宇佐見蓮子は動かない   作:陰猫(改)

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蓮子と赤い栞

 幼少期の頃から宇佐見蓮子は他の同年代の子どもよりも頭が回転が早かった。

 その頭脳故に優秀な成績を修め、コミュニケーション能力すらもが大人すら顔負けに秀でていた。

 しかし、原因で起こったのは陰湿ないじめである。優秀過ぎたが故に宇佐見蓮子は悪目立ちし過ぎてしまったのだ。故に同年代同士におけるいじめの格好の的とでもあった。

 これをきっかけに蓮子は外部との接触を極力、避けるようになった。そして、当然のように不登校の日々が続くようにもなった。

 なによりも蓮子は自分の方がいじめをする同年代よりも大人であるから馬鹿みたいな事に首を突っ込む事自体が馬鹿らしいと自負のようなものを抱いていた。

 そんな蓮子の日々の空白さを埋めたのは紙媒体の本を扱う図書館の存在であった。

 蓮子にとって本に囲まれたこの生活は同年代とのギスギスした関係を我慢して登校を続ける学校生活よりも何倍も魅力的で知的好奇心を刺激されるものであった。

 故に蓮子が図書館に顔を出すのはほぼ日課となっていた。

 

「いらっしゃい、蓮子ちゃん。今日も本を探しに来たのかい?」

 

 受け付けで佇む気だるそうな女性に声を掛けられ、蓮子は「はい。そうです」と答えると目当ての本の在庫データを調べる為にタブレットを手にする。科学世紀でだいぶ発展したとは言え、この図書館は若干、古いスタイルの図書館であった。そもそも、デジタルの書籍データではなく、紙媒体を貸し出ししている段階で国宝級の代物を扱っているに等しいものである。

 それを貸し出ししているのだから、この図書館の在り方は本来、正しいと言えないものであったが、そんな事をこの時の蓮子は少しも不思議に思う事もなく、それが当たり前なのだと言う認識であった。

 その為にいつものようにタブレットをタップ操作で目当ての本のタイトルを探して貸し出しするのはいつもの事であり、蓮子にとって退屈な日常を塗り替えてくれる一幕でしかなかった。

 しかし、今回は何故かキーワードを検索しても蓮子の探している物に該当している本がなかった。そこで諦めないのが宇佐見蓮子である。

 データで見付からないなら、普段から受け付けをしている女性に聞けば良い。

 もっとも、データ管理が人の手を離れているので聞くだけ意味がないかも知れないとも蓮子は思っていた。

 蓮子はダメ元でやる気に欠ける受け付けの女性に声を掛ける。

 

「すみません。ちょっと探している本があるんですけれども良いですか?」

「ええ? データ管理内でも見付からない本でしょう?・・・面倒臭いなあ」

 

 こんな女性でよく大丈夫だったなと思いつつ、蓮子は「そこをなんとか」と食い下がる。

 

「ああ。はいはい。蓮子ちゃんは常連さんだし、本当に無下になんてしないよ。

 それで? そんな蓮子ちゃんが求めている本っていうのはどんなものかな?」

「岡崎という教授の書いた本です。確か、前に来た時にチラッとタイトルを何処かで見たと思うのですけれど・・・」

「岡崎って教授、ねえ。残念だけれども、岡崎って名前の教授は何人もいるし、書籍化されているのは幾つもあるから蓮子ちゃんの目当ての本ってのがあるかどうか解んないねえ。他に特徴とかあるか覚えている事とかあるかな?」

「えっと・・・確か、全ては統一原理に基づくとか、そんな内容のタイトルだったと思うのですが」

「ああ。成る程。それなら、きっと岡崎夢美って教授だったかしらねえ。科学世紀でも稀に見る変人だけれども・・・蓮子ちゃんもかなりマイナーな本が好みなんだねえ?・・・お姉さん、蓮子ちゃんの将来が心配だよ」

 

 受け付けの女性は冗談めかしにそう言って笑うと机の引き出しからアナログ式の館内地図を取り出して広げる。

 

「ええっと、確か、このLの16って棚にあった筈だったと思うよ。そこに置かれている棚の本って言うのは少し訳ありでねえ。貸し出しは出来ないけれど、読む分には構わないよ・・・多分」

「わかりました。ありがとうございます」

「ああ。そうだ。赤い栞を挟んであるページから先は見ちゃ駄目だよ。赤い栞が挟んであるって事はそれ以上を読んじゃ駄目だって意味だからね。

 赤って言うのは止まれって意味のサイン。この先は入っていけないって言う危険信号みたいなものだからね。まあ、蓮子ちゃんは賢いから大丈夫だよね?・・・ああ。よく考えてみたら逆かもね。賢いから読みたくなってしまうのかもねえ」

「その赤い栞は好奇心は猫を殺すって意味で駄目って事ですか?」

「そうだよ。よく知っているね?──でも、それがただの猫ならまだマシな方さ。私は子どもはどちらかって言うと苦手な方なんだけれども蓮子ちゃんみたいな小さくて本を汚さない常連さんは大歓迎だよ。だからこそ、蓮子ちゃんみたいな子はなかなか、いないからね。何かあってからじゃ遅いからさあ。

 だから、これはお姉さんからの忠告って奴さ。くれぐれも気を付けるんだよ?」

 

 受け付けの女性の言葉を冗談半分に受け流しながら蓮子は「わかりました。ありがとうございます」と頭を下げて、その足でトテトテと早歩きで目当ての本を探しに向かう。

 

 Lの16と呼ばれたエリアは周囲に人の気配が全くなく、何かあった時に助けを呼べない場所であった。あまり長居したいとは思えぬ空気を醸し出していたその場所で蓮子は棚に並べられた本のタイトルに目を走らせる。

 

「あ、あった!」

 

 蓮子は思わず、慌てて声を上げてから周囲に気を配る。この辺りはまだ蓮子も子ども故に知的好奇心を自制する程に抑えられる程ではなかった。蓮子の背では届かないのを分析し、近くの台を持って来ると蓮子は背伸びをして目当ての本を棚から手にする事に成功する。

 その小さな喜びを噛み締めつつ、蓮子は改めて本の著者を確認した。

 岡崎夢美については科学世紀のネットワークの検索ワードにも出て来なかった。だからこそ、この本を目にした時に蓮子は宝物を見付けた子どものように興味を持ったのであった。

 

 しかし、いざページを捲ってみると内容がちんぷんかんぷんで蓮子には理解出来るものではなかった。

 さしもの蓮子の頭でも何故、岡崎教授が統一原理を唱え、魔力と呼ばれる力に興味を持ったのかなどと言う理由などが意味不明でさっぱり解らなかった。

 けれども──否。だからこそと言うべきか、蓮子は科学で解明が出来ないようなこの空想上の内容にハマった。科学的であって非科学的で論文として纏まっている何処かチグハグで──けれども読めば読む程、その本の内容に面白さを感じ、蓮子は取り憑かれたように魅了され、その本の内容を読み耽ったのであった。

 しかし、ある程度、興奮しながら読み進めているとページの間に挟まれた赤い栞が蓮子の目に飛び込んで来る。

 

 ──血のように真っ赤な錆色の栞。

 

 これが先程、受け付けの女性が言っていた赤い栞なのはなんとなしに理解出来た。

 さしもの蓮子もそんな栞を見て、一瞬だけ読み進めるのを躊躇う。

 だが、こんなにも心躍る本もそうはないのは確かである。蓮子はその栞を無視して次のページをめくろうとした。すると赤い栞がまた入っていた。それも一枚や二枚ではない。

 それは本に挟まれたにしては分厚く、異常な量であった。

 

「うわっ!?」

 

 思わず、驚いて本を引っくり返すと落ちた本が出血でもするかの如く、赤い栞が大量にバラバラと本の中からぶちまけられる。しかも、そこから溢れ出るかのように栞が出て来るので、あまりの異常な現象に蓮子ですらも恐怖を覚えた。

 

「あーあ。だから言ったじゃないの、蓮子ちゃん?」

 

 そんな蓮子の背後から聞こえた声に振り返ると受け付けの女性がまるでこの事態を予測していたかのようにほうきと塵取りを手に佇んでいた。

 

 ──そこで蓮子はある重要な見落としに気付く。

 

「・・・貴女は誰? いつもの受け付けのお姉さんはどこ?」

「さっきも言ったじゃない。好奇心は猫を殺す。赤は禁止って事だってさ。

 好奇心が殺すのは何も猫だけじゃないんだよ?──約束を破ったいけない子はどうなるんだろうねえ?」

 

 普段の受け付けの女性とは異なる気だるげな女性はそう呟くとゆっくりと蓮子に歩み寄る。

 蓮子は不安と恐怖を感じながら後退し、背中を本棚にぶつけた。

 いま、この事態は蓮子にとって非常事態だと言う事に──そうして、思い出す。かつて、富豪村で体験したあの時の事を。

 非常事態だったが故にか、それとも危機的状況だからこそだからか、蓮子の脳は未熟ながらも大人顔負けのその思考力で打開出来る案を巡らせた。

 

「ねえ、好奇心で猫は殺される訳よね?・・・でも、私は人間よ。人間は知的好奇心を抑えられない生き物だわ。

 そして、好奇心故に人間は進化して来た。好奇心を忘れた人間なんて、この科学世紀に疑問を持たない人間と同じよ。

 結論づけてしまった哲学からは一生、出れない。だからこそ、私は進むのよ。

 科学世紀と言う名前に取り憑かれたこの時代に抗う為にね」

 

 そんな答えを導き出して断言した瞬間、蓮子の視界がプツンとブラックアウトし、その意識が闇へと沈んで行く。

 

 これはあくまでも賭けであったが、それと同時に蓮子が普段から抱いている疑問に対する解答であった。

 それ故に闇に沈む蓮子は失敗したかの不安を抱きながら、そのまま意識を失う。

 

 ───

 

 ──

 

 ─

 

 目が覚めた時、蓮子は図書館の机にうずくまるようにして突っ伏していた。

 上体を起こして周りを確認するが図書館の雰囲気の空気は先程と異なり、普段から通っている通りのほのぼのとした空気を醸し出していた。

 いまのは夢だったのだろうかは定かではないが、夢にしては一言一句を覚えていたのが、蓮子とっては不気味なものであり、より現実的なものを感じさせた。

 なによりも彼女を恐怖させたのが、スカートに落ちた栞であった。その栞は先程、見た真っ赤な錆色の栞であったのだ。

 

 ──このまま、ここにいてはいけない。

 

 先程の体験を思い出し、蓮子は逃げるようにして図書館を後にしたのであった。

 

 それから数日後、蓮子は以前のように学校に通学するようになる。

 相変わらず、いじめ関連はあったが、あの体験のあとにはいじめなど取るに足らない問題となった。

 寧ろ、大人ぶるのをやめて、子どもらしく喧嘩する方が手っ取り早いと気付いたのだった。

 これが問題として校内で取り上げられる事になり、大人の目や教師の目にも止まる事になって陰湿ないじめが公になった事により、蓮子にいじめを行っていた周囲の子ども達が次々と厳重注意されたり、転校したりと騒がしくなり、いじめに対して放任していた担任教師も変わったりと蓮子自身が行動する事で周りの環境がガラリと変わったのであった。

 

 更にその数ヵ月後に例の図書館は解体され、科学世紀らしく新しい電子書籍データを扱う図書館へと生まれ変わる事となる。

 一度だけ、新しくなってから蓮子はその図書館を訪れたが、岡崎夢美と言う人物の書いた本はデータから抹消されていた。

 いや、最初からそんな著者の本はなかったかのように受け付けに聞いても誰も知らず、更に進歩した科学世紀の検索ワードでも岡崎夢美と言う人物が書いた本の情報は見付からなかった。

 あれは結局、夢だったのだろうか、未だに蓮子には解らない事であったが、このような体験を通して蓮子の運命は大きく変わった。そして、いまでもあの時の自分の言葉を時折、思い出す。

 あれが夢なのか、現実なのかはわからないし、あの時、口に出した言葉は本当に正しかったのかどうかもわからないが、少なくともいまの自分を作るきっかけとなったのは事実である。

 そうした思いを胸に秘め続けながら成長して行き、蓮子は京都大学へと通うまでになって、マエリベリー・ハーンと運命的な出会いを果たすのだが、それはまた別のお話である。

 

 

【蓮子と赤い栞・完】

岸辺露伴は動かないのオマージュ作品ですが、元になったタイトル作品を知りたい方いますか?

  • 気になる!教えて!
  • 自分で調べるから大丈夫
  • 知らなくても面白いけれど、興味はある。
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