黒服との契約、アビドス本校の守護を部下に任せた理事はヘリで砂漠へ出発し即座にたどり着いた。
そう、そこは世界征服への悲願をかけた場所。誰にも奪わせないためにどこよりも厳重な警戒網を置き、誰が相手でも撃退できるようにと金に糸目を付けず建てた前線基地であった。
その前線基地が、今は至る所から煙が上がり、空から見ても分かるくらいに崩壊していた。中心はまだ無事、悲願そのものが挫けたわけではないが許しがたい。それに、このままでは下手人がいつ中心にたどりつくかも分からない。
ただ、その下手人は壁を蹴り破って移動するため見つけやすい。土煙を上げながら移動するそれを見つけた理事は腹の底から怒りの咆哮をとどろかせた。
「そこかああああああ!」
激高とともにヘリから飛び降りる。落ちるのは一瞬、その中で渾身の力を拳に集中する。全力全開の一撃を叩き込むのだ。
「……ッ!?」
とんでもない気迫を感じたミカは弾かれたように上を向き――迫りくる拳を見る。これを喰らうとマズい! そう感じて飛びのいた。
「ぬおおおおおおお!」
重い音がして地面が砕けた。ミカが見てきた中でも上位に位置するその力……凄まじい気迫も相まって、あの”敵”の切り札――聖徒会の上位個体バルバラを思い起こす。
「――ふん。ここに盗みに来たものがあるらしいな」
「そうだよ。慈愛の怪盗だからね、色々と盗み……」
ミカは冷や汗をかきつつ、ジョークを混ぜる。
「嘘を吐くな」
「……ッ! 何を――」
あまりの堂々とした態度にミカが動揺する。倒せない相手だとは思っていない。だが、気は抜けない。
「慈愛の怪盗には獣人の耳が生えている。そして翼もない。貴様は誰だ? 慈愛の怪盗など……見たこともないのだろうが」
「あは、バレちゃったか。まあ”7囚人”なら罪を押し付けても今さらかなって」
だから、話はおのずと上滑りする。本心を見せずに、牽制ばかりを交わす言葉に真実などない。
「なるほど。あくまで正体は隠すということか。ゲヘナ、トリニティに続きアドビスに協力する第3の勢力か。……だが、そこまでしてアビドスに尽くす価値があるのかね?」
「どういうこと? 私は気に入らないから騒ぎに乗じてカイザーの大切なものをぶち壊そうと思っただけだよ。ほら、なんか向こうでお祭り騒ぎが起きてるじゃん。そっちに行かなくていいのかな」
「やはり、何も分かっていないな。我々が確保したアレの価値を。この基地の内部も知らないからただ暴れているだけなのだろう? ……まるで捨て駒だな」
「捨て駒? 私、強いから正面から全部こじ開けようと思っただけだよ。これは慈愛の怪盗さんのやり方とは違うらしいけど」
「誰が正面から押し入ってただ暴れるような仕事を請け負う? そんなことをするのはただの馬鹿だ。深く入るにつれ敵に囲まれ、体力が尽き――それで終わりだ。何を吹きこまれたか知らんが、そいつらはただ貴様を利用しているだけだよ」
「……利用。利用、かあ」
ミカは少し考える。こいつはどうも誤解している。ミカのことをエージェントか傭兵だのと思っているのだろう。
まあ、そう思うならその感想も仕方がない。”何を”調べたいのかも分からずに派遣され、ただ騒ぎを起こしている。馬鹿げた任務だ。
けれど……まあ、ミカは喧嘩を売りに来ただけだ。それも正体を隠して。
「ああ、認めよう。貴様は強い。このカイザーの前線基地をここまで破壊したのは貴様がはじめてだ。あのFOX小隊ですら、ここまでのことは出来んだろう。ああ、貴様の力を認めてやろうではないか。貴様の提示された額の10倍は出してやる」
「は? 私を雇いたいって本気? ここでのことを水に流すって?」
しかも、雇われていることを理事は疑っていない。そこは仕方ない、友情だ何だと以前にそんな世界観には生きていない。
世界の全ては会社の上下関係に通じる。上か下かだ。
――もっとも、その意味ではミカは上に当たり……”雇う”側だから、どう転んでも彼の勘違いでしかないのが笑えて来る。
「そうだ、貴様の力があれば心強い。被害総額を考えても、貴様の存在でお釣りがくる。カイザーに忠誠を誓え。そうすれば富も名誉も思いのままだ。我々とともにキヴォトスを支配しないかね?」
まるで魔王のようなことを言い出したカイザー理事が、鷹揚にその手を差し出した。
その手を握れば、カイザーに迎え入れられるのだろう。向こうは営利団体、未来の権益のためなら誰とでも手を組む。まあ、生徒会長の地位はそれにしても高すぎるけど。
「あは。でも、ごめんね。私、機械油の匂いってダメなの」
ミカはその手を打ち払って拒否した。
「……小娘が。下手に出れば付け上がりおって。ならば、その選択を後悔させてやる!」
「ううん、あなたの思っていることは違うよ。だって、私はお金を貰ってここに居るわけじゃない」
「金じゃない……!? ならば何故ここに居る? 破壊の快楽に酔うだけの賊か!? そのような浅ましい破壊魔に、カイザーが膝を屈するわけにはいかぬのだ!」
「違う! 私は――大切な友達を守るために、ここに居る!」
理事の機械腕とミカの銃がつばぜり合う。すさまじいパワーだ。ミカと一瞬でも力比べできるだけの出力は、PMCの誰にもなかった。
「友達だと!? 下らん、そんなものは幻想だ! 幼稚な勘違いだ! 実態のあるものは金以外に――ない!」
「お金で――友達が救えるものか!?」
鍔迫り合いは交差し、互いに距離を取った。これもPMCとは違う。壁に叩きつければ終わっていた。それが出来ないのは、単純に相手の全身機械の出力が高いということ。
「幻想に浸るならば、勘違いにでも酔っているがいい! 我々の悲願の邪魔はさせんぞ!」
「うるさい! 私は……友達を救うためなら何でもすると決めた!」
ミカは銃を撃ち放つ。
「チィィィィィィ……!」
煙を噴き出す剛腕が全ての銃弾を弾く。レベルが違う。これが本当の強敵、だが――生徒ならばそれだけの力をもった者も居ないわけではなかった。
それこそ正義実現委員会なら、ミカの一斉射を拳でなくてもダメージなしで切り抜ける手段を持つ者はいる。
「壮大なばかりで、中身の詰まってない空想論もここまで。沈みなさい、カイザー理事……!」
最後のトリガーを絞る。奇跡を空中に放射していた、引き絞った瞬間に”それ”は実体化する。
――隕石が。
「な!? 馬鹿な、この規模の奇跡を扱うか!」
「これで、終わりィいいいいい!」
理事が自分を狙う隕石を注視する。速く、重い――まさか、あれが幻覚などではないことはひりつく肌の感覚から分かる。
部下であれば、誰一人耐えられぬ凄まじい攻撃だった。だが――
「私は! 悲願を達成するため……! どこまでも我が財産を投入して自らを強化してきたのだ! 隕石ごとき――殴り返してくれるわ!」
首にかかったネクタイを引きちぎる。バツンとスーツが破れて隆起した機械が凄まじい排気を伴いながらエンジンの回転数を上げていく。
「ぬぅうううううううん! 砕けよ……『
言葉通り、隕石を殴って破壊してしまった。
「嘘……」
「いいや、現実だ」
奇跡の使用でミカの動きが止まった。あれだけの威力を放つには、技後の硬直という代償が必要だった。
あまり自由意志の無かった聖徒会が相手ならそれも問題がなかった。だが……
「……ぐっ!」
「子供は大人には勝てない。その真理を刻みつけろォ! 『
その2秒は理事にとっては十分すぎた。恨み、憎しみを十二分に籠めた渾身の鋼の拳……その一撃がミカの腹にめり込んだ。
「っが……は――」
意識が途切れる。口の端が切れて出血する。そのまま瓦礫の中に叩き込まれる。
「お前はよく頑張った……が、ここで終わりだ。もはや仲間になれとは言わん。ここで始末を付ける」
「ねえ……カイザー理事。私は……どうすれば良かったのかなあ。支配したくて、親友を裏切って。あなたたちの世界征服よりは小さいかもしれないけど、私の世界は征服できるはずだった。でも、本当は……欲しいのは世界なんかじゃなくて、親友だったよ……!」
瓦礫に埋もれたミカは身動きができない。流れた血と相まって絶望的な雰囲気が漂う。
いや、できなさそうに見える。扉ではなく壁から出入りができる彼女がその気になれば粉砕できるのだが。
「そうか、貴様はどこかの自治区を支配する寸前までたどりついたか。だが臆病風に吹かれたと。実にくだらん質問だ。何をしたとしても、権力で言うことを聞かせればいいだけの話だ。親友とやらも、金で従わせればいい」
「駄目だよ。死んじゃったら、もう会えないんだよ。私は失いたくなかった。本当に失いたくなかったのに。……なんで、ああなっちゃったんだろう」
「計画が上手く行かないことはよくあることだ。だが、そんなものは後で挽回すればいい。過程ばかりにこだわるのはガキらしい拘りでしかない。結果さえ出れば良いのだ。そう、権力さえ掴めば――何とでもなる」
「……権力。でも、一番偉いのは確かなのに、彼女はとても苦しそうだった。権力だけじゃ、解決しないことだってあるんだよ」
「いいや、権力さえあればどうにでもなる。全てを支配する”恐怖”さえあればな……! 一番が最大とは限らない。他人が引き釣り落とせる程度の一位であれば、まあ楽しくもないだろう」
「恐怖……! 恐怖で、ゆるぎなき一位を? 彼女は、十分な恐怖の器ではなかった……。ゆるぎなき頂点を手にするには……!」
「話過ぎたな。では、死ね」
「……まだ、だよ!」
近づいた理事が拳を振り下ろす一瞬、先にミカが瓦礫の中で身を反転。自身が埋もれた瓦礫の鋭い箇所に削られようと意にも介せずに蹴りを放った。
理事の足が折れる。だが、あまりの硬さに蹴ったミカの足も傷ついた。
「チィ――」
「痛い……でもね、こんなのより親友を失ったときの心の方が……痛い!」
だが、理事はロボット。痛みなど感じないのだ。もう一度拳を握って、満身の力を籠めて打ち下ろす。
「小娘ェ! 勝つのは私だ!」
その一撃は、確かにミカの顔面を捉えて――鼻血を噴き出したミカの美貌は今や見る影もなくなった。
……それでも。それでも、譲れないものがあるから。
「それでも、私は……救いが欲しいんだ! 恐怖が全てを支配するというのなら、私が――勝つ!」
ぐらりと揺れた視界。けれど我慢して殴られた腕を掴む。技も何もなく、ただの腕力でその機械の腕をひねってちぎり折った。
「ぐが――こ、この……!」
「倒す……! 倒す!!」
そのまま理事を後方に押し込み――押し倒す。どちらも限界が近い。片足が折れて、片腕がちぎれてなお立つ理事も……その美貌を血に染めて歯を食いしばるミカも。
「まっ……!」
「私が――私が恐怖に……!」
理事が命乞いをする……その一瞬前に、肘で全ての力を籠めて彼の身体を瓦礫に叩き落とす。
ミカも必死だ。そこまでさせた理事は強かったが……
「が――あっ!」
右胸部までが完全に破壊された。理事の眼から光が消える。強かった理事も、こうなっては抵抗する術などない。機械油が血のように滴った。
「はぁ。……はあ……」
……決着が付いた。
ミカが立ち上がる。周りに立ち並ぶはPMCの部隊。理事とミカの戦いについてこれず、遠巻きに眺めていた。
理事を倒した強者に立ち向かおうという者は存在せず、モーセのように人波が割れた。
「――そっか。そういうことか。大人ってすごいんだねえ。”恐怖”か。恐怖があれば支配できる。それが、大人のやり方なら……私にも出来ると、そう思うから」
虚ろな笑いを浮かべたミカはきびすを返す。PMCは頭を上げずミカを通した。そして、その後ろでは理事を救出しようと必死の救護が行われていた。
理事をここまで盛ったのは私くらいでしょう。ミカと政治で語り合って欲しかったのですが、雑魚だと倒して終わりなので……
ここで倒して収監された理事がキヴォトスの危機で司法取引で協力してくれたら熱いですね。実際はカイザー内部で”処理”されてしまうでしょうが。