聖園ミカの弱くてニューゲーム   作:Red_stone

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第17話 銀行強盗

 

 

 そして、一行は客の振りをして銀行内部へ入り込む。扉を蹴破ったりはしない、事前に人通りの途絶えたタイミングを狙ったとはいえ、外から見て異常が分かると騒ぎが起こる。

 強盗は手早く、騒ぎは最小限にというのが鉄則だ。無駄な時間の1秒が正否を分けることは皆が知っている。

 

「……」

「……」

 

 寡黙に敵の位置を確認しながら位置に着く。外のミカから合図が来たのを確認して用意する。そのとたん、ぶつんと音がして……

 

「な、何事ですか? 停電!?」

「い、一体だれが!? パソコンの電源も落ちてるじゃないか!」

 

 停電に誰もが慌てふためく。そこから覆面を被り、姿を偽装して――即座に敵の殲滅を目指して確認していた方向に銃口を向ける。

 薄明りを元に微修正して、ためらいもなく撃ち放つ。

 

「うわっ! ああああっ!」

「うわああっ!」

 

 マーケットガードは抵抗もできずに銃撃に倒れた。暗視装置を持っていたとしても、着ける前に倒されてしまえば意味はない。

 停電した時点で敵襲を覚悟しなければ、こんな風にあっけなくやられるのみだ。実のところ、アビドスを傭兵の視点で見ればこれほど練度の高い部隊はない。

 

「銃声っ!? なっ、何が起きて……うああっ!」

 

 悲鳴が上がる。銀行に居た陸八魔アルの目の前で、明かりがついた。覆面水着団が、その姿を現したのだ。

 客と店員が頼るべきマーケットガードは地に沈んでいる。護衛だったはずの彼らは、しかし何の役にも立ちはしない。

 

「全員その場に伏せなさい! 持っている武器はすべて捨てて!」

「言うこと聞かないと、痛い目にあいますよー」

 

 顔を覆面で隠したセリカとノノミはぐるりと銃口を四方に向けながら威嚇する。

 

「あ、あはは……みなさん、ケガしちゃいけないので……伏せてくださいね……」

 

 そして、ヒフミが申し訳なさそうにしながら、やっぱり銃口は客側に向けられている。良い警官、悪い警官の心理術ではないだろうが……大人しくしておいた方が良さそうだと客は床に伏せ始める。

 こういう場合、悪戯に連射してくるから撃ったり逃げたりした方が正解という場合も多い。無抵抗で撃たれるくらいなら、一か八かに賭けるところだった。それを未然に防いだのはさすがヒフミの人徳というべきか。

 一方で、銀行の人間はというと。

 

「ぎ、銀行強盗!?」

「非常事態発生! 非常事態発生!」

 

 驚くアルの眼前で、銀行審査官が恨みと警報の声を上げている。ブラックマーケットで銀行を襲撃するなどとんでもないことだ。

 そして、これが成功すればマズいのは審査官たちである。具体的には出世どころか職がなくなるのだ。

 いつもは威勢が良いのにこういうときだけ大人しい客たちを口汚く罵りながらも、緊急ボタンを殴り壊す勢いで連打する。

 

「うへ~無駄無駄ー。外部に通報される警備システムの電源は落としちゃったからねー」

「ひ、ひいっ!」

 

 だが、目の前の銃の恐ろしさには敵わない。そもそもキヴォトスで”未来”を考えることのできる大人がどれだけいるか。

 彼も、全てを投げ出して地に伏せる。銀行強盗の成功を許せば、後でどんな目に会うかなど考える余裕もなく。

 

「ほら、そこ!! 伏せてってば! 下手に動くとあの世行きだよ!?」

「みなさん、お願いだからジッとしててください……あうう……」

 

 そして、全員がそんなだから制圧に成功する。決死で歯向かう気概があれば、もしくは後で死ぬような目に合うのだからと勇気を振り絞るような頭脳があれば違ったかもしれないが。

 結局はそこらへんに居る”大人たち”のレベルなど、この程度。綿密な下準備があれば銀行強盗でも成功するのだ。……なお、計画を用意したのはシロコだが。

 

「うへ~。ここまでは計画通り! 次のステップに進もうー! リーダーのファウストさん! 指示を願う!」

 

 ガシャンとわざと大きくストックの音を響かせて、威圧するように声を張り上げた。

 

「えっ⁉ えっ!? ファウストって、わ、私ですか? リーダーですか? 私が!?」

「リーダーです! ボスです! ちなみに私は……覆面水着団のクリスティーナだお♧」

「うわ、何それ! いつから覆面水着団なんて名前になったの!? それにダサすぎだし!」

 

 とたんにわちゃわちゃしだしていつもの空気感になる。なんだこれは、とヒフミが紙袋の奥でジト目を向ける。

 

「……」

「うへ、ファウストさんは怒ると怖いんだよー? 言うこと聞かないと怒られるぞー?」

 

 はあ、とため息をつく。

 

「あう……リーダーになっちゃいました……これじゃあ、ティーパーティーの名の泥を塗る羽目に……いえ……止められなかったのがそもそもの……」

 

 肩を落とすヒフミに、好機と思ったのか一人の銀行員が銃を向けて。

 

〈ヒフミちゃん、今は集中して〉

 

 通信でミカの声が届くと、同時にカウンターごと爆散した。あまりの威力の前に木っ端みじんである。

 その有様でも手加減はしたのか、銃を手に取った彼だけはぼろぼろの状態で生きたまま転がっているけど。

 

「ひぃぃっ! 今のはどこから?」

「はい、振り向かなーい。撃たれたいー?」

 

 そちらの方向を見ようとする銀行員をホシノが威圧して黙らせる。

 

「監視カメラの死角、警備員の動線、銀行内の構造、すべて頭に入ってる。無駄な抵抗はしないこと」

 

 そして、シロコが選んだ一人に銃を突き付ける。銀行強盗の下準備として人間観察の目を磨いた。

 臆病で反撃しないやつ、札を入れる隙に発信器を入れることなど考えもつかないようなビビリをターゲットにするのだ。

 

「さあ、そこのあなた、このバッグに入れて。少し前に到着した現金輸送車の……」

「わっ、分かりました! なんでも差し上げます! 現金でも、債権でも、金塊でも、いくらでも持ってってくださいっ!」

 

 ただ、ビビリすぎた。銃に怯えて、それが札か債権かも分からずに渡したバッグに適当に詰めて行く。止める隙もない。

 

「そ、そうじゃなくて……集金記録を……」

「どっ、どうぞ! これでもかと詰めました! どうか命だけは!!!」

 

 言われて、近くにあった集金記録も詰める。

 

「あ……う、うーん……」

 

 これでいいのかな、と少し疑問には思う。とはいえ、目的のものは手に入ったはずと……長居できないからと躊躇うが。

 

「あの、シロ……い、いや、ブルー先輩! ブツは手に入った?」

「あ、う、うん。確保した」

 

 声がかかってはしょうがない。とにかく、目的は達成したのだ。1秒でも早くこの場を離れることが成功のカギというのはシロコが一番わかっている。

 

「それじゃ逃げるよー! 全員撤収!」

「アディオ~ス♧」

「け、ケガ人はいないようですし……すみませんでした、さよならっ!!」

 

 そして、全員が素早く退いて行く。

 

「や、やつらを捕らえろ!! 道路を封鎖!! マーケットガードに通報だ! ……一人も逃すな!」

 

 そして、全員の姿が見えなくなったことを確認すると怒鳴って復讐の炎を燃やしているのは管理職の銀行員だ。

 がらがらと音を立てて崩れていく今後の出世を考えないようにしつつ、恨みを晴らそうと暴走する。

 

「こうなれば……最後の手段だ。轢き潰してやるぞ、小娘どもが! ブラックマーケット最大の銀行、その秘密兵器を見るがいい!」

 

 それは巨大な戦闘ロボット、両手にガトリングガンを構えた殺戮機械である。

 キヴォトス人ならではの頑丈さを考えれば殺すまではいかないにしても、チンピラを壊滅させるだけなら簡単なほどの――強力な兵器だ。

 

「ふぅん☆ こんなおもちゃまで用意してたんだね。ブラックマーケットってのは」

〈ミカ、無理はしないでね〉

 

 だが、それも予想済だ。そんなものを隠せる場所など、先生なら見れば分かる。そして、企業が頼るのはいつだって強力な兵器だった。

 先生はここで初めて彼ら(企業)を相手にしたわけではない。だからやり口など簡単に想像が付いた。

 

「何を言ってるのかな、先生。私が結構強いってことは分かってくれたと思うんだけどなあ」

〈ミカが強いことと、心配しないことは別だよ。君は私の大事な生徒だから〉

 

「先生♡ うん、できるだけ怪我しないように――手早く片付けるから待っててね」

〈いいや、いつも通りに一緒に戦おう〉

 

 巨大なガトリング砲を前に、ミカはSMGを構える。あのような巨大な兵器に比べれば、そんなものは爪楊枝にも見えてしまうが……

 

「――」

 

 モノ言わぬ殺りく兵器は目の前のものに敵意を向ける。邪魔をする者は全て壊し尽くす最終兵器だ。

 目の前のちっぽけな少女に照準を向けた。

 

「あは。神秘も通らない、でかいだけの兵器で私に勝てるとは思わないでね」

〈ミカ、来るよ。避けて、3,2,1――〉

 

「今っ!」

 

 ガトリングが火を吹くが、そこには既にミカはいない。一般的なチンピラならともかく、ミカがタイミングも読み切った上での行動は機械では追いきれない。

 

「――」

 

 だが、兵器に動揺などない。ターゲットが消えたのなら探す。プログラム通りに目の前の全てを薙ぎ払いながら、移動したミカに照準を合わせようとして。

 

〈撃ちながら振り向くと危ないと、教えてあげよう〉

「あは、デク人形なんてこの程度ね。誘爆して吹き飛んじゃえ☆」

 

 ガトリング砲に銃弾を叩き込む。フレームは歪み、それでも撃とうとするものだから弾が詰まって破裂する。

 ……数秒後、本体に格納された弾薬にまで火が点いた。

 

「あは。たーまやー☆」

〈汚い花火だ。ミカも早く戻っておいで〉

 

 原形もとどめず爆散していく最終兵器。無事だった銀行まで残骸が降り注いで破壊されていく。

 

「はーい」

 

 そして爆炎を背に走り出すミカ。みんなと合流する。

 

「はひー、息苦しい。もう脱いでいいよね?」

「のんびりしてらんないよー、急げ急げ。追手がすぐ来るだろうからー」

「できるだけ早く離れないと……まもなく道路が封鎖されるはずです……」

「ご心配なく。万全の準備を整えておきましたから♧」

「ミカさんも来た。こっち、急いで」

 

 シロコはきりっとした表情を浮かべているようだが覆面をまだ取っていない。

 

「あの、シロコ先輩……覆面脱がないの? 邪魔じゃない?」

「天職を感じちゃったって言うか、もう魂の一部みたいなものになっちゃって、脱ぎたくないんじゃなーい?」

「シロコ先輩はアビドスに来て正解だわ……他の学校だったら、ものすごい事をやらかしてたかも……」

「そ、そうかな……」

 

 やっと脱いだ。狼耳をぺたんと垂らして不満そうだ。

 

〈封鎖地点を突破。この先は安全です〉

 

 そして、もう少し走ることいくらか。安全地帯までたどり着いた。

 

「あは。本当に銀行強盗しちゃったよ、私たち」

「シロコちゃん、集金記録の書類はちゃんと持ってるよね?」

 

「う、うん……バッグの中に」

 

 おずおずとシロコはバッグを差し出す。ホシノはこの態度を不審に思いながら中身を確認する。

 

「……へ? なんじゃこりゃ!? カバンの中に……札束が……!?」

「ち、違う……目当ての書類はちゃんとある。このお金は、銀行の人が勝手に勘違いして入れただけで……」

 

「どれどれ……うへ、軽く1億はあるね。本当に5分で1億稼いじゃったよー」

「あはは、すごいねー。これでアビドスの借金も一息付けるんじゃない??」

 

「んむ……それはそうなんだけど……シロコちゃんはどう思う?」

「自分の意見を述べるまでもない、ホシノ先輩が反対するだろうから」

 

「おや? シロコちゃん、それってどういうこと? というか、ホシノちゃんも反対するなら始めから自分で言ってよ……」

「あはは、それもそうかも。でも、さすがはシロコちゃん。私のこと、わかってるねー。私たちに必要なのは書類だけ。お金じゃない。今回のは悪人の犯罪資金だからいいとして、次はどうする? その次は?」

 

「……どうすればいいんだろうね、ヒフミちゃん?」

「ええ!? いきなり振らないでくださいよ、ミカ様! でも……犯罪者を襲うなら別にいいんじゃないですか。犯罪者を倒すのは良いことですし」

 

「あは。それもそうかも。でも、こんな方法に慣れちゃうと……ゆくゆくは、きっと平気で同じことをするようになるよ。相手が犯罪者かどうかも確かめもせずに」

 

「それは……そうかもしれませんね。ホシノさんのおっしゃっていることは多分……正しいです。でも……関係ない私だって、もったいないって思いますけど」

「けれど、この先またピンチになった時……仕方ないよねとか言いながら、やっちゃいけないことに手を出すと思う。そんなことになるくらいなら、こんなお金は要らないんだ」

 

「ん、前に先輩が言っていたことだったね。覚えてるよ」

「うへ~、このおじさんとしては、カワイイ後輩がそうなっちゃうのはイヤだからさー。そうやって学校を守ったって、何の意味があるのさ」

 

 ため息を吐く。ヒフミはそんなものかと納得半分とまどい半分だった。

 

「こんな方法を使うくらいなら、最初からノノミちゃんが持ってる凛然と輝くゴールドカードに頼ってたはず―」

 

「ノノミさん……に? 何とかできる方法が……」

「ヒフミちゃん、そのことは前に私が話したから……いいんだよ」

 

 少し重い雰囲気になる。これは解決できない類の問題だ。そもそも、それだけ解決したところで元の精強だったアビドスは帰ってこないのだ。

 砂漠化が回復するなんて奇跡、どこにもないのだから。

 

「うへ。そういうこと。だから、このバッグは置いてくよ。頂くのは必要な書類だけね。これは委員長としての命令だよー」

 

 そういって締めた。

 

「あは……仕方ないですよね。このバッグは、私が適当に処分します」

「うん、お願いねノノミちゃん」

 

〈待ってください、何者かが接近しています〉

 

 アヤネの緊迫した声が届く。

 

「……!! 追手のマーケットガード!?」

〈い、いえ。敵意はない様子です〉

 

 シロコが陰に向かって銃撃しようとするのをアヤネが止める。

 

「はあ、ふう……ま、待って!!」

 

 来たのは見覚えのある少女、陸八魔アル。ミカからは極寒の視線が突き刺さるが気にしていないようだ。

 

「お、落ち着いて。私は敵じゃないから……」

 

 ぜいぜいと息を整えながら話を続ける。

 

「あ、あの……大したことじゃないんだけど。銀行の襲撃、見せてもらったわ……ブラックマーケットの銀行をものの5分で攻略して見事に撤収……あなたたち、稀に見るアウトローっぷりだったわ」

 

「正直、凄く衝撃的だったというか、このご時世にあんな大胆なことができるなんて……感動的というか。わ、私も頑張るわ! 法律や規則に縛られない、本当の意味での自由な魂! そんなアウトローになりたいから!」

 

「そ、そういうことだから……な、名前を教えて! その、組織っていうか、チーム名とかあるでしょ? 正式な名称じゃなくていいから……私が今日の雄姿を心に深く刻んでおけるように!!」

 

 まるでヒーローショーを前にした子供だ。数人は絶対零度の視線で見つめているが、先生はわかるわかると頷いていた。

 ミカは、見ていられないのか姿を消していた。

 

「はいっ! おっしゃることは、よーくわかりましたっ!」

 

 そして、温かい視線筆頭のノノミがアルの手を取る。

 

「私たちは、人呼んで……覆面水着団!」

「覆面水着団!? や、ヤバい……! 超クール!! カッコ良すぎるわ!!」

 

「うへ~本来スクール水着に覆面が正装なんだけどね、ちょっと緊急だったもんで、今日は覆面だけなんだー」

「そうなんです! 普段はアイドルとして活動してて、夜になると悪人を倒す正義の怪盗に変身するんです! そして私はクリスティーナだお♧」

 

 悪ノリするホシノに、ノノミも更にヒートアップする。

 

「だ、だお♧……!? きゃ、キャラも立ってる……!?」

 

 そして、アルも興奮して頬も紅潮する。観客としては申し分ないだろう。

 

「うへ、目には目を、歯には歯を。無慈悲に、孤高に、我が道のごとく魔境を行く。これが私らのモットーだよ!!」

「な。なんですってー!!」

 

「それじゃあこの辺で。アディオス~」

「行こう! 夕日に向かって!」

〈夕日、まだですけど……〉

 

 アヤネの呆れた声は誰にも届かない。

 

「よし! 我が道のごとく魔境を……その言葉、魂に刻むわ! 私も頑張る!」

 

 アルのきらきらとした目に見送られながら、みんなで走った。

 

 

 


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