便利屋はちょっとした行き違いから大将の店を爆破してしまった。
それは疑いようもなく悪いことで、学区外犯罪であるのだから矯正局送りになっても仕方のない犯罪だろう。
実のところ爆破騒ぎなんてキヴォトスではいつでもどこかで起こっているものでしかないから、おとがめなしではなくとも逮捕の手間を惜しむことはあるかもしれない。
けれど、重要なのはそれではない。
「そこで見てて、アルちゃん。そして覚えておくといいよ、この魔女の顔を……!」
ミカはハルカの脳天へ銃口を当てた。
便利屋の三人は意識を失っていないけど、しかしもはやその腕に力は一かけらも残っていない。
引き金が引かれようとした、その時。
「――敵が居たぞ! 『ティーパーティー』だ!」
50㎜迫撃砲が叩き込まれ、その隙に便利屋はカヨコを奪取した。そして、それを実行した風紀委員会は更なる火力を投入する。
「こんな場所に居るとはな、ティーパーティー! お前、便利屋ともども問答無用でまとめて叩き潰してやる!」
「ま、待って……イオリ。……なんで、聖園ミカがこの場に……というか、攻撃しちゃ……」
もっとも、イケイケドンドンと攻撃しまくっているイオリとは裏腹にチナツは止めようとしているが。
混乱のただなか、それも相手が憎きティーパーティーとあれば部下も攻撃の手を止めるはずがない。混沌は更に加速する。
誰も望んでいないはずの戦線が拡大する。
「よくもやってくれたね。先生の居る場所に、砲撃なんて……?」
ミカが真っ先にするのは先生の確認だ。血を流して気を失っていた。砲弾が流れ弾で周辺を破壊するだけでも生き埋めになってしまう。
それでなくても、外から攻撃されるのであれば先生の救出は急務だ。
「先生は? 先生は、どこ――」
けれど、置いておいた場所に先生がいない。目を覚ましたはずがない、先生ならここで逃げることはしないから。
打ち込まれる砲弾を意に介さずに先生の姿を探し求める。
「――あんたたち、先生を離しなさい!」
聞こえてきたのはセリカの声。アビドスメンバーもまたここに来ていた。そして、便利屋メンバーはハルカとともに先生もかついで逃げ出そうとしていた。
先生も連れていくとはなんと義理に溢れたことだろう。先生を気にせず風紀委員会とやり合ってほしい腹黒い計算もあったけれど。
「じゃあ、返す!」
人を投げ渡す音がミカにまで聞こえてきた。まあ、便利屋にとっては先生を確保しておくうまみもない。
知り合いだから人質にしたくないし、抱えて逃げるほど余裕があるわけでもない。
「みんな! みんなは行って! 先生をお願い!」
ミカは来てくれたアビドスメンバーに向かって叫ぶ。アビドスは信用している、先生を任すことに否やはない。
「ミカさん! これどういう状況!? なんでや便利屋が……あと、あっちの物騒なのは何!?」
「――セリカちゃん、聞いたことはない? ゲヘナの風紀委員会だよ。何の用か知らないけど、先生の居るここに砲撃してきた……! 早く逃げて!」
混乱する状況の中、イオリが歩を進めてきた。
「いやいや、私も先生が居るなんて知らなかったぞ。私たちはただ便利屋を掴まえに来ただけだ。……けれど、ティーパーティーが居るんなら仕方ないよな? ぬがっ」
まるでチンピラみたいに威嚇しながら近づいてくるイオリは、チナツに撃たれて頭をさする。
「いえ……元々の狙いは先生……と、いうことでもなく。そちらに居る方々はアビドスでしょうか? 先生を病院に連れて行くならどうぞ。ゲヘナで看病しようと思っていたのですが――まあ、そういう話をしている場合でもないようなので」
ふぅ、とため息を吐きながらチナツが話し出す。さっきの銃弾は黙っていろとの意味だ。まあ、そんな真似までするのだから内心はまったく穏やかではないのだが。
「あは。便利屋なんて木っ端、こんな大部隊でどうかする意味もないでしょ。でも、うん……条約賛成派ならアレが目障りなのは分かるけどね。本当の狙いは先生だね?」
ミカが殺気を隠さずにチナツの下まで歩いて行く。
「ええ。狙いは先生でした。ティーパーティーが狙う、連邦生徒会肝入りの『連邦捜査部シャーレ』。権限だけを持つ、中身のない豪華な箱。利用方法によってはとんでもないことができますからね。先生を狙う勢力から保護してあげたかったのです」
「潔いね。まあ、こんな状況になってるなら誤魔化しても意味ないかな? しっちゃかめっちゃかの状況、別にあなたたちも先生のことを殺したかったわけじゃない。私が居るから、少し巡り合わせが悪くなってしまっただけ」
「……? いえ、あなたが居て話がややこしくなったことは事実ですが……。さて、ここは互いに見なかったことにしませんか。先生のことも力尽くは諦めます」
「見なかったこと? まあ、これは確かにどっちにも都合が悪いよね。私はホストじゃないし、大義名分もなしに勝手に風紀委員会との戦線を開くわけにもいかないもの。それが一番良いのは分かるよ」
「そうですね。あなたは条約反対派と聞いていますが、ここは学区外です。勝手に戦闘を起こしては、聖園様にとっても都合が悪いでしょう。まあ、こちらとしても便利屋だけ掴まえておけば名目は立ちますし」
「……でも、駄目」
ずっと下を見て表情を見せなかったミカが、きゅうと唇の端を吊り上げた。攻撃のためだけの、狂った笑み。
ものみな全て壊れてしまえと、狂気を宿して濁った瞳。
「……聖園様?」
「先生を怪我させたハルカちゃんは殺す。そして、倒れた先生のところに砲弾を撃ち込んだあなたたちも許さない……!」
ミカの殺気が弾けた。
「チナツ、どけ! こいつは私が!」
「イオリ、待ちなさ……!」
イオリのライフルがミカの腹を撃ちぬいた。だが、ただ強いから耐えて――
「空崎ヒナでもないのに、私と勝負になると思っているの?」
ミカのサブマシンガンに打ち抜かれてイオリは地面に転がった。絶望的なまでの戦力差、多少強い程度ではミカの相手にはならないのだ。
「……イオリ!」
「次は、あなた。便利屋は逃げたけど、風紀委員会を潰してからゆっくりと探すことにする」
イオリを瞬殺したミカはチナツへ銃を向けた。
「……くっ! ひゃあああ!」
隠れて逃げた。
「深追いは……危険かな? それに指揮官は別みたいだし――おっと☆」
飛んできた砲弾を殴り飛ばした。
「ひぃっ! なんで50㎜迫撃砲が通用しないの?」
「くそっ。だが、相手も人間だ! 撃ちまくれ!」
「ちょっとちょっと! ティーパーティーって、あんなに強いの?」
その風紀委員会の部隊は騒然としていた。一端の部隊だ、弱いはずがない。砲撃の精度も良い、チンピラとは比べ物にならない正式の軍隊だ。
迫撃砲を撃ち続けていた彼女たちに、ミカは目を向ける。
「あはは。こんなんで私を止めようなんて甘い甘い……」
銃声がして迫撃砲が止まった。一流であっても、それは決して上位陣ではない。治安の乱れたアビドスの政治機構、対策委員会にはただの一流程度では敵わない。
「ミカさん! 先生は向こうで応急手当中! ノノミ先輩が診てくれてる! 事情は知らないけど、アビドスで好き勝手やってくれたわね。こいつら!」
「でも、こんなことしてていいのかな……?」
アビドスメンバーが横から近づき、迫撃砲の部隊を仕留めたのだ。だが、シロコの様子がおかしい。
とはいえ、今の状況で気にかける余裕があるわけもなく。
「シロコ先輩、そっちは後で考えればいいでしょ! まずはこいつらをぶっ潰してからよ!」
「うん。ゲヘナの奴らは叩かないと……ね。そうしないと先生が危ないから」
ミカは先に進む。
「……き、来た……!」
「反撃しないと……!」
風紀委員会にとっては全てが予想外。だが、兵隊の仕事は上の考えをどうこうすることではなく戦うことにある。そして、アビドスにはもともと戦いに来たのだ。
まあ、その相手が予想外すぎるのだが……しかし、手元に武器があって敵がこっちに向かってくるのだから迎撃するまでだった。
「あは……便利屋も、風紀委員会も――全部私が潰してあげる!」
ミカが縦横無尽に暴れまわる。しかも……
「ん。そこには地雷を設置しておいた」
「アビドスに来といて私たちを忘れるんじゃないわよ!」
ミカに火力を集中するとシロコとセリナが後ろから刺してくる。ミカが強すぎるのに加え、シロコとセリカも部隊単位で相手しないと厳しい。
ミカに集中すれば隙を突かれ、しかし先にアビドスを抑えようとすればミカの正面突破を許してしまう。単純に、相手の総合力が風紀委員会を上回っている。
「ふふ。ふふふふふ……」
それを見て、全てを仕組んだ女は笑っていた。
「ちょっと、アコ! どうするのですか、これ! 先生の心配はたぶん要らないでしょうけど、どう始末を付けるつもりですか!?」
チナツが隠れて通信機に怒鳴りつける。いや、全てはミカがここにいたことから歯車が狂ったのだが……しかし、コイツの命令でこうなっていることは事実。
心神喪失していられても困る。確かに笑うしかない状況かもしれないけど。
「進捗がよくないですね。先生を保護したという報告はまだですか。まったくアビドスも自治体もどきのくせによく抵抗するものです……」
「アコ! 現実逃避はやめなさい! 私たちが戦っているのは聖園ミカです! こんなことになってエデン条約に傷を付けることになれば……!」
「ふふふ……ですが、関係ありません。12時の方向、それから6時の方向……3時、9時……風紀委員会には、まだ兵力が残っているのですよ……!」
「聖園ミカを制圧するつもりですか!? まあ、向こう側もそうまでしないと止まらなさそうですが。……そうだ、便利屋はどうなりましたか?」
「私は、シャーレと衝突するという最悪のシチュエーションも想定していました。ええ、きっかけは、ティーパーティーでした。シャーレに関する報告書を手に入れてる……と。そんな話が、情報部が上がってきて」
「アコ? 誰に説明を始めているのですか? アコ? 便利屋は逃したのですね? この混乱では仕方ないとはいえ、後でどう言い訳しましょうかね……!」
「当初は私もシャーレとは一体何なのか、全く知りませんでしたが……ティーパーティーが知っている情報となれば、私たちも知る必要があります。連邦生徒会長が残した正体不明の組織……大人の遠征が担当している、超法規的な部活。どう考えても怪しい匂いがしますよね」
「…………アコ?」
「とても危険な不確定要素。エデン条約にも、どんな影響を及ぼすのか分かったものではありません。ですからせめて条約が無事締結されるまでは、私たちの庇護下に先生をお迎えするために。ついでに、居合わせた不良生徒たちも処理したうえで……といった形で」
「アコ、いい加減正気を取り戻してください。アコ? って、指揮はどうしたのですか!? 6時、9時……部隊がどんどん溶けていきます! 聖園ミカ、これほどまでとは。……それにアビドスも厄介ですね。どちらかだけであれば、どうにもでもできたものを……!」
チナツはほぞを噛む。
確かにアビドスとミカは相性がいいのだろう。協力して風紀委員会を倒している。とはいえ、別にツーカーというわけでもなんでもなく……
相手の戦力がこちらを上回った結果としてやられているだけだ。難しいことは何もない。ただ聖園ミカというジョーカーが居ることを予想できなかった、それが敗北の原因。
「まあいいでしょう。それでは――風紀委員会、攻撃を開始します。対策委員会と便利屋を制圧して、先生を安全に確保してください」
「虎の子まで出すつもりですか!? いいえ、こうなってはもはや引くこともできませんね……私も行きますよ、アコ」
敗北必死のこの状況。後はもはや更なる強力な部隊を引っ張り出す以外にない。もはや何でも使わなければならない状況だ。そして対するミカとシロコ、セリカも攻撃の手を緩める気などない。
戦争と言えるだけの争いに、更なる火力を注ごうとしたその瞬間。
「やめて!」
先生の大声が、全員の動きを止めた。