聖園ミカの弱くてニューゲーム   作:Red_stone

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第39話 失敗と始まり

 

 

 1週間の部活時間での補習の結果、劣等生たちは以下の得点を得た。

 

〇ヒフミ:72点

〇アズサ:32点

〇コハル:11点

〇ハナコ:4点

 

 ――合格条件は全員が合格点を取ることだった。よって、補習授業部には〈補習合宿〉が決定された。

 

 先生もこれぞ我が本懐とばかりに必死に補習を行ったものだが……残念ながら結果はともなわなかった。

 ペロロ様のライブにかまけて試験をサボったヒフミだけは合格したが、しかし補習授業部の本質はそこにはない。誰かが失敗した時点で、全員の合宿は決定されるから。

 他にもアズサは頑張ったが、そもそも学ぶ方法すらも知らないのだから一朝一夕で挽回できはしない。それは長い時間をかけて培っていくものだ。やる気で何とかできるものではない。

 そして、コハルとハナコ……この時点では心を開くはずもなかった。

 

 ゆえに始まった合宿。先生監視の下、本校から遠ざけられた。

 古い施設を利用した長丁場を前に、彼女たちは掃除を決定した。使用されずに放置されて埃の溜まったその施設を1日を使ってピカピカに磨き上げた。

 それは、学力を上げるという表の目的には関係ない。裏の目的にしても裏切り者を見つけることとは何もかかわりがない。

 それは、ただ互いに気分よく過ごせるようにという気遣いだった。

 

 一生懸命掃除をして、そして明日から始まる勉強合宿のためにプールで遊んで英気を養う。……普通の女の子みたいに。

 

 

 今は、彼女たちは掃除を終えて遊んでいるのだ。

 先生は微笑まし気に、もしくは掃除で疲れて気だるげに、ものかげからその様子を見守っていた。

 そこに声がかかる。

 

「水着の女の子、眼福ってところかな☆ でも、私ならトリニティ指定のやつじゃなくて気合入れたのを見てもらいたい所だけど。ごめんね、さすがに水着じゃ町中を歩けないしさ」

「……ミカ!」

 

 そこには幽閉されたはずのミカが居た。普通の制服姿で悪戯気に舌を出している。いや、変な恰好をしてもらっても先生も困るけれど。

 

「あは。ナギちゃんに私のこと問い詰めたらしいね。先生、私のこと大好きすぎて困っちゃーう」

「うん。ミカのためならいくらでも骨を折るよ。ミカは大切な私の生徒だからね」

 

 からかいの言葉をかけると直球の言葉が返ってきたものだから、ミカは顔を赤らめてしまう。

 でも、まだ負けないと言葉を続ける。赤面を隠すように、からかうような笑みで言い返して……

 

「……あう。そういうことを真顔で言われると照れちゃうな。でも、ここは生徒よりもっと近い関係になりたいって怒るところかな?」

「それでも、君のことはずっと心配していたよ」

 

 即座に撃沈された。表情を繕う余裕もなく、真っ赤な顔でうつむいてしまう。

 

「わーお。そう直球で言われると。……うん、嬉しいかな。先生に心配してもらえて」

「そうだね。じゃあ、お説教をしようか?」

 

 イイ雰囲気になったと思った直後に、気迫のあるにっこり笑顔ですごまれてミカの笑顔が凍る。

 

「……あれ?」

「当然だろう? 大人を心配させたんだ。……それに、まだ全てを明かす気はないんだろう?」

 

「うん、そう」

 

 ミカは悲し気に俯いた。先生は大人の笑みで見守るだけだ。神妙に、先生のお説教を聞く。

 

 …………

 

「――それで、今日は大丈夫だった? 一人で出てくるなんて、ナギサが心配するよ」

「ふふ、大丈夫。先生、気付かないんだ? 遠くからマシロちゃんとハスミちゃんが見てるの。仕掛けるようならここで潰してしまった方が安全て言って、ナギちゃんを騙したの」

 

 ひょい、と向こう側を指差す。まあ先生には見えていないのだがそこにミカの護衛が居る。さすがにナギサも、護衛もなしにミカの外出を認めはしない。

 

「そう。ミカはここで敵が来るとは考えていないんだね」

「そんな単純な相手なら苦労はしないもの。それに、手札はあるからここで切る方がもったいないんだよ。……裏切り者が一人で私に勝つなんて、そもそも無理だし」

 

 ミカは先生と話す。この会話で、ミカはまだナギサに話していないことがあることまで知られてしまうが。

 それでも構わなかった。未来の記憶でも、先生には致命的なところまで話していたことだし。

 

「裏切り者。……ナギサから頼まれたやつだね。探す気はなかったけど、ミカはその子のことで頼み事があるんだね」

「うん。補習授業部の中に居る裏切り者。その子はね……白洲アズサちゃん。どうかな? 予想してた?」

 

「アズサ。そっか。彼女……か」

「え……?」

 

 ミカは驚く。なにせ、あの先生が虚空を睨みつけている。こんなのは、記憶にはなかった。

 ――怒っている。

 

「あの子は、トリニティの子ではないね?」

「あ……うん、知ってたんだ? あの子、実はトリニティに最初からいたわけじゃないんだ。ずいぶん前にトリニティから別れた、いわゆる分派……『アリウス分校』出身の生徒なの」

 

「アリウス分校……ね。聞いたこともないけれど」

「うーん、よく考えると〈生徒〉って呼んで良いのか分からないんだけどね。何かを学ぶということが無い生徒のことを、生徒って呼べるのかな?」

 

「そう。それでか……」

「え? 先生、本当にどうしたの。」

 

 記憶との齟齬にミカが焦り始める。実際、自分のしたこと、していることが正しいのか分からない現状……明らかに記憶と違う事態が起こっている。

 こんなに怒ったことなんて――いや、自分が人を殺すと言ったときはこんな感じだったっけと訝しむ。

 

「アズサは。アズサは要領の良い子だ、学習意欲もある。ミカもあの子の成績を知っているだろう? けどね……まともに授業を受けていたら、あんな点数は取らない」

「えと……まともにトリニティの授業を受けてきたコハルちゃんはどうなるのかな? 似たような点数だよ」

 

「コハルは思い込みが激しくて、しかもそそっかしいところがあるからね。まあ、先生として婉曲な表現をするなら――とても教えがいのある生徒だということだね」

「あはは。まあ、コハルちゃんはそういう子だしねえ……そこらへん、私は苦労しなくてもそれなり以上にできちゃったから、あまり苦労してないけど」

 

「そんなことないよ。ミカはティーパーティーに相応しくなれるように頑張っているじゃないか」

「あはは。先生に言ってもらえると嬉しいな。でも……うん、そっか。分かっちゃうか。さすがは先生」

 

 そうだよ、と呟いてミカはふわりと羽根を広げて先生の前に出て上目遣いに覗き込む。語りかける。

 自分たちとは違う世界に住む住人のことを。

 

「トリニティにはね。毎日毎日、紛争ばっかりの時代があったんだって」

「そこで、もうこれ以上戦いを続けるんじゃなくて、仲良くしようっていう約束をすることになったの」

「私たちはもう戦わなくて良い、一つの学園になろう……そんな話をしたのが、いわゆる『第一回公会議』。その会議を経て生まれたのが、私たちの居る『トリニティ総合学園』」

 

 くるりと回転して、皮肉気に笑いかける。神秘的な子って思ってくれたら嬉しいなと思って。

 

「でも、最後まで反対していた学校があったの。それが『アリウス分校』。そのアリウスは連合を作ることに猛烈に反対して……最終的には、争いにつながっちゃったの」

「連合になって強大な力を持つようになったトリニティ総合学園は、その大きな力でアリウスを徹底的に弾圧し始めた」

「――アリウスは潰された。トリニティの自治区から追放されて、今は……詳細は分からないけど、キヴォトスのどこかに隠れているみたい」

 

 先生は長い話を聞いて、重苦しく頷く。

 

「そのアリウス分校の末裔……それが」

「それが白洲アズサ。潰されたアリウスの係累――トリニティとゲヘナを恨み、連邦生徒会の助けすら拒絶した孤児。この子たちはまだ、戦争の中で生きている……学びの意味すら知らない、憎悪に囚われた遺児だよ」

 

 締めくくった。アリウスと言うのは、そういうものなのだと。救いはなく、救いを求めることもせず……ただ戦争に生きる子達を憐れむようにミカは目を伏せた。

 そう、戦争に生きたのでは勉強など、できるはずもないのだ。

 

「……なるほどね。それで、か」

「怒った?」

 

 先生は話を聞く間、ずっと彼方を睨みつけていた。それもあってミカはいつも以上にお茶らけていたのだけど。

 

「怒っているよ。自分の不甲斐なさに」

「なんで? 確かにあの子たちはかわいそうな子だよ。でも、先生は第一回公会議の時は生まれてもなかったでしょ? 何を責任を感じることがあるの」

 

「それでも……生徒を助けるのは大人の役目だから」

「……偉いね、先生は。生徒みんなを助けようとするんだね。私なんて、助けたいのは二人だけ。……ううん、二人と――四人かな」

 

 ミカは眩しいものを見るような瞳でプールの方を眺める。先生はそんなミカの頭を撫でてあげた。

 

 ――優しい時間が流れる。

 

「それで、ミカのお願いは?」

「あ、うん。言わなくても問題なさそうだけど、アズサちゃんを守ってほしいの」

 

 てへ、と舌を出す。

 

「うん、任せて」

「あはは、先生は優しいね。何でも言うことを聞いてくれそう」

 

「聞けるお願いなら、全力で叶えるよ。大切な生徒のお願いだからね」

「……先生」

 

 ちなみに、監視しているマシロとハスミは私たちは何を見せられているのだろうと思っている。

 読唇術なんて技術もないから話も聞けない。ミカのメス顔を延々と見つめるしかない。

 ……しかも、ナギサから裏切り者の危険性は聞かされているから集中力を切らすこともできないのだ。

 

「先生、お願いね。でも、きっと先生なら何も問題ないよ。アズサちゃんだけじゃない、コハルちゃんも、ヒフミちゃんも……ハナコちゃんだって。築いた絆は、とても大きな力になるから」

「――それこそ、お願いされるまでもないよ。必ず君の願いを叶えてみせるよ、私のお姫様」

 

 今度こそ……ミカは何も言えなくなった。

 

 

 

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