聖園ミカの弱くてニューゲーム   作:Red_stone

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第20話 決別と憎しみ

 

 

 そして、次の日。仕事のない便利屋はラーメンを食べに来ていた。とある銀行強盗団が現金の入ったバッグを落としていったから。

 ……甘い誘惑には勝てなかったという訳だ。

 

「来たあ! いただきまーす!」

「ひ、ひとりにつき一杯……こんなに贅沢してもいいんですか?」

 

 そんな事情を知る由もない店主はバイトでもしてきたのだろうと深く考えずにその最高の腕を振るう。

 

「アビドスさんとこのお友達だろう。替え玉が欲しけりゃ言いな」

 

「……!?」

「こんなに美味しいのにお客さんがいないなんて」

「場所が悪いんじゃない? 廃校寸前の学校の近くだし」

「まあ、美味しいからいいけど。それじゃ、いただ……」

 

 そのラーメンの美味しさは良く知っている。香しい匂いに誘われるように、そのアツアツのラーメンを一気にかき込んで…… 

 

「……じゃない」

 

 ただ、アルだけがぷるぷるしている。

 

「友達なんかじゃないわよぉ――――!!」

 

 どん、とテーブルを叩いた。ただしラーメンがこぼれないように慎重に。

 

「わわっ」

「わかった!! 何が引っかかってたのかわかったわ! 問題はこの店、この店よっ!!」

 

「どゆこと!?」

「私たちは仕事しにこのあたりに来てるの! ハードボイルドに!! アウトローっぽく!! なのに何なのよ、この店は! お腹いっぱい食べられるし!! あったかくて親切で! 話しかけてくれて、和気あいあいで、ほんわかしたこの雰囲気! ――ここにいると、みんな仲良しになっちゃう気がするのよ!!」

 

「それに何か問題ある?」

「ダメでしょ!! メチャクチャでグダグダよ! 私が一人前の悪党になるには、こんな店は要らないのよっ!! 私に必要なのは冷酷さと無慈悲さと非情さなの! こんなほっこり感じゃない!!」

 

「いや、それは考えすぎなんじゃ……」

「……それって……こんなお店はぶっ壊してしまおうってことですよね、アル様?」

 

 アルのいつもの我儘。だけど、ハルカに瞳に危険な光が宿った。

 

「……へ?」

「良かった、ついにアル様のお力になれます」

 

 ごそごそと怪しいスイッチを取り出して。

 

「ハルカ、ちょ、ちょっと待っ……」

「起爆装置? なんでそれを……」

 

 アルは慌てふためきながら声をかけ、そしてカヨコが胡乱気な表情でスイッチを奪おうとした瞬間。

 

「……。……へ!?」

 

 アルはそのスイッチが押し込まれる瞬間を見る。と、同時に。

 

「おっはよー、大将☆ 今やってる? また先生と来ちゃった」

 

 聞き覚えのある声が、暖簾を潜って――

 

「全て私が消しちゃいます!」

 

 その瞬間、凄まじい衝撃と爆音が地を揺るがした。爆圧が全てを粉砕し、大将の店すらも瓦礫と化し――

 

「……ええ?」

 

 店が粉々に吹き飛んだこの惨状。これ、私のせいかとアルが白目を剥く。

 

「めちゃくちゃだね。……ラーメンも吹き飛んじゃった」

 

 さすがにムツキさえ呆然とするような状況。

 

「ゴホン、ゴホン……う、うわああ……」

「アルちゃん……マジで? マジでぶっ潰しちゃったの?」

 

「え……え?」

「情にほだされるからって、あんなに優しくしてくれたラーメン屋さんを吹っ飛ばしたの? やるじゃーん!?」

 

 すぐに気を取り直してアルをからかい始める。そういうのも悪くないというのは本心から思っている。

 ただ、言われる側のアルはただ顔を青くするだけだ。

 

「これぞまさに、血も涙もない大悪党! そんじょそこらのザコには到底できない鬼畜の所業! 悪人中の悪人じゃん!」

「う? う……あ」

 

 アルの顔が真っ青になったり真っ赤になったり。状況を受け入れられてはいない。状況を分かってくるだけ、自分がそんな極悪人だなどという事態の理解を脳が拒む。

 

「これがハードボイルドなアウトローってやつだね!! すごいよ、アルちゃん! 見直したよ!」

「へ……あ……? ……あ、あははははは! とっ、当然でしょう! 冷酷無比! 情け無用! 金さえもらえればなんでもオッケー! それがうちのモットーよ!!」

 

 ただ、それを認めれば実行者のハルカに罪を押し付けてしまう。全て自分のしたことにして飲み込むしかないと――いつも通りに無理して高笑いを上げる。

 

「さっき……声。誰だ?」

 

 ただ、カヨコだけが状況を確認しようと動く。先ほど聞いたあの声が想像通りなら、マズいことになる。

 

「あ……あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”っ!」

 

 耳を塞ぎたくなるような悲痛と絶望に満ちた声が耳を打った。それは、カヨコが想像した最悪の状況そのものだ。

 

「なんで……先生。血が、止まらない……? ねえ、起きてよ先生。腕も飛んでない。頭の傷だって大したことは無いはずなのに。……なんで、血が止まらないの?」

 

 ミカが幽鬼のような青ざめた表情で、擦り切れたハンカチで先生の血を拭うけれど――血はとめどなく流れ出て、ミカのスカートを赤く濡らす。

 

「――先……生……ッ!」

 

 カヨコが目を剥く。これが恐れていた最悪だ、誤解か何か知らないがミカは便利屋に敵意を持っていた。

 それが今や、この惨状では……! 幸運にも死んではいない。だが、それで許してくれる相手かと言えば。

 

「あ……ッ!」

 

 ただミカの嗚咽が響く中で、カツンと音がする。ミカの翼に飾っていたアクセサリーの一つ、安物のそれが壊れて落ちた。

 それがトリガーだった。今、確かにミカの心が砕けて……

 

「……なんで、こうなっちゃうのかなあ」

 

 ミカが先生を優しく地面に下ろす。見る限り致命傷ではない、額の傷もじきに血が止まるだろうとカヨコは当たりを付ける。

 だが、今のミカは話が通じるようには見えない。

 

「私はやっぱり魔女なのかなあ。居るだけで、皆が傷ついていく……!」

 

 ゆらりと、倒れかけたような不気味な動作で便利屋を視界に収める。ばさりと垂れさがった髪の向こう側から、ミカの殺意に満ちた眼が覗く。

 

「――社長、皆! 下がれ、この女……ヤバイ!」

「魔女、なら……呪いをかけないといけないね。そうだよ。ただただ殺意と不幸をふりまくのが、”魔女”なのだから――」

 

 ハルカに向けられた銃口。スイッチを持っているハルカが犯人だと、ぐちゃぐちゃになって訳が分からなくなった頭のどこか冷静な部分が弾き出した。

 

「皆、上だ! 奴から奇跡が溢れて、昇って行ってる!」

 

 奇跡、それはキヴォトスの人間が持つ不思議な力だ。銃とは本来汎用性こそが肝なのだが、このキヴォトスでは同じ銃でも撃つ人間によって威力が変わるなど常識だ。そして銃で撃たれても痛いで済むのも、それ(奇跡)の作用。

 威力や範囲の向上、更には仲間の回復などオーソドックスなタイプが多い。が、稀にヒフミのように特殊な能力を顕現させる場合がある。ミカも、特殊なタイプだ。それも”殲滅”に特化した……

 

「――堕ちろ」

 

 引き金を引き絞ると同時に現れた隕石が、彼女たちへ着弾する。

 

「……阿呆か、なんだこの”奇跡”!?」

「――痛そ」

 

 かわせない、迎撃もできない。原始的な速度と重量が、彼女たちと既に壊れた店を蹂躙する。破壊の嵐が吹き荒れた。

 便利屋4人、こんな原始的な暴力の前には対抗策も何もない。

 

「……が、は!」

 

 カヨコが血の混じる唾を吐き捨てる。一瞬意識が途切れた。まともに立ち上がることもできないほどのダメージをもらった。

 ふざけるな、と思う。これではまるで風紀委員長、ヒナと同レベルだ。実質的にただ一人でゲヘナ(無政府国家)に風紀という枷を嵌めている彼女。それと、同じだけの戦力。生徒会長の癖に。

 

「――奴は?」

 

 油断すれば眼が閉じる。眠りに引き込まれる。それだけの大けがを負っている。けれど寝ているわけにはいかないのだ。聖園ミカのあの眼は、ただごとではなかった。

 

「ねえ、アルちゃん。アルちゃんはアウトローに憧れてたんだよねえ? そしてゲヘナという(くびき)から離れ、アウトローになったつもりでいる。ゲヘナを出たことは正しいよ。でもさ、あなたはまだゲヘナなんだよねえ」

 

 歩いて行く。やけに大きく聞こえるその足音は、しかしアルを目指してはいなかった。

 

「――アル! 起きろ! アル!」

 

 目的を察したカヨコは血相を変えて叫ぶ。いつもの役職名(お遊び)など、頭から吹き飛んでしまった。

 

「そう、今のあなたたちは”ゲヘナの”便利屋。まだ戻れるところがあるし、何も失ってもいないよね。だから、踏み込めないんだね? 誰かを踏みにじることに慣れなくて、失敗ばっかり……その有様は、アウトローどころかナード(臆病者)だよ」

「アル! いつもみたいに白目を向くな! 仲間を失うぞ!」

 

 叫ぶが……アルは目を閉じている。あの一撃で便利屋は壊滅した。カヨコだって無理して叫んでいるだけで、立ち上がろうとした足は萎えて腕はぷるぷると震えている。

 

「あ……うあ……!」

 

 アルが目を開ける。今だけは白目をむいて気絶することは許さないと自分に喝を入れる。今、この瞬間だけはそんな気楽な真似は許されないのだ。

 なぜなら、ミカが気を失っているハルカの元へ歩を進めている。殺気だった様子、その末路を想像するのは容易い。

 

「アルちゃん。あなたたちが失敗ばかりの理由を教えてあげる。失敗してもいいって思ってるからだよ。絶対に許せない敵が居るなら、そんな甘えたことは言えないはずなのにね。それが『アウトロー』ってことなんじゃないかな?」

「……違う。そんなはずない。ハルカを……ハルカを殺さないで……!」

 

 そして、ミカは倒れ伏したハルカに銃を向ける。

 

「言えば分かってくれる、なんて思うからこんなことになったんじゃないかな? 取り返しのつかない状況っていうのが、この世にはあるんだよ。アウトローを名乗るなら、不条理とかそういうのは履修済でないと」

「――っやらせない! 私の仲間は……絶対に殺させなんてしない!」

 

 アルは全ての力を振り絞る。隕石の一撃ですでに身体はガタガタだ。起き上がることすら、全身が悲鳴を上げて泣きそうになる。

 けれど、気力で限界を凌駕する。体中が痛いし、視界もふらふらするけれど……今動けなかったら、絶対に後悔するから。

 

「そんなふらふらな身体じゃ、何もできないよ。大人しくそこでハルカちゃんが殺されるところを見てるといい」

「させ……るかァ!」

 

 いつもはペンのように軽い銃。だけど、今はどんな鉄塊よりも重い。腕が震える。手が砕けそう。

 ……ばらばらになっても構わない。ただ、仲間を救うためならば。

 

「があああああ! あぐっ……! 痛ぅ。こっちも言われっぱなしって訳じゃないのよ! 仲間を失うのがアウトローなんて、そんなことを認めるわけにいかないのよ! 聖園、ミカァ!」

 

 衝撃で内臓を痛めた、激痛が身体を走り抜けて頭のどこかが断線する音が聞こえた。それでも、今この場で白目をむいてハイオシマイなんて訳には行かないから。

 そう(白目に)なってしまったら、次に目が覚めるのはハルカの亡骸の横でだと思うから。

 ――絶対に手放さないと誓った仲間を守るため、痛みぐらい我慢できなくてどうするとアルは口の端から血を垂らしながら目の前の敵を睨みつける。

 

「……ッ! まだ、動けたんだ。でも、無駄だよ!」

 

 だが、現実は非常だ。ミカが銃を向けてアルを撃つ。ただそれだけで吹き飛んで動けない。

 限界を突破した? ならば攻撃を叩き込むだけだ。血肉は鉄で出来てはいない、生身の肉体は壊れたらそのままだから。

 

「がはっ!」

 

 瓦礫になった壁に叩き込まれ、それでオシマイだ。瓦礫から脱け出そうとした手はピクリとも動かない。

 

「……さすがにそれは洒落になってないと思うんだよね」

「いくら貴様がティーパーティーで、私たちが不良生徒と言えど――勧告で済むレベルではないぞ……!」

 

 ムツキとカヨコが痛む身体を押してミカへと襲い掛かる。

 

「あは☆ そんな精彩を欠いた動きで私を倒せると思ってるのだとしたら、よほど都合のいい頭をしてるんだね。それに、ほら――撃っていいの?」

 

 ミカがハルカの髪を掴み、前に晒す。そのまま撃てば仲間に当たる。二人に虫の息のハルカにとどめをさすような真似ができるはずもなく……

 

「な……ッ! 卑怯者!」

「そこまでするか!? 聖園ミカァ!」

 

「――相手が自分の気持ちよくなるよう戦ってくれると思うなんて、あなたたちはよほど幼稚なお花畑なのね。確かに便利屋はゲヘナの中でも疑いようもなく上位層。けど、所詮は”子供”の範囲……!」

 

 ハルカを盾にしたまま銃を撃つ。二人とも、瓦礫に叩き込まれた。

 

「あ……え?」

 

 やっと、ハルカが目を覚ます。

 

「おはよう、ハルカちゃん。そしてさようなら。便利屋はきっと、ずっとあなたのことを覚えていてくれるよ。そうなることで、アウトローらしく一本の筋が入る。『復讐』と言う、願いを叶えるために何でもする……そんな本当のアウトローに」

「うえ……え……?」

 

 まだハルカは分からない。目を覚ましたと言えど、ダメージが甚大だ。そもそも隕石は彼女に向かって堕ちた。他の三人はあくまで余波だ。

 ……何を言われても、理解などできないようなぼろぼろの有様である。

 

「やめなさい!」

 

 ダン、と銃声が響くがそれはどこかに外れた。アルが再び起き上がった、が――その身体はとっくに限界を振り切っていた。

 

「そこで見てて、アルちゃん。そして覚えておくといいよ、この魔女の顔を……!」

 

 ミカはハルカの脳天へ銃口を当てて……

 

「やめ……!」

「ハルカ……!」

「まって……!」

 

 便利屋の三人は意識を失っていないけど、しかしもはやその腕に力は一かけらも残っていない。

 引き金が引かれようとした、その時。

 

「――敵が居たぞ! 『ティーパーティー』だ!」

 

 第三者の声がした。同時に迫撃砲がミカに叩き込まれる。

 

「今……だ!」

 

 ぐらりとよろめいたミカ、その手からハルカが滑り落ちる。そこをカヨコが奪取する。

 

「何が……!?」

 

 ミカは邪魔をした者達を探す。

 

 

 





ミカ「先生……なんで倒れてるの? トマトジュースこぼしちゃダメだよ……?」

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