結束バンドに破局の危機が迫る。
山田リョウと後藤ひとりの2人は、結束バンド崩壊を回避すべく敢然と立ち向かうのだった。

これは「大好きな喜多ちゃんと一緒にいるためならどこまでも強くなれるぼっち」と「ぼっちとルームシェアして幸せるんるんな喜多ちゃん」の物語。

※pixivにも置きました。


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バンドの破局を回避せよ!

 ことの始まりはリョウさんの懸念だった。

 高校2年の冬。喜多ちゃんは進学先を吟味し始めていて、虹夏ちゃんは受験勉強の真っ最中。リョウさんは進学せずにStarryでバイトをしつつ音楽に没頭する予定で、それは私も同じだった。

 つまり陽キャは進学、陰キャはフリーターを選んだってこと。

 リョウさんの心配事は、考えすぎとも言い切れなくて、2人してStarryのテーブルで頭を抱えていた。なんとも言えないモヤモヤが胸を締め付けて、でもそんな心配をするのは仲間を信じていないようで、自分が嫌になる。

 もしも現実になれば結束バンド崩壊の危機だというのもタチが悪かった。

 どうしよう、どうすればいい、分からない。

 頭の中がぐるぐると回るような気持ち悪い感覚に支配されて、悪い方にばかり妄想が進んでしまう。

 そんな私たちを救ってくれたのは、店長さんの一言だった。

 

『―――――――――――――――――――――――』

 

 私たちはポカンとして見つめ合ったあと、力強く頷きあった。

 そうだ。私たちは仲間だ。第2の家族だ。だったら助け合うのは当然だったんだ。

 

 こうして、私たちの闘いは始まった。

 

 

☆ ★ ☆

 

 

「高校を卒業したら私とルームシェアしてください!」

 

 高校3年の秋、ひとりちゃんが土下座でお願いしてきた。

 場所はギター練習に使っていた階段下の謎スペース。過去形なのは、最近はご無沙汰だったからだ。大学進学を条件にバンドを続ける許可を親からもらった私は、ギター練習もバイトもせずに勉強に専念していたから、ここに来るのも久しぶりだ。

 3年になってからクラスが別れたこともあって、実はひとりちゃんと直接会うのも久しぶりだったりする。

 そう言えばひとりちゃんって、こういう奇行をする子だったわ、と懐かしく思って、いやいや、この子と一緒にいる未来のため……じゃなくてバンドを続けるために大学に行くのに、なにやってるんだろう私、と自分に呆れる。マズい、流されてるなと自覚した。

 目的と手段がごちゃごちゃになってる。もしやあのクソオヤジはこれを狙っていたの?一時的にでもバンドから引き離せば熱も冷めるだろうって?なんて策士だ。大人って汚い!

 それはそうと、ルームシェアか。うーん、確かに大学に入るのを機に親元を離れるのは魅力的な提案だと思う。

 だけど高校と違って大学の勉強は大変だって虹夏先輩も言ってたし、それを踏まえた上でひとりちゃんのお世話までするとなると、私のキャパがパンクしてしまいそうだ。もしもそうなったら最悪で、お互いのためにならない。せめて2年からなら、少しは余裕が出てくると思うんだけど。

 なので、残念だけど1年待ってと答えようとして、ひとりちゃんの次の言葉に声を失った。

 

「家賃は全て私が払います。家事も全部やります。喜多ちゃんは一緒に住んでくれるだけで良いんです。なので、どうかお願いします」

 

 なんでこんなに必死なんだろう?

 家賃の方は、ひとりちゃんにはギターヒーローの広告収入があるから、なんとかなるのかも知れない。勉強の息抜きにギターヒーローの動画をみることがあるんだけど、登録者数がとんでもない数になっていた。以前は東京ドーム3個分だったけど、いまは千葉にある某テーマパーク1日分だ。なにをどうやったらここまで増えるんだと目を疑ったわよ。再生数なんか簡単に億超えするんだもの。訳わかんない。

 でも、まぁ、確かに。視聴者の気持ちがわからないでもない、ところはある。

 改めてひとりちゃんを見ると、ため息が溢れた。

 少し会わなかった間に、彼女は随分と変わったようだった。前から顔がいいとは思ってたけど、磨くとここまで変わるのね。

 一本のゆるい三つ編みにまとめたツヤツヤの髪。シルクみたいに触り心地の良さそうなツルツルの白い肌。大きな黒縁伊達メガネをかけているけど、まるで隠しきれていない美貌。トレードマークだったジャージをやめて制服を着ているんだけど、そのせいなのか大きな胸がやたらと目立つ。なのにウエストはほっそりしていて、暴力的で圧倒的なスタイルに嫉妬する気力すら湧かない。

 悔しいことに、最初誰だかわからなかった。

 今頃になって、正体不明の感情がふつふつと湧いてくる。この私が、ひとりちゃんをひとりちゃんだと認識できないことがあるなんて、到底認められることじゃない。あのピンクジャージが花ひらいて、ここまで変化する様を隣でみることができなかったなんて。そんな理不尽が許されていいの?いや、許されていいはずがない!

 クラスが違う?

 勉強が忙しい?

 だからどうした!

 昼休みにちょっと会いにいくくらいできたはずなのに!

 あぁ、もう!

 なんなのこの美少女!

 なんで土下座なんかしてるの?

 あ、私とルームシェアしたいからでした!

 うーん。自分のキャパとの兼ね合いで断ろうと思ったけど、いまのひとりちゃんを毎日鑑賞できるなら、家事を全部私がやってもオツリがくるどころかお金払うレベルだわ。

 まぁ、いずれは実家をでようと思ってたし、遅いか早いかの違いでしかないわよね。

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 春。受験戦争を無事に勝ち抜いた私は、ひとりちゃんに連れられて下北のマンションに来ていた。

 何を隠そう、新居である。愛の巣とも言う。やだもぅ、ひとりちゃんったら、奮発したのね!

 なんて浮かれてたのは最初だけ。

 いまは冷や汗が止まらない。

 なんか、とんでもない物件なんですけど!?

 ちょっと待って、これ本当に大丈夫なの?不法侵入で捕まったりしない?

 ……私だってね、ルームシェアにオッケーしてからアパートの相場とか生活費とかググってみたりしたのよ。それまで実家を出る想定はしてなくて、全然知らなかったから。

 家賃と生活費の概算で気が遠くなったわ。

 二人暮らしできる部屋なんて、最低でも6万はする。楽器を弾ける物件ともなれば15万は下らない。そこに電気ガス水道の公共料金、スマホの通信費、食費、交通費、バンドの活動費用に交際費、季節ごとの衣類、消耗品、その他諸々と考えていくと、20万から30万はかかる。

 新生活ともなれば敷金・礼金・引っ越し代の初期費用、それとインテリアや家電をイチから揃えることになるから、更に出費がかさむ。親の庇護を抜け出すと、ここまでお金がかかるのかと気が遠くなった。

 最初の月だけで100万くらいしちゃう?

 Starryのバイト代、何ヶ月分?

 どう逆立ちしたって高卒の小娘がたった2人でどうにかできる額じゃない!

 当然、私の両親も実現できる訳ないって、話を聞こうとすらしなかったんだけど。

 

「大丈夫です。私が話してきます」

 

 ライブの時のカッコいいひとりちゃんを思い出させる傲慢な瞳で、彼女は自信満々に言い切った。

 あっさり了解をもらってきた。

 なんなのそれ!?

 お母さんは『あの子を絶対に手離すんじゃないわよ』とか言うし。手離すもなにも、付き合ってないんですけど?

 それにしても、許可したってことは2人暮らしの目途がたってると判断したってことよね。ギターヒーローの広告収入って、そんなに凄いのかしら。

 

「ひとりちゃん、部屋のこと全部自分だけで決めちゃうんだもんなぁ」

「すみません、喜多ちゃんには勉強に専念して欲しかったので」

「気遣いは嬉しいけど、立地とかインテリアとか、2人で相談して決めたかったな」

 

 ちょっと不貞腐れてみる。

 だって憧れの二人暮らしよ?

 可愛い小物とか、素敵な家具とか、使いやすい家電とかあるじゃない?

 お財布事情と相談しながら、あーでもない、こーでもないって話し合うのって、引っ越しの醍醐味だと思うのよね。

 ひとりちゃんのセンスも、ちょっと心配だし?

 

「内装やインテリアについてはデザイナーさんにお任せしましたから、そんなに酷くはないと思いますよ」

「へー……デザイナーさん、ね」

 

 やっぱり冷や汗が止まらない。

 どうしちゃったの?

 あなた、本当に私が知ってるひとりちゃん?

 

「喜多ちゃんが勉強してる間、私も頑張ったんですよ」

「なにをどう頑張ったらこうなるのかしら」

「それはまぁ、喜多ちゃんを養えるように?」

 

 答えになってない!

 でもカッコいいから許す!

 

「うぅ、小動物みたいに可愛いかったひとりちゃんが、いつの間にかスパダリになってた件」

 

 ホテルの受付みたいなコンシェルジュの前を通り過ぎて、エレベーターで最上階へ。

 ひとりちゃんの話によると、このマンションはミュージシャン向けに設計されてるそうで、全室完全防音仕様なんだとか。

 壁や床に吸音素材を大量に入れてる都合で、家賃も相応に高いらしい。なんか自慢気。調子に乗っちゃうところは変わってない。可愛い。

 

「では、ご開帳です」

「わぁ……」

 

 広い。びっくりするほど広い。4月から大学生なのに語彙が死んでる。

 だってリビングが、実家の4倍くらいある。

 マンションのリビングが一戸建て住宅のリビングより広いって、なんなの?それとも私の常識がおかしいの?

 配置されてるインテリアもセンスが良い。色合いはシックにまとめられてる。

 テレビは実家の3倍くらい大きい。大型家電店にディスプレイさてれる、こんなの誰が買うんだろうね!って笑ってたヤツ。

 キッチンはアイランドキッチンだ。実物を見るのは初めて。カッコいい。ここでご飯を作って、ひとりちゃんに食べてもらうことになるのね!

 ……あ、料理なんてお母さんのお手伝いくらいしかしたことないんだった。大丈夫かしら?

 まぁ、最初は下手でも、そのうち上達するわよね。きっと。

 冷蔵庫が大きい。電子レンジや炊飯器の他に、なにに使うのかわからないけどオシャレな家電や調理器具が並んでる。取り敢えず揃えた感じなのかな?

 個室は4部屋ある。1部屋目はシンプルでモノトーン調。撮影機材なんかが揃ってるところからすると、ひとりちゃんの部屋。

 2部屋目は明るいファンシー風。可愛い小物や鑑賞植物が邪魔にならない程度に飾られていて、ちょっと広め。多分、私の部屋。

 残り2部屋はどっちも同じ感じで、なんかビジネスホテルみたいだった。ゲストルームなんだって。

 ちょっと待って、この廊下に面した扉はまさか……ウォーキングクローゼット!?マンションにあっていいものなの?うわー、ホントに歩いて入れる広さがあるのね!

 洗面室は三面鏡。大きくて使いやすそう。収納が広い。持ってきたスキンケア用品を全部置いてもまだスペースが余ってる。マイナスイオンがでるドライヤーの他に、憧れてたけど高くて手が出なかった美顔器まで置いてあった。嬉しい。

 脱衣所も広い。アパートやワンルームマンションなんかだと、そもそも脱衣所がなかったりするのよね。乙女心的に脱衣所があるのはポイント高いわ!ここにはスマートなドラム式洗濯機も置いてあった。乾燥機付きだから、洗濯物は干さないで良いのかな?家事の負担が減るのは助かるわね。

 お風呂は木目調の壁がお洒落。2人で入ってもまだ余裕がありそうな広い浴槽をみて、是非とも一緒に入ろうと心に決めた。

 あ、テラスもあるのね。高層物件じゃないから、テラスでガーデニングとか、のんびり日光浴とかも出来ちゃうんだ。

 うーん。全体的に広くて、高級感があって、綺麗。

 

「……ねぇ、ひとりちゃん?」

「気に入ってもらえました?」

「うん!でもこの物件って、賃貸じゃなくて分譲……いえ、なんでもないわ」

 

 これ、タワーマンションではないけど、ん〜億円ってレベルの部屋だわ。

 こんなの用意しちゃうんだもの。そりゃあのクソオヤジもルームシェアの許可出すわよね。

 ホント、どうなってるの?

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 ひとりちゃんとのルームシェア生活は快適そのもの。最初の宣言通り、全ての家事をひとりちゃんがこなしてる。

 料理は豪勢だったりオシャレだったりはしなかったけど、栄養のバランスがとれた飽きのこない家庭料理だった。多分、お義母様とお義父様に教わったのね。私とルームシェアするために習ったのかと思うとキュンとしちゃう。

 たまにスイーツも作ってくれる。ふわふわのパンケーキとか、クレープとか、アイスクリームとか。レパートリーは日々増え続けてる。

 お掃除は毎日こまめにしてるようで、汚れが気になったことはあんまりない。散らかしちゃっても次の日には綺麗サッパリだ。

 洗濯はちゃんと衣類別に分けてやっていて、アイロンもかけてくれる。その上ほつれたところもキチンと補修する徹底ぶり。

 極め付けは。

 

「はい、今月のお小遣いです」

「……ありがとう」

 

 毎月お小遣いまでくれる。10万円。

 その代わりバイトはダメ!絶対!だって。

 バイトする時間があるならギター練習ってことらしい。

 

「これはもしかして、ヒモになっちゃった?」

 

 えーっと、なんだろう、これ。

 高校の頃に思い描いてたひとりちゃんとのルームシェア生活と掛け離れすぎてるんだけど。

 隙あらばダラダラしちゃうひとりちゃんを、仕方ないなーって苦笑いしながらお世話する私ってビジョンがガラガラと崩れていく。

 むしろダラダラしてるの私なんですけど。

 立場が、逆転してる!

 

「うーん、これはダメだわ。アイデンティティ崩壊の危機よ」

 

 かつて高校の頃、ひとりちゃんを支えられるようになるね、って誓った私はどこに行っちゃったのかしら?

 でも、ひとりちゃんに甘やかされるのって気持ちいいのよね。膝枕に耳掃除とか、脳みそ溶けちゃうかと思ったもん。

 

「あー、ダメダメ。現実逃避してる場合じゃない。課題やらないと」

 

 家事方面ではスパダリなひとりちゃんだけど、勉強はお手上げだからね。これは自分の力でやらないと。

 ノーパソに向かってカチャカチャやってると、ひとりちゃんがコーヒーを煎れてきてくれた。

 これもインスタントじゃなくて、サイフォンなのよね。あのオシャレなカフェとかで使うヤツ。

 私好みの、あんまり濃くないコーヒーが沁みる。

 スタ○のキャラメルやクリームを色々と盛ったのも美味しいけど、あれはどっちかと言うと映えと甘味を楽しむもので、毎日飲むものじゃないしね。と言うかそんなに飲んでたら絶対太る。

 

「課題、頑張ってくださいね。私はちょっとお仕事行ってきます。申し訳ありませんけど、お昼は冷蔵庫に入れてあるのをチンしてください」

「んー、いてらー」

 

 この、ひとりちゃんのお仕事も気になるのよね。

 一体なにやってるのかしら?

 ちょっと前にいかがわしい仕事かと疑ったんだけど、顔を真っ赤にして「私は処○です!」って、めっちゃ怒られた。可愛かった。

 ギター持って行ってないから、音楽関係の仕事じゃないのは確実なんだけど。はて、ホントになにやってんだろ?

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 大学も2年目となると、だいぶ慣れてきた。

 ただ、この頃になるとちょっと厄介なのに誘われるようになるのが悩みどころ。

 そう、20歳になったので、合法的にお酒が飲めるようになったのよね。

 なので、あちこちからコンパに誘われる。

 私をホテルに連れ込むのに命かけてるようなクズ共がわんさかよってきて正直言って辟易するんだけど、人付き合いをおろそかにすると試験の出題傾向とか過去問を教えてもらうとかができなくなるのが困りもの。

 真面目な学生だけが損をするシステムってどうなの?

 事前リサーチして危険がなさそうなコンパは受けてもいいけど、いきなり今日のコンパに!ってのは全力で断る。

 でも、いくらリサーチしたって飛び入りしてくる不埒なヤツがいるかもしれないし、絶対安全とは言い切れない。

 ホント、やだ。

 大体、コンパって苦手なのよね。酔っ払うと普段は大人しくて親切な先輩でもセクハラしてきたりするし。男は狼ってホントね。絶対信用するもんか。

 そもそも、ひとりちゃんからもらったお小遣いで、ひとりちゃん以外とお酒を飲みに行くってのが抵抗あるのよ。

 なんとかならないかしら。

 

「恋人がいないフリーの女って狙われやすいのよね〜」

「そそ、そーなんですかー」

 

 あら懐かしい。ひとりちゃんがドモるのって、いつ以来かしら。

 顔なんか真っ青にしちゃって。

 私のこと心配?

 心配よね?

 嬉しっ!

 

「私もそろそろ恋人欲しいな〜。ね〜?ひとりちゃ〜ん?」

「……分かりました」

「へ?」

「後悔しても遅いですからね。覚悟しといてください」

 

 え?なになに?

 なにを覚悟するの?

 ワクワクするんですけど!?

 

 次の日。

 めっちゃ気合い入れてオシャレした男装ひとりちゃんがキャンパスに現れて、私は白昼堂々と唇を奪われた。

 腰砕けになった私は、ひとりちゃんにお姫様抱っこでお持ち帰りされましたとさ。

 ひとりちゃんってば、大胆!

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 お持ち帰り事件で一躍有名になってしまった、喜多郁代、改め、後藤郁代でございます。

 いえーい!

 パートナーシップ制度万歳!

 え?

 苗字が後藤になってもダジャレの呪縛からは逃げられてない?

 そんなのどうでも良いのよ。

 愛があるから!

 

 愛。良い響きだわ……

 

 あの後、たっぷりとお互いの愛情を確かめ合って、結婚指輪も買ってもらって、両親にも挨拶に行った。

 クソオヤジは「孫が見られないのは残念だけど、幸せになれ」って言ってくれた。

 なによもう。泣いちゃうじゃないの。卑怯者めっ!

 

 役所で手続きして、結婚式も挙げた。

 同性結婚だから、子供の頃に夢見ていたような荘厳なチャペルで誓い言葉を〜ってのはなかったけど、喜多家と後藤家、リョウ先輩と虹夏先輩、Starryの店長さんとPAさん、1号さんと2号さん、ストレイビートの司馬さんとポイズンさん、バンド関係の友人知人、それにさっつーや高校の頃の友人たちを前に2人のウェディングドレスを披露して、誓いのキスをした。ケーキカットとファーストバイトもして、写真もたくさん撮った。

 なぜかどこかの雑誌社からプロのカメラマンが派遣されてきて、本格的な写真も撮ってもらえた。

 幸せだ。

 大満足だ。

 大満足、なんだけど。

 

「ひとりちゃん?これはなにかしら」

「ゼ○シィですね」

「どうして私たちが表紙になってるのかしら?」

「それはまぁ、私もプロのファッションモデルですから。パートナーシップとは言え、結婚するとなれば報告する必要ありますし。それに、披露宴で5回もお色直し出来たのって、お仕事も兼ねてたからなんですよ。お得でしょう?」

「聞いてない!」

「これでも私、結構売れっ子なんですよ?郁代ちゃんが全然気付いてくれなくて、ちょっとショックでした」

 

 そう言うと、ひとりちゃんはテーブルの上にドサっとファッション誌と写真集の山を出してみせた。

 中には私がよく読んでる雑誌もある。

 いや、その、確かに似てるな〜とは思ってたのよ。

 ……ホントよ?

 

「ひとりちゃん、カラコンとピアスとお化粧で随分と印象が変わるのね?」

「言いたいことはそれで終わりですか?」

 

 ごめんなさい!

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 大学も3年目。

 ひとりちゃんと結婚してからはコンパに誘われることもなくて、平穏無事な毎日だ。

 大学に行くのはバンドが成功しなかった時の保険って感じだったんだけど、既にプロのファッションモデルとして成功してるひとりちゃんと結婚したいまとなっては、中退しても良いような気もしてる。

 まぁ、せっかく過酷な受験戦争で勝ち取った成果なんだから、卒業まで頑張るけどね。

 それで、私が3年目と言うことは、虹夏先輩は4年目になる訳です。

 卒論地獄の真っ最中で、涙目になりながらあーでもないこーでもないと頭を捻ってます。

 何故か、うちのリビングで。

 まぁ、うちだとひとりちゃんが上げ膳下げ膳やってくれますからね。バンド仲間ですし、第2の家族だし、協力できることはなんでもしますよってのがひとりちゃんだ。

 優しいんだから、もう!

 リョウ先輩も来てるし、きっかけが虹夏先輩の卒論とはいえ、スタ練やライブ以外で結束バンドの4人が集まるのは久しぶりのこと。虹夏先輩の卒論作業がひと段落ついたら、みんなでお酒でも飲んでワイワイ騒ぎたいかも。

 コンパは苦手だけど、お酒がダメって訳じゃない。仲間内だけで飲むなら楽しくやれると思うのよね!

 そのリョウ先輩はどうしてるかというと、ひとりちゃんの作詞ノートを見てる。

 これは月一でやってる定例のもので、歌詞がカタチになってるかどうかは関係なしなんだって。ひとりちゃんが歌詞を書く習慣を持ち続けられるようにとか、お互いの音楽性の確認とかなんとか。よく分かんないことするわよね、あの2人って。

 

「ぼっち、この歌詞なんだけど」

「……リョウさんの言いたいことは分かります。シンプル過ぎる、どこかで見たような在り来たりな内容ってところですか」

「うん。ぼっちはこれまで歌詞で伝えたいことは情景や行動とかの、別のなにかに隠して表現していたよね。今回はどうしてこんなにストレートなの?あ、早とちりしないで欲しいんだけど、別に激甘ラブソングがダメって言ってるわけじゃないんだ。ぼっちが幸せを感じているなら、それを歌詞にするのは全然ありだと思ってるよ」

「ありがとうございます。そうですね……私も最初はオブラートに包んで遠回りに書こうとしたんですけど、ちょっと思うところがありまして」

「思うところ?」

「シンプルで在り来たりだからこそ、出来ることがあるんじゃないかと」

「ほう?」

「在り来たりな歌詞でも、結束バンドがやればこうなる!って、挑戦してみたくありません?」

「……!」

「あとこれ、『君と逢えてよかった』ってフレーズ、郁代ちゃんに情感たっぷりに、切なげに歌ってもらえると、たまらないなーって」

「なるほど、確かに面白いね。よく考えたら幸せ絶好調の郁代が歌うんだから、むしろストレートな方が感情を乗せやすいのか」

 

 なにやってんだろ、あの2人。

 神妙な顔してると思ったら、急にニヤニヤし始めたんですけど?

 虹夏先輩も呆れてるみたい。

 

「それと、次の歌詞です。実はこの2曲、セットで考えちゃったんですよね」

「どれどれ……うわ、これは」

「暗くて陰鬱でしょう?」

「結束バンド初期を思わせる卑屈なフレーズの数々。幸せな結婚生活を送っているぼっちから出てきたとは思えない。なのにワザとらしさがカケラもない。……ぼっち、実は上手くいってないの?」

「失礼な。ラブラブです!……でも、ふとした瞬間、この幸せは、実は夢なんじゃないかとか、1秒後には崩れちゃうんじゃないかとか、考えちゃって。そういうの、書きました」

 

 え、嘘。そんなこと考えてたの!?

 

「なるほど。いまが幸せだからこそ、見えない明日に怯えてしまう、か。わかるよ、ぼっち。私も同じ気持ちだ」

「リョウさん……」

 

 え、なに?

 なんで見つめあってるの?

 ひとりちゃ〜ん、あなたの奥さんはこっちですよ〜?

 

「虹夏は今年で卒業する。郁代はぼっちと結婚した。音楽性の問題だって、冷静に話し合う土台は出来てる。懸念はまだ残ってるけど、あれは私たちだけで解決する問題じゃない。もう、話しても良いんじゃない?」

「そ、ですね……」

 

 なんか、急にひとりちゃんが弱々しくなったように感じる。

 でもそれを残念に思う気持ちはなくて、なんだか懐かしいような、ほっとするような、ぎゅっと抱きしめたくなる欲求が溢れてくる。

 

「シラフじゃやってらんないな。ぼっち、酒出してよ」

「あ、それなら山崎だします?20年物ですよ?」

「そんな高いのもったいないよ。ビールで十分」

「はーい。おつまみも作っちゃいますね」

 

 いや、だから!

 そういうやりとりは奥さんの私がやるべきでしょ!?

 

 

☆ ★ ☆

 

 

「種明かしをしよう」

 

 ビールサーバーからなみなみと注いだ生ビールを煽ってから、リョウ先輩が言った。

 ひとりちゃんはまだキッチンにいるけど、そんなことはお構いなしで、なんならいまのうちと思ってる節があった。

 

「ツッコミどころもあるだろうけど、まずは聞いて欲しい」

 

 それは3年前の冬から始まった、リョウ先輩とひとりちゃんの奮闘だった。

 ある日、リョウ先輩は強烈な不安に掻き立てられた。だんだんと強くなる不安は明確なビジョンを持ち始めて、ついには1人で抱えきれないほど大きくなってしまった。

 

 その懸念は、虹夏先輩と私が、大学という環境に当てられてしまうというもの。

 難しくなる勉強。積み重なる課題。高校とは比べものにならない多種多様な人間関係。バンドの運営資金を確保するためのバイト。その他諸々。

 精神的にも肉体的にも追い詰められて、自由気ままなフリーター生活を送っているように見えるリョウ先輩とひとりちゃんと自分を比べて、どうしてこんなに大変な目に遭ってるんだと感情を爆発させてしまい、ついにはバンド解散に発展してしまう。

 

 聞いていて、最悪の未来だと思った。そして、ありえた未来だとも。

 そもそも高校3年の頃の私には、その兆候があった。もしもあの時、ひとりちゃんと久しぶりに会わなければ、受験勉強の息抜きだと言い張ってギターを弾くことはなかったと思う。

 ……無意識に、左手をさする。大丈夫、ちゃんとギタリストの手だ。

 まぁ、私にとって、ギター以上の息抜きなんてなかったんだけど。カフェで友達とおしゃべりするのも、ショッピングするのも、物足りなかったのよね。

 頭の中が真っ白になるらくらい熱くなるなんて、ライブの他になにがあるってのよ!って思い出せたのは僥倖だったわ。

 

「怖かったよ。ぼっちと2人で頭を抱えて悩んでも、どうすればいいかわからなくてさ。それでも受験を控えてる2人にこんな話をするのは邪魔になるだろうって」

 

 そんな時に、店長さん――星歌さんが助言をくれた。『そんなに心配なら近くで見守ってやれば良いだろう』って。

 それを2人は天啓として受け取った。

 リョウ先輩は伊地知家に居候しつつStarryで真面目に働くようになった。浪費を我慢して、家事手伝いをして、虹夏先輩を献身的に支えた。ベースを弾く姿を間近で見せて、音楽を身近に感じさせた。

 

 言葉にすれば簡単に聞こえるけど、それまでのリョウ先輩を思えば、どれだけの自制と努力が必要だったのか、想像もつかない。

 本当だったら音楽漬けの生活に浸りたかっただろうに、虹夏先輩のために頑張ってくれたんですね。

 

「私にできたのは、この程度だった」

「この程度なんて言わないでよ。ずっと一緒にいてくれたじゃん!お姉ちゃんと一緒にご飯作ってくれたり、掃除してくれたり!大好きなリョウのベースを聞かせてくれて嬉しかったし、凄く助かってたんだよ!」

「そっか。そう思ってくれてたなら、頑張った甲斐があるよ」

「……リョウって、私のこと大好きだよね」

「そうだよ、知らなかった?」

 

 うぅ、イチャイチャが始まった。

 私もひとりちゃんとイチャイチャしたい!

 あれ、リョウ先輩が頑張ってたってことは、ひとりちゃんも?

 

「そうだね。私は元々虹夏のところに泊まり込むことが多かったし、事情を知ってる店長が居候を許してくれたから助かったけど。ぼっちに同じことはできないからさ」

 

 確かに、私の実家で同じことはできないものね。

 だからルームシェアだったんだ。

 なんだろう、リョウ先輩の話を聞いたからなのか、高校の頃のひとりちゃんが鮮明に思い出せる。

 根暗で、コミュ障で、いつもピンクのジャージを着ていて、自己肯定感がマイナスで、笑いのセンスは絶望的で、ありとあらゆる、ほとんど全てが残念な子だった。

 ギターの天才であること。実は顔がいいこと。意外とまわりをよく見ていて人の機微に敏いこと。自分のことより他人を優先しがちで、とにかく優しいこと。普段は頼りないのに、ピンチの時は助けてくれる、カッコいいヒーローであること。

 どうしようもないほどの欠点を受け入れた上で、それでも好きだと叫びたくなる。

 

『喜多さん』

 

 懐かしい声が、脳裏を過ぎる。

 たどたどしい、遠慮しがちな声。ぎこちない笑顔。

 出会って間もない頃のひとりちゃんは、陽キャの私に苦手意識があったよね。

 なのに、私がギターを練習してたことに気付いてくれて、バンド活動に未練があることを見抜いてくれて、結束バンドに引き戻してくれた。

 ギター初心者の私を優しく導いてくれたのも、あなた。

 コードを抑えるのも一苦労で、すぐに投げ出しちゃいそうになっても、なんとか踏みとどまっていられたのは、すぐ傍にあなたがいてくれたから。

 出来ない、やめると泣き喚いても、慰めて、元気付けてくれたから。

 小さな成功を大袈裟なくらい喜んで、褒めてくれて。大丈夫、喜多さんなら出来る、いまのは凄く良かった、いつも頑張ってるのを知ってる、もっと上手くなれるって信じてると。あふれるほどの信頼を注いでくれたから。

 私って結構面倒くさい構ってちゃんだから、そういうのに弱いのよね。

 

『疲れましたけど、楽しかったです』

 

 インドアで、引き篭もりがちなあなた。

 遊びに誘ってくれないって落ち込んでたくせに、いざ遊びにいったらすぐに帰りたがってたね。

 普段から体を動かしてないから体力も貧弱で疲れ切ってたのに、私と遊ぶのを楽しんでくれた。

 私はそれが、自分でもビックリするくらい嬉しくて、はしゃいじゃって。もっともっと一緒にいたいって思ったの。

 

『見たい見たい見たい!』

『少しだけなら……』

 

 バンドTシャツのデザインを決めようって、あなたの家にお邪魔したとき、初めてジャージ以外を着ているのを見たのよね。

 とっても可愛くて、ジャージで隠すなんてもったいない!って思った。

 

 あぁ、そうだ。

 思い出した。

 ひとりちゃんは、可愛い服とか、写真を撮るのが苦手だったんだ。

 ファッション誌に載っていても、“似てるな”ですませてしまったのは、ひとりちゃんがモデルなんてするはずないと思い込んでいたから。

 前髪をちょっと上げただけで重度のストレスを受けて気を失ってしまうような彼女が、どうしてモデルをやれると思うだろう?そんなの無理に決まってる。

 

 なのに。

 いまやひとりちゃんは、稀代のファッションモデル――火鳥、なんだ。

 

「私が最初にやったのは資金調達でしたよ。Starry以外でバイトできる気はしなかったので、ギターヒーローの再生数をどうにか増やせないかって、色々試してました」

 

 おつまみを作り終わったひとりちゃんがテーブルについた。

 簡単に作れるものらしいけど、冷しゃぶ、シーザーサラダ、ジャーマンポテトに厚切りベーコンがゴロゴロ入ったスクランブルエッグ。この短時間で4品。

 リョウ先輩は遠慮なしにパクつきながら、ビールもぐいぐい飲んでいく。せっかくなので私と虹夏先輩も飲む。シラフでいるのが辛い。

 

「母に言われて、まずはジャージをやめて、言われるままに着せ替え人形にされましたっけね。いまでも似たような仕事してるんで、あれがきっかけだったのかも」

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 可愛い服を着て顔出ししたら、なんか登録者数が倍になっちゃって。色々落ち込んだけど、使えるものはなんでも使おうと決心した。

 趣味じゃない服を着るのは嫌だとか、自分なんかの容姿をネットに晒すなんて滅相もないとか、そんなネガティヴ思考よりも、彼女と一緒にいられない未来の方が重かった。

 どうしても、離れたくなかった。

 未確認ライオットの時みたいに、もっと頑張っていればと後悔するのは嫌だった。

 

 だから、殻を、破ったんだ。

 

 覚悟を決めたからなのか、肝が据わったからなのか、ギターの腕前が格段に上がった。登録者数がまた増えた。

 だけど、広告収入だけじゃ足りない。

 もっともっと、お金が必要だ。

 お母さんに相談したら、読者モデルをすることになった。言われた通りの服を着て立ってるだけでいい簡単なお仕事よ、なんて言われて。嘘だったけど。

 エステに放り込まれて全身ツルピカにされたり、表情を作る特訓で顔が筋肉痛になったり、モデルには体力も必要だからとジミヘンに追いかけ回されたりしたっけ。

 そんな毎日を過ごしていたら、趣味じゃない服を着るのも、写真を撮られるのも、もう気にならなくなっていた。とっくの昔に、感覚はマヒしていた。

 ありがたいことに読者モデルでの人気は上々で、とある事務所と契約の話が持ち上がって――いまに至る。

 

 ちなみに喜多家に説得しに行ったときは、ギターヒーローの広告収入とモデルの給与明細を見せて、金銭面で苦労させることは絶対ありませんから、と伝えた。分かってもらえた。

 

 義父は郁代ちゃんがバンドを続けることで余計な苦労をするんじゃないか、普通の人生を送る方が幸せなんじゃないかと心配していただけで、人の話を無条件で聞かない人じゃない。心の底から郁代ちゃんの幸せを願ってる、良いお父さんだと思う。

 

 義母はまんま郁代ちゃん。2人で並んでたら姉妹に見えそうな人。カラコンもピアスもしてなかったのに、私が火鳥だって秒で見破られた。気合い入れてスーツを着ていったんだけど、キラッキラの瞳で黄色い悲鳴をあげられて、ハグされてツーショ撮られてロインの交換するまで2分かからなかった。それを娘に黙ってるあたり、この母にしてこの娘ありって感じ。

 

 閑話休題。

 

 収入が確保できたら、今度は物件探し。これは苦労しなかった。私がバンドを組んでることを知った母方の祖父が、格安で用意してくれたのがこのマンションだ。

 どうも私が高校1年のころから準備していたらしい。孫に甘い祖父で助かった。

 ……甘い?甘いかな?

 ローン完済はまだまだ遠いし、ギターヒーローとモデルの収入の半分は返済にあてているしで、稼ぎの割に余裕はあんまりない。格安――半額にされたとは言え、高校生に9ケタにちょっと届かない額のローンを背負わせる祖父は鬼だと思う。

 早く結束バンドで売れるようになりたいです。切実に。

 

 次に頑張ったのは家事全般。

 ギャグマンガにありがちな失敗はなかった。例えばだけど、チョコを溶かすのに鍋に直接チョコを入れるとか、沸騰したお湯にチョコを入れるなんてのは笑わせるためのギャグ展開で、いくらなんでも現代社会でそんなことする人はいないのです。ネットには大量のレシピが公開されてるんだしね。

 不器用は不器用なりに練習して、手順さえしっかり守れば、最高には届かなくても普通レベルにはなれる。あとは慣れ。

 でも掃除洗濯の習慣付けには苦労した。なにしろ自他認める怠け者ですので。まぁ、モデル業でのアレコレに比べれば大分マシだった。

 明日やろうは崩壊の第一歩。いま出来るなら明日を待つなをスローガンに、小さなことから細々と積み重ねていって、どうにかカタチになったのは高校卒業が間近になった頃だった。ギリギリだった。

 

「私のほうは、こんなところです。一番大変なところは祖父頼みでしたから、そんなに大変ってわけでも――」

 

 抱きしめられた。

 誰に?

 決まってる。

 私の大事な、誰よりも愛しい奥さんだ。

 

 あーもー、ぐちゃぐちゃに泣いちゃって。

 泣かせるつもりなんて、これっぽっちもないのにな。

 ごめんなさいなんて、言ったらダメですよ?

 

「――ありがとう!」

「はい。その言葉だけで充分です」

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 無理でしょ、あんなの泣くわ。

 人の目を怖がって縮みこまっちゃうようだった子が、私と一緒にいるためだけに頑張って苦手を克服してくれた。しかもその成果がハンパない。

 そんなの嬉しくないワケない!

 はぁ、私の奥さん、尊い。好き。

 

「さて、私とぼっちの頑張り物語はここまで。次は結束バンドとしての話をするよ」

 

 パンパンと手を叩くリョウ先輩。

 もうちょっと余韻に浸りたいんですけど。

 

「気持ちはわからないでもないけど、これからの話も深刻なんだよ」

「そうですね。あ、私のせいなので、申し訳ないんですけど」

 

 どういうこと?

 パチクリしながら虹夏先輩と顔を合わせる私。

 なんと言うか、リョウ先輩とひとりちゃんがわかり合ってる風で、ちょっとジェラシー。

 

「こういう話は本来ならリーダーの虹夏にしてもらいたいんだけど、今回は私がするね。正直言って、いまの結束バンドは大ピンチだ」

「へ?」

 

 危機は回避できたんじゃなかったの?

 

「昔、ポイズンに言われたこと、覚えてるかな。こんなところにいたら腐っちゃいますよって」

「……覚えてるよ。忘れるわけない」

「言いたいことは色々あるだろうけど、そこは置いといて。いまの問題はギターヒーローだ。実力は段違い。知名度は桁違い。ギターヒーローのチャンネル登録者数、知ってるでしょ?」

「あー、うん。1300万オーバーね。弾いてみた系動画じゃありえない数字だけど、ぼっちちゃん、なにやったの?」

 

 それ、私も気になってたのよね。

 ちなみにもうちょっと正確にいうと1395万。

 確かにひとりちゃんのギターは凄いけど、それだけでどうにかなる数字じゃないと思うの。

 

「簡単な話だよ。ファッションモデル火鳥とギターヒーローが同一人物だってバレてるんだ」

「……へ!?」

「写真集でミリオンセラーを叩き出す火鳥が、ギターを弾く。しかもその腕前はプロでも滅多にいないほど上手いとくれば、話題性抜群だよね。ギターヒーローが火鳥のプロモーションムービーを兼ねてるような感じかな。チャンネル登録なんてタダで出来るんだし、それまでギターに興味がなかった層も取り込んじゃったってワケ」

 

 へー?

 まぁ?

 確かに?

 うちのヨメは可愛いですし?

 ギターの腕も天才級ですから?

 そうなるのも当然ですけど!

 

「でもさ、どうして火鳥とギターヒーローが結びついたの?全然ジャンルが違うよね」

「それはですね、スケジュールが立て込んでたときにスタ練から撮影現場に直行したことがありまして」

 

 おだてられて、流されるまま全力で弾いてしまった、と。

 本気でギターを弾いているカッコいい火鳥と、褒められて嬉しそうに照れて微笑む火鳥。

 そのギャップが激しい姿は、当然のように写真に撮られていて、写真集にも掲載された。売り上げにもかなり貢献したらしい。

 

 その頃はギターヒーローとしての動画でも――サングラスで目元を隠してはいたものの――顔出ししていたので、美少女ギタリストという共通点からアッサリとバレた。

 本人は「売れるなら良いか」と開き直ったそうだけど。

 

「火鳥の人気とギターヒーローの人気がマリアージュしてて、全部断ってるにも関わらずテレビ出演のオファーが引っ切りなしにきてる。そんなぼっちが結束バンドのリードギターしてるなんてバレたらどうなるか?考えるまでもないよね」

 

 うわぁーお。

 嫌な予感しかしない!

 

「いまのぼっちにとっては、モデルもギターヒーローもローン返済の手段でしかないけど、いまさら辞められない。ならどうするか?」

 

 そんなの決まってる。

 結束バンドをギターヒーロー以上に有名にする!

 

「言うだけなら簡単だけど、いまの結束バンドはSIDEROSやケモノリアほどクレバーに活動できてない。虹夏と郁代は大学に時間が取られてる。あんまり露出し過ぎるとぼっちの正体に気付かれるリスクが大きくなる。どうしたものかね?」

 

 う、確かに。

 

「実力と実績がないと有名にはなれないしねぇ。あー、最近卒論ばっかで練習できてないや……」

「まずはそれだね。虹夏、速攻で終わらせて」

「簡単に言ってくれるなぁ」

「郁代はどうする?」

「そうですね。休学するか、いっそのこと中退でも良いかなって思ってます」

 

 永久就職してますから!

 どやぁ!

 

「中退は最後の手段にして欲しいです。郁代ちゃんが頑張ってたの、無駄にして欲しくないです」

「ひとりちゃん……!」

 

 あなたってばもぅ、ほんっとーに、さいっこーの奥さんよ!

 

「当面の方針は地力向上で。卒論は出来る限り急いで欲しいな」

「面目ない。卒論って、ホント大変なんだよ」

 

 虹夏先輩が卒論を終わらせる。スタ練を頑張って実力を付ける。ハコでのライブや路上ライブを繰り返して舞台度胸を付けつつ実績を積み重ねる。

 卒論は別として、やることは未確認ライオットの時と同じなのよね。

 バンドとしてのレベルアップに近道はないってこと。

 

「M Vを作って結束バンドのチャンネルで公開とかもしたいけど、まずは堅実にいこう。」

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 高校の頃にレーベル契約をしたストレイビートとの縁は、幸いなことに今でも続いている。

 レーベル契約といっても、サブスク登録の窓口になってくれたり、レコーディングするときにSEさんとの交渉をしてくれたりするだけの、薄いものだけど。

 それでも、大学の関係で活動が鈍くなっていた結束バンドがまた本気で取り組み始めることには喜んでくれて、相談にも乗ってくれた。

 ポイズンさんは当然のようにひとりちゃんが火鳥だってことにも気づいていて、もったいないと嘆いていたそうだけど、私たちの事情を尊重してくれていた。初対面のときの印象は最悪だったけど、本当にいい人なのよね。言葉がきつかったのは、それだけバンドに対して真剣だってことなんだし。

 虹夏先輩が卒論クリアして、私たちはリョウ先輩が提案したように地力向上に向けた練習に勤しんでいるところ。

 虹夏先輩は最近練習出来てなかった、なんていってたけど、本当に練習してないってワケじゃない。私が受験勉強してた頃に息抜きと言い訳しながらギターを弾いていたように、虹夏先輩も「むしゃくしゃしてるときはドラムを叩くに限る!」といってしょっちゅうスタジオに入ってたそうなので。

 なんだかんだいって、私たちは音楽から離れることなんてできっこなかったのよね。

 ――そうなるように、リョウ先輩とひとりちゃんが頑張ってくれてたんだから。

 

「ぼっちと一緒に暮らしてるくらいだから、ある程度予想はしてたけど。郁代、大分上達したね。私の見立てだと、3年前のギターヒーローと同格だと思う」

「ホントですか!?」

 

 やったー!

 ……あれ、ひとりちゃんから冷たい空気が?

 

「私も、常日頃から、郁代ちゃんは上手くなったって、伝えてるんですけどね?」

 

 違うの、これは浮気じゃないの!

 ひとりちゃんに褒められるのも嬉しいけど、やっぱりリョウ先輩から褒められるのも嬉しいの!

 ハグしましょ、ハグ!ぎゅーっ!

 あ、ダメだ、納得してない。これは今晩、激しくなるかも?

 ……望むところよ!

 

「虹夏も、技術が向上してるだけじゃないね。ただ正確なだけじゃなくて、しっかりとした土台が頼もしい。積み重ねてきた練習への信頼が自信につながってるんだね」

「私だけ下手くそなままじゃ、カッコつかないからね。そりゃーもー頑張りましたとも!」

 

 にっこり笑ってVサイン。

 明るく頼れるリーダーは健在だ。

 

「普段から練習を欠かしてない私は言うまでもないとして。ぼっち、すまないね。全力をださせてあげられなくて」

「いまはまだ仕方ないですよ。まだまだこれからです!」

 

 うーん。そうなのよねぇ。

 いまのひとりちゃんは、全力をだせないんじゃなくて、ださない。

 世界に通用するレベルにまでなったギターヒーローの全力には、私たちはついていけない。

 一度試しにって弾いてもらったんだけど、魂がもっていかれちゃうんじゃないかってレベルで感動しちゃった。

 あんなのをライブで披露された日には、ワンマンバンドどころの話じゃなくなっちゃう。

 でも!私たちの心は折れてない!

 いつかきっと追い付いてみせると奮起した。奮起できた。そうなれたことが、たまらなく嬉しい。

 ひとりちゃん、私たちはあなたを独りぼっちにはしない。

 孤独なヒーローになんてさせない!

 

「ぼっちにはそのまま全力で走りながら待っていてもらうとして。もう一手、作戦を思いついた」

「作戦?」

「ぼっちが結束バンドにいても、誰も文句を言えないと思わせる作戦だよ」

 

 そんな都合のいい作戦なんてあるんですか?

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 某動画投稿サイトで、1つの動画が話題になっていた。

 タイトルは『ギターヒーローを全力でモノマネしてみた』。

 投稿者は艶やかな赤い髪の女性で、黒いキャップをかぶり、丸い黒のサングラスをしている。

 おもむろに黒いレスポールカスタムを構えた彼女は、そのままノンストップで5曲弾き、優雅に礼をして終わった。

 

『普通に上手い』

『いや、上手すぎだろ』

『プロの犯行』

『モノマネじゃなくてもプロでやっていけるレベル』

『再現度高いな』

『これモノマネ?』

『このレベルで演奏すると、どうしても自分の演奏になってしまう。なのにギターヒーローをかなり再現できてる。何者だ?』

『このキャップとグラサン、火鳥が変装するときに使ってるヤツじゃん』

『変装とは』

『察して差し上げろ』

『いやこれ火鳥の嫁だろ』

『火鳥だけじゃなくて嫁もギターやるのか。しかもレベルたけー』

『ギター繋がりで知り合ったのかな?』

『2人でセッ○○○したりするのかな』

『セッションな』

『想像しただけでヤバい』

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 投稿者はご存知、結束バンドのフロントマンにしてSNS大臣を務める後藤郁代です!

 緊張した!

 めっちゃ緊張した!

 もしかしたらライブより緊張したかもしれない。

 ギターヒーロー後藤ひとりの全面バックアップを受けているとは言っても、自分の限界以上の演奏レベルで、5曲連続で全くミスすることなく弾ききるというのは、生半可な難易度じゃなかった。

 ひとりちゃんの指導は、それはもう鬼か悪魔のように厳しくて、脊髄反射です、本能で弾くんですとかいって、泣いても喚いても許してくれなかった。

 そのぶん夜は天使のように愛してくれたけど、朝になるとまた指導が始まるから、脳みそがバグりまくった。

 

「郁代ちゃん、本当によく頑張りましたね。偉い偉い。なでなでしましょうね」

「ばぶぅ……」

 

 そうよね。私頑張ったもん。

 ちょっとバブみが入るくらい甘えても許されると思うの。

 

「この調子でいけば、あと2年くらいで私と並べると思いますけど、これからは無理しないでゆっくりいきましょうね」

 

 あ、はい。頑張ります。

 でもいまは休ませてくださいお願いします。

 1日16時間ひとりちゃんにマンツーマンで指導してもらって、トイレ以外は全部お世話してもらうって生活が半年間続いた。当然大学にいく余裕なんてないから休学して。

 才能の限界とか、カリスマとか、成長速度とか、そんなのはもう意識にのぼることもない。ただひたすらギターに没頭して、ひとりちゃんに導かれて、ギターに寄り添った。

 そこまでしてようやく、ひとりちゃんの中にある世界のようなものが、朧げにみえた気がする。

 音楽に、ギターに、歌に人生を捧げる。

 本当はとっくの昔に気付いていたのにね。

 辛くて苦しい練習の日々も、あなたと一緒に舞台に立つためと思えば耐えられる。

 ライブが終わって歓声に包まれる中、あなたと微笑みを交わすと、全てが報われる快感に酔いしれる。

 あなたを支えるられるようになるって決めたあの日、私は、あなたと共に生きる覚悟を決めたの。

 

 

☆ ★ ☆

 

 

「あそこまでやらないとギターヒーローには並べないんだね」

「私たちには私たちなりのペースがある。途中で折れちゃったら元も子もないし、あの2人なら待っててくれるよ」

「そんなに待たせるつもりはないけどね。リョウ、練習付き合って」

「仰せのままに」

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 匂わせ動画の投稿で『ギターヒーローは嫁に頭が上がらないと認識させる作戦』は、そこそこ上手くいったみたい。

 もとから結束バンドのファンだった層は私とひとりちゃんが結婚する前から応援してくれていたし、火鳥のファンも嫁と一緒にいたいなら、という意見が大多数。一部には火鳥結婚の報に絶望した男性ファンもいたらしいけど、相手が私――というか女性なので我慢できたらしい。

 問題なのはガチのギターヒーローファンだったんだけど、私が動画でみせた技量で、ひとまずは大人しくなってくれた。

 及第点はもらえたってことかな。これもひとりちゃんの指導の賜物だ。

 めでたし、めでたし。

 とはいえ、ここ半年間のギター特訓でフラストレーションが溜まっていたのはどうしようもない。ここはしっかり解消しなくてはと、ひとりちゃんを連れてカラオケにきていた。

 

「ボイトレするわよ、ひとりちゃん!」

「へ?」

 

 うわー、ひとりちゃんが呆気に取られてる!

 凄い久しぶり!

 

「ここのところずーっとギター三昧だったからボイトレができてないの。一緒にやりましょ?」

「えっと、郁代ちゃんがボイトレするのはわかりましたけど、どうしてカラオケに?それと、一緒にって?」

 

 ふふ、その疑問はもっともだわ。

 うちは防音仕様になってるから、ボイトレするくらいじゃ下の階に迷惑をかけたりしないし、ひとりちゃんはボーカルどころかコーラスにも参加してないものね。ひとりちゃんが首を傾げるのも無理はない。

 でも、わかっているからこそ、回答は用意してるのよ。

 

「ひとりちゃん、家にいると私のために飲み物用意したりスイーツ作ったりご飯の支度したりしようとするじゃない?」

「それはまぁ、そうですけど。郁代ちゃんのお世話するの楽しいですし。なにか問題ありました?」

「おおありよ!」

「ひゃっ」

 

 休学して自由な時間ができたんだから、もっとイチャイチャしたいの!

 なのにひとりちゃんときたら、何かっていうとキッチンにこもってアレコレ作り始めるんだもの。

 出来てからのお楽しみです、とかいって。

 でも、ここのカラオケならタブレットで注文すれば飲み物もスイーツもご飯も出てくるから、ひとりちゃんが何かする必要もないって寸法よ。

 

「なるほど。でも、ボイトレは?」

「時代はツインボーカルなのよ、ひとりちゃん!」

「えー……」

 

 そんなあからさまに嫌な顔しなくてもいいじゃない。

 私だってギター頑張ったんだから、今度はひとりちゃんの番!

 一緒に歌いたいの!ハモりたいの!

 1つのマイクに2人で顔を寄せて歌うとかエモいと思うのよね!

 あと純粋に、曲の表現の幅が広がるし、結束バンドにとってもプラスになるんじゃないかしら?

 

「まぁ、確かにそうですね。わかりました。でも私、歌とかよくわからないので。色々教えてくださいね、先生?」

「任せてちょうだい!」

 

 後日、ツインボーカルverの『星座になれたら』のM Vが公開されて、過去最大の再生数を叩き出した。

 甘いバラード風にアレンジされたそれは、ラブソングのイメージが更に強調されていて、胸が締め付けられるような切なさがいいと絶賛されたけど、歌い終わるとキスしたくなるのが困りもの。

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 学校に行きたくない!

 あぁ、ついに来てしまった休学明け。

 ギター特訓のために休学したのは1年なので、3年から再スタートする日が着々と近づいてきている今日この頃。まるで夏休みの終わりを恐れる高校生の気分。

 だってねー。楽しかったんだもの、この半年間。

 1回目の動画投稿で好感触だったから、その後も月一ペースで続けてるんだけど、これがまた承認欲求をバシバシ刺激してくるのよね。

 上手いけどギターヒーローほどじゃないってコメントもあるけど、そんなの当たり前でしょ?って流せる程度には耐性もついた。

 つい先日はリョウ先輩から、もういい頃合いだって許可をもらって、ひとりちゃんとのセッション動画をあげてみたんだけど、反響が凄いのなんの。

 視聴者からはギターヒロインの称号をいただいちゃったわ。わーい。

 動画投稿の他は、基本的にひとりちゃんとイチャイチャ。モデルを始めてから陽キャの空気に耐性がついたそうで、映えスポットにも付き合ってくれるから、あちこち連れ回しちゃった。

 ひとりちゃんの撮影現場にもお邪魔した。赤いカラコンとレッドダイアモンドのノンホールピアス、そしてメイクで変身した彼女は、モデルとしての火鳥だ。衣装に合わせて表情も雰囲気も千差万別に変化させて、無邪気に笑う少女にも、恋を失いながらも前を向く女性にも、子を慈しむ母親にすら成り切ってみせる。それはもう可愛くてカッコよくて美しくて、ドキドキが止まらない。この子は私のヨメなのよ!って世界中に叫んで回りたくなった。

 ところでそのキス待ち顔とか、ソフトクリーム舐めてるのとか、本当に必要なの?え、リクエストが凄い?あ、そう。ぐぬぬぬぬ……!

 せっかく時間があるんだからと運転免許を合宿で取った。私は普通自動車で、ひとりちゃんは大型自動二輪。そう言えばひとりちゃんって、心に中学生男子を飼ってたのよねって納得。早速バイクを買ってご満悦だけど、事故にはくれぐれも注意して欲しい。未亡人なんて嫌よ、私。

 結束バンドの活動もしっかりやってる。ツインボーカルが出来るようになったから、リョウ先輩は世界が広がった!って大興奮。既存の曲をツインボーカル仕様にアレンジしたり、新曲を増やしたりして、サブスクも順調。路上ライブするのに交通整理が必要になったり、StarryやFOLTでのライブで満員御礼になったりと、リアルの人気も上々だ。

 そんなワケで、とってもとっても充実した休学期間だったのです。

 

「だからね?バンドとしても、いまが頑張りどころだし、復学して活動を鈍くするのはもったいないじゃない?」

「それについてはもう納得してると思ったんですけど」

 

 嫌なものは嫌なんですー!

 って言うか、大学に行く意味がホントにないの!

 1年前の大学の知人は大体みんな4年になってるから、卒論と就活で話が合わなくなってるの!

 それに、例え結束バンドが上手くいかなくなったとしても、今更どこかの一般企業に就職するとか無理だから!

 私をこんなふうにしたのはひとりちゃんなんだから、ちゃんと責任とってよね!

 

「これはもう、喜多のお義父さんに相談するしかありませんかね」

「げ」

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 クソオヤジに怒られた。

 『ひとりさんに迷惑をかけるんじゃない』って。

 なによそれー!

 もー!もー!信じらんない!

 

「で、家出してきたと」

「郁代、ロックだね」

「すみません。一晩だけお願いします」

「一晩だけでいいの?」

「それ以上ひとりちゃんと離れると精神に異常をきたすので」

「あ、はい」

 

 取り敢えず一泊だけ、虹夏先輩とリョウ先輩が同棲してる部屋に転がり込むことにした。

 ちなみにStarryから徒歩10分圏内の普通のアパートで、楽器とかは弾けない。

 うちみたいなのが例外なのよね。

 

「私個人としては、郁代の意志を尊重するよ。確かに今更な感じするし、中退はロックだ」

「ロックを免罪符にすんな!」

「そういう虹夏はどうなの?大学卒業までいったけど、なにか意味があることってあった?」

「そりゃー……あれ、ないな?」

「虹夏先輩……」

「いやいや、冗談だよ?バンドが波に乗ってるいまだから、そんなことも言えちゃうだけで。大体、進学を決めた時はバンドが上手く行くかどうかなんてわかんなかったし、もしもの時はみんなを養ってやらないと〜とか考えてたんだよね」

 

 虹夏先輩、それは流石に背負い込みすぎです。

 

「まぁ、そうじゃなくてもさ、20年後30年後に結束バンドが解散したら、お姉ちゃんみたいにライブハウス作って、みんなを従業員で雇ってやろうとか思ってる」

 

 そのための経営学科だったんだよ、と虹夏先輩。

 なるほど。

 虹夏先輩がオーナーで、リョウ先輩がPAで、ひとりちゃんはギター講師するとか。私は受付かな。

 それで、たまには自分たちがライブする側になったりして。

 なんかそれもいい未来な気がする。

 

「虹夏らしい未来図だね」

「どうなるかなんて、わかんないけどね。やっぱりみんな一緒がいいし、音楽とも離れたくないんだ」

「郁代はどうなの?」

「へ?」

 

 どう、とは?

 急に水を向けられて、ドキっとする。

 

「この際、めんど……じゃない、誤解されて拗れないように言うけど、ぼっちはいつも郁代のことを考えてるんだ」

「わかってます」

「いや、わかってない。ぼっちが心配してるのは、自分と結婚したせいで郁代が大学で本当にやりたかったことを忘れさせちゃったんじゃないか?ってことなんだ」

「へ?」

 

 なにそれ。

 私が大学進学を決めたのは、バンド活動を続けるための交換条件で、それ以外のことなんて就職に有利かも?ってくらいなのに。

 

「郁代は社会福祉系学部だね。どうして?」

「どうしてって」

 

 あれ、どうしてだっけ。

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 夜明け前の下北を歩く。リョウ先輩の言葉が頭の中をぐるぐる回って、とてもじゃないけど眠れる心境じゃなかった。

 ねぇ、ひとりちゃん。あなたはもしかして、結婚したことを後悔してるの?

 あの日、大学のキャンパスでしてくれた告白は、私を狙ってる有象無象を牽制するだけのつもりだった?

 ひとりちゃんが私を好きだってことを疑う気持ちは微粒子レベルですら存在しないけど、恋人期間ゼロで結婚まで突き進んじゃったのは、私が暴走したからかしら。

 ひとりちゃんは、本当はもっと穏やかに進めようとしてたのかもしれない。

 例えば、いずれ結婚するにしても、大学卒業後とか。

 

「わかんないよ、ひとりちゃん」

 

 私がしたいことなんて、後にも先にもあなたの傍にいることだけなのに。それだけじゃダメなの?

 確かに、進路を決めるときに考えたことはあった。社会福祉系学部に決めたのは、バンドがダメだったら幼稚園の先生になろうって思ったから。

 ねぇ、どうしてだと思う?

 あの頃。受験勉強のためにギターを弾くことすら出来なかった半年間。なんのために勉強してるのかすら曖昧になっていた、地獄のような日々。自分自身の存在意義すらぼやけていて、生きてるのに死んでるような感覚。いまならひとりちゃん成分が不足して栄養失調状態で生命の危機だったってわかるけど、当時はそこまで深刻だとは思ってなくて。

 ……ではなく。

 どうして幼稚園の先生がいいなって思ったかだけど、ひとりちゃんに昔の話を聞いたからなのよね。

 “この指とまれ”に集まれなかった。自分なんかが仲間に入っていいのか、わからなかった。そんな、原体験の話。

 もしもそのとき、大丈夫だよ、仲間に入っていいんだよと背中を押す人がいたら、ひとりちゃんはあれほどネガティヴな性格にはならなかったんじゃないか?って思うの。

 もちろん、当時の先生に文句をいいたいワケじゃない。そんな些細なワンシーンだけで性格が決定付けられるものじゃないだろうし。

 でも、思ってしまった。

 現実では有り得ない空想。

 幼稚園時代のひとりちゃんの隣に私がいて、一緒に遊ぼうって誘えたなら、いまよりもっと仲良くなれたのにって。

 歴史にifはないし、過ぎ去った時間を巻き戻すことはできないし、そもそも住んでいる場所が離れているんだから、そんな空想に意味なんてない。

 だから、幼稚園の先生って進路は、代償行為でしかない。

 それでも、どうせ大学に行かなきゃならないなら、少しでもひとりちゃんの存在を思えるところにしたかった。

 まぁ、実際にはルームシェア生活が始まって、幼稚園の先生を目指そうなんて気にはなれなくなっちゃったのよね。

 だって本人がすぐ隣にいるんだもの。

 

「あ、この話をすれば説得できるかも?」

 

 大学でやりたいことなんて、そもそも最初からなかったって!

 

 

☆ ★ ☆

 

 

「わかりました。そこまで大学に意義を見出せないと言うなら、仕方ないですね」

 

 説得できました。

 やったー!

 

「まさか家出するほど嫌がるとは思いませんでした。喜多のお義父さん、呆れてましたよ?」

 

 知ったこっちゃないです。

 もう今年で22よ。成人してるのよ。いつまでも親のいいなりになるものでもないでしょ。

 

「もうすぐ22になるのに家出した子のいうことですか。高2の時のこと思い出しちゃいましたよ」

「ごめん。心配した?」

「心配というか、郁代ちゃんが私から逃げるって現実が受け入れてられなかったというか。郁代ちゃんのこと、わかってあげられてなかったんだなって落ち込みました」

 

 そりゃね?

 私の大学生活を支えるために色々してくれたんだもの。ひとりちゃんには申し訳ないって気持ちはあるのよ?ほんの少しだけ。

 でもやっぱり、いまはバンドのために力を入れる時期だと思うの。結束バンドは、いま大きな波に乗ってる。いまこそ加速するべきであって、私の事情で足を引っ張りたくないの。

 学校に行きたくないとか、ひとりちゃんとイチャイチャしたいとかもあるけど、一番の理由はバンドなの。

 それに、改めて決めたこともある。

 

「あのとき18だった私は、親に逆らうだけの実力も覚悟もなかった。でも、いまは違う。胸を張って言える。ひとりちゃん、あなたと一緒に、音楽に人生を捧げるわ」

「郁代ちゃん……」

 

 泣くことないじゃない。

 昨日も言ったけどね、私をこんなふうに、音楽の道に引きずり込んだのはあなたなんだからね?

 

「ひとりちゃん、あなたはどう?私と一緒に、音楽に生きてくれる?」

「もちろんです」

 

 うん。

 それでこそ、私のヒーロー。

 私のヨメ。

 私のひとりちゃんよ。

 

「ありがとう」

「こちらこそ」

 

 虹夏先輩は昔、ひとりちゃんのロックを『ぼっち・ざ・ろっく』といったらしい。

 なら私の場合は『いくよ・ざ・ろっく』かしら?

 ……いえ、違うわね。

 だって私のロックは1人だけのものじゃない。ひとりちゃんと一緒なんだもの。

 なら『ごとう・ざ・ろっく』?

 うーん、締まらないな。

 そうだ、こうしよう。

 

 

 『Go to the Rock』

 





そういえばiPS細胞というので同性の間でも子供ができるらしいです。

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