サイドストーリーズ:プールの一日
「あー。暑いな……」
とある日、先生は流れ出る汗を拭いながら金持ちの別荘に足を運んでいた。まあ、トリニティでは珍しくもない豪邸だ。
特にためらうこともなく、呼び鈴のチャイムを鳴らす。
先生、などと名前がついていても実際のところは各校の調整屋兼カウンセリングが主な仕事になっている。だからこういう外回りばかりやっているのだ。
もっとも、訪ねた先が豪邸なのは、そこはトリニティの特色になるが。
〈はい。どちら様でしょうか?〉
「私だよ、先生だ。その声はアンジュちゃんかな?」
〈すごい! よくわかりましたね〉
「はは。君はよく案内してくれるからね。ナギサは居るよね? 時間があるなら顔を出して欲しいと頼まれていてね」
〈はい。話は聞いています。今行きますので少しお待ちください〉
「ああ。ありがとう」
先生の目の前で門が自動的に開いたので、入って待つ。すぐに彼女が小走りで走ってきた。
「別に走らなくても良かったのに」
「あはは……ついついやってしまうんですよね。――ふう」
彼女はハンカチで汗を拭う。うなじがちらりと見えたのを、先生はおくびにも出さずに盗み見る。
勝手知ったると言ったばかりに歩いて行く彼女に歩調を合わせて付いて行く。
「最近は暑くなっているからね。外で動くのも大変だ」
「私は大体屋内に居させてもらってますけど、先生は?」
「私かい? 私は、ほら人と顔を会わせるのが仕事だから」
「でも、危険なところにも首を突っ込むのでしょう? ナギサ様が心配してました」
「はは。……ナギサも、それにミカも心配性だからね。今日はミカも居る?」
「はい。セイア様も来ております」
屋敷の中に入る。ひんやりと冷えた空気が身体を撫でて心地が良い。そのまま進んでいく。
「――? 今日は地下かな」
「はい。地下のお部屋でお待ちですよ」
「そっか、珍しいね」
「では、こちらです」
扉を指し示す彼女。しかし、違和感を覚えた。
「……」
すぐに気付いた。いつもは彼女が扉を開けてくれていた。つまりは、びっくりさせようと何かイタズラを企てているのだろう。
生徒のかわいいイタズラは喰らってやるのが先生の務めだろうと、気軽に扉を開いてしまう。
「な……ッ! ミカ!?」
驚愕した。扉の前で出待ちしていたミカは、なんとビキニを着ていた。彼女はとんでもない戦闘力を持っている。彼女の肉体美が晒されているのだから、息も呑んでしまう。
ニヤリと、イタズラ成功の笑みを浮かべるのだが――その調子に大きな胸がぷるんと揺れて目が離せない。
「おやおや、先生はミカちゃんの水着姿に夢中かな? こちらに目線もくれないのでは、寂しくなってしまうよ」
「……セ、セイアッ!? え、その恰好は?」
ミカは確かにすごい恰好だった。が、セイアのは度が過ぎている。――黒いビキニ、というがそれはもはや紐だった。
それが、プールに浮いた浮き輪の上でぷかぷかと浮かびながら恥ずかしげもなく見せられていた。
「セイアちゃんの恰好は、さすがにどうかと。あの、先生? 私も、少し勇気を出して水着を新調してみたのですが……どうでしょう?」
ナギサはプールサイドのビーチベッドに寝そべっていたが、身体を起こして先生の方まで歩いてくる。
「ああ、うん。ナギサの白い肌に映えて、とても綺麗だよ」
「……あう。ありがとうございます」
ナギサはニコリと微笑む先生の誉め言葉にあっけなく撃沈し、顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。
「ちょっと、ナギちゃんばっかりズルい! 私にも、何か感想はないの!?」
むがー、とミカが文句を言う。
「うん、ミカも綺麗だよ。青なんだ、でも涼やかで健康的で、ミカらしい魅力が詰まったいいチョイスだね」
「……うわ。そ、そんな直球に褒められちゃうと、その……照れる」
一瞬で鎮火し、ナギサの横で真っ赤になりながらぷるぷると震えている。
「それで、私はどうだい?」
「ああ、セイアは……セイアは寒くない? 大丈夫?」
「――二人とは随分と違うものいいだ。これが戦闘力の差というものか。……もう少し肉を食べる必要があるだろうか。……いや、ナギちゃんもあれで中々あるのだから紅茶をキメれば良いのか……?」
プールに浮かぶセイアは空を仰いだ。
「まあ、空調も利いてるし――三人とも風邪はひかないように気を付けてね。じゃあ、顔を見れたし私はここで……アンジュ!?」
きびすを返し部屋から出ようとした先生は、しかし案内の子の後ろから押されてしまった。
「ふっふっふ。逃がしませんよ、先生」
「うわっ!? ちょっと、何してるの!」
そして、彼女は服を脱ぎだす。顔を手のひらで覆い、しかし指の間から見ている先生は、彼女が中に水着を着ていることが分かって少し残念に思った。
「さあ、先生もどうぞ!」
「いやいやいや、水着なんて着てきているわけがないじゃないか」
「あ、ナギサ様がいくらでも用意してありますのでお好きなものをどうぞ」
「それ女の子にやるやつじゃない? あ、そういえば急ぎの仕事もあったんだった。いやあ、残念残念。プールで泳ぐのは気持ちがよさそうだけど仕事だからなー」
目が泳いで、必死に逃げようとしているのが丸わかりな先生なのだった。
「それは、ゲヘナのアラバ海岸レディース掃討作戦でしょうか?」
「――ナギサ。なぜ、それを」
さすがに目の色を変えた先生。いや、自分の行動予定が漏れていたのだとしたら一大事だから。自分の手落ちなら、後ろから撃つような行為だから非常にマズい。
ナギサは指をパチリと鳴らすと、奥にあるスクリーンに画像が映る。
「それは、私が情報共有したから」
「……ヒナ」
画像の先は、いつもと変わらないヒナが居た。向こうは水着などということもなく、いつもの服を着て、いつもの委員会室に居る。
「エデン条約は潰えた。けれど、交流まで失われた訳じゃない。ナギサさんやセイアさんには、色々と相談させてもらっているわ」
「え、私は?」
「ミカちゃんにも、助けてもらっているわ。それで、今日のことも知らせていたのだけど――ナギサさんは心配性だから。私は別に、そんな危険でもないと思うのだけど。レディースの子達だって、そんなに極悪人というわけじゃないのよ? 先生は分かってくれると思うけど」
「ダメです。流れ弾がかすりでもしたらどうするのですか! 先生の傷は、一晩寝たら元どおりになるようなものではないのですよ。私たちとは違うのです」
「小さな傷なら別に何日かしたら消えると思うけど。……この調子なのよ。それに、風紀委員の子たちなら先生の力がなくても立派に仕事を果たせるわ」
「いや、でも――」
「先生には、仕事を終えたあの子達にねぎらいの言葉をかけてあげてほしいの。それだけで十分よ」
「そっか。分かったよ、ヒナと風紀委員の皆ならきっとできる。がんばって」
「ありがとう。じゃあ、準備があるから」
プツン、と通信が切られた。
「さて。そうと決まれば――先生?」
「お時間は、ありますよね?」
手を片方ずつミカとナギサに取られてしまった。
「先生?」
そして、後ろにも逃げ場はない。
「分かった。今日は私もハメを外させてもらうとしよう」
先生は降参した。
「やった! じゃあ、先生には私が水着を選んであげようかな」
「ああ、私は自分のならどんな水着でも良――」
ミカはてててと駆けていくと、一つの水着を手に取る。それを目にした先生は目の色を変える。
「――くはないね! 選ばせてもらうかな。色々用意してもらって、ありがとうねナギサ!」
彼女が手に取ったのはエグい角度のブーメランだった。そんなものを着るのはごめんだと、ズボン型のを適当に手に取って更衣室で着替えてきた。
「いや、しかし水遊びは久々かな」
4人はプールの中で先生に手招きしている。先生がおそるおそるプールに入ると、近寄ってくる。
「――うん。冷たくて、心地が良いね。……」
「先生、眠ってはいけませんよ」
「そうそう、遊ぼうよ先生!」
ミカがドヤ顔で見せてきたのは水鉄砲だった。
「先生は逃げ役ねー! みんなで捕まえちゃうよ!」
「四対一はずるいと思うな」
「ふふん、愛されてる証拠だよ、先生?」
「うわっ。冷たっ! これ、もしかして――」
セイアが小さい水鉄砲で先生の顔に水をかけた。その先生はビクリとのけぞる。
「プールというものは、氷水で缶ジュースを冷やすものと聞いてね」
「……プールだっけ、それ」
「余談だが、水をかけたら溶ける布というものがあるらしいね。ところで、ミカちゃんはとても”素材”にこだわった水着を着ていてね」
「まさかっ!」
「まさかがある訳ないでしょ! というか、水で溶けるならプールに入った時点で全裸じゃん!」
「……私はウソは言っていないよ」
「確かに水色の発色にはこだわってるけどさあ、その切り抜きは本当に悪意があると思うなあ――セイアちゃん」
「あまり人をからかってはいけませんよ」
「なに、これも友達という……きゃああっ!」
飄々としたセイアの顔が、横から脇に水をかけられて驚愕に染まる。そして、自ら発したかわいらしい悲鳴に顔を真っ赤にする。
「ナ……ナギちゃん!」
「うふふ、セイアちゃんはかわいい悲鳴を出しますね」
「くぅっ。というか、身体にかけられると中々辛いぞこれは。君も味わってみるといい!」
「ふふ、セイアちゃんは銃はそれほど得意ではないでしょう?」
適当にぴゅんぴゅん撃つが、当たらない。本当にちゃっちい水鉄砲なのだ、狙ったところで当たる訳がない。
はじめに先生を狙うと言っていたのはなんだったのか、二人は仲間割れを始めてしまった。
「くっくっく、私たちは先生を狙わせてもらうよアンジュちゃん」
「了解です。先生に黄色い悲鳴を上げさせてあげましょう、ミカ様!」
「ふっ、若いころは砂漠の虎と呼ばれた私の戦い方を見せてあげよ――うわっ。おひょうっ!」
「あはははっ。これむしろ顔にかけられてもなんともないけど、お腹に当たると声が出ちゃうね」
「おりゃあ! とりゃあっ!」
「――ば、馬鹿な。私が、逃げるしかないだと……!?」
「いや、砂漠の虎なら水場では溺れるだけじゃん?」
「ば……馬鹿なッ!」
「は……ッ! 先生が劣勢です。加勢しますよ、セイアちゃん」
「ふむ。それも一興か」
「ナギちゃんにセイアちゃん、二人が敵に!?」
「ですが、敵になったならば倒すまでです!」
「「「「――」」」」
水鉄砲のちゃちな発射音と、笑い声が響いた。
「はー……びしょびしょになっちゃいました」
ナギサがタオルで髪を拭きながら言う。
「でも、楽しかったでしょ? ね、先生?」
「そうだね。なんというか、全力で水鉄砲を避けたのは人生で初めてかもしれない……」
先生はプールサイドに座り込んでぐったりしている。
「ふふ。先生も意外と動けたじゃないか。ところで、これは誰が勝ったのだね?」
「セイアちゃん、そんなのどうでもいいでしょ」
ミカが先生にタオルを渡して自分も隣に座る。
「どうぞ、アイスティーです」
そして、ナギサが缶ジュースを渡す。氷水で冷やされたそれは、疲れた身体に染みわたるようだった。
「ありがとう。……助かるよ。でも、ナギサは飲めるようになったの?」
「えへへ。実は飲めないので、私はこれです」
ナギサはウーロン茶を見せた。
「やだやだ、二人ともじじくさいもの飲んじゃって。先生も塩分と糖分摂った方がいいんじゃない? ほら」
「むぐっ。……オレンジジュース?」
「ミカちゃんは大胆だね。私のも飲むかい、先生? 私のはコーラなのだが」
「じゃあ、私が一口もらうね」
ミカがセイアから缶ジュースを素早く奪って一口飲む。その瞬間、目を白黒させる。
「……げほっ。えほっ」
「ミカちゃん、大丈夫ですか?」
「コーラだと言っただろう。君はそそっかしいな」
「はあ、酷い目にあった」
「はは。まあ楽しかったから良いじゃないか。さて、私はもう少し休憩してからゲヘナに行くとするかな」
「え? もう時間も遅いよ」
「しかし、ゲヘナに行った次にも予定があるしね――」
「先生、過労死しない?」
「みんなが手伝ってくれるおかげで書類地獄から解放されたからね。そんなことにはならないさ」
「空いた分に別の仕事を詰め込んでは、結局休めてなどいないのだけどね」
「これは、また強制的に休憩させる必要がありそうです」
「もう、先生はまじめすぎ! また絶対に遊んでもらうからね」
「……はは。分かった分かった」
先生は降参とばかりに空を仰ぐ。けれど、その顔は笑顔だった。
20万PVの同人誌は誰がいい?
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ナギサ様
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セイアちゃん
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ミカ(二冊目)