友は、魔王   作:圧倒的遅筆野郎

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僕と僕、君とお前

──男子は近寄る事の出来ない砂漠の民。名をゲルド。

父の新たな赴任先の話だった。

 

僕にとって、赴任は大嫌いなことだった。たとえどれほど短くとも。

大好きなお婆ちゃんに会えなくなる、大好物のハイラル米の料理だって贅沢物になる。

ハイラル城の図書館ともお別れだ。

 

 

 

 

「暑いよ~、おとーさーん」

乗り心地は最悪、大好きな本は荷物の中、お母さんは疲れて寝ちゃってる。

「ね~え~~構ってよぉ~」

野盗に気を付けなきゃいけない事は分かっていても、構って欲しい。僕は頬をオクタみたいに膨らませて抗議を続けた。

 

「もう少しでカラカラバザールだから、な?暴れないで、ほら」

疲労の色が滲んでいる父はゆとりがなかった。

それはゾーラ族やリト族とは違って数か月の赴任──というか出張──が関係しているからだろう。

 

「ヤダヤダヤダヤダヤダヤダ、ヤダァ!!」

何か面白い話をしてくれないと僕動かないモン!と暴れ続ける僕のせいでは無い……はず。

 

「そうだなぁ。今から行くゲルド族の話をしようか?」

好奇心旺盛?な我が子に押される形で父は語り始めた。

ゲルド族の歴史と文化を。

 

 

──僕はすぐに夢の世界に旅立ったことも追記しよう。

 

 

 

──────────

 

 

 

「アッチュ」

目を覚ました先に広がる燦々と降り注ぐ日光と果ての無い砂だらけの景色だった。

舌を驚いて噛んだけど気にしなーい!

 

「おとーさんは~……いたいた」

オアシスでお母さんとくつろいでいた。

僕を間に入れて欲しいね、うん。

 

 

モヤシみたいな体格の父はハイラル王に仕えている役人で、がっしりした母はハイラルで初の女性将軍だった。

赴任が多すぎて甘え盛りが続いてる当時の僕は「アツアツな夫婦」でしかなかったけど。

メガネと本が似合い、運動嫌いな父。

武術を鍛え、忠義や友情に厚くて、凛とした通る声の母。

料理がどっちも下手だったのが玉に瑕、偶に何とも言えない料理が出てきた時の事は忘れよう……

 

 

雪や泥濘とはまた違った歩きにくさに四苦八苦しながら僕は二人の間に挟まるように座った。

「僕も忘れないでよぅ!」

「本当にオクタみたいな顔だ」「あらあら」

「オクタじゃないよ!」

いつもの光景だった。

 

水は綺麗だった、サファイアのようにきらきらと照らされる様は今でも忘れられない。

オアシスという小さな自然は僕を引きつけて止まなかった。

 

 

 

──────────

 

 

 

父の仕事はゲルド族との大使で、同時に百年に一度の男子が誕生した事への挨拶も兼ねていた。

家族を連れたのは母が怖いから、あと僕が寂しがる。

兎に角、父の仕事はゲルド族との友好関係の維持に絶対必要な物だった。

 

百年に一度の男子──実はもっと早くに生まれていたらしい。

男子の存在はやはり厳重だったからか、ハイラル王に情報が数年経ってやっと伝わったほどにはゲルド族も慎重だったようだ。

 

いくら次期ゲルドの王とはいえ子供、だからこそ僕を遊び相手として付け、友好を深めるのが目的と両親にはあった、らしい(僕には説明されてないんだけど)。

 

 

そうして謁見の日──

 

僕はお母さんの陰に隠れていた。

この炎天下、黙って座っているのは忍耐力は易々と奪い去られてしまった。

最初はテントの中を見物したり、ゲルドの兵士に質問をしたりして退屈を紛らわせていた。

それにもすぐに飽きが来て、僕は怒られるのを承知でお母さんの膝の上に乗っていたら、外が騒がしくなってきた。きっと次期ゲルドの王が来たんだろう。

 

さっきまで話をしていた兵士の皆は石像の様に動かなくなり、眼鏡の奥でお父さんの瞳は緊張で揺れ動いていた。

お母さんは僕の頭に手をのせて、姿勢を正した。

 

僕は黙りこくって居るのが辛かったし、変に話をし出して怒られるのも怖かった。

初めての謁見という大人の世界は緊張の糸に雁字搦めにされる息苦しさ、何よりも張り詰めた雰囲気が慣れなかった。

普段なら気にも留めない服の解れが気になってしょうがなかった。

口腔内は唾を飲み込むので忙しかった。

 

上座にはぞろぞろとゲルドの兵士が並んできた、お父さんもお母さんも頭を下げていた。

怖くなった僕は特別落ち着き払っていて、背中に抱える武具が少し変わっている人をちらちら見ながら同じように頭を下げた。……見た事バレてないよね?

 

「ガノンドロフ様、どうぞこちらに」武具が少し変わった人がそう言った。

 

跳ねる様に歩く足音が印象深かった。

顔を上げて良いのかなんて知らないけれど思わず上げた。その足音が気になって、どんな子なのか気になって。

 

燃え盛る炎の様な赤い髪、褐色の肌、鍛錬を積んでいる顔、琥珀色で自信に満ちた瞳──

意志は揺らぐ事が無さそうで、ゲルドの一人一人を想いやっている様な思慮深さ──

 

僕には何一つ持ち合わせていないものだった。

母の陰に隠れている僕には一生敵う事の出来無い強さを持っていた。

同じ子供なのに──僕はその瞳に魅入られていた。

 

お父さんと、ゲルドの偉い人の長々とした挨拶だなんて耳にすら入らなかった。

母の陰に隠れることしかできない僕はずっとその子供──ガノンドロフだけを見ていた。

 

 

 

──────────

 

 

 

日記

今日、僕はハイラルから来た人と挨拶を済ませた。

家族でこのカラカラバザールに数か月だけいるらしい、ちょうど僕と同じ時期だ。

母や兵士のみんなと同じくらい鍛えているであろう女性と、眼鏡をかけた思慮深そうな男性─この人が大使らしい、そして隠れている同じ位の子供とお話しした。

不満があるなら隊長のシルが殆ど話を済ませたせいで黙っている事しか出来なかった。

あの子とお話してみたかったのに

 

 

 

──────────

 

 

 

「おきなさい、ほら。お客さんだぞ」

もぞもぞと蠢く形で僕は抗議した、もうちょっと寝たいと。

恥ずかしさとか寂しさとかで寝れなかったんだもの。

困ったなぁ…とお父さんはぼやいていた。

 

「ほらお父さんを困らせるんじゃないの、それに今日は水遊びするんじゃないの?」

お母さんは僕を等間隔で揺らしつつそう言った。

確かにそうだ、僕は水遊びをしたいと言った筈。

…じゃあお客さんって誰?疑問は空腹とともに湧き上がってくる。

 

せーの、お母さんが小声で言った。

これは嫌な気がする、何か大事な事が待ってる様な気配がする。

「「ガノンドロフ様がお見えなんだよ、一緒に遊ぼうと」」

聞いてないよそんな事、そう怒りながら僕は飛び起きた。

腹の虫も飛び起きた、凄い音が鳴った。恥ずかしいから寝たい。

濡れても良い服を荷物から漁って、ツルギバナナを咥えながらテントを飛び出した。

すぐ外で待っているものだと思っていたけど、辺りには行商人と旅行客が寛いでいるだけ。

 

リト族の人に道を譲ろうと一歩下がった時、首にひんやりとした押し当てられる。

「うひゃぁっ」

驚きの余り短い奇声を上げて固まるとガノンドロフは目の前に姿を見せて心底面白そうに笑った、盛大に。

 

「ごめんごめん、つい悪戯がしたくなって」

歯を見せて笑うガノンドロフと歯を見せて不満を示す僕。

「まずは自己紹介。

ガノンドロフ、僕の名前だ。好きな様に読んで欲しい。様付けはやめてね」

 

──燦燦と輝く様にガノンドロフは笑った。

 

 

 

──────────

 

 

 

その日から数か月間は僕にとって一生忘れる事の出来ない様な記憶として刻まれる事になった。

最初は水遊びから始まって本の貸し借りやスナザラシリレー、お泊り会と称した夜更かしなんてのもした。

何も無いと思っていたハイラルの豊かさを指摘され、ゲルドの砂漠生活の創意工夫への称賛──

そして何より得難い友達──

ハイラルでは無かった物がここには多く存在した。

 

 

「そういえばガノンってさ。すっごく何でも出来るけど、どれが得意なのさ」

僕はゲルドの風習の本を、ガノンはハイラルの地理の本を寝そべりながら読んでいた。

本を読むのにもちょっと疲れが出てきたからガノンの腹の上に頭を置きながら質問をしてみた。

僕からすればガノンは武術もできる、知恵比べやボードゲームも上手、そして凄く優しい──所謂、天才の様に見えた。

 

「やっぱり、やっぱり武術かなぁ」

ちらりと視線だけを僕に当てて、ガノンは言う。自信と謙虚さが両立された力強い視線だった。

「凄いと思うよ、あの訓練。僕には無理だ」

「でもお前は知恵がよく回るじゃないか」

ガノンに言われる程ではないと思うのだけど…

 

ガノンは僕のそんなこそばゆい気持ちに気付く筈も無く、淡々と褒めちぎってくる。

「何があっても慌てる事がなく、僕と戦う時は必ず一撃離脱。

しかも毎回予想外なところからだ、惜しむらくは筋力だね。

多くの異文化や学問への関心が高く、好奇心も欠かさない。

僕のゲルドの民を豊かにさせたいって夢を否定もせずに一緒に考えるのは君くらいだ」

 

「うん、わかった。わかったからさ、ガノン。黙ってくれない?」

だんだん顔が火照ってきたから一度黙らせようと思っても止まらない。

「ねぇ、ちょっと」

恥ずかしさの熱を冷ます為に腕を振り回すも効果なし。

「聞いてる?聞いてってば!もー!」

 

「お、ぉお。君が聞くからだぞ」

「ガノンは黙っていれば良いんですー!」

「泳ぐのだって…」「もう良いからね!?」

 

ふむ、ガノンは数瞬顎に手を当ててから僕に質問をよこしてきた。

「お前にとって僕はどういう人?」

ガノンにとって友人という存在は今までいなかった。

母と専属の護衛のシルだけが唯一心を開ける存在だった。

同い年と遊ぶ機会には殆ど恵まれることはなく、機会があっても恭しく接されるのだ。

だからこのハイリア人とも初めて出会った時、悪戯で注意を引いた。

それこそ何度だって──それでも笑ってやり返してきた、目の前にいるコイツは。

──僕の夢を応援し、僕と対等に話をしてくれる。初めての同年代だった。

 

「決まってるよ」

白い肌、流れる様な金髪、優しそうな青い目、細い体と躍動するエネルギー──

ガノンにとって芸術品のようにも思えたその笑顔を見せて断言する。

「君は初めての親友だよ」

僅かに朱が差したその顔をガノンは気付く事は無かった。

すぐに目を逸らし、夕焼けを体いっぱいに浴びて、茜色の顔化粧で朱を隠したのだから。

恥ずかしかったのだ、素直に好意を伝える事が。

 

 

 

 

 

──────────

 

 

 

 

 

そうして月日は過ぎ去っていった、幸せな記憶を確りと包み込んで──

 

──躊躇いも容赦も無く、別れの日はやって来た。

 

その日は朝から二人ともまるでナニカに憑り付かれたかの様に元気を無くして、大人たちを大いに困らせた。

食欲もなく、輝いていた顔は俯いて地面だけを見ていた。

誰も叱咤する事無く、おろおろとそれを眺めている事しか出来なかった。

長ったらしい外交的挨拶も無く、涙ぐむ二人を必死に宥め、互いに無言のまま両者は外交文書を取り交わした。

空は今までとは打って変わって曇り模様で、肌を焼く様な日光も乾いた空気も無く、妙に湿り気を帯びた肌寒さが漂うばかりだった。

 

ガノンドロフが馬車に乗るその時、二人は今日初めて視線を交わした。

「約束しよ。カノン」

──僕はハイリアで頑張って皆を良くする方法を探す、ガノンはゲルドの次の長として前を向く。

そしていつか二人で手を取り合ってより幸せな世界を作る。

ガノンは黙って、精一杯に笑って、約束した。

子供が言うには大きすぎて、子供が叶えるには重すぎる約束を二人は交わしたのだ。

 

 

 

 

 

──────────

 

 

 

 

 

馬車を見送った後、我が子の涙腺は決壊していた。

目をはらし、何度拭っても零れ落ちる涙が頬をつたう。

足元の砂漠に甘露が零れ落ち、肩を震わせ、喉を震わせる。

 

この数か月間、この子はガノンドロフと付きっ切りだった。

何時もの様な甘えん坊ではなく、何かを学ぶ自主性を持って走り回った。

親友と一緒に居る為に。

 

「──またいつか会えるさ」

叶うか判らない希望を子供に見せ、宥めようとする。卑怯だろうな、許してくれ。

「それが駄目でも手紙でも出せば良いんだよ」

「それ…っでも、寂しい」

ただただ黙って抱き着いて、鼓動に合わせてゆっくり背中を叩く。

妻も抱きしめる。

「……あったかいね、おとーさん」

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