ウマ娘~come back to Derby~ 作:タンドリー
『お届けしています阪神第十一レース、ラジオNIKKEI杯ジュニアステークス。芝二〇〇〇メートル、バ場状態は稍重との発表がありました。タンドリースポーツの田中さん。このレースはどのようにご覧になっていますか?』
『出走者が七名と例年より少なめですが、良いメンバーが揃いましたね。来年のクラシックに向けて、勢力図が見えてくるレースとなりそうです』
実況と解説の音声をBGMに、観客の期待と熱気が高まっていく。それらのエネルギーを受けるように、ゲート前で待機するウマ娘たちも最後の仕上げを行っていた。
(絶対負けられない。ここを勝って、堂々とクラシックに進むんだ!)
自らを叱咤するように、ツナグは両ほほを軽く叩いた。横では既に待機していたスターターが旗を掲げ、曇天の阪神にファンファーレが響き渡る。
『ファンファーレが終わり、各ウマ娘続々とゲートへ入っていきます』
(気張っていけよ、ツナグ)
流は観客の中に混じって、静かにターフを見つめていた。
(なぁ、アレって文流じゃね?)
(うっそ!まだトレーナーやってんだ)
時折一部の観客の心ない声が耳に入ってくるが、今はそれらを気にしている時じゃない。周りの雑音はシャットアウトして、流はツナグの動向のみに意識を集中させた。
『さぁ最後に七番テオファニーが、ゲートへ誘導を受けました』
出走する全てのウマ娘がゲートに入り、各々の体勢をとった。
『係員が離れて今……スタートしました!』
ゲートが開かれ、各ウマ娘が一斉に飛び出した。同時に観客たちも声を張り上げ、ターフを駆ける彼女らに声援を送る。
『各ウマ娘、広がっての先頭争いとなりました。一番セカイイッシュウ、今日も下がって最後方に位置取ります』
一見、各ウマ娘とも順調にスタートを決めたように思えるスタンド前。しかし、異変はすぐに起きた。
(あれ?誰も前に行かない……?)
(クソッ、そういうことかよっ!)
テオファニーはふと
(マズいな、これは)
結局押し出されるようにハナに立ったのは四番、グッドガールだった。彼女が先頭に立ったことで、ペースが段々と緩やかになっていく。
(どうしよう。このままじゃグッドさんのペースに持ち込まれちゃう。こうなったらっ……!)
『ここで六番、ツナグが二番手に行きました。その後ろが三番プロスタント、四番手に七番テオファニーと続きます』
差しや追込といった後方策をとるウマ娘にとって、前のウマがスタミナを維持しやすいスローペースは不利となる。それを嫌ったツナグは早めに前に取りつき、ペースを早めようと画策した。
(バカが。二人がやりあうのを、アタシは後ろから見物させてもらうぜ)
ツナグの外をピッタリマークするようにして、テオファニーが集団三番手に陣取る。そのままの位置取りを維持したまま、バ群は向こう正面に差し掛かった。
『バ群は少し縦長の形となって向こう正面を進んでいきます。逃げるグッドガール、リードは一バ身。ゆったりとしたペースでレースは進んでいきます』
「頑張れーツナグー!!」
「負けないでください!!!テオ姐さん!」
盛り上がる観客たちとは対照的に、ウマ娘たちにとっては苦しい展開が続く。
(ペースが上がらない。ホントに勝てるの、これで)
遅々として進まない渋滞に嵌ったときのように、ツナグの忍耐が削られていく。スタミナではなく精神の消耗戦。その異様さは数字にも表れていた。
『向こう正面を過ぎて一〇〇〇メートル通過のタイム、六十六秒!?ちょうど一分六秒と遅い流れとなっています!』
予想外のタイムに、観客たちの間からざわめきが起こった。基本、中長距離のレースは一〇〇〇メートル通過タイム六十秒が標準となっている。この数字を切ればハイペースとなり、超えればスローペースになるのである。もちろんその日のバ場状態によっても多少は変化するが、それを考慮しても今回のタイムは異常であった。
『四番グッドガールが先頭。二番手ツナグは変わりません。そして外からテオファニーが三番手で三コーナーへと入っていきます』
(そろそろ仕掛けるか)
テオファニーは体半分程度を前に出して、ゆっくりとツナグに差を詰めた。
(テオファニーが出てきた!このままじゃ閉じ込められる)
「やめろツナグ!まだ仕掛けるな!」
相手の狙いに気づいた流が警告するが、時すでに遅し。内に閉じ込められるのを恐れたツナグが、慌てて前に出てしまった。
(かかった!!)
前に出たツナグに併せるようにして、テオファニーも進出。他のウマ娘も仕掛け始めたことでバ群が固まり、ペースも再び上がり始めた。
『ペースが徐々に上がり始めて各ウマ娘第四コーナーから直線に入ります!』
グッドガール、ツナグ、テオファニーが並ぶようにして直線に躍り出た。
『内逃げる四番グッドガール!外からねじ伏せるように七番テオファニーが先頭に変わった!!その間から応戦する六番ツナグ!!この二頭の競り合いか!!!』
スタンド前で繰り広げられる激しいデットヒートに、観客のボルテージも最高潮に達する。
「いけえええええええええテオファニーいいいいいいいいいいい!!」
「差し返せえええええええツナグううううううううう!!!」
(負けない!前でレースをしたのは初めてだけど、まだ脚は残っているはず。ここから!!!!)
いつも通りの末脚を繰り出そうとして、ツナグは深く踏み込んだ。だが――
(あれ……体が前に行かない……スピードが上がらないっ……)
もがくように手を振り脚を出すツナグ。しかし、体は一向に速度を上げようとはしなかった。
「やっぱりこうなったか」
流は僅かに目を伏せた。今回のレース、二番手についた時点でツナグの負けはほぼ確定したも同然だった。ツナグの爆発的な末脚は、前半に脚を溜めるからこそ繰り出せるもの。それを今回は先行したことで脚が削られ、さらにテオファニーの策に嵌って早や仕掛けをしてしまったことで、自慢の末脚は完全に封じられてしまった。スタミナはまだ残っているだろうが、相手を差し返すほどのスピードはもう出せない。その証拠に、ツナグはずるずると直線で後退してしまっていた。
「おおおおおおおおおらああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
ツナグとは対照的に、完璧なレース運びをしたテオファニーが最後の力で、猛きケモノの如く坂を駆けあがっていく。
『七番テオファニー!七番テオファニーが先頭!内四番グッドガールが盛り返すが、先頭はテオファニーでゴールイン!!!』
「うおおおおおおおおおおおおお!!!」
激しいデッドヒートを制した勝者に、猛々しい声援が送られる。それに応えるようにして、テオファニーは拳を天に突き上げた。
「よっしゃあァ、オラァ!!!」
何度も声を上げながら、喜びに浸るテオファニー。その後方、三着でゴールしたツナグの目には、深い絶望の色が写っていた。
次回は4月26日に投稿予定です。今週は作者が立て込んでいるので、もしかしたら投稿が遅れるかもしれません。その時はごめんなさい!