宇佐見蓮子は動かない   作:陰猫(改)

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蓮子、富豪村へ行く

「私がメリーに会う前の話が聞きたい?」

 

 親友であるマエリベリー・ハーンことメリーの言葉を反芻しつつ、宇佐見蓮子は困ったように頭を掻いてから考え込むように首を捻る。そんな蓮子に対して、メリーは続けた。

 

「最近の秘封倶楽部の活動内容って、私の夢の話か境界暴きで固定化しているじゃない。たまには蓮子が小さかった頃の話とかも聞きたいわ。

 蓮子だって何か特殊な体験しているんじゃないの?」

「え~。私はメリーみたいに不思議に満ちた夢なんて見てる訳じゃないし、メリーとの秘封倶楽部の話よりも面白い話なんて持ち合わせてないわよ」

 

 蓮子はそう言って馴染みのカフェでメインモニターのメニューからコーヒーをオーダーし、その間にメリーはいつものように遅れてやって来た親友のせいでぬるくなった紅茶で喉を潤すのであった。

 

「前から蓮子の事は気になっていたのよ。蓮子は私に会う前から、この科学世紀って時代の流れに疑問を抱いていたみたいだし、私と会う前に何らかのきっかけになった奇妙な体験を何回かは経験しているんじゃないかってね?」

「・・・ああ。成る程。なかなか面白い考察をするわね、メリーは」

 

 蓮子は推測で語るメリーにそう呟くと少し考えてから真剣な表情になって彼女を見据える。

 

「まあ、私もメリーほどじゃないけれども、星や月の位置から時間とかを把握出来るような目を持っているせいだったからか、確かに奇妙な体験をして来なかった訳じゃないわ。

 例えば、そうね・・・身近な話だと、そもそも金銭の工面って、どうしていたかとかはメリーも気にした事があったでしょう?」

「口に出して言わてみれば、確かにそうよね。私達、大学生とは言え、バイトらしいバイトをして来なかったもの。同人誌を作る時だってそうだけれど、バー・オールドアダムの時とかもそうだわ。同人誌で稼いでいたとは言えど当然、金額には上限があるもの。あんな上流階級の趣味の集いみたいな酒場へ行ける程のお金の工面とかを考えなかったわ。

 それにあの酒場の情報のコネだって蓮子が持って来た内容だし、貴女は少なからず確信めいたものがあったのね?」

「そう言う事よ。あんまり、この事は口に出して言いたくはないのだけれども、私にはちょっとしたコネって奴があるのよね」

「え?・・・蓮子。それって、もしかして、いかがわしい事とかで稼いでいるとか、そういうコネ?」

「失礼ね。そんな事してないわよ。まあ、普通に考えれば、確かにそういうのもあるかもだけれども、私のコネはそういう類いのものじゃないわ」

「ああ。そうなのね。それなら良かったわ。てっきり、そう言う話をされるのかと思ったわよ」

 

 頬を赤らめながら胸を撫で下ろす親友に笑いながら、蓮子は「話を続けるわよ?」と言って、どうやって金銭面などを工面していたかを語り出す。

 

 ───

 

 ──

 

 ─

 

 あれは私がまだ子どもだった頃の話よ。

 子どもって言っても頭が回るくらいの年齢だったかしらね。

 私の祖先はとある村に住んでいたとされているの。

 総人口的には十人にも満たないようなところだけれども私の父曰く、その場所に住む事は富と名声を約束されていると言う不思議な土地を持つ村だそうよ。

 ある時、その祖先の血を引き継いできたとされる親戚を名乗る人物から、その村への招待状が届いたの。招待されたのは父だけだったけれども私も子どもながらの好奇心って奴でついて行くってわがままを口にしたの。

 最初は父も困ってたけれども、最終的に大人しくしている事を条件に父は折れてくれたわ。

 こうして、わがままを通してまで連れて行って貰う約束をした私は現地へと父と共に向かう事になったのだけれど、いざ向かうとなってから激しく後悔したわ。

 父の車で数時間の移動──そのあとにこの時代になっても舗装とか未だにされていない未開拓のような山道を歩いて越えて、やっと到着したわ。

 そこが富豪村と呼ばれる場所だった。

 父がヘトヘトになりながら昔ながらのベルを鳴らして待つ事、数分経った後、その時になって思い出したかのように父が私に言ったわ。

 

「蓮子。くれぐれもマナーには気を付けるんだぞ」とね。

 私が「何故?」と聞くと父は「山の神様を怒らせないようにする為なんだとさ」と答えた。

 おかしな話でしょう? 顔もわからないような遠い親戚に粗相がないようにする為にとか、そういう現実味のある理由じゃなくて目に見えない何かを畏れているからって言う何とも科学世紀らしからない理由だからじゃない?

 

 当然、私も父の言葉が非現実的過ぎて冗談半分にも聞こえたわ。もしかすると父も子どもの私に分かりやすく喩え話を持って来たとか、そんな理由だったのかもね。

 でもね。それは門をくぐる事で、すぐに理解する事になったわ。くぐったその先には奇妙な気配って言うの?・・・とても科学世紀では説明が出来ないような神秘さを感じるような空気があったわ。

 そして、それと同時に何かに視られていると言う独特な気配も感じたわよ。気分としてはちょっとした実験用のマウスにでもなったかのような気分ね。

 視られる事に不快感とか圧迫感とか色々な感情がぐちゃぐちゃに混ざったかのような体感をしたわ。

 

 ──そんな感じに少し圧迫感とか緊張感みたいなものに気圧されていた時に玄関の扉が開いたわ。

 

「遠路遙々、ようこそお越しくださいました、宇佐見様。

 わたくしはこの屋敷の主様の元で働かせて頂いている者で御座います」

 

 そう言って現れたのは私くらいの年齢の子どもと同じ背丈の案内役らしい人だった。

 身なりはきっちりしていて、如何にも紳士的で丁寧な人よ。

 父もかしこまって慌てて挨拶をしたわ。

 

「お招き頂き、ありがとう御座います。此方は娘の蓮子で御座います」

「宇佐見蓮子です。よろしくお願いします」

「主様は寛大な御方で御座います。娘様はお招きしておりませんが、娘様の存在は大変喜ばれる事でしょう。ですが、宇佐見様。くれぐれもマナーにはお気を付け下さいませ」

 

 案内役の人がそう言うと私と父は屋敷の中へと招き入れられる。

 その間、訳のわからないマナーに気を付けつつ、私と父は案内役の人について行ったわ。

 屋敷の中はこれでもかってくらい綺麗で整っていたわ。丹念に掃除されて無駄なものが一切ない。

 寧ろ、一貫して和風に整っていて圧迫感すらも感じたわ。

 

「どうぞ。こちらでお待ち下さい」

 

 そう言うと圧倒されていた私と父は客間で正座して待たされ、案内役の人は襖を締めて何処かへと去って行く。

 待たされている間、私は慣れない正座に痺れを切らせて大の字に寝そべっちゃったわ。

 

 だって、そうでしょう? ここまで来るのにどれだけ移動とかしたと思う?

 子どもの私にはとても苦痛だったし、ここまで大人しくしていたんだから少しくらいの行儀の悪さにも目を瞑って欲しいじゃない?

 

 普段から父も正座なんて殆どする事がないから、私を見て胡座を掻いて待っていたわ。

 そうして、しばらく待っていたら先程の案内役の人が戻って来たわ。

 

 ──で、その案内役の人はなんて言ったと思う?

 

 

「申し訳ありませんが、此度の件はお引き取りを願う計らいとなりました。

 宇佐見様はここまで幾つかのマナーを破られております。どうぞ、お引き取りを」

 

 こんなものだから流石の父も私と顔を見合せてから困惑したわ。当然、父は「ここまで来て、それはないだろ!?」って食って掛かるように言ったわ。

 けれども、私はそれとは別に嫌な予感がしたわ。

 それは私が子どもだったから敏感に感じ取れた違和感だったのかも知れない。だから、これ以上は良くない事が起こる気がして不安になった私は父に「もう帰ろう」って言ったの。

 でも、父は父で何か他にも理由があったのか、いつもの父らしからない態度で食い下がったわ。

 そうしたら、案内役の人が「何かを得る為には何かを失う必要が御座います。宇佐見様、その覚悟はあると判断して宜しいですか?」って、おかしな事を言い出したの。

 

 次の瞬間、私の目は突然、見えなくなったわ。

 いきなり真っ暗になって不安と混乱で泣き出してしまったの。真っ暗になった世界で父を探したわ。

 困惑する父の声と落ち着き払っているあの案内役の人の声が響いた。

 

「主様は寛大な御方で御座います。今回は娘様の命までは取らなかったご様子では御座いますが、次はどうなるかご理解頂けましたでしょうか?

 如何致しますか、宇佐見様?

 これでもまだ再挑戦をご希望されますか?」

 

 案内役の人のその言葉に父はしばらく、沈黙していたわ。

 それから少し悩んでから父は再挑戦する事を願い出た。

 

 ──父は言ったわ。

 

「何かを得る為には何かを失うと言うのなら、逆もあるのだろうな?

 蓮子の──娘の目を戻す方法も当然ながら用意されているのだろう?」

「勿論で御座います、宇佐見様」

 

 父の言葉に案内役の人が答えるとしばらくして何かが置かれる音が聞こえた。

 

「この土地で採れたとうもろこしで御座います。此方をマナーの通り、お召し上がり下さい。尚、間違えた場合のお覚悟もお忘れになさらぬように」

「・・・待って」

 

 そこで私は頭をフル回転させたわ。なんとか、この場を凌ぐ方法を、私の為に何かを捧げようとしている父を助ける方法を。

 そこで私の頭は点と線が繋がって、ある事に気付いたわ。

 さながら、パズルのピースが揃って謎が紐解けたような感じに近かったわね。

 

「貴方はさっき、主様は寛大な方って言ったわよね?」

「左様で御座います。主様はまさに神そのもので御座いますから。故にこうしてチャンスをお与えになられたのです」

「そもそも、それがおかしいと思うわ。なら、此方からも主様とやらが破ったマナーを幾つか指摘出来るわよ?」

 

 案内役の人にそう告げた瞬間、私の視力が少しだけ戻った気がしたわ。

 だから、確信したの。この屋敷の主様とやらが、私の言葉に迷っている事に・・・私は指摘すべきポイントを説明したわ。

 

「まずは一つは来客の前に姿を現せなかった事ね。

 これが自分で招いた来客とかでなければ、粗相にならなかったかも知れないのでしょうけれども、本来であるのなら出迎えるべきは主様の方よね。

 来客をもてなすのも、この屋敷の主様の務めですもの。

 それとさっき、貴方は確かに私達にこうも言ったわね。"主様が中でお待ち"だって・・・なら、客間にその主様の姿がないのは矛盾しているわ。

 さらにもう一つ。マナーに対する注意や指摘がなかった事もそうだけれど、ルールの説明不足がしている事よ。マナー云々の前に主様が本当に寛大な方ならば、来客をもてなすのではなく、試すような真似をしてしまう事自体が致命的なマナー違反と言うものだわ。

 そもそも、科学世紀のこの時代に古いしきたりやルールを理解出来る人がいるとは普通ならば思わないでしょう。

 つまり、このマナーを守るルールにも矛盾が生じる訳ね」

 

 私は「なにより」と言ってだめ押しでトドメを刺してやったわ。

 

「最初に奪ったのが、私の目だと言う事よ。これも先程、貴方が言った事だけれども主様は子どもである私が来る事が喜ばしい事である筈なのでしょう。けれど、実際奪ったのは私の目よ。

 悪く言えば、子どもの目を奪う程、最低な方だと言う事ね。

 つまり、主様は寛大さを謳うのなら真っ先に私の目を奪う事自体、マナー違反をしている事になるし、人として最低な行為でもあるわ」

 

 だめ押しで私がそう告げた途端、視力が完全に戻った。戻って最初に目撃したのは、とうもろこしをフォークで食べようとする父と怒りで顔を真っ赤にした案内役の人だったわ。

 

「いくら、主様が寛大とは言え、それ以上は侮辱と捉えましょう。子どもとは言えど、それ以上は神々の怒りを買いますぞ?」

「本当にそうかしら? どうやら、貴方が思うよりも主様の方が余程、寛大で理解のあるみたいだけれど?」

 

 私はそう言うと父の袖を引っ張って、もう一度「帰ろう」と続けた。

 

「・・・何かを得る為には何かを失う。いま、この場で食事をやめる事に後悔されますぞ?」

「いいえ。お客をもてなすのではなく、試す事自体がマナー違反よ。これ以上、そちらが勝手に作ったルールに付き合う気は此方にはないわ」

 

 私は案内役の人にきっぱりと断言してやったわ。こうして、私と父は富豪村をあとにした。

 

 ───

 

 ──

 

 ─

 

「え? 終わり?」

「だから、メリーみたいな不思議な夢みたいな体験はしてないって言ったでしょう?──まあ、奇妙な体験だった事には違いないでしょうけれどもね」

 

 蓮子は残念がるメリーにそう告げると話の合間に机に置かれたカップに口をつけ、喋ってカラカラになってしまった喉をぬるくなってしまったコーヒーで潤す。

 そんな蓮子の言葉にメリーは釈然としない顔をしていたが、「ちょっと待って?」と何かに気付いたのである。

 何かを失う代わりに何かを得る。つまり、逆もあり得ると言う事である。

 蓮子は再挑戦の機会を失い、様々な物を得た。

 そうして、蓮子が如何にして現在の環境に落ち着いたのかも合点が行く。

 だからこそ、何を得たのかも全てに理由がつく。

 それ以上は話す気がないのか、蓮子はカップを置いてメリーに笑った。

 

「さ、私の話はおしまいよ。そろそろ、私のじゃなくて、私達の秘封倶楽部をはじめましょう」

 

【蓮子、富豪村へ行く・完】

岸辺露伴は動かないのオマージュ作品ですが、元になったタイトル作品を知りたい方いますか?

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