聖園ミカの弱くてニューゲーム   作:Red_stone

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第37話 先生とナギサ

 

 そして、幾日か経つとナギサは先生をトリニティへ呼び出していた。

 

「今日は呼んでくれてありがとう」

 

 お茶会へと招かれた先生は、気さくにナギサに話しかける。周りには正義実現委員会の子たちが居て銃口を上空に向けているが、そこは気にしない。

 そういう仕事をやっているのだから、無理に席に着けと言ったりもしない。ただ、ナギサのことを柔和な笑みで見つめるだけだ。

 

 権力者、という意味では先生にとって警戒に足る相手だ。生徒を無条件で信じるのは先生として当然と思っていても、生徒が無垢だとは思っていない。

 真の意味で無垢ならばそれは幼児のままで精神年齢が止まっているということであり、治療すべき精神の病理でさえある。

 信じることと、相手が腹黒いものを抱えていることは、先生の中では両立する。

 

「こんにちは、先生。こうしてお会いするのは初めてですね。ティーパーティーのホスト、桐藤ナギサと申します。噂では〈尊敬〉という言葉が合うかどうかについては、意見が割れているようですが」

「ははは、耳が痛い。君のことはミカからもよく聞いていたよ。とても優しくて綺麗な人だってね」

 

「……ッ! そんなこと、私には直接言ってくれないのに。……ごほん。実は、ミカちゃん……いえ、失礼しました。ミカさんからは、あまり先生のことは聞いておりませんでしたので」

 

 そして、一方でナギサの方はというと……これは自分で気付かないうちに対抗心をむき出しにしていた。

 ミカちゃんと言ったのもそれ。自分の方が仲が良いのだとアピールしたかった。

 

「そっか。ミカは私のことをとても助けてくれたからね。呼んでくれたのは丁度良かった、恩返しがしたいと思ってたんだ」

「そう言っていただけるのはありがたいですね。ミカさんはそそっかしいところがありますから、ご迷惑をおかけしていないか心配でした」

 

「はは、私みたいな大人から見れば元気なことはとても微笑ましいよ。あるいは、そればかりであれば良かったのかもしれないけど」

「はい。ミカさんはとてもとても悩んでいて、毎日そればかり考えてしまっているようですね。仕事の最中も、ケーキを食べるときだって……」

 

 先生の笑みはますます柔和になっていく一方で、ナギサの目はどんどん吊り上がっていった。

 大人の余裕……みたいに見える。実際にはミカを取ってしまう先生にナギサが嫉妬して、しかし先生は暖簾に腕押しみたいな。いや、先生としてはミカとナギサの仲が良いのは歓迎することだし、その先に進んでもやはり歓迎したいとは思うけれど。

 もはや近所のお兄さんと、友達を取られたくない女の子みたいな構図になってしまっている。理解はできても、納得はできないような。

 

「うん。前はよく会いに来てくれたし、とってもモモトークをくれたものだけどね。最近はあまりくれないんだ。他に夢中になれるものができたのかも、と思ったけど」

「それは……それは、先生には関係のないことです」

 

 ナギサはミカの話を打ち切る。

 いつまでもそんなことばかり話していられない。ミカからはあまり話を聞けなかったけど、それでもこれから話す話は必要なことであることは自分でも検討した事実だ。

 シャーレを利用し、スパイの動きを縛った上で特定して追放する企みを実行しなくてはいけない。そのために一旦ミカのことは棚に上げるしかない、トリニティにとっての今後のために。

 

「……ミカの話は終わりかな」

「はい。トリニティの話をしましょう」

 

 お願いするよ、と先生は目の前の紅茶を一口飲んで聞く体制に入る。

 

「昔……『トリニティ総合学園』が生まれる前、各分派の代表たちが紛争を解決するためにティーパーティーを開いたことから、この歴史は始まりました」

 

「……それらの三つの学園の代表を筆頭にティーパーティーを開き、和平への流れが生み出されたのです。その後から、トリニティの生徒会は『ティーパーティー』という通称で呼ばれるようになり各派閥の代表たちが順番に『ホスト』を務めています」

 

「そして、先生には釈迦に説法でしょうが……このキヴォトスでは様々な陰謀と戦乱が渦巻いています。このトリニティとて例外では居られません。我々を、引いてはトリニティを破壊しようとする勢力が居ることは確実です。異論はありませんよね、先生?」

 

 問われた先生は、悲しいことだけどねとつぶやきつつ頷いた。

 

「その中でも、強力な力を持つ敵がいるようです。私たちに存在すら気取らせることもなく暗躍する敵が、確かにトリニティの中に潜り込んでいるのです。彼女を放置すれば、ミカさんも危ない目に会ってしまう……」

「……それは、生徒のことを疑っているのかい?」

 

「この資料をご覧ください、先生」

「……」

 

 ナギサは問いに答えずに用意していた資料を差し出す。先生は、睨みつけるようにその資料を見た。

 

「もちろん、本来はここトリニティにも落第、停学、退学などに関する校則が存在します。ただ、手続きが長く面倒でして、たくさんの確認と議論を経なければなりません。ゲヘナとは違って、我々は手続きを重要視しますので」

「……」

 

「そこまでする必要があるのか、とお考えでしょうか? ですが、そもそも、補習授業部は……生徒を退学させるために、作ったものですから」

「……」

 

 しかし……先生は怒りの表情を浮かべている。それは、自分に向けた怒りだった。権力をこのような使い方をしなければならないほどにナギサが追い詰められていることが分かってしまうから。

 

「……生徒を疑うことを嫌っているのですね。ミカさんから聞いた通りです」

「私に何をしろと言うのかな?」

 

 先生は表情を消してナギサと向き合う。

 

「3名まで候補を絞りました。……その中から裏切り者を見つけ、追放しなければトリニティに災厄が降りかかるでしょう。いえ、それだけではすまないのでしょうね。ゆえに尋問してでも情報を吐かせる必要があるのです。……はい、4人目の下江コハルだけは例外ですが」

「どういうことかな?」

 

「我々は長年ゲヘナと争ってきました。正義実現委員会は治安維持を担当いただいているかけがえのない戦力ですが、それだけに裏切られた際のダメージは大きくなってしまう。なので、彼女には人質になってもらうことにしました」

「……ッ!」

 

 先生が睨みつけても、ナギサは涼しい顔をしている。お前の感慨など一顧だにしないと、態度で示すように。

 

「ですが、他の方については妥当な疑惑ですよ。ハナコさんは、本来誰よりも優秀な才能を持っていたにもかかわらず、今はわざと試験で本気を出していません。何を企んでいるのか、全く理解できない状態です」

「アズサさんは、そもそも存在自体が色々と怪しいところばかりです。それに、他の生徒たちと何度も暴力事件を起こしている、統制不能な存在ですし」

「ヒフミさん、は……私は、ヒフミさんのことをとても大切に思っています。ですが……あの子の正体が実は、恐ろしい犯罪集団のリーダーである、という情報がありました。ああいうのが、一番怖い。私を利用して、ミカちゃんを狙っているようなことがあれば……」

 

「それでも、私は生徒を信じている」

 

 睨み合い、言葉のナイフを交わすように二人は会話を続ける。

 

「……ヒフミさんについて、先生は書類をよくご覧になっていましたね。彼女がどうかしましたか?」

「いや、何も。ただ、ミカはヒフミについて何か言っていなかったかな?」

 

「何も、言ってはいませんでしたよ」

「――そう。ミカも、このことを知っているんだね」

 

「あっ! いえ、別に鎌をかけずとも聞かれたら答えますよ。ミカさんもこのことについては承知済です。何しろ、先生に頼ろうと言ったのは彼女なのですから」

「そっか。頼ってもらえるのはうれしいね。……うん、補習授業部のことは引き受けさせてもらうよ」

 

「では、裏切者を……」

「いや、そんなものは探さない。私に任せるからには、私のやり方で対応させてもらうよ」

 

「……先生。先生、事態はそんな生易しいものではないのです。ミカさんがあれほどまでに怯えているのですよ。中途半端な対応では、敵への対処などできない……!」

「それでも、私は生徒のことを信じているから」

 

「そうですか。先生のことを伝聞で知ったような気になっていましたが。……先生は、本当に先生なんですね」

「褒められているのかな?」

 

 ため息を吐くナギサ。逆に先生は褒められているのを疑っていないあっけらかんとした笑顔だ。

 

「分かりました、よろしくお願いします。先生のやりたいようにやるのが、結局は一番良い結果にたどり着くのかもしれません。ですが、私は私のやり方を変えません。この道を進むと決めましたから」

「……ナギサ。君は、なんだか諦めてしまっているように見えるよ。周りが見えなくなっている。助けてくれる人は、いくらでも居るんだ。私だって」

 

「いいえ、必要ありません。……ですが、一つだけ頼まれてください」

「何を? いや、駄目だ。ナギサ、君は負うべきではない責任を引き受けようとしている」

 

 ふう、と顔に影を落とすナギサ。そして、先生は察したのか彼女を引き留めようとする。

 

「私にもしものことがあれば、ミカちゃんのことをよろしくお願いします。先生なら、託すことができますから」

「……ナギサ。君は」

 

 先生は初めて苦り切った顔になった。生徒を助けるのは当たり前……だが、力が足りないことだってもちろんある。

 助けなければいけないのに、信用が足りない。それは『シャーレ』にはそれだけの力がないのだと切り捨てられること。それが……一番辛い。

 

「今日はありがとうございました。補習授業部、それと個人的なお願いのこと。有意義な話し合いができたと思います」

「ナギサ、私は補習授業部を救って見せるよ。そして、君とミカのことも……必ず助ける。それが大人の責任だから」

 

 ナギサは聞こえなかったふりをして、先に扉から出てしまう。もう話すことはないと言う、明確な先生への拒絶だった。

 

 

 

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