローグにしたかったのですが、中々上手くはいきませんね(笑)
次回は4月22日に投稿予定です!