そして、次の日にミカはアビドスまでやってくる。先生が帰って来ると信じて。そして、実際に先生は帰ってきた。
「ごめんね、心配かけちゃったかな? ちょっと病院に寄ってたら時間が取られちゃって」
先生が無事であることはモモトークで夜に発信されていた。とはいえ、本当に無事であると確認出来たら気が抜ける。
「先生……本当にもう、心配かけて……!」
「それに病院に行ったのも用事とやらが終わってからですよね? まったく、自分の身体を大切にしてください」
アビドスの面々は涙もろく先生の帰りを待ちかねていた。その横にホシノも居れば、と思ったが……そうでもなくても何かは掴んできてくれたのだろうと信じている。
「――先生。本当に良かった。生きててくれて……!」
ミカが抱きついてわんわん泣き始めた。
「あはは。ごめんね、心配かけちゃったね」
優しく頭を撫でて子供のようにあやす。しばし、温かな雰囲気が広がった。
「……さて、本題に行こうか。ミカも、私に力を貸してほしい」
「うん、先生のためなら」
一つ頷いて。
「アヤネ、何か掴んだことがあるんだよね?」
「あ、はい! その通りです。風紀委員会の方が話していたことの一部が気になって調べました」
アヤネは興奮している。それだけ凄まじい発見だ。
「うん。何がきっかけ?」
「自治区近くの戦闘で、と彼女は言いました。おかしいですよね? ここはアビドスなのに、まるで放棄地帯で戦闘しているみたいじゃないですか。――だから、調べました」
「そっか。よく調べてくれたね」
「はい、衝撃の事実です……! 皆さん、まずはこれを見てください! 直近までの取引が記録されてる、アビドス自治区の土地の台帳……『地籍図』と呼ばれるものです」
「地図……土地の所有者を確認できる書類だね……? でも書類なんて見なくても、アビドスの土地は当然アビドス高校の所有ではないかな?」
「私もそう思っていました。けれど、そうではなかったのです。セリカちゃん」
「午前中にお見舞いに行ったとき、大将から話を聞いたの。柴関ラーメンが入っている建物はもちろんのこと、このアビドス自治区のほとんどが……私たちの学校が所有していることに、なっていないって」
「アビドス自治区がアビドスの所有じゃない。であれば、現在の所有者は当然……」
「カイザーコンストラクション……そう書かれています」
「……酷い自作自演を見せられた気分になるね」
空気が沈み込んだ。今まで必死に努力してきたことは、結局は汚い大人の手のひらの上でしかなかったのだから。
「……すでに砂漠になってしまった、本来のアビドス高校本館と、その周辺数千万坪の荒れ地。そしてまだ砂漠化が進んでいない、市内の建物や土地まで……。所有権がまだわたっていないのは、今は本館として使っているこの校舎と、周辺の一部の地域だけでした……」
「コンストラクションが独自にやったこと……でもないよね?」
「カイザーコンストラクションはカイザーコーポレーションの系列です。アビドスの自治区を、カイザーコーポレーションが所有しているんです。ただ主導しただけ、コンストラクションが潰れてもどうにもなりません」
「正当な取引である以上、証文を焼いても無駄だね。真似事でしかなかったブラックマーケットの銀行と同じようにはいかない」
「とはいえ、おかしいですよね。学校の自治区の土地を取引だなんて、普通は出来るはずがないです。一体誰がこんなことをしたのかという疑問が残りますが」
そこで黙って聞いていたミカが口を挟む。
「そんなの、前の生徒会に決まってるじゃん。ホシノちゃんなら知ってるんじゃない? いや、知らないかも……? トリニティすら先輩から秘密を聞いてないなんてよくあることだから、アビドスなんて……ね。でも学校の資産の議決権は生徒会にあるのは事実。それが可能なのは普通に考えて、その学校の生徒会だけ」
「……はい、その通りです。取引の主体は、アビドスの前生徒会でした。ミカさんの推測は、正しいと思います」
「ううん……だけど、アビドスの生徒会はもう2年前に無くなったはずじゃなかったかな?」
来る前に調べた知識の使いどころ、と先生が口を挟む。
「はい。ですので、生徒会が無くなってからは、取引は行われていません」
「うん、これはもう決まりだね。前の生徒会が売り払っちゃって、時期的にホシノちゃんも特に聞いてなかったんじゃない?」
「何をやってんのよ、その生徒会の奴らは!! 学校の土地を売る? それもカイザーコーポレーションなんかに!? 学校の主体は生徒でしょ!? どうしてそんなこと……ッ!!」
「こんな大事に、ずっと私たちは気付かないまま……」
「……それぞれの学校の自治区は、学校のもの。余りにも当たり前の常識です。当たり前すぎて、借金の方にばかり気を取られて、気付くことが出来ませんでした。私が、もう少し早く気づいていたら……」
暗く沈み込む。そして、こんなときいつも明るく励ましてくれた人のことを思い出す。
「こんなとき、ホシノ先輩がいてくれたらなんて言ってたかな?」
「……ホシノ先輩は怠け者だし、色々とはぐらかしてばっかりだけど、大事な瞬間には絶対に誰よりも前に立ってる」
「そうだったね、いつも絶対に先陣を切る」
「ホシノ先輩はいろいろとダメなところもあるけど、尊敬はしてる」
今もホシノは行方不明だ。気まずい雰囲気が漂う。
「……では、どうして前の生徒会は、カイザーコーポレーションにアビドスの土地を売ったんでしょうか?」
パン、と手を打ってアヤネが話を変える。
「実は裏で手を組んでたとか」
「別に私はアビドスの生徒会じゃないけど。でも、ちゃんと学校のためを思って色々と頑張ってた人たちだったんじゃないかな? 多分、最初は借金を返そうとして……って感じなんだろうね~」
「借金のために学校を売る……か。でも、ありがとうミカさん。顔も知らないけど、私たちの先輩を信じてくれて。ちょっと嬉しかった」
「……別に、あなたたちのためじゃない。でも、たくさん頑張ったのに結果が出ないからって裏切りを疑われるのは可哀そうだから」
「はい、私もそう思います。当時すでに学校の借金は、かなり膨れ上がった状態でした。ただ、それでもこのアビドスの土地に高値がつくはずもなく。少なくとも借金自体を減らすには至らなかった。それで、繰り返し土地を売ってしまう負の循環になってしまったのでしょう」
「……何それ、なんかおかしくない? 最初からどうしようもないって言うか……」
もごもごと、セリカは独特の嗅覚で話のおかしな部分を見つけ出す。
「……そういう手口も、あるよね」
先生が、顎に手を当てて考える。大人の視点で……というより、先生は企業を敵視しているふしがあるから。もしくは生徒の方に肩入れしすぎている。
「え? どういうこと?」
「アビドスは、悪質な罠に嵌められたのかもしれない」
「え? え?」
「あ~……。なるほど、そっか」
「……アビドスにお金を貸したのも、カイザーコーポレーション。カイザーローンが、学校の手に負えないぐらいのお金を貸して、利子だけでも払ってもらうために土地を売るように仕向ける――というような、罠」
「はい。きっと甘言を弄したのでしょう。……これでアビドス自治区そのものが、ゆっくりとカイザーコーポレーションのものになる」
「元々、そういう計算だったのかもしれないね」
「アビドスにお金を貸した時点で、こうなるように全てを……」
「だいぶ前から計画してた罠だったのかもね。それこそ、何十年も前から……。それくらい、規模の大きな計画だったのかも」
企業による自作自演だったというのが先生の推理。ただ、ミカだけが疑問を持つ。
「それはなくない? それ、逆にカイザーコーポレーションを信じていないと成立しない推理だよ?」
「おや? どういうことかな、ミカ」
反論された先生はすごく嬉しそうな顔をする。まあ、イエスマンでないところがミカの良いところであり悪いところでもある。
「お金を貸した時点でこうなることを予測していた……ってことはさ、原因不明の砂嵐がずっと続くことを知っていたってことだし。それを抜いても、ここまで赤字を垂れ流してそんな不健全な企業活動ができる? そして何より、砂漠化をどうにかしなきゃ不毛な土地を手に入れても利益にならないよ?」
「……うん。ミカの言うことはもっともだね? だけど、カイザーコーポレーションにどうにかできる手段があるとは考えられないかな?」
「そんな超技術はないよ。砂漠化がカイザーコーポレーションが引き起こしたものだったら……とちょっと考えたけど、さすがにそれを見逃すほど連邦生徒会長とSRTは甘くない。失踪するよりも随分と前の話だからね」
「そっか。でも……それは懸念を晴らすには至らない。というか、逆だよね? 全てがカイザーコーポレーションの思惑通りであれば手の打ちようがない。けれど、これらが全て次善の策でしかないとすれば」
「学校の借金、このアビドスが陥っている状況、そして私たちが先生と一緒に見つけ出してきたいくつかの糸口。全てが繋がりました。全ては苦し紛れの策。垂れ流した大赤字を少しでも取り戻すために……!」
「カイザーコーポレーションはまだ手に入れていない”最後の土地”であるこの学校を奪うために、ヘルメット団を雇用していた……! 不毛の土地だけ手に入れたところで、生徒会の権限までは手に入らない。けれど、学校そのものを手に入れれば!」
「カイザーコーポレーションの狙いはお金ではなく土地だった、という結論で良いと思います!」
「……ここで、ヒナちゃんから聞いたことが活きてくるね」
「ミカ、何を聞いたの?」
「アビドス砂漠……そこでカイザーが何かしているんだって。大赤字を取り戻すために大企業が縋るほどの”何か”がそこにある」
「あはっ! なら話は早いじゃない。実際に行ってみればいいじゃん! 何がなんだかわからないけど、この目で直接確かめた方が早いのよ!」
セリカが拳をパンと打ち合わせた。
「ただ――御免ね。ホシノはそこには居ないんだ」
先生が驚きの事実を口にする。
「え!? ど、どういうこと? 何で先生が知って……?」
「用事、だよね。それを調べてから病院に行ったんだ。ホシノちゃんはどこに囚われているの?」
ミカが慌てず先を促す。
「――砂に埋もれたアビドス本校。そこに彼女は居る」
ずうん、と空気が重くなる。
攻めるべきは二つ、アビドス本校とアビドス砂漠。そこはカイザーの本陣、どちらにしても今まで相手にしたのとは比べ物にならないはずの敵が居るはずだ。
「ふふっ。なら……話は早いね」
「……ミカ? まさか」
不敵に笑うミカ。
「アビドス砂漠は私が制圧する。何をやってるか知らないけど、滅茶苦茶にしてやれば邪魔できるし陽動にもなるから一石二鳥だね☆」
「み、ミカさん!? いや、いくらなんでも一人で挑むなんて無謀すぎます! 少し落ち着いてください!」
「アヤネちゃん。私は落ち着いてるよ。うん、ちょっと後で夜明けまで一人で戦う羽目になる予感があったし……いい予行演習じゃん?」
「いや、予行演習とかそういうのじゃなくて……敵はカイザーですよ!?」
「ミカ。できるんだね?」
慌てふためくアビドスの面々と、冷静な先生。先生は私を信じてくれると、場違いなのは分かっていてもミカは笑みをこぼしてしまう。
「……先生。うん、犠牲になるつもりじゃない。大丈夫だよ。こう見えても、私はすっごく強いんだから」
「そっか。そっちは任せたよ。私は……アビドスの皆とホシノを助けに行く」
「うん。先生も気を付けて」
「ああ。ミカも無理をしては駄目だよ」
しばし、抱き合って――
「行こう、アビドス本校へ」
「行くよ、アビドス砂漠に」
カイザーという大勢力を相手に、二正面作戦が始まった。