聖園ミカの弱くてニューゲーム   作:Red_stone

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第33話 夢の中のセイア

 

 セイアは無限の予知夢の中に囚われ、そこが過去か未来かも分からずに時間の中をたゆたっていた。それを例えるなら白昼夢、セイアは幽霊のようにそこに居る。

 元々知りえていた未来ではミカが自分を殺してしまったと思い悩んだ末に暴走し、けれどナギサのことだけは切り捨てられずに敗北した結果として牢獄に囚われた。ミカはそのような失敗の運命が決まっていたのだ。そして、その未来ではキヴォトスは”外から来るもの”によって滅ぼされる。

 だが、”今見ている未来”はそれとは別の未来だった。――あり得ないことだ。セイアは未来が変化したのを見たことがない。

 そして、それを成し遂げた要因(ファクター)として考えられるのは。

 

「ミカ。君は自分勝手だ。あんまり何も考えていない上に衝動的で、欲張りで、時に自傷的な……そんな君のことが、私はあまり好きではなかったかもしれない」

 

 未来を変えたならば、それはミカしかいない。

 過去も、未来も、自分の見知ったミカであったはずだった。けれど、今見ているミカはその見知ったと思っている彼女とは違う。

 いや、心が変わったわけではない。罪の大きさを知り、けれど取り返せるはずだとあがいている彼女の行動に違和感はない。だが、明らかに彼女は未来を知った上で行動していた。

 

「これは……一体、どういうことなのだろうね?」

 

 それがセイアの知っていたはずの”未来”が変化していた理由だろう。未来へ至る道筋は一つ……のはずなのだが、他の要因の影響を受けたことで別のルートへずれている。

 知ることは影響を与えることに繋がる。変えられないはずの未来が変わったのは事実。……で、あろうとも。

 

「――それでも、未来は決まっている。運命からは決して逃げられない。だというのに、君は一体何をやっているのだ……ミカ」

 

 今さら生き方は変えられない。未来視は絶対だ。

 ミカだけが浮いた駒のように未来から外れている。彼女はそんなところに居るはずがないところで活動していた。

 それは運命に反抗している……のだが、それですらただの蟷螂之斧(悪あがき)に過ぎない。ミカが運命に勝てるなどと、セイアは思わない。

 

「ミカ、君は未来を見たのだね? 通常この年齢で新たな奇跡を得るようなことはないが、あり得ないことと切って捨てることはできそうにない。私と顔を会わせていた頃の君に予知能力などなかった。君はどうせ、能力を隠しておけるような子でもない」

 

 ”大筋”は変わらなかった。多少盤上に差異はあれど、誤差の範疇内。結果としては違いがない。

 ただ、それは未来が強固であることの他にも理由はある。

 

「……だが、常に見ている訳ではないね? 私はそこ(未来)に囚われて眠っていることが多かった。君にその様子はないし……最初の方針を一貫させている。君は、間違いなく最初に見た単一のそれ(未来)に心を囚われている」

 

 ふう、とため息を吐く。その瞬間に場面が変わった。

 セイアが立っている場所は、ミカが囚われた牢獄の中。適当にスマホのゲームを起動しながら、隠し持っていたスマホで色々と裏工作を進めているところだった。

 ミカがセイアをみつけられるはずはない。あくまでこれは、セイアが未来視で見た光景でしかないのだ。

 

 未来視に囚われたセイアの言葉は誰にも届かない。前から兆候はあったが、セイアがずっと一人言を言っているのはその影響もある。

 誰とも話せないから、一人で話している。……けれど、今度ばかりは話しかける。やっぱり通じないと、分かっていたけども。

 

「しかし、君も知っているはずだ。その言葉を――『Vanitas vanitatum et omnia vanitas.』、全ては無為に帰する。定められた未来は変わらない。キヴォトスの滅亡は避けられない」

 

 語りかけても、ミカは変わらず裏工作に精を出している。当然だ、セイアの言葉が聞こえていないのだから。

 

「……ミカ」

 

 そっと、彼女に触れようとするけど――場面が切り替わった。

 

 

 

「別の時間か。場所は同じだな、変わらずミカはここに居るのか」

 

 ベッドから消えたミカの姿を探そうとして、人の気配を感じた。そちらを見てみれば。

 

「剣先ツルギに羽川ハスミだと……? これは、一体どういうことだね。正義実現委員会がミカを裁きに来たわけでもなさそうだ。もっとも、そうだとしても私がミカにしてやれることは何もないが」

 

 自嘲するかのように口の端を歪め、成り行きを見守る。

 

「おや、ナギサも居るのか。それなら安心だ。……紅茶? 牢獄でなにか秘密の話し合いかね。まあ、もとより”ここ”はそのために誂えられた牢獄だろうがね。しかし、君たちが何を話し合うことがあるのかね。全ては今さらだ」

 

 ただ、会話はセイアの思わぬ方向へ飛んで行った。派閥の暗闘、言葉にナイフを仕込んで斬り合うそれではなく、互いを認め合うような――まるで”友”のように。

 セイアは自分でも気付かないうちに眉をひそめている。

 

「なぜ君たちはそんなに仲が良さそうなのかね? 正義実現委員会とティーパーティーは組織として相容れることはない。ティーパーティーは三つの派閥から成った組織、均衡を崩せば禍いが起こる」

 

 ナギサを睨みつける。

 

「それが分からぬ君ではないはずだ、ナギサ。まあ、ミカは分かっているか怪しいものだがね。しかし、止めるのは君の役目であったはずだが……」

 

 そこまで言って、首を振る。自嘲したように苦笑を形作る。

 

「いや、他ならぬ私が言えることではないか。均衡が崩れるということであるなら、それこそ今さらだ。私が眠りについて、サンクトゥス派は弱った。……私を口実に逆転を、クーデターを起こそうと画策している輩も居るだろう。まあ、結局はミカ一人に潰される程度の戦力では――臥薪嘗胆の例に倣って潜伏するしかないがね」

 

 ティーパーティーは政治を担当し、正義実現委員会は武力を担当している。その中でティーパーティーの1派閥が軍部に近づけば残りの2派閥で先んじて叩くか……2派閥で近づいたなら、残りの1派閥を叩くかだ。どちらにせよ、血を見なければ抗争は終わらない。

 今の状況では、弱ったサンクトゥスを再起不能なまでに叩きのめすのが堅実なところではあろう。まあ、今のサンクトゥスは叩き潰す必要すらないと言えば……その通りだろうと、その派閥の長は思った。

 

「……」

 

 そして、会話を聞くにつれてまなじりが吊りあがっていく。

 

「いや……なぜに君たちはそんなに仲が良いのだ? これでは……トリニティ成立より政争を続けてきた私たちが馬鹿みたいではないか」

 

 これは、かなり面白くなかった。トリニティの歴史は暗闘の歴史と言って良い。それが、こんなにあっさりと矛を収められてしまっては。

 さらに言えば、現在ここに居る派閥――フィリウスのナギサ、パテルのミカ、そして正義実現委員会の剣先ツルギ。この三者が寄れば今までのトリニティを覆す、新たな絶対の”トリニティ”が出来上がる。

 現状の救護騎士団とシスターフッドがいくら他から戦力をかき集めようが対抗できない戦力が出来上がり、その先は恐怖政治になるだろう。

 

「……いや、そういうことではないのだね。そんな利己的なことで集まったわけではない。全ては君の人徳とでも言ったものか。君の人柄が、派閥を超えた絆を作った。……ナギサとも、真に友情を結びなおせたのだね。――ミカ」

 

 韜晦する。ミカはそんなことのために頑張ってきたのではないことは、未来視で多くを見てきた自分は知っている。

 ただ、彼女はナギサを助けるために必死だった。だからこそ、ナギサは心を開き、ツルギとハスミも友情を交わせた。

 

「そう、この光景は君が頑張った成果に他ならない。……でもね、ミカ。そこまで頑張っても全ては無駄だ。あの光がキヴォトスを壊す。君が見た”彼女”など、所詮は狂言回しに過ぎない。その狂言回しごときを倒すのに正義実現委員会の力を使ってどうする気かな。真の破滅に対抗するために全校の生徒会長と友誼を結ぶ気かい? そんなことは不可能だし、そしてそれができたとしても意味はない」

 

 けれど、セイアは深くため息を吐くのみ。

 目の前の光景に感動と、軽い嫉妬を覚えはしても絶望は変わらない。全ては滅びの光の中に消える、その結論に変わりはない。

 

「……しかし、本当に羨ましいものだね。私たちも、昔はそのようにあどけない笑みを浮かべていたものだ。いつのまにか政争の中で関係が変わってしまったがね」

 

 また、場面が切り替わる。

 

 

 

 次はミカとナギサが向かい合っている。けれど、三つ目の椅子は空席だった。二人の話を聞いているうちに吊りあがったまなじりが下がってくる。

 

「……ッ!? 私の席だと言うのかね」

 

 その席は自分のために用意されたものだった。紅茶もある。セイアは嗅ぐことも、飲むこともできないけれど。

 

「だが、誘われたのなら立っているのも無礼と言うものだね」

 

 ふわりと微笑んで、未来視の光景ではものを動かせないため子供が隙間にもぐりこむように不格好に椅子に座った。

 まあ、色々と大きかったらつっかかって乗れなかっただろう。

 

「ああ、君達は私のことを忘れていなかったのだね」

 

 紅茶に手をかけて、飲むふりをする。

 

「――次は、この紅茶を味わいたいものだ」

 

 無意識に独り言ちて、はっと気付く。

 

「ふ、私としたことが……まだ未練があったのか」

 

 ため息を吐いた。

 

「……だが、しかし全てが無為に帰するならば努力に何の意味があるのだろうか。友情など、一時の手慰みに過ぎない。キヴォトス第5の古則にあるように――」

 

 また、場面が切り替わる。ミカはベッドに座ってセイアを睨みつけている。いや、ミカにはセイアは見えない。それは、ただ虚空を睨みつけているに過ぎない。

 

「ねえ、セイアちゃん。第5の古則〈楽園に辿り着きし者の真実を、証明することはできるのか〉――昔、あなたが教えてくれたこと。答えのない問いがあったね」

 

 その瞳には意思があった。たとえ傷つこうと、そして何を犠牲にしようと突き進もうとする”意思”が。

 その瞳が、セイアを見つめている。

 

「私が答えてあげる。そう、ここが楽園だよ。証明? そんなもの簡単だよ。私はこんな場所(牢獄)は簡単に出れる。でね、ほっぺたを真っ赤に腫らした子がこう言ってくれるの」

 

 す、と目を細めた。挑むように、託宣のように口にする。

 

「『はい、ミカ様。ここが楽園です』――ってね☆」

「……なに!? ミカ、君は……答えのない問いに暴力で回答しようというのかね? 君らしい頭まで筋肉でできたような答えだが……うむ、しかしそれも一つの答えか。……私は君のことを、まだあまり知らなかったのだね」

 

 目の前のミカはどうだと言わんばかりに胸を張っている。セイアは負けたと言うように手を上にあげてひらひら振った。

 

「言葉……か。だが、罪の裁きにおいては自白は確たる証拠にはならない。言葉の価値などその程度だ。実のところ、”それ(言葉)”は証明足るに相応しくないのだよ。今君が言ったように、たやすく真実を捻じ曲げられてしまうから」

 

「しかし、言葉には魔力がある。言葉とは、それそのものだけで未来を決定してしまう。それも、どういうわけか”不幸”の属性に偏って。それは人間の生まれ持った性質かもしれんがね、そういう意味では私は性悪説を推すよ。人は邪悪に生まれつき、その生(学園生活)において”善”を知るのだ。混沌のゲヘナと対立する我が学園には相応しいだろう、彼らは生まれ堕ちたまま何も学ばず……ゆえに悪である」

 

「だからこそ、私は予言者としてみだりに魔力を使わないように自分を戒めてきた。不用意な発言一つで不幸が生まれると知っていたからだ。すれ違いが起きても、不幸が起きなければそれでいいと考えていた。……だが、それは逃げだったのだな。本心を隠し、言葉を飾る者を誰が信用するだろうか」

 

「勝手な願いと分かっている。だが、それでも私は――また、君たちと友情を結びなおしたい。かつて確かにあったはずのそれを取り戻したいのだ。本心で、君らと向き合いたい。素直な言葉を伝えるという、昔はできていたはずのことをやり直したい」

 

「不快で、不愉快で、忌まわしく、眉を顰めるような……相手を疑い、前提を疑い、思い込みを疑い、真実を疑う様な……悲しくて、苦しくて、憂鬱になるような……それでいて、ただただ後味だけが苦い……そんな話の真ん中におかれていたとしても、心まで間違う訳ではないのだから」

 

 一度ミカにしっかりと目線を合わせて、頷いた。彼女には何も見えないことは知っていても、決意を表明しておきたかった。

 

「君に許しを。そして、私もまた許されるために……私は――見果てぬ”夢”から”今”に戻る!」

 

 つかつかと小さな歩幅で牢獄の扉に向かう。扉を蹴り開けようと、その小さな足を振り上げた。

 

 

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