そして、途中で変なトラブルがあったものの、無事にアビドスにまで帰ってこれた。アビドス組と先生が深刻な顔を突き合わせる中、ミカとヒフミは少し離れた場所で会話する。
片方はアビドスとしての大事な話、そしてもう片方はトリニティとしての大事な話だ。ちょうどよい、なんてふざけたことも言えないけれど。
「やーん、人気のないところまで連れてきて何のつもり? もしかして私、告白されちゃうのかなー。やー、困っちゃうなぁ」
「あはは……ミカ様、それは冗談のつもりですか?」
ヒフミはジト目でミカのことを見つめる。頬を膨らませて怒ってますよとアピールするが、ナギサでなくてもまあ可愛いだけである。
「ううん……冗談が通じない。ヒフミちゃんはナギちゃんのお相手だもんね、告白するならそっちだったよね……」
「ナギサ様とは仲良くさせてもらっていますが、そういう関係ではないですよ……」
どこまで冗談を言う気ですか、と肩を落とす。
「あ、そうだ。私のことはミカでいいし、ナギちゃんのこともナギサちゃんって呼んでいいよ? 私が許してあげる」
「ミカ様に許されても……それに、一応は先輩ですし呼び捨てもちょっと……」
がーん、とわざとらしく落ち込んで見せるミカにヒフミは苦笑を返す。こういうのはコミカルだ、元々がお調子者な性格もあるのだろう。
「酷いなあ、ヒフミちゃん。ま、それはいいや。――私とお話ししたかったんでしょ。用件は、まあ想像はつくけど、何かな?」
「……はい。ミカ様にちゃんと聞いておかないといけないと思って」
「うん」
真剣な顔をしているヒフミに、これ以上はからかえないかなと真顔になる。
彼女は時折酷く落ち込んだ洒落にならない様子を見せる。偉い人には色々あるのかと、少し心配になってしまうほどに。
とはいえ、言うことは言わないとミカのためにならないから。
「ミカ様は、何のためにアビドスに来たんですか? それは、ミカ様でなければ駄目なことですか?」
「……あは。ううん、私じゃなきゃダメってことも、ないかなあ。でも、ほら――ヒフミちゃんだって、その……ペロ……? なんとかのアイテムを手に入れる時に、他の人に任せたりしないでしょ?」
少し悩んで、しかし真剣に言葉を返す。からかっている雰囲気はない。
「ペロロ様です! モモフレンズのマスコットキャラクター、その中でも主役なんですよ! 見てください、この凛々しいお目々と立派なお舌を! どうですか、魅力的ではありませんか!?」
「いやあ……魅力的……ううん……魅力。ちょっと私には分からない魅力かなあって。ナギちゃんは気に入ってるの? それ」
ミカは真剣に話そうと思った直後にこれで、本気で戸惑った顔になった。
「……うう。ナギサ様にもペロロ様の魅力は分かっていただけなくて……こんなにかわいらしいお顔をしているのに、なぜ?」
「えと……ヒフミちゃん、話を本題に戻してもらっていいかな」
「あ、そうでした。ミカ様がアビドスに来て色々やってるという話でした。危ないのでやめてください」
「あうっ! 話を戻したら直球で来ちゃった。でも……それもねえ。ちょっと言いたくないけど、あまり任せられるような人も居なくてさ」
「――先生のことを放っておけませんか?」
「な、なんのことでしょうか?」
ミカはそっぽを向く。その顔は真っ赤になっていた。
「ミカ様、口調が変わってますよ。あれで隠してるつもりがあったんですか? まあ、キヴォトスでは教師と生徒の恋愛は禁止されていませんけど……でも、危ないですよ。私みたいな一般人と違って、ミカ様には立場があるんですから」
「ううん……ヒフミちゃんが一般人かどうかはともかく反論できない……うう。どうしよ。生徒会長が先生に惹かれて、って――うん、本当は駄目なことだしね」
ミカはため息を吐く。
他の、ゲヘナみたいな生徒会が生徒会をしていないところだったら問題なかったかもしれない。
これは単純に、政治的な話。男に入れ込んで政治を放り出してしまうのは駄目だろう。それに、傍から見ればそんな奴は自治区をも傾けかねない愚者だ。その末路は男もろともに排除されるのがお決まりである。
ヒフミはそこまで分かっていないだろうけど、なんとなくは予想がついているから言っている。
「分かってるなら……」
「でもね、ヒフミちゃん。先生を失うわけにはいかないの。先生を失ったら、ティーパーティーに未来はない。ナギサちゃんも、セイアちゃんも……ううん、キヴォトスそのものが危なくなる」
「は……? えええ!? い、いや……ミカ様、なんでそんなことに!? 確かに先生はすごい人でしたが、そんなすごいことなんて……」
「あはは。先生一人の力じゃないよ、皆で頑張って、みたいな話。でも、必要な要素の一つなんだ。だから、私は先生を守るの。連邦生徒会の役目かもしれないけど、あいつらじゃ何もできないし……ごめんね、こんなことしか言えなくて。……でも、本当のことなの。……信じて、って言っても私なんて信用ならないかな……」
ミカは耐えきれなくなって目をそらす。魔女と呼ばれ、石を投げられた。そんな自分の言葉など、誰にも届かないと思っているのだ。
ヒフミの目を見れないのも怖いからだ。非難する目など見たら立ち上がれなくなってしまう。
「いえ、信じます」
「……え?」
手に温かさを感じた。ヒフミが、震える手を握りしめた。
「私にはミカ様のことも、先生のことも分かりません。でも、ミカ様が頑張っていることは分かります。誰かのためにそんなに必死になって……。始めはミカ様は自由奔放だから、何も考えてないのかと思ってました。けれど、全てを覚悟して、必死に頑張ってたんですね」
「……ヒフミちゃん。……私、怒っていいのか感動すればいいのか分からないよ。でも、本当に信じちゃっていいの? 私、けっこう悪い子だよ? ヒフミちゃんのこと、騙そうとしているのかもしれないよ」
「ミカ様は良い人です。友達のために頑張る人が悪い人なわけがありません。私は平凡で、何の力もないかもしれませんが、それでもミカ様のためにできることがあるなら何でもします。だから、そんな悲しそうな顔をしないで」
「――ヒフミ、ちゃん。私……私は……!」
ぽろぽろと涙が流れる。その言葉だけで救われた気になったから。
「はい、ちゃんと聞きますから……」
「うう……じゃあ、私のことをミカちゃんって……呼んでくれる?」
「はい、ミカちゃん」
「……じゃあ、ナギちゃんのこともナギサちゃんって」
「はい」
「このまま、手を握っていてもいい?」
「もちろんです、ミカちゃん」
「……あうう」
暖かさに縋りつくように、手を握りしめた。
そして、少し経つと。
「ええと……ミカさん達の方も話は終わったかなー?」
実は泣き声が聞こえて気まずかったホシノ。まあ、悪いことにはなってないようだから突っ込む気もないが。
「あはは、ごめんね。お待たせしちゃって。そっちの方も結論が出た?」
ミカがいつものお気楽な笑顔を顔に貼り付けて対応する。もっとも、その右手はずっとヒフミの手を握っていたけれど。
「うん。じゃ、説明するね。……アヤネちゃんが」
「はい! って、私がですか!? ホシノ先輩がやればいいじゃないですか」
「うへ。おじさんはしゃべりすぎて喉が枯れちゃってね。アヤネちゃんの美声を聞かせてよ」
「枯れてませんし、面倒なことを押し付けただけでしょうに。……私の方から説明します。先生も、間違っていることがあったらおっしゃってください」
「まず、借金返済の利子としてアビドスが納めた現金ですが……これはカタカタヘルメット団に任務補助金として渡されていました」
「おやまあ、それってチンピラの背後に居たのはカイザーローンってことじゃん」
けらけらと笑ういつもの調子のミカだ。なお、実際にその通りなので怒れないアヤネはぐぬぬと怒りに顔を歪ませている。
「はい、そうなります。しかしチンピラの襲撃によって学校が破産したら、貸し付けたお金が回収できません。よって、銀行単独の仕業じゃなさそうだという見解が出ました。カイザーコーポレーション本社の息がかかってる可能性が考えられます」
「そうだね。現状としてはカイザーコーポレーションが、何らかの理由でアビドスを潰したがってる、としか分かっていない」
先生が情報をまとめた。
「ふぅん、先生にも企業がアビドスを狙う理由はわからない?」
「うん。みんなに聞いたけど、アビドスに特別なものは何も無いって言うし」
「企業の自由にできる自治区が欲しい……なんてことも、別にアビドスじゃなくてもいいわけだしね。崩壊間近の自治区で、もっと与しやすい場所は他にもある。そっちに手を出した方が簡単で、ここにこだわる理由にならないね」
分からないね、とミカと先生の間で話す。あわよくばミカなら、という期待はアビドスも先生も持っていたが、なしのつぶてだ。
まあ、未来の記憶を持っていても何もかも知っているわけではないのだ。細かいこと、他にもトリニティ以外のことなど、とんと分からない。
「まあねー。そういうわけで、黒幕の正体は見当がついたけど目的がさっぱりってわけ。もっと何か手段があればなー」
あーあ、とホシノが天を仰ぐ。
「では、私がその報告書をティーパーティーに上げます! まだ詳しいことは明らかになっていませんが……これはカイザーコーポレーションが、犯罪者や反社会勢力と何かしら関連があるという事実上の証拠になりえるので! それと、アビドスさんの現在の状況についても……」
「ヒフミちゃん? ティーパーティーというか、私はもう知ってるけど……」
意気揚々のヒフミに、ミカが苦笑でつっこんだ。
「あうあう。でも、これは証拠じゃないですか? これがあれば連邦生徒会に知らせて取り締まってもらうことや、それが無理でも調べるくらいは……」
「うん、ヒフミちゃんは純真でよい子だねー。でも世の中、そんなに甘くないからさ。ミカさんとしては好意でやってくれても、『トリニティ』という学校としてそれだけでは済まないこともある」
「そうだね。私が動くにも理由は要るし、連邦生徒会に知らせてもねー。どうせあいつらカイザーコーポレーションから賄賂もらってるよ。もらってなくても、寄付金とかあるし税金とかまで言及すると……」
「あうう……政治って難しいです。連邦生徒会も、正義の味方じゃ無くて行政機関でしかないってことでしょうか……」
「でも……みなさん、悲観的に考えすぎなのではないでしょうか? 連邦生徒会も、ちゃんと仕事してくれるかもしれませんし……」
ノノミがヒフミに助け舟を出した。どちらかというと、助け舟というよりヒフミのような考え方をしているということだが。
「うへ~私は他人の行為を素直に受け取れない、汚れたおじさんになっちゃってねー。”万が一”ってことをスルーしたから、アビドスはこの有様になっちゃったんだよー」
「いや、連邦生徒会が動くのはないよ。絶対ない」
3年コンビが実感の籠ったセリフで論破した。これは本当に経験論なので、反論する隙もない。
空気が凍った。
「……。では……えっと……。本当に……一日でいろんな出来事がありましたね」
冷や汗を一筋垂らしながらもアヤネが強引に話題を変える。
「そうだね、すごく楽しかった」
きらきらとした笑顔を浮かべているシロコ。狼耳は機嫌良さげにピコピコと揺れっぱなしだった。
「あ、あはははは……私も楽しかったです」
苦笑するヒフミ。けれど、その裏には充実感があった。
「いやぁー、ファウストちゃん。お世話になったね」
「そ、その呼び方はやめてください」
「よっ、覆面水着団のリーダーちゃん! ファウスト様!」
「ミカちゃんまでやめてください!」
「と、とにかく……これからも大変だと思いますが、頑張ってくださいね。応援してます。それでは……みなさん、またお会いしましょう。ミカちゃん、私たちは帰りましょう」
「ん……みんな、お疲れさま。明日改めて集まろう」
「解散~」
そして、ヒフミとミカは手をつないでトリニティへと帰っていく。
ミカの精神が回復した? 逆に考えるんだ、ここで回復しなければ折れていたくらい削れていたんだと。
ナギちゃんもミカのことを考えて色々してましたが、本人には全く伝わってないですからね。面白おかしく噂してる人を二人ばかりブタ箱に入れても焼け石に水という……