そして、ナギサはヒフミを呼んだ。いつものお茶会などではなく――彼女を補習授業部に入れるという通達のために。
「こんにちは、ヒフミさん。昨日ぶりですね」
「はい、ナギサ様。あの……私に何か御用ですかね? ええと……その、補習授業部というのは……」
ヒフミは縮こまっている。それはそうだ、ペロロ様のライブのために試験をぶっちしたのが、この『補習授業部』に入れられた理由なのだ。
恐縮と言うか……まあ、怒られるだろう。普通に。
「もともと、トリニティはミッション系の――学びを尊び、日々の暮らしを主に感謝しながら慎ましく生きる学校です。粗暴で自由気ままで、机に着くこともできないようなお馬鹿さんの居場所はありません」
「……ひうっ。いえ……違いますよ? ナギサ様。私はちゃんと試験を受ければ普通の点数は取れますよ。でもですね……あの……ペロロ様のライブが……」
ヒフミは視線を床にやりながらもじもじと言い訳を試みるも、ナギサは聞いてくれない。
「試験で不合格を繰り返す、落第を逃れられそうにない、助け合うこともできないような方は……みなさん一緒に、退学していただくしかないのです」
「あうう……あの。そうですね、ちゃんと勉強しますし、追試は受けますから……」
慌てるヒフミに、ナギサは重苦しく首を振る。その様子に、さすがにヒフミも不審に思う。
なにか……とんでもないことになったかもしれない、と。
「ですが、ヒフミさん。実際のところは点数などどうでもよいのです。試験未実施で0点であったあなたを含めて、トリニティにふさわしくないほどの低得点を叩き出した方ばかりですが……まあ、結局は個人の問題です」
「え……? ナギサ様、何を言ってるのですか? てっきり、テストを放り出したことへのお説教だとばかり……」
ヒフミはちらちらと扉を見る。とても、逃げ出したかった。だが、ナギサを前にしては逃げ出せば状況が悪くなるばかりなのは知っている。
「今、トリニティにはティーパーティーに害をなそうとする裏切り者が居るのです。私は、その候補を閉じ込めようと思います。ヒフミさん……補習授業部にいる裏切り者を、探していただけませんか?」
「えっ、えぇっ……!?」
ナギサは虚空を睨みつけるように怖い顔をしている。
彼女から出た青天の霹靂のような言葉に、ヒフミは胸を切り裂かれたような痛みさえ感じて胸を押さえる。
裏切り者、なんて――自分みたいな普通の人が相手にするようなものじゃないと顔を真っ青にしてしまう。とても無理だと思う。きっと、見つけても返り討ちに会ってしまう。
「ヒフミさん。彼女たちの情報を集め、できる限り早く『裏切り者』を見つけていただけませんか。ヒフミさんはそのために、補習授業部に入るんです」
「その、どうして私が、そんな……裏切り者を……だなんて」
「――どうして、ですか。その答えはヒフミさんが、シャーレとつながっていたから、ですね。第三勢力である『シャーレの先生』が一緒にいる限り、裏切り者はむやみに動くことができません。あなたは都合が良かったんです」
「……え? 先生が?」
「そう……あえて言うならばゴミが、ゴミ箱から飛び出さないための蓋のようなもの……でしょうか」
「ゴミ箱?」
一瞬、ナギサが怖い顔をする。敵を倒すために犠牲を厭わない、そんな覚悟の決まった顔だ。
怖がらせてしまったことに気付いたのか、すぐに表情を消した。
「失礼しました、忘れてください。今のは独り言です。それに、その裏切り者は……おそらくゴミ程度では済まないのでしょう。とにかく――」
「ナギサ様、私は、そのような――」
ヒフミはふるふると首を振る。そんな恐ろしいことはできなかった。裏切り者をみつけるような大立ち回りも、そもそも疑うことですらしたくないのだ。
普通の女の子の私が出来ることではない、と。
「他に選択肢はないのです。それにやむを得なかったとはいえ、失敗してしまった場合はヒフミさんも同じことになってしまうのですよ……?」
「みんな、同じ学校の生徒じゃないですか……誰が裏切り者なのかを探れだなんて、そんな、そんなこと……」
無表情のナギサに見つめられて、ヒフミはとうとう涙を浮かべてしまう。
「ミカちゃんも、犠牲になるかもしれないのですよ?」
「え? ミカちゃんが、どうして――」
「当然の話でしょう? 私を倒したところで、まだティーパーティーにはミカちゃんが居る。ティーパーティーを打倒するには、私を含めて彼女まで始末する必要があります。……間違いなく、ターゲットの一人と断言できます」
「そんな……ミカちゃんが。いえ、そもそもナギサ様も……? でも。……でも、やっぱり誰かを疑うなんて……私には」
ヒフミはナギサの無表情の顔を見る。いつもは優し気に微笑むその顔に、何も感情を映していない。それは、彼女も怖いのかもしれないと思い直す。
ナギサの言ったことは、自分のヘイローもまた砕かれることを視野に入れている。防ぐために先制攻撃をする、それが補習授業部であるのだと。
「ヒフミさん。ミカちゃんはこの”敵”のことを恐れています。たまに泣いていること……知っているでしょう?」
「――ッ!」
ヒフミは息を飲んだ。あの自信家で、けれど変なところで落ち込んでしまうミカ。情緒不安定なあの調子が、その敵によってもたらされたものであるのなら。
「私は……私は、どのような手を使っても、必ずその敵を倒します。例え、あなたを裏切るようなことになっても」
「……ナギサ様」
固い覚悟を決めたナギサのことを見る。先生であれば、もっと周りを頼るべきだなどと言うかもしれないが……ヒフミは、ただ呆気に取られるだけだ。
「話は終わりです。ヒフミさんは他のお三方を探すとよいでしょう。試験までたくさん勉強すれば、あるいは一度で合格できるかもしれませんね。もっともスパイさえ見つけ出せば、その心配も不要になりますが」
「ナギサ様。それでも、私はスパイなんて……」
「……話は終わりと言ったはずです。退出してよろしいですよ」
「はい。分かりました、ナギサ様……」
とぼとぼと帰って行ったヒフミ。けれど、帰り道で補習授業部の仲間に会って――変な子ではあるけど、悪い人ではないと確信した。
この人たちと一緒に、合格するんだと決心した。