No Game No Life 中庸   作:chloro

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続けられるかとっても不安です。はい。


序章2

清々しい昼。

文句は言わせん、人間たるもの人生の三分の一は布団の中である。

 

「おはようごじゃます」

 

さすがは母上、ラーメン作っておいてくれるあたり娘に超甘い。

美味しくいただいた。冷凍食品だけど。

 

PCを開いて、5秒。

ああ、前の斡旋機はインターネットにつなぐまで5分かかったというのにこれは5秒。

快適。非常に快適。感動の嵐。

複数アカウントを同時に見られるクライアントを立ち上げ、普段通りにツイッターを開く。

普段通りと思い込んでいた頭が解れるのに時間を要した。

知らない人からのリプライで、リプライタイムラインが埋まっている。

もしやと思ってぱっとプロフィールを見やって戦慄した。

……見間違いではなかろう。

少なくとも昨日というか、今日の夜中寝る前まではフォロワーは372人だったはずだ。

何故524という数字になっているのか?

原因なんぞ訊くまでもない。

昨日の、PvPのせいだ。

 

ゲームのあの場で断ったのはあの時間帯に起きていた者だけ。

12時間睡眠している間に、噂は瞬く間に広がっていたのである。

ツイッターの名義をMARTAにしていたのもまずかった。

検索すれば一発でひっかかってしまう。

更に悪いことに、リアルとネット垢を分けていなかった。

……即ち、プロフィールに私の大学名は伏せてあるものの学部まで明記されてしまっている状態。

忍者が如く、隠れ蓑の術とかないのだろうか。

いや、垢を潰して新しい垢を立ち上げて身内で引きこもればいいのだ。

……と、そこまで考えて面倒くさくなったのでプロフィールに書き込む。

 

『対戦ゲーム申し込みは受け付けておりません』

 

これでいいはずだ。これで。

スカイプに自動ログインしたのが見えたのだろう、ぴこっと音がして寿からスカイプチャットが飛んでくる。

 

『おそようさん』

『おそよー』

『大丈夫か?』

『だいじょばない』

 

これ、絶対ゲームにログインしたら恐ろしいことになる気がする。

つまり、昨日の話や噂がツイッターまで波及してきているのだから、当のゲーム内では蜂の巣でも突いたような騒ぎになっているに違いない。

予測というよりは、もはや確信。

そもそもと言えば私が興味本位で飛び込み、しまいには『逃げること』に全身全霊尽くした結果。

全力でやる方向を間違えると痛い目に遭うとはこのことだ。

有名ゲーマーなんて称号は全然いらないので、是非とも放っておいてほしい。

 

『おはようございます……』

 

ツイッターでぽつ、と呟くといつもの仲間内から物凄い早さでリプライが来た。

 

『@marta 昨日『  』を破ったってほんとですか!』

『@whitenight おい、伝言ゲームで事実が歪曲してるからそれ違うから』

 

ほれみろ、伝言ゲームで事実がひん曲がっている。

私は逃げ切っただけで、更に相手を一体も倒していないし、即ち負けたのだから、勝っていない。

誰だ勝ったとか破ったとか言い出した奴。シメんぞゴルァ。

なんだ、私は『  』に勝っていません負けましたって定期ツイートで流せばいいのか?ん?

 

『うわああああああああん寿どうしよう』

『てきとーに負ければいいのに逃げ回るからだろ……』

『とにかくお前は逃げ切れって教えたの寿だって!』

『お前は馬鹿か』

『ええ馬鹿ですでも追われたら怖いんで逃げます』

 

ああ、そうだとも私が悪い。

てきとーなとこで巻き込まれて死んでおけばこんなことには。

全力でやってこんなに悲しい形で後悔しているなんて人生で初めてである。

口をへの字にしながら、ゲームを立ち上げた。

オンライン。

まず、画面下のポストマークがぴこん、と光って嫌な予感がした。

町のマップの中のポストまで走っていって、ポストを開く。

案の定、150通を超える様々な用件が書かれたメールが届いていた。

昨日一応断ったにも関わらず、PvP対戦の申し込み、ギルド勧誘、チート乙という中傷じみたものから冷やかしまで。

ああ、もう。

昔からだが、熱中すると『後始末』を忘れてのめり込んでしまうのが私の悪い癖だ。

注目を浴びるのが嫌だと同じ口でいいながらこういうことをしてしまうあたり、私は隠れ目立ちたがり屋なのかもしれないと自分でも疑う。

いや、放っておいてほしい。切実に。

私はゲームを楽しみたいだけで楽しめないことにまで気づかいはしたくないのだ。

あと、言っておこう。怖かった。うん。

ゲームだから痛みがないとはいえ怖かった。

もう二度とやりたくない。

PvPは寿とか白夜相手でいい。

ゲーム内ショップに立ち寄ると、見間違いだろうか。一瞬周りの動きが止まった。

自分のキャラクターの上に名前やギルド名が表示されており、一定距離より近くなるとお互いの名前やギルドが認知できるようになる。

非表示は、仕様の問題で不可。

即ちこのゲーム内のミドルユーザー以上にはほぼ全て(伝言ゲーム後の事実が)伝わっていると思われた。

楽しくまったりゲーム三昧夏休みの計画は、昨日自分が行った『逃げまくる』という行為によって見事に瓦解したのである。

 

「せっかく、新しいギルドで『不慣れなので色々教えてください』って潜り込むつもりだったのにい……」

 

自称ミドルゲーマー。

やっていることは初心者詐欺。

新しいアカウントを取れば平穏な生活が送れるが、この前この子に5000円ほど貢いでしまったばかりである。

この子? 弓職のこの子だよ。

 

『そうだ、報告』

 

寿からチャットが飛んでくる。

 

『何?』

 

全然意図が読めなくて、馬鹿正直に返事を返した。

 

『彼女できた』

 

表示された文字を理解するのに、たっぷり10秒かかった。

ぱたぱた、と私の指が私の脳内言語を画面へと投影していく。

 

『リア充おめ?』

『なんで疑問形なんだよ』

『いや、お相手の方知らないから』

『珍しいな、興味示すなんて』

『いや……続報待ってる。小説のネタにする』

『だよな』

『そういうこと』

 

動揺したのが、伝わったのか否か。

伝わっていたとしても、それはあまり意味のないことだ。お互いにとって。

 

「まーじか……」

 

手鏡を見れば、生まれつき消えない隈が試験勉強という名目の連日の徹夜によって更に増強されていた。

面倒くさいからと処理もしない腕の産毛は、冷房が寒すぎるのか鳥肌のせいで元気よく粟立っている。

Tシャツを捲れば、湿疹の痕が大量に残っていて。

MARTAという名前の自分の理想体とは程遠い現実。

否、MARTAも私の現実を体現はしているのだけれど。

右手にある台所では、母親が広告を気乗りしなさそうにぺらりとめくっては眺めている。

さもあらん、こんな昼間にタイムセールをやられたって灼熱地獄になっている車に乗り降りすることを考えれば気乗りはするまい。

なんとなくこのもやっとした寂しいとも言い難い感情に、覚えがある。

恋愛感情の方がまだ高尚であろう。

どちらかといえば、家族に捨てられやしないかといったような不安に近い焦燥。

寿が私のことをどう思っているかというのは知る由もないが、少なくとも私からすると友人というよりは家族に近い。

恋愛は人間関係をぶち壊すには最適の道具だ。

だから、私はあまり関わりたくない。

そろそろ、大人が夢見る子供の理想像レベルのぬるい慣れ合いは終わりにしなければいけないのかもしれない。

 

「買い物いってくるけど、あんたも行く?」

 

斜め右上から母親の声が降ってきた。

 

「んー、行かない」

「えー行こうよー」

「ポテチとゼロコーラと抹茶アイスが欲しい。あとサザエがあったら」

「少し運動した方がいいよー」

 

母親は嫌な顔をするでもなく、私の求めたものを買い物リストに加えて洗面所へ行ってしまった。

化粧が済めば出かけるのだろう。

どうせ、化粧をしたところでこの暑さでは化粧崩れが起こるに違いない。

ようやく、一人になれる。

ふー、と長く深く、息を吐き出した。

あ、歯医者に連絡するのを忘れていた。

キャンセルの予約をいれなくては。

スマートフォンを片手に、PCのフリーメールの受信ボックスを何の気なく開く。

そう、就活のメールが山のよう。

ころころとスクロールしていくと、妙にすっきりとした題名のものが届いている。

 

件名:MARTAへ。

君は、生まれる世界を間違えたと感じたことはないかい?

一行下には、URL。

 

「なにこれ」

 

さすがの私も頭の中の文字が声に出た。

これでR18サイトに飛んだら大爆笑である。

ええと、それともあれか?

ぶっ飛んだ性癖サイトとk……いやいやそんなはずは。

ウイルスソフトが効いているかを確認して、かちりとURLを踏んだ。

 

「……はい?」

 

これまたポップなかわいらしい色のチェス。

オンラインチェスらしい。

あえてMARTA宛てということは、昨日の噂を聞きつけてか。

 

「私チェスはそんなに、強くないんだけどなあ……四人制チャトランガで遊んだのが最後だし……」

 

二人零和有限確定情報ゲームの一つ、チェス。

それはオセロ、チェス、将棋、囲碁その他諸々。

全ての盤面を覚えていれば、運が介在する余地はない。

しかし、オセロは6×6で十の三十乗、8×8で十の六十乗、チェスは十の百二十乗、将棋ときたら十の二百二十乗、囲碁に至っては十の三百六十乗という盤面を頭に叩き込めれば、という話である。

まあ、私の感覚としてはオセロくらいならまだやる奴がいてもおかしくないが、チェスを全盤面読むなんて神様の所業である。

将棋、囲碁などもってのほか。

音楽を山のように放り込んであるメディアプレーヤーを開き、耳にイヤホンを突っ込んだ。

ランダムで音楽を流し始め、それからかち、とポーンを動かす。

人にはあまり言っていないのだが、オセロに関しては私はプログラム相手では負けない。

よほど寝ぼけていれば別かもしれないが。

全ての盤面を覚えているかと言われるとなんとも言い難いが、私は『一度覚えたものは忘れない』。

ただし、『覚えるのが速い』わけではないため、非常に非効率的な記憶媒体があるようなものだ。

更に、『忘れたくても忘れられない』というとんでもない弊害も持ち合わせているのだが、他の人間がそうではないらしいと最近知って驚愕している。

 

「ん……?」

 

なんで、こいつは味方が戻れないようにしたのだろう。

 

「プログラム……では、ないのかあ」

 

このタイミングなら、誰かが私の小手調べをしに来たと考える方が妥当か。

まったく、どうしてこうみなさん勝負にこだわるのやら。

かち、と手堅く駒を進めていく。

 

「うお、ビショップそこにきますか」

 

強い。めっちゃ強い。

なんだこの強さ。

え、実はこれ『  』が昨日のリベンジしてきてるとか?

まさかね?

すげえ追いつめられてる気がするんですが、どういうことだこれ。

昨日あたりから、その。

私の絶体絶命ピンチを無理やり引きずり出されるこの感覚、何年ぶりだろうか。

かち、と駒をナイトを動かして牽制に入る。

うっかりすると駒をとられまくって終わる。

試験というのは、驚異的な集中力で記憶の引き出しを開けて引きずり出し、繋げていく作業。

それを行ったばかりの脳はまだ興奮さめやらず、新たにやってきた勝負に対してばたばたと引き出しを既に開け始めていた。

母親は買い物に出たのか、気づけばいなくなっている。

居間には、私一人。

ゆるりと床を浸す冷たさは、クーラーのもの。

 

「ぎゃっ」

 

痛い、ルークがとられる。

ここを外したらクイーンがとられるし、ナイトも動かせない。

やばい。

どうしてくれる。

強い。

昨日とは違うやばさだが、やばい。

やばいって単語くらいしか思いつかないくらいにはやばい。

ポーンでナイトをとったが、全然戦況は変わらないどころかむしろ悪化している。

 

「悪手って相手にも効くってことだよね、うん」

 

相手がプログラムではないなら、だけど。

ビショップを動かし、どう考えてもキチガイな場所に置いた。

少なくとも2、3手先ではとても役に立ちそうにない位置。

ここでビショップをとらずに相手が防衛に回っても余裕で守れる位置。

相手が、長考に入った。

プログラムではないな、とようやくここにきて確信する。

少なくとも意味を考えてはいるはずだろう。

これだけ強い人だから。

私は私でやりたいことがあるのだが、素直にここでビショップをとられると実は痛い。

相手が私だったとしたら残念ながらビショップをとる。悪手だから。

相手がナイトを下がらせた。

 

「ああ、なるほど……」

 

できるかわからないが、賭けてみよう。

また、駒を動かす。

大分お互いの駒は減った。

ぎゃーすか言いながら、私も随分駒はとれている。

負けた方が、穏便に暮らせるだろう。

負けず嫌いで勝負を受けている方がまだ良い理由になるだろう。

……ああ、負けず嫌いになりたい。

 

駒は取り合いが続いているが、相手の方が手が強烈で押せ押せ状態が続いていてきつい。

なによりこの、『集中力』を引きずり出されるこの感覚がたまらなく不快だ。

目がちかちかしてくる。

グラフィックボードを通常のものに切り替えると、多少目が楽になった。

チェスを鮮やかな画面でやる必要は全然なかった。

上げたり下げたりを繰り返し。

 

『ステイルメイト!』

 

無機質な音が、イヤホンから流れた。

 

「っあー」

 

テーブルをばんばん叩きながらふと外を見やると、夕日がとっくに暮れていた。

無意識に食い散らかしていたポテトチップスと、空になった2Lゼロコーラ。

なんてアメリカンな不健康生活なのだ。

家から極力外出しない、隙あらばポテトチップスとコーラだなんて笑えない。

おかしいな、昼過ぎに起きたはずだったのに……とぼんやりと画面を見ながら思う。

対戦時間は、6:38。

時間制限なしだった結果がこれである。

心臓がどく、とおかしな動きをした。

カフェインジャンキーと呼ばれかねないほどのカフェイン摂取量。

否、カフェインくらいならまだいい。

そのうち胃拡張でも起こして飲むのをやめるし、心臓に負担がかかりすぎて限界がくる。

ぽた、と太ももが濡れた。

何かと思ったら、汗をかくレベルで熱中していたらしい。

気づいたら水を飲むのも忘れていたようで、若干脱水気味で頭が痛い。

タイミングを見計らったように、母親がお味噌汁はー、と声をかけてくる。

グットタイミング。

脳は糖分を使うのだから、糖分を補給しなければいけない。

もう、血中にケトン体が多くなってもいいからこのお腹の脂肪、そろそろ使ってくれないだろうか。

なんのためにゼロコーラを飲んでいると思っているのだ。

いや、正しくはゼロキロカロリーじゃないということは知っているとも。

イヤホンを外したが、音楽が流れっぱなしだった耳がキンキンする。

絶対耳の微絨毛がぶっ飛んだに違いない。

 

 

「さざえはー」

「あったよ。夜やったら」

「やった!」

 

スーパーにはお目当てのサザエが置いてあったようだ。

ほんのりと磯の香りが漂うビニール袋が目にとまり、立ちあがる。

今日の夕飯は、少し幸せになれそうだと思う。

あ、歯医者のキャンセルをするのを忘れた。

……明日でいいか。

雨戸を閉めるために立ちあがり、ふわりとした目眩が襲う。

こめかみに金属でもねじ込まれたような痛みが突き刺さり、『やりすぎた』ことを体が訴えていた。

自棄酒に例えるなら、二日酔いのようなもの。

母親に悟らせないよう窓をとろとろと開けながら、夏の夜空を見やる。

雨が最近降らないせいか、雲はないのにどんよりとしていた。

窓に遮断されていた熱気が、顔をぬるりと撫でた。




さてさて、少し短めでしたが。
続けられたら頑張って続けていこうと思います。
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