セイアは無限に広がる予知夢の世界をさ迷っていた。滅びが決まっている以上は全ては無為と、流れに身を任せて眠り続けていたのだ。
だが、そこで見てしまった。
――未来を変えるため、傷つきながらも戦うミカを。ぼろぼろになった心を抱えながらも先生とともに戦い、ついには周囲の人間と和解した。
正義実現委員会のツルギにハスミとすら、友誼を結んでみせた。そして、壊れかけていたナギサとの親交を結びなおした。それは壊れかけていた絆を繋ぐ行為。
たとえいつか壊れるものだとしても、セイアはその絆を羨ましく思った。
「君に許しを。そして、私もまた許されるために……私は――見果てぬ”夢”から”今”に戻る!」
ゆえに、セイアは夢から目覚めて滅びの決まった
予知夢の世界では人や物に干渉することはできない。それでも、目覚めるために扉を思い切り蹴りあげようと――
「……ッ!」
足に衝撃が来ると思った瞬間、目の前に光が溢れた。バ、と布団が持ち上がって――しかし弱々しい蹴りでは布団は宙に浮かぶこともなく身体の上に落ちた。
そこでようやくセイアは自分がベッドの上に居ることを自覚する。
「むぅ……げほっ。ごほっ!」
シーツの中でせき込んだ。寝相のような形でシーツを蹴り上げたのだが、弱った身体にはそれだけの動作でも負担だった。
分かっていたことだが、やはり忌々しいと顔をゆがめた。
「……ぐぐぐ。まさか、これほどまでに体力が落ちていようとはね。だが、まあ仕方あるまい。これだけの期間を飲食もせずに寝ていたのだから。病人のような、どころか今の私は真実重病人であるのだろうね」
ごほごほとせきこみながら、セイアは重そうにその小さな身体を起こす。
世話はされていたようだ。が、人間の身体は動くようにできている。眠り続ければ、その分弱くなる。ガタが来る。
「ああ、辛いね。今までの私であれば、世話を侍従に任せて自ら動こうとはしなかっただろう。この身体を動かすことの、なんと重いことか。まるで鉛でも入っているような心地だが、実際はこの身体は軽すぎるのだろうね。痩せ細っている、というレベルで済めばよいが。そういえば栄養失調状態では固形物を食べるのも禁物だったか」
ぐちぐちと自らの身体に向かって恨み言を吐きつつも、ずりずりとその小さな手を動かして身体をベッドの外へと導いていく。
端正な顔に汗を浮かべて、一生懸命に立ち上がろうと。
「とはいえ、この萎えた腕ではベッドの外に出た段階で顔を床に叩きつけるのが関の山だろう。さすがに私も、ベッドから外に出ようとして密室事件を作る気はない。それではミステリーによくある、不可能犯罪に見える殺人事件はただの自殺だったという凡百なストーリーになってしまう。慎重に、足から降りなくては……」
ベッドの端についたら、足を下ろす。……けれど、その小さな足は床を踏めなかった。身長が足りない。
不満げにぷらぷらと足を揺らす。
「床に足がつかないか。いち、にの……よっと。うむむ」
ぴょんとベッドから飛び降りた勢いで立ち上がろうとするけれど、自らの体重を支えきれずにべったりと床に伏せてしまう。
「……辛いものだね。己の力が足りないというのは」
かっこう付けた物言いで、立ち上がることさえできないほど衰えた身体を茶化しつつ。うつぶせの状態からこてんと転がって上を向く。
「この天井……『サンクトゥス分派』の所有する建物ではないな。ここは、そうか――ミネ団長の隠れ家か。なるほど、彼女が私をかくまってくれたのだな」
天井を見上げるその様はまるで子供が遊んでいるようであったが、呟いている内容は予言者に相応しい。
そもそも自分の身柄がどこにかくまわれているかも知らないのに、ものの10秒で状況を把握してしまったのだから。
「この隠れ家の場所、そしてミカが幽閉された場所も知っている。そこへ行けばナギサも飛んでくるだろう。まあ、その前に誰かに見つかってどうにかされてしまう可能性の方が高いのだろうがね」
ころんと転がったセイアは、大儀そうに身体を起こす。
ミカを見てその光に感化されたとはいえ、セイアの厭世気質は血肉に根付いて個性と化している。それは一朝一夕に変革されたりなどしない。それが、自らの人生を生きる人と言うものだろう。
「だが……それが歩みを止める理由になるものか……!」
萎えた足は、自らの体重を支えることもできずにまたもこてんと転がる。そもそも何日絶食しているのか考えたくもない。
身体を動かすことさえ禁じるべき重病人に他ならない。身体を動かすだけで死ぬ危険があるのは大げさでも何でもない事実だった。
「それでも……私は、君と……君たちと! ミカ、ナギサ……!」
ずりずりと、扉に向けて這いずっていく。地理は完璧だ、このミネ団長の隠れ家の構造からミカの牢獄までのルートは全て知っている。
けれど、問題はこの身体だった。道筋を知っていようと、這いずることですら精一杯なこの身体ではそこに着くことなどできやしないのは分かり切っている。
それを、世間一般では無駄な努力と呼ぶのだという自覚はある。
「だが、それでも……君は諦めないのだろう? ならば、私も……真の友人となるために、諦観などと言う安寧に浸かってなどいられるものか……!」
だが、そんなことは理由にはならないと。それで諦めることはもうやめたのだと、一歩一歩扉に近づいて行く。
その中で、扉が向こう側から開く。
「……セイアさん!? 起きたのですか。いえ、どこに行こうと?」
その声の主は、もちろんミネだ。彼女は自身の勢力からも身を隠して、セイアをかくまっている。
まあ、その理由は『救護騎士団』が騎士団と名がついていても本質は救護員、戦闘ができるのはミネだけだから。守るならば、他の団員など不要と――戦力的な面から決断を下した。
他には、どれだけ隠れ潜むのか分からない逃避行に他人を付き合わせるのは悪いと自責したのか。
実のところ、それはうまい手段とも言えない点がある。ともかく、ミネ団長には一度思い込んだら他人の言うことを聞かない悪癖があった。
「ミネ団長か。そうか、ここは君の隠れ家だったな。……だが、行かせてほしい。私には、必ず行かねばならないところがあるのだ」
「……セイアさん。行くところ、とは」
ミネは神妙にセイアの顔を見つめる。
錯乱しているわけではない。本当に、そうしなければならないと決意して行動に及んでいると判断した。
ならば無視することなどできようはずもない。今のセイアの身体は絶対安静にしなければ死の危険もあるのだが、そこはそれ。
患者であろうと、その意思を無視するのは『救護』ではないのだ。
「私はミカに会わねばならない。いや、会いたいんだ。ミカと……そしてナギサと。かつてはあったはずの友情を取り戻すため。許すために、許されるために」
「――まさか、セイアさんの口からそのような言葉が聞けるとは思いませんでした」
ミネは苦しみながらも這い続けるセイアをそっと抱え上げ、優しく背に乗せた。背にのせられたセイアは目をパチクリとさせている。
まあ、予言者として畏れられたセイアだ。いかに子供みたいな体つきでも、子供みたいに抱え上げられた覚えなどとんとない。
「……ミネ団長?」
「あなた方の友情に感動しました。そのような状態でありながらも友の下へ向かいたいと。――ええ。大事な人に会いたいという願いを叶えられずして、何が『救護』でしょうか!」
「ミネ団長、君の救護とやらはよくわからないが。しかし、私は私の力でミカの下まで行かねば意味が……」
「捕まっていてください、セイアさん。一刻も早くあなたをミカさんへ届けるため……走ります!」
「……ミネ団長? 運ぶなら、もう少し文明的な手段を選んでもらえると助かるのだが――」
ミネは、疾走を開始した。
そして、書類仕事をしていたナギサにその報告が届く。
「ナギサ様、大変です! 行方不明だった『救護騎士団』のミネ団長が、病気療養中のセイア様を背負って市街を爆走しているとのこと!」
「………………は?」
ナギサの思考は停止した。報告された内容、それのどこを取っても意味がワカラナイ。この人は日本語をしゃべっているのだろうか、という気すらしてしまう。
「だから、今まさにミネ団長がセイア様を背負って走っているんです。セイア様を下ろすよう説得が続けられていますが、聞く耳も持ってくれません! あの救護狂い、救護騎士団の団長は!」
「はあ。……ミネ団長が――セイアさんを。ミネ団長がセイアさんを背負って走っている!? どういうことですか!?」
一拍貯めて吟味して、ようやく意味が掴めた……と思いきや、予想外過ぎてどこから驚けばいいのかもわからない。
今ばかりはナギサも常の優雅さを保っていられずに、口をあんぐりと開けている。
「はい。行方不明だったミネ団長が姿を見せたのも驚きですが……セイア様の病状も心配です。ヘイローは確認できますので、意識はあるようなので少しは安心できるでしょうが」
「セイアさんにヘイローがあるのですか!?」
目を剥いて叫ぶナギサに、報告に来た彼女は少し驚いた。ただ、こんな報告を聞けばそんなことをあるかと流して返答を返す。
「……? ええ、はい。そのように報告が届いています。まあ、いつ気絶して消えるものか分かったものではありませんが」
「そうですか、良かった。……いえ、それにしても意味が分からない状況ですが。とりあえず、セイアさんは生きていたのですね。ところで、ミネ団長はどこへ向かっているのですか?」
ほっと――華やぐような笑みをこぼす。そして、すぐにいつもの冷徹なホスト桐藤ナギサの顔に戻す。
「それは……あ、報告が来ています。ミカ様の牢獄に向かっている……と言いますか、交戦を開始したと」
「交戦!? セイアさんに弾丸が当たったらどうするのですか! 攻撃を禁止しなさい!」
「あ、はい。さすがに攻撃することもできないので、ティーパーティーの兵員も正義実現委員会も壁になっていますが……吹き飛ばされているようですね」
「それなら良いのですが。……いえ、良くはありませんが」
「その――どうしましょう??」
「私も行きます。それとツルギ委員長にも現地で合流できるよう連絡をお願いします」
ナギサが立ち上がった。