第1話 始まりの日
丸テーブルのスタンドの上には、富を象徴するかのような超高級店のスイーツの数々が並んでいる。そして、紅茶も上等なものを専属のメイドが手ずから淹れたものである。
セレブ感溢れる、狙いすぎとも言えるだけの高級な雰囲気のお茶会がそこにあった。座るのは二人の貴人。
「あは☆。ナギちゃんとお茶会するのは久しぶりだね。ちょっと前までは毎日のようにやっていたのにね?」
聖園ミカ、宇宙のような
ニヤニヤとからかう様な笑みを浮かべているが、目の奥には警戒の光が剣呑と宿っている。
「久しぶり、というほどのことでもないでしょう。42時間前にもミカさんとご一緒させてもらいましたから」
ニヤニヤと笑いを浮かべるミカの前に座るのは桐藤ナギサだ。やはり翼の生えた、しかし頭の上のヘイローは普通寄りの穏やかな銀髪の美少女である。羽には特に飾り物はついていない。
優雅に笑顔を浮かべながら、しかしその瞳に油断はない。心の奥まで覗き込むような深淵を宿す瞳で彼女を見つめる。
「セイアちゃんが居た頃は毎日やってたよね。まあ、前から体調不良で来れないことが多かったけど……とうとう三つ目の席を出すのもやめちゃったんだね」
「――そうですね。来れない方の席を出しておいても、意味がありませんから……」
気まずい空気が満ちる。セイアが居た頃は喧嘩のようになることはあっても、こんな居たたまれなくなるようなことはなかった。
あの時から、歯車は狂い出していたことをミカは自覚する。それでも止まれないから、笑顔の裏で二人は己の目的に向かって邁進する。
(それも、全ては私のせい。私が、あんなことをしてしまったから。……だからこそ、止まるわけにはいかない。ナギちゃんが忙しくしているうちに”計画”を進めないとね。お茶会があると私の行動が縛られるけど、逆にそれはナギちゃんを縛れるということでもある。ナギちゃんの現状を、ちゃんと聞かせてもらわきゃね)
ミカは内心暗いものを抱えながらも、表情は努めて明るくする。それが元からの
ナギサの疑心暗鬼が向かない内に、できることはしておかないといけない。
「そういえば一昨日ぶりだったね。最近ナギちゃんが忙しいせいでケーキを食べれてなかったから嬉しいよ☆」
「私のお茶会はあなたにタダでスイーツを食べさせるためにあるのではありませんよ。ミカさん」
「あはは。でも、スイーツ食べすぎると体重に響いちゃうからね。ナギちゃんは大丈夫? 忙しいからって夜中に紅茶とケーキを食べたりしてない? そういうの、乙女にとっては一番の敵なんだよ」
「あなたに心配されることではありません。そもそもいくら私でも夜中にスイーツを頂くことなどありません。我慢できなくなって夜中にコンビニにプリンを買いに行くような、自己管理ができないあなたとは違うんですよ、ミカさん」
「ちょっと、ナギちゃん! なんで知ってるの? 誰にも内緒にしてたのに」
「……本当にやっていたのですか? まあ、あなたならやりそうですが」
鎌をかけられた、とミカは唖然として、すぐに頬を膨らませる。
「むう、ナギちゃんってば要らないことばかり鋭いんだから。そんなんだから腹黒紅茶なんて呼ばれちゃうんだよ。やーい、ナギちゃんの腹黒おデブー☆」
「ミカさん、あまり妙なことばかり言っていると……その口にロールケーキをぶち込みますよ」
ごごご、と黒い圧力が立ち上った。慣れているミカはこわーいなんて言いながら圧力を受け流して、紅茶を一口飲んで仕切りなおそうとカップを持ち上げる。
「――ッ!」
目を見開く。何かが、来た。
「痛……ッ!」
頭を押さえる。カップを取り落して、ガシャンとテーブルの上に破片と紅茶が広がって。そう、それはまるで血のように鮮やかな赤がテーブルの上に広がった。
「あぐ……うっ!」
頭に流れ込んできたそれはまるで暴力だった。知らないはずの記憶が流れ込んでくる。頭が痛む。……それは未来の記憶。
失敗を取り返そうとして、しかしその選択すらも失敗に他ならず――その果てには”魔女”と呼ばれ、ティーパーティーからも放逐される悪夢のような未来。
自らの過ちは親友と思っていたナギサの命すらも脅かし、全てを失った結果として憎しみに囚われた自分はかつて親近感を覚えたサオリを殺そう/殺されようと彼女を追跡した。
けれど、その間違いの物語の最後にも救いはあった。全部の選択肢を間違えて、悪い結果が積み重なった最後の最後――”先生”が来て、私たちを救ってくれた。
あの人が居たからセイアちゃんは帰ってきた。あの人が育てた補習授業部の絆が、ナギちゃんを魔の手から救ってくれた。あの人が、歴史の闇に消えた影に潜む怪物を討伐した。
黒幕……サオリと『アリウススクワッド』を使ってキヴォトスを相手に何かをしようとしていた悪意の根源。トリニティがトリニティになるための生贄として消費されたアリウス分校。その長年に渡る憎悪すらも塗り潰し、己が手足として利用した”真の敵”。彼女すらも先生は倒したのだ。
「――ナギ……ちゃん。私は……」
その【未来】を知って、ミカは倒れた。
「ミカさん!?」
ガタン、と立ち上がり倒れた彼女に駆け寄る。飛び散った紅茶で制服が汚れるのも構わず抱き上げて呼吸を確認する。
「ミカさん、生きてますか? まさか、紅茶に毒が? でも、カップも茶葉にも何かを仕込めるような隙は残してないはず。……誰か! 誰か来なさい!」
とりあえず、息はしている。青い顔をしているが、毒を飲んだ様子でもない。命に別状はなさそうだと、安心して。
(何が起きたのでしょう? セイアさんを殺した敵がミカさんまで手にかけた? けれど、謎の敵に対しては警戒していたはずなのに!)
「ナギサ様! どうされましたか? ……ミカ様?」
扉の前に待機させておいた子が駆け付けた。特に心配している様子もないのが腹が立つ。むしろ、とうとうやっちゃったのかという目をしている。
確かに理由はある。ここでミカを毒殺すればホストは永遠にナギサのもの……まあ、そんな短慮が実際にうまくいくはずもないが。
「すぐにミカさんを保健室に運びなさい! 私もそこで待機します。テーブルの上にあるものはカップごと廃棄なさい」
「は! 承知しました!」
ドタバタと、忙しい足音が聞こえる。命令を忠実に果たしているのだろう。指示は出した。ミカの頭を膝の上に乗せて、心配そうに寝顔を見つめる。
そして、保健室で2時間ミカの寝顔を見ながら過ごしたナギサ。そこにいた救護騎士団に診察を頼んだが……幸い、眠っているだけと診断された。
ナギサは目線をミカの苦しそうな寝顔から離さずに私兵と会話を交わす。
「私のカップと茶葉に毒は仕込まれてはいなかったということですか?」
「はい、巡回はつつがなく実行されていました。また、不審者が居たということもなく……あの、誰かが触れたということはないかと」
会話中に、ミカが目を覚ます。きょろきょろと辺りを見渡して、きょとんとした顔でアホなことを言う。
「ううん。あれ、ここ保健室?」
ぽややんと口元に指を当てて周囲を見まわしているミカ。なんて警戒心のない、と殺意が生まれたがナギサは努めて冷静な顔を保つ。
「はい、覚えていますか? あなたは私とお茶会をしている最中に倒れたのですよ」
「あれま。うん、大丈夫だよ。ナギちゃんが心配しているようなことはないよ。ちょっと寝不足だったみたい☆ 今は元気だよ」
ベッドから身を起こして、ぐいぐいと身体を伸ばしているミカ。それを見る限り、どこにも悪そうな様子はない。
元気そうな様子にナギサは一安心する。
「ですが、今は何ともないとしても気絶するのは大事ですよ。何か病気かもしれませんし、ここは一度ゆっくりと休んだらどうですか?」
「セイアちゃんみたいに?」
軽いウィンクをしながら、冗談を言うときの顔で言った。
「――ッ!」
ナギサの表情が険しくなる。”それ”は冗談で済む言葉ではなかった。それこそ、ナギサの一派がこれを口実に暗殺ないしは投獄でも狙っているような言い分だ。
こんなことを言われてしまったら、どうしようもない。
「ううん、ちょっとね。とある少女漫画を読んでたら夢中になって徹夜しちゃったんだ☆ もう、ナギちゃんのお話がつまらないから寝ちゃったよ」
「……ミカさん。あなたは。……いえ、これ以上隙を見せる気はないということでしょうね。ええ、その方が良いでしょう。あなたは少し疲れて眠ってしまっただけ。そういうことにしましょう。あなたも、良いですね」
ナギサが怖い表情をしながら、脅迫さながらに……実際に脅迫なのだが居合わせた救護騎士団のメンバーに圧をかける。
「は、はい! 私はミカさんが眠いと言うのでベッドをお貸ししただけです!」
ビシリと気を付けしながら返した。
「では、夜も遅いことですし寮に戻りましょうか」
「そうだね。今日はごめんね☆ ナギちゃんの長い話を聞けなくて残念だったよ。ばいばーい」
おどけて、分かれて帰る。
「ミカさん……私は、あなたを殺させはしません」
本人は聞こえないだろうと思って呟いた言葉が聞こえてしまった。
「あはは。ナギちゃんは本当に純粋で優しいね。私に、そんな価値があるはずないのに……」
思い出したのとは違う。なのに、思い出したという感覚だった。未来を知る――それは古今東西の権力者が望むことで、セイアの権力を担保していたのもその力だった。
けど、セイアはその力を誇ったことはなかった。いつも厄介な力だとぼやいていた。未来を知った今、その言葉が実感として分かった。
「セイアちゃんは凄いね。嫌味ばっかりで、話していると殴りたくなってくるけど、本当に殴ったら死んじゃいそうな虚弱なセイアちゃん。あなたは未来を知っていても、あんなに笑っていられたんだね。ねえ、セイアちゃん。私はどうしたらいいのかなあ」
ミカは力なく宙を見つめながら、しかし手元ではモモトークを素早く動かしていく。傘下の生徒を使って情報収集をする。
牢獄の中に居た時とは違って、まだ権力は持っている。全てを諦めるくらいなら、始めから動いてなんかいない。まだ、手はある。諦めるなんてことはしない。
「――先生。全てを解決してくれたあなたなら、何とかしてくれるのかなあ?」
すぐに答えが返ってくる。配下に先生を探させた。
前からシャーレという組織には目を付けていた。連邦生徒会長が遺した、権威はあるが
だから、ミカがそれを探すのは不自然ではない。秘密裏に情報を入手して、今日も秘密裏に最新情報を入手しただけの話。それは重要度を上げただけ、誰かに悟られるヘマはしていないはずだ。
「……え?」
だが、予想もしてない答えが返ってきた。
「行方不明……? うそ……」
先生はシャーレに着任してから数日、着々と連邦生徒会のお膝元で半分便利屋のように名前を上げていた。
そして、アビドスに向かうと報告書を上げてから、その消息を絶った。今日を入れて2日目だ、なのに続きのニュースがないのだ。
「うそ……うそ……うそだよ。なんで? 私、未来を思い出しただけじゃない。先生が悪いことになるような、そんなこと一つもしてないはずなのに」
手が震える。吐き気がする。絶望感でめまいがする。
もっとも……それは単に”覚えていない”というだけだった。思い出した未来はミカの記憶だ。ゆえに、そんなことがあったことを知らなければ思い出せるはずもない。
アビドスに向かった当日から報告書が三日分途切れている、それはミカが知らないだけで史実でも同じだ。
ただ、それを分からないミカがパニックに陥っているだけの話だった。
「だめ……! だめだめだめ。先生が居ないとどうなるの? セイアちゃんの意識は戻ってこない。ナギちゃんだって、補習授業部がないと命が……!」
泣きそうになりながらスマホを操作する。報告書を調べるだけじゃない、配下を使って直接先生の足取りを調べさせる。
どうか生きていて、と祈りながら報告を待つ。何かがあればネットに情報が乗るはずだ。それを人海戦術で調べる。
「――」
けれど、返ってくる報告は”見つからない”とばかり。まさか現地にまで調査員を派遣するわけにはいかない。そんなことは『ティーパーティー』の、仮にホストであっても無理だろう。少なくとも、根回しのために一日は時間が要る。
「……先生!」
だから、ミカは居ても立っても居られずに飛び出した。最後に目撃証言のあったアビドスの駅に向かった。
深夜にも関わらず、捜索を開始する。ただ、先生が居ないとハッピーエンドにはたどり着けないから。
先生が数日遭難していたのを2日間に変えたのは、4,5日アビドスで失踪して心配するのは当然だから。ここはキヴォトスだから、例えばユウカあたりの先生ラブ勢でも2日は「迎えに行ってあげなきゃ」で命の心配はしないと思います。
モモトークあたりの精神がボロボロになったミカが未来の記憶と一緒にインストールしたから哀れにも涙目で慌てふためいているわけですね。味方になった瞬間雑魚になるRPGあるあるのデバフはありませんが、弱くなったミカはちょっとしたことでネガティブになり過呼吸になって倒れてしまいます。
ミカの泣き顔は本当に可愛いですね。