聖園ミカの弱くてニューゲーム   作:Red_stone

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第19話 思い出の品

 

 

 優雅な建物が立ち並ぶお嬢様学校(トリニティ)。そこは広大な敷地には美しい庭園が広がり、咲き誇る花々が香る艶やかな庭園だ。

 白亜の建物は優雅な装飾で飾られ、豪華なシャンデリアが輝きを放つ。生徒たちは美しい制服に身を包み、上品な笑顔を浮かべて歩く。

 教室では知識の探求が行われ、ピアノの音色が響き渡る音楽室では才能が開花する。学食では美味しい料理が供され、賑やかなおしゃべりが交わされる。生徒たちは教養やエチケットを学び、将来への夢を抱きながら日々を過ごす。お嬢様学校は知性と品位が重んじられ、女性たちが成長し、社会で輝くための基盤が築かれる場所である。

 

 の、だが――

 

 表もあれば裏もある。たしかにトリニティは外部からは”そのように”認識されている、キヴォトスの中でも屈指のお嬢様学校だと。

 だが、きらびやかなイメージなど見せかけだけで、中身の方は……

 

「――」

 

 ミカがコツコツと靴音を立てて歩いて行く。最近は学区外に行っているが、トリニティで授業を受けることもある。それに仕事もあるから戻らない訳にはいかない。

 だから、こうして皆の前に姿を見せることもある。本当はずっと先生のところに居たいが、仕方がないのだ。

 

「――くすくす。なに、あれ?」

「アレだけがみすぼらしいのね。ミカ様もなんてものを身に着けているのかしら」

 

 嘲笑のさざめきが広がる。ミカの背中の後に広がる優雅な翼――キヴォトスの中では珍しくはない。ヘイロー(光輪)は学生なら持っている。そして、翼以外にも猫耳だったり狼耳だったりが生えている生徒も居る。

 ミカのそれ()は、中でももっともきらびやかなものの一つだ。その純白の羽は神々しささえ感じられ……そう、天使の翼などは神輿にするにはこの上ないだろう。

 その、荘厳な翼を汚すもの。美しく飾り立てられたアクセサリーの数々に、ゴミが混ざっている。

 ――いや、ゴミというのは言い過ぎだろう。いかにも子供っぽい、安物のプラスチックのそれが一つだけミカの翼に付いている。どれだけ美しいものであろうと、一つゴミが混ざってしまえば……

 

「子供の玩具? まさか、ティーパーティーともあろうものが、お金がない……なんてわけはないわよねえ」

「恥ずかしくなっちゃうわよね。あんなもの付けるくらいなら、裸の方がよほどマシというもの」

 

 けらけらと嗤い合う少女たち。お嬢様が優雅に紅茶を飲んでいるようなイメージのトリニティ、しかし権力に近いところにまで潜り込めばこの有様だった。

 他人を貶し、貶めて満足感を得る。誰かを蹴落とすことでしか団結できない。ただただ誰かの足を引っ張ることだけを延々と続けていて……

 

「――」

 

 ミカは聞こえているのにも関わらず、無言で足を進める。先生と一緒に居るにも、ただ我儘ばかりではいけない。手順をこなして、仕事を終わらせなければ彼の下へは行けない。全てを捨てて、などするには遅すぎた。

 嘲りの声にもただ耐えて、茨の道を進む。その果てに、親友が助かることを願って。

 

「……ミカさん?」

 

 そして、会いたくない顔に会った。ナギサ――助けたいと思った親友。今も生きていてくれることに安心する。でも、騙しているのだから今は会うのが辛い。

 彼女にも翼は生えている。アクセサリーで飾る必要なんてないくらい立派で、綺麗な白い翼が。

 

「……ナギちゃん。おはよう、じゃあね」

 

 ミカは一言だけ残して立ち去ろうとする。ナギサは向こうから歩いてきた。なら、目的地は別なのだから立ち止まって話す必要もない。

 

「――ミカさん。もしかして体の具合が悪いのですか?」

「なに? そんなことないよ。私、忙しいから後にして……」

 

 そんな心配そうな顔をしないでほしい、と思う。私にはそんな資格はないのだから、と顔を逸らす。彼女の表情を見てられない。

 

「いえ、あなたが軽口の一つも叩かないなんて、そんなこと。……本当に体調は大丈夫ですか? 保健室に……」

「心配なんて要らない。放っておいて」

 

 彼女の横を通り抜けようとして――

 

「おや? ミカさん、そのアクセサリーは」

「……ッ!」

 

 ミカは思わず”それ”を手で隠す。

 

「ああ、それですね。ナギサ様。まったくみすぼらしいアクセサリー! それを買うような人など、お里が知れますわよねえ」

「ええ、トリニティの生徒会長ともあろう者がみっともない。あんなもの、すぐに捨ててしまうべきです!」

 

 くすくすと嗤いながら見ていた生徒が指を差す。今声を上げた彼女たちはナギサの派閥に属する者だった。ミカは仕事で来ているのだから、ティーパーティー所縁の者が多いのは当たり前だ。

 そして、敵対とまではいかなくともティーパーティーの三大派閥はそれぞれで対立している。そのような言葉を投げかけるのに躊躇いはない。

 

「……ああ、それを無くしていなかったのですね!」

 

 ニコニコとナギサが手を合わせる。

 嗤っていた者達は悪い予感がして顔を青ざめさせた。

 

「――これは」

 

 ミカは気まずそうに顔を伏せた。

 

「私が初めてあげた誕生日プレゼントですわね。懐かしいです。壊れたから捨てたと聞いていましたが……あら? よく見れば修復した後が。あらあら、直すならもうちょっとちゃんとしなくては……」

「あ……う……」

 

「そうそう。セイアさんはハンカチをあげていましたね。あ、それも持っていらっしゃるようですね。汚れたから捨てたとおっしゃっていましたが……大切に持っているんじゃありませんか」

「……うう」

 

 ミカはポケットからはみ出た擦り切れたハンカチを奥にしまい込む。眼は泳ぎっぱなしで、動作もぎこちない。

 口から生まれてきたみたいなおしゃべりも、今は鳴りを潜めてしまっている。

 

「私も、ミカさんから貰ったティーカップは大切に保管してありますわ。どうですか? 正式なお茶会ではなく、家で少しおしゃべりでもしませんこと?」

「――私は、そういうのじゃないから!」

 

 ミカは走って逃げた。

 

「……ミカさん。本当に、辛そうな顔。あなたは一体何をしていらっしゃるんですの?」

 

 悲痛に顔を歪めるナギサ。敵が分かれば権力に任せてでも粉砕して見せよう。彼女を悩ませるものがあれば、そんなものは根こそぎ取り除いてしまいたいのに。

 

「やはり、エデン条約は必要ですね。彼女のことに集中するためにも、ゲヘナのことなど片づけてしまわねば……!」

 

 ナギサは決意を固める。セイアを害した敵、ミカが心を砕いているのはそれに違いない。

 エデン条約はゲヘナに協力というよりも、見ないふりを約束するものだ。ゲヘナが騒ぎを起こし、それを発端に風紀委員会と正義実現委員会が相争う。彼らもメンツがあるから、犯罪者を自分が捕らえるのだと小競り合いばかり。――そんなものは無駄だ。

 条約さえあれば、メンツの問題で争うことはなくなる。犯罪者を逮捕すればそれでよくなる。少なくとも、『風紀委員会』は敵ではなくなる。味方では、なくとも。

 

 ――多少の戦力の供出と引き換えに、内政に集中できるようになる。内政でなくても、どこかに居るらしい”敵”に。

 エデン条約など、ナギサにとってはそれだけのものだ。仕事を減らすための仕事……だというのに。

 

「……ミカさん、頑張りすぎるのは身体に毒ですよ。そんな泥臭い役割は、私が全て引き受けようと思ったのに」

 

 ナギサに時間はない。エデン条約の締結、そしてどこかの敵への対処。

 そもそも本命は敵への対処だったはずなのに、エデン条約にかかりきりになって敵のことを調べることさえおぼつかない。

 

「――」

 

 足早にこの場を去った。

 

 

 そして、残されたのは青い顔色をした二人。みすぼらしいアクセサリーだのと悪口を言っていたその二人だ。

 

「そういえば、あのアクセサリー。ナギサ様がミカ様にプレゼントしたものだって言ってらしたわね」

「ええ、ええ。子供の身では自由になるお金は少ないけれど、センスの良いものでしたね」

 

 先ほどとは手のひらを返したような言動を取るティーパーティーの生徒達。自分たちが先ほどどう思ったのかなど忘れている。

 彼女たち二人は、ナギサの前でナギサのプレゼントに対し悪口を言った。ならば、結論は一つだろう。

 

「はい。安かろうとものを大切に使えるのはとても良いことですわね」

「ナギサ様の思い出の品、ということであれば……むしろ高価なだけの品物など、逆に庶民根性がにじみ出て……」

 

 せせら嗤う声が響く。

 ミカを嗤っていた声は、ナギサが潰した。では、陰口が消えるかと言えばそんなことにはならない。

 また別のターゲットを見つけるだけだ。そう、このように。

 

「――」

「――」

 

 悪意ばかりが覗く。トリニティは長く続いたキヴォトス最大規模の学校、強大な力を受け継いでいけばやがて腐る。

 ならば、ここは腐りはてた汚泥と言えるかもしれない。少なくとも、そこには陰口と妬み、そして誹りしかないのだから。

 

 





 ミカはアビドスに居る時の方が幸せそう。

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