ボロボロになったミカは、その足で今やなじみの深くなってしまったアビドスへ足を運ぶ。ホシノが捕らえられていたアビドス本校は、やはり砂漠に埋もれて終わった場所でしかない。合流するとしたらそこじゃないから。
短い期間なのにやけに馴染んでしまったその教室へと足を踏み入れ、先にホシノを取り戻して帰ってきたメンバーと合流する。
「「「――おかえり、ミカさん」」」
「うん、ただいま。とは言っても、私はトリニティなんだけど……」
そして、みんなが笑顔で出迎えてくれた。ミカはちょっと照れくさくなって横を向く。
「よくがんばってくれたね、ミカ」
「……うん」
そっちを向くと、先生も……頭を撫でて褒めてくれた。ただそれだけで全てが報われた気になる。
血を流して、痛い思いまでして――カイザーと戦ったことも。このためだけにあったとしても、それでいいと思えた。
「あはは……ミカさんもおじさんを助けるために頑張ってくれたんだってね。うへ。……その、ありがと――」
照れたように、目を逸らしながら頬をかいているホシノ。けれど、ミカは目を細めてカツカツと彼女のところまで歩いていく。
先生に褒められただけで全てが報われた。けれどそれとは別に、はっきりさせておかないといけないことがあるから。
「あの……ミカさん?」
疑問符を浮かべるホシノの頬を、パアン、と音も高らかに平手で張った。
「……あ」
赤くなった頬、ぽかんとした表情を浮かべたホシノにミカはぐいと顔を近づける。そう、ミカは怒っていた。
ホシノの事情など知る由もない。友達とは思ってるけど、そこまで教えてもらってはいないのだ。けれど、同じ3年生で、そして同じく生徒会だから分かることもある。
「二度とあの子たちを悲しませるようなことをしないで。責任を放棄して逃げ出すなんて……そんなことは許さない」
ふざけた様子など微塵もない。逃がさないとでも言うように目線を合わせて言い切った。ホシノはその烈火に燃える視線を真っ向から受け止める。
悪いことは分かっている。いや、まさに今自覚したから。
「――うん、そうだね。思い返してみたら、そういうことだった。自己犠牲なんて格好付けて、でも私は逃げたかっただけだったんだ。おじさんがやったことは、ただそれだけだった。……逃げ出した先に、良い事なんてあるはずないのに」
熱を持った頬を確かめるように撫でる。罰の象徴だと思えば、それも心地よい。少なくとも、覚悟は刻み込めたと思うから。
「正しく在らねばならない、そう思ってた。けれどあれはやりたくないことから逃げて、全てを捨てただけ。うん、おじさんの
そっと、顔を横に向ける。シロコに、ノノミに、アヤネに、セリカに向けて言う。「ただいま」は言った。でも、こっちはまだだった。
そう、裏切ってしまったんだ。だから、謝らないといけない。
「みんな、ごめんなさい。一緒に居ることを諦めてしまって。だから、おじさんは誓うよ。二度とみんなを置いてどこかに行ったりしない」
「……うん。当たり前だよ。例え逃げ出しても、絶対に何度でも連れ戻すんだから」
シロコが返し、皆がうんうんと頷いている。先生は良い光景だなあ、と言わんばかりに涙がちょちょぎれている。
「でも、ミカさんには謝らないよ。お礼の方はもう言ったしね」
「うん。それでいいよ。……私に、偉そうなことを言う資格なんてなかったから。ごめ……」
「だめ」
唇に指を当ててその先の言葉を封じる。恒例の、何かのトリガーが引かれたとたんダークに落ちるミカにストップをかけた。
「ミカさんだって、たくさん悩みがあるんだね。何もできない自分なんて消えてしまえばいいって思う気持ちも分かる。おじさんとミカさんは同じだよ。でもね、ミカさんはそんなおじさんを叱ってくれたんだから――」
「……ホシノちゃん? でも、私がやっていたのは所詮私のためで。先生に頼るばかりな私は……」
「だから、困ったときは頼まれなくても勝手に助ける。間違ったことをしてしまったら一緒に過ちを取り返してあげる。謝らなくていいんだよ、お礼を言ってくれれば。……アビドスはもう、あなたの味方だから。……ね、ミカちゃん」
「ホシノちゃん……! いいの? 私、とっても面倒な女だよ? 裏切るかもしれない。皆のことを利用するかもしれないんだよ」
「利用じゃないよ、どんなことだって頼ってくれていい。だって、私たちは友達なんだから」
「……」
他の皆を見る。それぞれ温かく受け入れていた。
「今までのこと、色々とありがとう。これからも助けたり、助けられたりしながら行こう。学校が違っても、心は一緒だから」
「うん、ありがとう」
ミカが頷く。
「――さて! ミカさんはちょっとこっちに来てください。治療をしちゃいましょう。あ、先生は覗いちゃダメですよ?」
「あはは。それは遠慮しておくよ」
「ええ。先生なら……見られても……いいよ?」
ぼろぼろになった制服、お腹の部分をぺらりとめくる。しこたま殴りつけられたはずのそこには傷一つ残っていない。
まぶしい真白なお腹が曝け出されそうになる。
「えっちなのはだめ」
シロコが後ろから先生の目を塞ぐ。
「ええと……シロコちゃん? それってお腹を見せるより逆にえっちでは?」
「? ノノミ先輩、どういうこと」
「ええと……シロコちゃんのお胸が先生の背中にですね」
「それが何の問題?」
「ちょっとシロコちゃん! そんなことするなら私だって……!」
「はい、ミカさんはこっちで大人しく治療を受けましょうね。まあ、ミカさんはもうほとんど治ってるみたいですが」
「今さらながらとんでもない治癒力よね。ホシノ先輩も一応生徒会だったって話だし、これ生徒会って強い人じゃなきゃなれないの?」
「あはは、それは違うよセリカちゃん。私やホシノちゃんが特別なだけ。ナギちゃんは普通の女の子だし、セイアちゃんなんてちょっと小突いたら死んじゃいそうなくらい病弱で……」
「はい、またいつか話してくださいね。これから、いくらでも時間はありますから」
優しく治療するノノミ。そして、少々の雑談を交えて。
「――さて! これで本当に一息付けましたね。終わったって感じです。状況を少し整理しましょうか!」
パンとアヤネが手を打ちつける。解説したがる癖でもあるのか、意気揚々としている。
「うん、お願いできるかな。いやあ、まとめてくれるとシャーレの報告書に書くときにそのまま使えるから楽でいいね」
「あはは。先生がそういうところをサボらないでほしいですが、まあいいでしょう」
アヤネは嘆息してそのまま続ける。ボードに情報を書き込んでいく。
「元々は『ヘルメット団』等の不良の襲撃に悩んでいた私たちアビドスが、『シャーレ』に救援を依頼しました。そして、先生はミカさんを連れて来てくださいました」
「あれは衝撃だったよねえ。先生は行き倒れてるし、なんか薄汚れた学校に来たかと思えば不良の襲撃に合うは。てんやわんやだったよ」
「はい、そんな困った状態にありましたが――その全ては『カイザー』がアビドスに借金を貸し付け、それが焦げ付いたから土地を奪おうと画策したものから始まっていました!」
「アビドス砂漠で何かしていたみたいだけど。ま、あれだけやっつければ当分は下手なこともできないでしょ。こっちでも随分とこっぴどくやられたみたいだし」
けらけらとミカが笑う。まあ、実のところはカイザーの目論見なんて何一つ分かってないのだが……まあ、そこは流してしまって良いだろう。
「ホシノ先輩に人体実験を施そうとしていた施設を襲撃し、守ろうとしたカイザーの軍隊にもかなりの被害を与えました! もはや『カイザー』にはアビドスをどうにかできるほどの戦力は残っていません! 何やらアビドスの借金に不法な利息を付けようとしていたようですが、それもバレて法律上の最低限利息に変更されました!」
「カイザー本体までぶっ潰せばアビドスの借金もなかったことにできたけど、向こうも大企業だからそこまでやると他の自治区から横やりが入るしね。でも、もう少しダメージを与えられればなー」
「はい。アビドスの問題が全て解決したわけではありませんが……不良を操っていたカイザーに打撃を与え、ホシノ先輩も取り戻しました。これ以上を望めば罰が当たってしまうでしょう。おおよそ、最良の結果を掴めたと言えます」
「うん。これ以上は他の自治区も巻き込んだ戦争になっちゃうもんね。互いに手打ちにするなら申し分のない条件かな。……先生も、誇らしいんじゃない?」
「ううん……私としてはもやもやが残る結果だけれどね。結局、アビドスの借金は残ってしまったわけだし。ただ、皆の助けになれたようで良かったよ。後は私に任せて欲しいな」
「はい。カイザーのことは先生にお任せします。アビドスはこれから落ち着いて借金返済について考えることができます。本当に、ありがとうございました! 先生、ミカさん」
「うん。また困ったことがあればいつでも相談してね」
「あは、じゃあサボりがてらまた顔を見に来てあげるよ」
これで、本当に終わりだ。まあ、それは物語であったらの話。実際にはこの後も人生が続いている。
全ての問題が解決されたわけではない。アビドスの借金はなくなっていないし、ミカにしたって”敵”への対策は何一つとして進んでいない。ただ、アビドス編が終わっても誰一人死んでいないと、ただそれだけ。
「うへ。いつでも来てくれていいけど、遅いとおじさんたちがトリニティに行くのが先かもね? 色々と良いお店もあるって話だし」
「いいですね。トリニティのマーケットには一度行ってみたかったんです」
「ん。……そう言う訳だから、案内をお願いね。ミカさん。みんな、都会とか馴染みがなくて迷子になるかもしれないから」
「シロコちゃーん、おじさん迷子になるほどボケてないよー。あと、シロコちゃんこそ都会なんて馴染みがないでしょーに」
「私はロードバイクで慣れてるから道を覚えるのは得意」
「――そうだね、歓迎するよ」
けれど、得たものはあったのだ。アビドスとの絆、先生と仲良くなれたこと。無駄だったはずがない。だって、心がこんなにも温かくなるのだから。
また、雑談に花が咲いて。
「いや、もうこんな時間か。私はシャーレにもどって報告書を書かないといけないから、ここで失礼するね」
「じゃあ、私も出ようかな。あまり遅くなっちゃいけないしね」
外が暗くなってきたから、二人は立ち上がる。さよならする、その気になればまたいつでも会えるのだから。
「じゃあ、また。ミカさん、先生」
「「「またね」」」
「うん。またね、みんな」
「あは、ありがとね。みんな……ずっと友達だよ☆」
また次の約束をして別れて、しばし二人で歩く。
「ねえ、ミカ。まだ話せない?」
「………………うん。ごめんね、先生」
「いいよ、その時を待ってる」
「次は、『ミレニアム』の子達を助けてあげて。それがきっと、先生のためにもなる」
「ミカ?」
「ううん。こっちも詳しいことなんて分からない。でも、ミレニアムは先生の力が必要だし……先生も、ミレニアムの力が必要になるはず。……だから」
「うん、そうだね。君も、そういうことを言うんだね」
「君も?」
「私なら同じ選択をするはずだからと、託してくれた人が居た。ミカは……死ぬ気ではないよね?」
「うん……先生の言っている人のことは知らない。でもね、私は欲張りなんだ。どうしても、友達と……そして私が笑っていられる未来を諦められない。死にたくなんてないよ」
「なら、どうしようもなくなったら私に頼っておいで。大丈夫、先生が必ず何とかするよ」
「……先生、ありがと。そう言ってくれるから、がんばれる。きっと、先生さえ居てくれれば最後はハッピーエンドになるんだから……!」
二人はそっと寄り添って帰り道を歩いて行く。