宇佐見蓮子は動かない   作:陰猫(改)

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蓮子、天国へ到達する。

 ──天国に到達するにはどうしたら良いのか?

 

 親友であるマエリベリー・ハーンと七夕坂のやり取りを終え、論文発表が一区切りした後、宇佐見蓮子は天国に到達する方法の記された日記に目を通す。

 

 必要なのは位置と時間、14の言葉、罪を犯した36人の魂など緻密に記されている。

 勿論、幾ら宇佐見蓮子でも36人分の魂など集められようもない。

 

 しかし、その緻密な内容には興味を持つものがあった。

 

 故に宇佐見蓮子はそれを確かめるべく、大学卒業後に海外へと飛んだ。

 今回もマエリベリー・ハーンの同行はない。これは秘封倶楽部の活動ではなく、宇佐見蓮子の個人的な研究家としての興味であった。

 

 ところどころ、意味の解らぬ内容もあったが、そこはマエリベリー・ハーンの特異な能力でカバーして貰う事にした。

 秘封倶楽部でも異界の存在は知覚出来たが、このような方法で到達する天国と呼ばれるモノは如何様なものなのか・・・生命が終わりを迎えて到達する天国と何が違うのか。

 もしかすると宇佐見蓮子自身が体験を元に書いた論文の内容とは違う世界の在り方が存在するのならば──宇佐見蓮子の中で何事においても優先すべき事は彼女自身の中で事象を観測して納得する事であった。

 

 記されている位置は正しいが過ぎてしまった時間は代用出来ない──ならば、周期を待てば良い。

 そうして、宇佐見蓮子はその時が来るのを待つ。

 

 かくして、少女を中心に世界自体が加速し、宇宙の法則が一巡する──

 

 ───

 

 ──

 

 ─

 

 

 

 帰国後、宇佐見蓮子は次のようなアナログでの論文を記す。

 

『私は天国へと到達したが、そこは誰もが思う幸せの世界ではなく、粒子加速における世界の再生と循環であった。

 それを察して私は天国に到達する前に儀式を辞めた。

 粒子の加速における世界の一巡は確かに生と死を繰り返す循環としては覚悟を決める事で幸福に至るだろう。

 しかし、筆者が思うにそれは例えるのなら現在の科学世紀において進化も発展もないと論じているのと同じではなかろうか?

 このような方法で到達するサイクルは即ち、我々が真に到達すべき進化なき科学の衰退に享受せよと言われているに等しいのではなかろうか?

 真に我々が目指すべき世界とは惰性に過ごす日々を指し示す事柄なのか?

 

 

 ──少なくとも筆者である私はこれを否定する。作られたサイクルでの日々は安心するだろうが、結果だけが全てではない。

 それに至る過程も重視せねばならない。惰性な日々の享受では進化がない。

 生命とはその道へ至る過程を乗り越えて初めて進化を体現する。循環するサイクルだけでは真の幸福も過程への意欲も失ってしまうだろう。

 必要なのは進む意思である。今後の未知を理解する為にも我々は循環するサイクルだけではいけないのである。

 故に私──宇佐見蓮子はこの天国への到達に対して否定的である。

 筆者が先に記した論文における異界として見ても、いち研究者としてみても、今回の天国への到達は必ずしも人を幸福にはさせないだろう。

 循環するサイクルだけでは人間は退屈してしまうものなのだから。未知を発見し、触れる事が我々を成長させる。

 同じサイクルだけでは人間として、生命として真の成長は望めない。

 故に今後、筆者と同じ方法で天国を目指す者は心せよ。真に我々が目指すべき世界はこのようなものでないと・・・。

 

 

                By.宇佐見蓮子』

岸辺露伴は動かないのオマージュ作品ですが、元になったタイトル作品を知りたい方いますか?

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