ミカが閉じ込められた牢獄は、豪華なホテルそのものと言った内装が示すように――”外から侵入させない”ための造りだった。
未来にて閉じ込められたのは、それとは逆の”誰も脱出できない”牢獄だった。だから、簡単に不埒者が侵入して中の人間を叩きのめすなんてことができた。
この場所では全てが逆だ。虎を逃がさないため、ではなく蟻一匹の侵入も許さないという設計思想。加えてティーパーティー傘下の生徒が1日中見張っているため、隙のない地下壕だった。
「――助けは要るか? 聖園ミカ」
だが、鉄壁のはずの牢屋で侵入者が話しかける。
いくら虎を捕らえるための特別製の檻であろうと、ミカはへし折って脱出した。ならば、闇に潜む者の中でも上澄みの実力を持つ者であればこの地下壕にも侵入できるのだ。
「……その声、錠前サオリだね。見つかるようなヘマはしてないよね? 足跡一つ残しただけでも全てがご破算だよ」
ミカはふかふかのベッドに寝転がったまま、小声で答える。まあ、実際に生活は充実しているのだ。
冗談半分で言った最新式のヘアドライヤーも、駅前の有名店のケーキも頼めば持ってきてくれる。それになにより、ここに居れば毎日ナギサが訪ねてくれる。
実はかなり満喫していた。が、悪だくみをやめればそのナギサが居なくなってしまう。
「その様子だと心配は要らなそうだな。いや、違うか。絆された……ことがあれば」
「……vanitas vanitatum. et omnia vanitas.あなたたちの言葉だったよね? 全ては虚しいものだよ。忘れちゃった?」
「ふむ……まあいい。まだやる気はあるようで何よりだ。……だが」
「だが? 思わせぶりはやめなよ。何か文句でもある?」
互いに剣を突き付け合ったような会話。だが、それで良いと扉越しに対峙する二人は思っている。
背中も合わせず、目線すらも合わせず……ただ利用し合う関係だ。
「弾薬の供給量が規定に届いていない。遊びばかりに気を取られてこちらをおろそかにしてもらっては困るな」
「規定って。それはそっちの事情でしょ? それに、代わりに補給品の方を大目にあげてるじゃない」
「……それは感謝している。だが、弾薬が必要量に届いていないのは事実だ」
「必要量? それって何に必要な量? クーデターを起こして、ナギサちゃんをここに押し込めるためなら別に今まで渡した分で十分だよね」
「それは作戦が上手くいった場合に限る。正義実現委員会やその他の勢力と衝突することを考えれば、明らかに不足だ」
「そんなの、私がティーパーティーの権力を使って何とかするよ。大体さ、正義実現委員会をどうにかするつもりなの? トリニティの正式な戦力だよ、潰されちゃ困る。何を考えてるかわからない『シスターフッド』や『救護騎士団』ならともかくね」
「……では、その二つが動いた場合はどうする?」
「渡しただけの弾薬で勝てないなら、あなたたちなんて要らないよ。ねえ、そんな弱い子達なら、新しいトリニティの正規軍になってもらっても意味がないんじゃないかなあ」
「お前の懸念ももっともだ。アリウスがそれらと相対したときにはしっかりと撃破して見せよう。だが、それでも……弾薬に余裕が欲しい。例えばティーパーティーに従わない自警団が第三者として参戦して我々が負けたら、それはお前も困るだろう」
「……ま、そうかもね。でも勘弁してほしいかな」
「勘弁?」
「いやさ、私が派手に遊んでることに対して文句があるのは分かるけどさ。あの疑り深いナギちゃんがエデン条約を前にして目を光らせているんだよ? 飢えたこともないお花畑のナギちゃんじゃ、食料なんていくら無くなろうが気にしない。もしかしたら戦うためには食べ物が必要なんて意識もないかもね」
「……続けろ」
「まだ分からないかなあ? 食べ物くらい、いくら盗られようが気にしない。被害金額としてはそれほどでもないし、私個人で動かせるお金も使ってるからね。……けれど、武器弾薬は別って言ってるの」
「だが、やり様はあるはずだ。そもそも連邦生徒会長が失踪してから違法武器の流通は2000%上昇している。桐藤ナギサが関与しない武器など、いくらでも転がっているはずだ」
「……トリニティの”外”ならね。なに、私に自分でブラックマーケットに行って買い物して来れば良かったのにって言ってる? あは、ざーんねん。私、牢屋暮らしになったからお外に出れないの」
「それも選択肢の一つだ。我儘を言うな、聖園ミカ。弾薬を既定の量流してもらわないと困るのは互いに同じだ。できることがあるなら私も協力しよう」
「協力……ねえ? 分かってる? ナギちゃんが警戒する理由。武器、弾薬の流れを神経質なまでにチェックするのってさあ――元をたどればあなたたちのせいでしょ。私は、セイアちゃんを殺せなんて言ってない」
「……」
「……」
ねばつくような沈黙が降りる。それは、ミカが一度も言ったことのない恨み言だった。
「ヴァニ……」
「分かってる。あなたたちに何も決めることができないことくらい。〇〇〇番地にある廃屋、そこに行って」
「なに……?」
「お金が置いてある。ブラックマーケットで買い足せば、足りないにしてもご主人様の機嫌は取れると思うよ。分かってないかもしれないから言うけど、同じ店で大量に買っちゃだめだよ。手分けして、少しずつ買い込むこと。……あとは、たい焼きでも買うといいよ」
「協力、感謝する。買い込める弾薬の量にもよるだろうが、言い訳にはなるだろう……だが、お前は何を言っているんだ? たい焼きを買うことに意味があるとは思えない」
「銃弾を買い込むだけ買って姿を消すなんて、そこらのチンピラでもありえないよ。周囲に溶け込むことは大切だからね。スクワッドの皆で買い食いをするくらいで丁度いいんだよ。それとも、一人で済まそうと思ってた? それ、めちゃくちゃ怪しんでくださいって言ってるようなものだよ」
「……よくわからないが、忠告には従おう。アリウスは足跡を残すわけにはいかないからな。それで周囲に紛れ込めるなら、たいやきなど安いものだ」
「うん。そうしておいて」
「では、私はこれで失礼する」
「待って」
「……何だ? 手短かに頼む。見回りはあまり扉に近づかないが、あと数分で扉を視認できる位置に来る」
「長い話じゃないよ。その廃屋に弾丸を置いておいたから、受け取って」
「弾丸? なにか特殊なものか? なぜそのようなものを私に渡す?」
「誰かを傷つけるためのものじゃない。むしろ逆……撃つと血のりが広がって殺したみたいになる弾。殺したように見せかけるための弾丸だよ」
「……ただの弾丸ではキヴォトスの人間は殺せない。逆に不自然だと思うが?」
「それでも……あなたが誰かを殺すときには思い出して。その人は、本当に殺さなきゃいけない人なのかを」
「意味が分からんが……気にはとめておこう。協力者の言だからな。……少なくとも、お前の支援でアリウスの者たちは飢えることはなくなった。そこには感謝している」
それだけ言うと、気配が消えた。
「……もう。そんなこと言われたら、憎めなくなっちゃうよ」
ミカの目から涙が一筋零れ落ちた。
「けれど、あなたは私と同じなんだよ。聖園ミカは呪いを振りまく魔女で、錠前サオリは仲間を苦しめるだけの厄病神。そこに違いはない。――けれど、あなたはまだ落ちていない」
きゅう、と唇の端が釣りあがる。誰にも見られていないのに、悪い笑みでも浮かべていないとやりきれない。
「私も落ちる。あなたも堕ちる。正直、私には”条件”なんて何一つ分からないんだよ。あなたのご主人様の正体すらも分からない。けれど、手順を踏めば……あなたと先生をあいつの元にまで連れて行けば条件は達成される。そのために仲良く堕ちましょう」
「――堕ちた場所でも、力尽くで救いを掴むことはできるから。それが望んだことではなくても……けれど、私たちが本当に望んだのはきっと――大切な友達の笑顔のはずだから」
そうだ、”記憶”ではそいつのことは分からなくても先生がきちんと倒していた。そしてもう一つ、理事との対話で掴んだ心理。
仮初に願った間違った野望ではなく、本当に大事なものを掴むため――ミカは動く。