聖園ミカの弱くてニューゲーム   作:Red_stone

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◆挿絵(ナギサの覚悟)

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第28話 ナギサの罠

 

 

 そして、ミカはトリニティに帰ってきた。治療を受けて傷痕は隠れているし、ぼろぼろになった制服は複数用意してあるセーフハウスの一つで着替えてきた。

 ここまでのダメージを受けたのは初めてだが、暗躍と言えばこれまでに何度もやってきたことだ。何の問題もないはずだった。

 

「――おや。なんでこんな薄暗い通りにナギちゃんが居るのかなあ?」

 

 身を隠しながら帰る、その途中の道にナギサが机とティーセットを広げていなければ。明らかに待ち構えられていた。

 周りには武装したティーパーティーの構成員。一見して罠にかかったと分かる。後ろを向いて逃げ出すのは、そこは対策済だろう。敵が目の前に居る数だけなんてことはありえない、伏兵が居るはずだ。

 

「それはこちらのセリフです。ミカさん……『ティーパーティー』のホスト、その一人がトリニティを出て何をしているのです?」

「うん? そりゃあ、『カイザー』の吠え顔を見るのにちょうどいい位置取りをね? 物見遊山くらい許してよ。ナギちゃんなんて、ホント色々とやってたみたいじゃん。戦車まで出したみたいだね?」

 

 ミカはからかうような笑顔を浮かべながら、裏で必死に頭を動かす。

 アビドスに関わりがあることなんて調べれば分かる。そして、あの騒ぎは知っているというかナギサは戦力を供出しているから当事者の範疇だ。アビドス砂漠を強襲したことは知られていないだろうが、アビドス本校の決戦場近くに居なかったとするには逆に不自然。

 誤魔化すために、煙に撒くための物言いを心がける。

 

「はい。シャーレに貸しを作って置くのも悪くないと思いまして。それに、あの方々も少し調子に乗っていたのでここらがお灸を据える良い機会でしょう。ですが……あなたが現地に赴くまでもありません。物見遊山でも、ミカさんの立場であれば色眼鏡で見られてしまうものですからね」

「あはは。私が糸を引いてたみたいにでっちあげられるって? 心配しなくても、そんなへまはしないよ。トリニティの子たちは私の姿を見てないし、なんなら私の名前も知らないかもね。繋がりを気取られるようなことはない。実際さ、今日の私がどこに居たのかナギちゃんだって知らないでしょ。アビドスの”どこか”以上は調べられない」

 

 互いにまくしたてるような早口で一気に主張を語っていく。それは、政治活動で身についた言葉遣いだ。

 相手の意見を押しつぶすための論法である。歩み寄りではなく、潰して自派の権益を通すための嫌な言い方。友達相手にするものではないと自覚して、けれどついついそうなってしまう。

 

「……そうですね。ミカさんはいつもいつも目立っていて、居ないとどこに居るのだろうと思ってしまいますが……しかし昔から身を隠すと決めたときは、その足取りを追えませんでしたね」

「そう。ナギちゃんは昔からかくれんぼに弱かったもんね。すぐに負けちゃって、セイアちゃんが私のことを探すのが定番。私は隠れるのも探すのも上手だからそれ以外は勝負にならなかった」

 

「昔の話です。それに、今は個人の話など関係ありません。あなたが今日どこに居たか分からないならば、この後でゆっくり聞けばいいだけです」

「ゆっくり聞けば……ねえ。ナギちゃんのロールケーキは美味しいけど、やっぱりこんな薄暗い場所でのお茶会はごめんかな。というか、なんか変な匂いしない? こんな場所、せっかくの紅茶が台無しになってない?」

 

 顔の前でわざとらしくぶんぶん手を振る。まあ、ただの寂れた裏通りだ。治安のよいトリニティでも、ここは裏道だ。

 その分、捨てられた薬莢の匂いだとか想像もしたくない染みとかから漂ってくる匂いがある。まあ、異臭である。紅茶の香りなど台無しだ。

 

「……まあ、ミカさんをお待ちするのに時間がかかると思ったので。もちろん別のところでお話を伺いますよ。ここはお茶会の場に相応しくありませんからね」

「お話を……ねえ? ナギちゃん、気付いてる? ナギちゃんって普段はそんなに紅茶を飲まないよね。いや、1杯2杯ならともかくさ。それは何杯めかな、飲みすぎだよ。何をそんなに緊張しているのかな」

 

「緊張などしておりませんよ。ただ、少し手持無沙汰だっただけです。こんな場所では仕事もできませんから」

「あはは。こんなところで待ってるなんて、あいかわらずおバカさんだなあ。ナギちゃんは偉いんだから、どこかの機会で私を呼び出せばいいのに」

 

 ナギサが目を細める。表面を撫でるような探り合いは終わり。本音を聞かせて欲しい、とミカのことを睨みつける。

 ……怖い顔をしたい訳ではないのに、そうなってしまう。

 

「ミカさん。……ミカさんは、何をしていらっしゃるのでしょうか?」

「何を? いつもと変わらないよ。その辺をほっつき歩いて面白いものを探してるだけ」

 

「――そこまで、ゲヘナが憎いですか?」

「は? ナギちゃん、何を……?」

 

 ミカが怪訝な顔をする。けれど、すぐに気付く。やはり表立って動きすぎた。少しは気を付けていたけれど、疑心暗鬼を招くには十分すぎるほどミカは動いている。

 

「『正義実現委員会』と接触しましたね。それも、ゲヘナ嫌いで有名な羽川ハスミさんと。委員会室では具体的な話をしておられませんでしたが、”次”を約束したそうではないですか」

「それは……でも、違うよ。ハスミちゃんとは別に、ゲヘナのことを話してたわけじゃ……」

 

「そして、『シャーレ』。ハスミさんはシャーレに所属していました。そして、あなたも参加した。……とても興味深い組織です。連邦生徒会より強力な権力を持ちながらも、しかし武力を持たない張り子の虎」

「……あ。違う。違うんだよ、ナギちゃん。先生は……先生とのことは、そういうことじゃ……」

 

「シャーレの権力と正義実現委員会の力があれば、ゲヘナに戦争を仕掛けることも可能でしょう。そして、シャーレの力を余すことなくゲヘナ攻略に用いるためには――第三者を使うのが良い。『アビドス』……滅びゆくだけの田舎校としては慮外の力を持っているようですね」

「それも違うよ! アビドスの皆とは、そんな関係じゃない! 私は……!」

 

「まあ、懸念があるとすればゲヘナもシャーレには注目していることですね。……ええ、ですがシャーレの引き込みに成功さえすれば、戦争の準備は整っていると言ってよい。あなたとツルギさんがツートップを張り、正義実現委員会が制圧、アビドスが遊撃部隊を担えば倒せない敵など存在しないでしょう」

「………………」

 

 ミカは黙ってしまう。違うと主張したいが……確かにその案には抗いがたい魅力を感じる。戦争ならばトリニティの生徒も傷つくが、今ナギサの考えて見せた作戦ならば負傷者は最低限で済む。

 さして苦労せずにゲヘナを潰せてしまう。例えゲヘナのテロリストどもが団結しようと踏み潰せるだけの戦力になった。

 

 まあ、最終的にはあの先生がOKを出すわけがないので机上の空論に過ぎないのだが。……とはいえ、先生に会ったことの無いナギサでは分からない。

 そこで必ず失敗するが、その前提さえ無視すれば成功確実に思える作戦だ。

 

「――ですが、エデン条約がある。私が進めている条約さえ締結されれば、戦争をする必要などありません。何も、あなたが矢面に立つ必要なんてないのですよ」

「……ナギちゃんには分からないよ」

 

 吐き捨てるような言葉を放つ。

 どうしてこうなってしまったのだろうとミカは目を伏せる。子供の頃は何一つ隠し事もなく、心が通じ合っていた。

 でも、今はどうだ?

 

 何一つ心は通じ合わず、建前と猜疑だけで上滑りするだけの会話。こんな睨み合うみたいなことは、昔はなかった。

 

「ミカさん、あなたは疲れているのですよ。だから、少しの間だけ休憩してください。……その間に私が全てを終わらせます」

 

 ナギサの目は優しい。だけど、目を伏せるミカからは見えていない。

 

「あは。休憩? 私は大丈夫だよ、必要ない。セイアちゃんと一緒にしないで! そもそも疲れてるのはナギちゃんなんだよ。だって、こんなの……爆笑ものじゃん?」

「――爆笑、とは。私、ギャグを言ったようなつもりはありませんが」

 

 ミカは弾かれたように笑う。まるで……魔女のように。

 

「あっはははははは! これがギャグでなくてなんなのさ!? まさか、本当に私が”お疲れ”なんて思ってる? ティーパーティーの子たちを連れてくるとして、数が足りないよ。2倍か3倍、近くに待機させているとして……それで私を倒せると思うとかさ」

「……待機、ですか? いえ、これで全員ですよ。友人と話すためだけにそんなにたくさん動員するわけにも参りませんから」

 

「へえ? じゃあ――たかが8人ぽっちで私を”ご休憩”させるつもり? いやあ、確かに休憩は必要かもね。お腹がよじれて痛くなっちゃったよ」

「ああ、それも勘違いです」

 

 カチャリ、と空になったティーカップを置く。ナギサが立ち上がる。

 

「……はあ? じゃあ、どうしようって言うの? むしろ、ここでナギちゃんを”ご休憩”させれば、エデン条約は白紙になる。これは、わざわざ私に機会を提供するようなものじゃん」

「いえ――ミカさんの相手は私一人です。私だけで十分です」

 

 ふわりと白い羽根を広げる。覚悟を決めた目でミカを見つける。……その目をミカははっきりとは睨み返せないけど、つまらなそうに舌打ちする。

 

「あは☆ それは笑えない冗談だなあ。ナギちゃん、喧嘩で私に勝ったことなんてないでしょ? なのに、ここで何をしようと言うの? そんな、ちっぽけな銃で……!」

「いいえ、今のあなたなら私一人で倒せます。気付いておられないのですか? ――ひどい顔をしていますよ」

 

 ミカはその目で見られることに耐えられなくなって無意識に下を向いていた。戦いにおいて相手を見ないなんて致命的だが、それでも何とかなるだけの実力差があった。

 

「……ッ! もういい! その大言壮語、後悔するんだね!」

「――後悔、ですか。いいえ、あの時のようなことを二度と起こさせないために私は……!」

 

 戦端は切って落とされた。

 

 ミカは愛銃を構えようとグリップを握る。セーフハウスで銃弾は補給してきた。2倍や3倍では足りないと言ったのはただの事実。止めたければ剣先ツルギを連れてくるか、あと100倍の人数は持ってこい。

 

 けれど。

 

(……撃つ? 私が……ナギちゃんを? 撃ってどうなるの? また、セイアちゃんみたいに……!?)

 

 ミカ自身では気付いていないけど、顔は真っ白を通り越して蒼白になっている。息の音がうるさい、誰だと思って……それが自分の息遣いだと気付いていない。

 

 そして、ナギサの方もふとともに吊るしたホルスターに収められた愛用の拳銃を引き抜こうとするが。

 

(撃つ。……私が、ミカさんを? 私は……私は、ただミカさんを守りたかっただけなのに。その私がなによりも守りたかったミカさんを撃つ……なんて)

 

 動きが止まる。実戦であれば致命的だが、本来なら数mの距離など一歩で詰められるミカは過呼吸でまともに走れていない。よろよろと歩くように足を踏み出した状態で。

 

(私の銃は不埒者を撃退するもの。ミカさんを撃退……撃退なんて。そんなことができるわけない。なら……!)

 

「――ッ! 覚悟なさい、ミカさん。そのかわいらしくてやかましい口を塞いでやりますから……!」

 

 掴んだのは拳銃、ではなくお茶うけに用意されていたロールケーキ。わしづかみにされたそれは、前と後ろから白いクリームをはみ出しつつナギサの手に収まる。

 

「……は?」

 

 サブマシンガンを握って、目の前の相手を撃てば終わり。なのに、いくら願っても手は動いてくれない。

 そんなミカに、ロールケーキをわしづかみにして走ってくるナギサの衝撃的な姿が目に入る。

 

「そんな顔をしておいて、何が”私は大丈夫”ですか……!」

「……待って、ナギちゃん。何を……もがっ!」

 

 長くてさらさらのクリーム色の髪を振り乱して、しとやかな白い羽根を振り回して――フォームも滅茶苦茶に走ってきたナギサは、ミカの口に握ったロールケーキを突っ込んだ。

 

「これで、喧嘩は……私の3敗……1勝です!」

 

 あまりの衝撃の前に目を回したミカは、そのまま倒れてしまった。気のせいか、倒れる前よりも穏やかな顔をしていた……

 

 

 

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