聖園ミカの弱くてニューゲーム   作:Red_stone

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第23話 すれ違う茶会

 

 

 風紀委員会とミカとの戦争は、空崎ヒナが頭を下げたことで収束した。先生は無事で、壊れたアクセサリーも帰ってきた。

 ――そして、全てはなかったことになった。

 

 それが一番だ。三方良しどころか、全員が損を飲み込む選択で、では第4者の便利屋も得したかと言えばそうではない。爆破をうやむやにできたことは得かもしれないが、それもマイナスをどうにかするものでプラス方向に傾いたわけではない。

 

 あまり感情では納得しづらいが、しかし我儘を言ったところでしょうもないリアルだった。因縁をふっかけて喧嘩したいわけじゃないのだ。

 なかったことにするというのは、賢い選択肢であることは間違いないから。

 

「……先生?」

 

 そう、話はこれでおしまい。ハッピーエンドには遠く、徒労感だけが空気を支配するが話はついた。全て終わったはず……なのに、見れば先生が居ない。

 

「ミカさん、先生はやることがあるとおっしゃってそっちに……」

 

 先生を診ていたノノミがおずおずと瓦礫の奥の方を指差した。

 

「ノノミちゃん!? 先生は怪我してるんだよ! ちゃんと見てないと――」

「そうだよ、ノノミ先輩! いくらおおらかだって、今の先生を勝手に出歩かせるなんてありえないじゃない……!」

 

「で、でもねセリカちゃん。止めようとしたのよ? 先生がやることがあるっておっしゃってそっちの方に進んで行くのを追いかけたんだけど……」

「あっち!? ……居ない?」

 

 崩れかけた道、だが歩ける。そんな一本道で、先生の足では遠くには行けないはず……なのに足音は聞こえてこない。

 どこにも見つからない。忽然と消え失せていた。

 

「――だ、だめですよ。私もそこに入って行ったのを見て掴まえようとしましたけど、失敗しましたから」

「ど、どういうこと!? 幽霊みたいに消えちゃったとでも?」

 

「あう……はい。その通りです……」

「そんな……」

 

「ううん。きっと大丈夫」

 

 ぎりぎりと歯を食いしばっているミカが保証するが、それはそんな人を安心させるような顔ではなかった。むしろ、自分に言い聞かせているだけの……

 

「……ミカさん」

「ミカさん、でも……!」

 

「いいえ、セリカちゃん。先生は大丈夫ですよ」

「……ノノミ先輩!? なんで……? 先生は頭を打って血を流してたんだよ。先生は外の人なんでしょ、ちゃんと診てもらわなきゃ……ノノミ先輩?」

 

 指を唇に当ててほほ笑んでいるノノミは、冷や汗がほおを伝わっていて――明らかに無理していた。

 

「はい。ミカさん、先生は大丈夫です。血は確かに止まっていました。派手に出血していただけで大した傷ではありません。それに、ふらついている様子や気持ちが悪いといった様子も見受けられませんでした。……先生は大丈夫ですよ」

 

 大丈夫、という言葉を繰り返す。心配していないわけじゃない。今すぐ先生を連れ戻して説教して病院にブチ込みたい。

 だけど、今はミカのことを気遣っている。先生よりも、今のミカの方がよほど顔色が悪いのだ。

 

「先生は、やることが多いから。……ホシノちゃんが居ないね、どこに居るか知ってる? ううん、知らないよね」

「――ミカさん、ホシノ先輩の居場所を知ってるの!?」

「セリカちゃん、今は……!」

 

「ごめんね、知らない。でも、ホシノちゃんに何かがあったのなら先生が放っておくはずがないから。そういう人なんだ、先生は。自分のことなんて、いつでも後回しで……」

「ええ、そうですね。先生はそういう方でした。でも、大丈夫ですよ。先生はやることが終わればひょっこりと顔を出してくれます。そういう人だって、ミカさんが一番分かっているでしょう?」

 

「そうだね、ノノミちゃん。私は一度トリニティに帰るよ」

「はい、先生が帰って来たら連絡差し上げます。ミカさんも、先生を見かけたら一報くださいね」

 

「うん。ノノミちゃんの方は……」

 

『アビドスはアビドスでやることがあります』

「アヤネちゃん、どうしたの?」

 

『風紀委員会が気になることを言っていました。だから、ホシノ先輩のことは先生が何とかしてくれると信じて私たちはそちらを調べます』

「うん、そうだね。やれることがあるなら、やらないといけませんね」

 

 アビドスはアビドスでやることができた。だって、先生はいつも先生だから。たくさん心配しても無駄になるのだ。だから。

 

「――アヤネちゃん、ノノミちゃん。頑張ってね。ホシノちゃんのことも、絶対に大丈夫だから」

 

 ミカも、無理すれば笑みを浮かべられるくらいには気を取り直した。

 

「ええ、ミカさんもあまり思いつめないでくださいね」

「あのカイザーコーポレーションが何かをしてるならぶっ潰さないとだからね! ミカさんも手伝ってくれるよね」

 

「あは。セリカちゃん、喧嘩っ早いね。うん、その時は手伝ってあげる。……またね」

 

「ええ、また!」

「はい、また会いましょうミカさん」

『今度は通信ではなく顔を合わせて話しましょう!』

 

 それで、ミカはトリニティに帰る。だが、制服はずたぼろだ。正義実現委員会なら勲章かもしれないが、生徒会はそうではないだろう。

 

 ということで、いくつか用意してあるセーフハウスに立ち寄ってシャワーを浴びて制服も変えた。

 

 外面だけ取り繕ってトリニティに足を踏み入れる。思えば、こういうことばかり。外見ばかりを取り繕って、本心を見せないようにしたのはいつからだっただろう?

 

「――ミカ様、ナギサ様がお呼びです。ついて来ていただけますか?」

「ああ、あなた……誰だっけ? まあ、いいや。ナギちゃんが呼んでる……ねえ。心配性だなあ、何か耳に入っちゃったかな。何か聞いてる?」

 

 ミカはくすくす笑う。いつものごとく仏頂面で、個性を押し殺したティーパーティーの生徒。それがなぜだかとてもおかしい。

 その彼女は情緒のおかしなミカを気にせずに話を進める。

 

「いえ、私は何も」

「あっそ。付いて行ってあげる。今日はどこでお茶会をやってるの?」

 

「ああ、いえ……今日はナギサ様のご実家に、ということでした」

「……? ナギちゃんのお家。あまり使っていなかったはずだけど。ああ、あなたに聞いても何も分からないよね。場所は知ってるけど、ついてくる?」

 

「ナギサ様からはお連れするよう仰せつかっておりますので」

「大仰だなあ。でも、こんなふうに連行されると手土産の一つも買えないじゃん?」

 

「お茶も、お菓子もナギサ様が用意してくださっているので必要ありません」

「いやいや……そういうのは気持ちがだね?」

 

「買い物や着替えを理由に逃げるかもしれないので見張っているように、とも承っております」

「――今日のナギちゃん、なんだか余裕がないね。これは何言っても無駄そう。じゃあ、さっさと済ませよっか」

 

 くるんと後ろを向いて歩いて行く。

 

「……ミカ様、ナギサ様の家はその方角ではありませんが」

「え、知らないの? 今日はシャンゼリゼ通りでパレードがあるんだよ。ちょっとだけでも見ておきたいじゃん」

 

「まあ、多少の遠回りなら構いませんが」

「というか、遅いぞー? そんな歩き方じゃナギちゃんの家に着くまでに日が暮れちゃうぞ」

 

「いえ、そこまで距離は離れておりませんので」

「……はあ。話しづらい」

 

 そして、寄り道して時間をかけて……ナギサの待つ家に着く。

 

「あなたも来るの?」

「いえ、私はご案内を仰せつかっただけなので」

 

 案内役は帰って行った。

 おちゃらけた物言いで誤魔化しているが、実はミカは本当に心からナギサに会いたくなかった。特にわざわざ付けていたアクセサリーを壊してしまった今は。

 

「どうぞ、お入りください。ミカさん」

 

 入口でインターホンを押すのを躊躇っていると向こうから声がかかってきた。観念して門を開ける。

 向こう側には豪邸が見えるが、まあ本邸には居ないだろう。ナギサのことだから庭に居るはずとスルーして生垣の方へ進む。そこらへんは勝手知ったるなんとやらだ。

 

「――昨日ぶり、ナギちゃん」

「はい、昨日少し顔を合わせたきりですね。ミカさん」

 

 椅子に座り、紅茶を優雅に嗜むその姿。……だが、ミカはそれがナギサにとって限界を示していると知っている。本来のナギサなら会いに来た相手を無視するみたいに紅茶を飲まない。そもそも立って出迎えるのが礼儀だ。

 そこを外すのだから、なるほど本調子から外れている。

 

「失礼するね、ナギちゃん」

「はい、どうぞ」

 

 しかし、まあ……そんなことをされてミカが黙っているはずもない。喧嘩する理由が出来たとばかりにマシンガントークで迎撃するはずが……ただおしとやかに椅子を引いて座る。

 どちらとも、本来の姿からはかけ離れた姿だ。

 

「……」

「……」

 

 押し黙る。こんなことはなかった。最近、ずっとこうだ。本当に大切に思い合っているはずなのに、いざこうして顔を合わせると辛くなってしまう。

 

「あ、御免なさい。紅茶をどうぞ」

「……あ、ありがと。ええと、今日は何の用で呼び出されたのかな? ナギちゃん」

 

 その問いで、また互いに押し黙る。ミカは紅茶を呑んで誤魔化そうとするが、味がしなかった。

 

「……本日、アビドスでゲヘナの風紀委員会が騒ぎを起こしたそうです。どうも”なかったことに”となったようですが。――何かご存じではないですか、ミカさん」

「うん? 確かに騒ぎがあったね。対策委員会と、何かやりあってたよ。あの子たちは曲がりなりにも自治区運営をしてるし、そのほかにも賞金稼ぎとかしてるみたいだし……」

 

 疑いと、当たり障りのない話で方向性を逸らす二人。

 

「いつからこうなってしまったのでしょう。昔は、三人の間に隠し事なんてなかったはずなのに……今はこうして、上滑りするような会話ばかり」

「……ナギちゃん。……ごめんね。全部、私がバカだから……私が……魔女……だから……」

 

「「……」」

 

 また、腹の奥底が重くなるような沈黙が落ちる。ナギサがぽつりと囁いた。

 

「無事に帰ってきてくれて良かった。どうして、これだけのことが言えないのでしょう」

「……ナギちゃん、何か言った?」

 

「いえ、何も言ってはおりませんよ」

「そっか。そうだよね。……ナギちゃんが、私を心配してくれるなんて」

 

「ミカさん。ミカさんは……何をしているのですか?」

「何を……って。昔から私は考えなしにそこらへんで遊んでいた子だったでしょ? シャーレの先生、面白そうな人を見つけたからつきまとってるだけ」

 

「先生……ですか。ミカさんがそこまで慕うということであれば、トリニティの大人とは違うのでしょうね。ええ、報告書からでも違うというのは分かりますよ」

「そうなの! 先生はすごいんだよ! 先生はとっても優しくて、恰好良くて、私の王子様で――」

 

「ミカさん、あまり興奮するものではありません。トリニティの生徒会長らしく淑女であることを忘れてはいけません」

「……あ、ごめんね」

 

「ですが、そこまでの方ならいずれトリニティにお呼びすることも考えておいた方が――」

「だめッ!」

 

「み、ミカさん? どうかしましたか? ……以前も、先生をトリニティにお呼びするのは嫌がっていましたね」

「あ、ごめんなさい。でも、今は駄目なの。時期が来るまで、トリニティに先生を呼んじゃダメ……」

 

「……言えない事情ですか?」

「うん。どう伝えていいかも、分からないし……」

 

「そうですか。では、言えるようになったら話してください。……おや、昨日付けていたアクセサリー。あれは……」

「……う。ああ――」

 

 ミカは酷く怯えた表情になる。ナギサは訝しんで手を伸ばそうとする。

 

「ミカさん、どうしました? 顔色が悪いですよ」

「――ッ! あんなの! あんなの捨てちゃった! ダサくて、安っぽくて――とてもトリニティの淑女が付けているようなものじゃない! もう要らなかったんだ!」

 

 叫んで、逃げるように飛び出してしまった。

 

「……ミカさん? これは」

 

 逃げたミカの席を見ると、古ぼけたハンカチが落ちていた。中に大事そうに包まれていたのは、壊れたアクセサリー。今まさに話していた、そのアクセサリーだった。

 

「ミカさん、このカップはミカさんに貰ったものなんですよ? 気づいていなかったようですが」

 

 ふう、とため息を吐く。

 

「やはり、ミカさんは私よりも敵の正体に近づいている。いつもは憎たらしいほどに自信満々なミカさんがあそこまで憔悴するような敵。……当然ですね、何せそいつはセイアさんを殺した相手なのですから」

 

 目を伏せる。一筋縄でいく相手ではないのだろう。彼女の強さは知っている。”個”ではどうしようもなかったのだろう。そして、正義実現委員会を動かしても駄目なのだろう。

 それほどの相手なのだ。

 

「どうぞ、安心してください。ミカさん」

 

 そのハンカチとアクセサリーを大事そうに握りしめる。

 

「必ずや私がエデン条約を成立させ、その敵を倒しましょう」

 

 声を落として、呟く。

 

「……例え私の命が失われようとも」

 

 

 

 そして、帰ったミカは。

 

「……ないっ! ない、ない、ない……! ナギちゃんのアクセサリーは? セイアちゃんのハンカチは? なんで、ないのぉ? 着替えた時、絶対にポケットに入れたはずなのに……!」

 

 ナギサが拾ったそれを探し求めていた。

 

「あは。……うん、そうなんだね。結局はそうなる運命だったんだ。ここに残して置いたら燃え堕ちる。だから肌身離さず持っていようと、そう思ったのに……結局は無くなってしまうんだ」

 

 目からぽろぽろと涙が零れ落ちる。だけど、それでも守ると誓った人が居るから。

 

「――でも、いいの。私は先生がお姫様だって言ってくれただけで救われてる。私はナギちゃんとセイアちゃんを助けるんだ……! 私の”何”を代償にしてでも……!」

 

 冷たい絶望と、かすかに差す希望。ミカはただ光を目指してその道を突き進むだけだ。

 

 

 

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