ティーパーティーの最後のホスト、百合園セイアが目を覚ました。
救護騎士団団長、蒼森ミネを排除してホスト三人と正義実現委員会、委員長剣先ツルギの四人で秘密会議を実施する。
その中で、セイアはミカの裏切りを糾弾する。
「裏切り者は君だね、ミカ」
セイアは静かにミカを見つめる。ナギサとツルギが心配そうに見つめる中、ミカは椅子にかけたサブマシンガンをテーブルの上に置いた。
抵抗する気はないよ、とばかりに空になった手を振る。
「そうだよ、誤魔化しなんて利かないよね。セイアちゃんを襲わせたのは……私。そう――全部、私のせいだったの。私がトリニティの裏切り者で、魔女だよ」
俯いて、苦しそうな顔になる。お茶らけてしまおうと思ったのも一瞬、そんなカラ元気すら出ない。やはり、心の傷が響いている。
魔女め、と幻聴が聞こえてくる。心が、痛い……
「……君一人のせいでは――」
責めるつもりはなかったのか、セイアは苦々し気な表情を浮かべる。実際、そんな顔をさせるつもりなどなかった。
必要だから話をした。やはり、現実では分かり合えないのかと悲しい顔をする。
「そんなことがあるはずがありません!」
バン、とナギサがテーブルを叩く。普段の清楚をかなぐり捨てた狼狽、どれだけ動揺しているのか目に見える。
……顔が、真っ青になっている。
「トリニティに不穏な影が近寄っているのは察知していました。スパイを見つけるため、いいえ見つけなくても処分できるように補習授業部を作りました。内側だけではありません、トリニティの外……各勢力が裏に居ることも考えて準備を進めて来ました。……なのに、どうしてあなたが!」
「……ごめんね、ナギちゃん。私が悪かったの。――私が、あんなことをしなければ」
責める――ということもなく、ただただお通夜のような雰囲気になっている。ただただ暗く、各々に自分を責める自責の中……
(ええと……これは、どういうことなんでしょう?)
ツルギはひたすら首を傾げていた。
いや、ティーパーティーの生臭い話はそういうのもあるくらいで、正義実現委員会としては関わってはいないのだ。
委員会としては治安維持と外部勢力からトリニティを守ることさえできていればいいし、それが仕事だ。政治関連はティーパーティーに任せて現場仕事ばかりをしていた。
数少ないそういう仕事もハスミに任せきりにしていたし。
「私は、君のせいだとは思っていないよ。悪いというならば、それぞれが悪かった。いや、本当に”悪い”のは彼女のことだろう。ミカの純真な心を操り、〈ヘイローを壊す方法〉を編み出した――」
「彼女? それは、誰のことですかセイアさん。いえ、ミカさんはご存じなのですね」
ナギサは殺しかねない瞳でセイアのことを睨みつける。セイアのことが憎いわけではない。この状況を仕組んだ黒幕、そいつのことを。
「……彼女。そっか、彼女か。思い出したよ――マダムとも、呼ばれていたね」
「彼女は『ゲマトリア』という勢力の一員だ。あいにくと、私でさえ名称以上のことは知らないが。そして、そのマダムとやらは生徒ではなく……『大人』なのだろうね」
ミカとセイアがある種疲れたような雰囲気でそれのことを話に上げる。それだけに強大……否、”厄介”で”手ごわい”相手だ。
「『大人』、か。うん、矛盾はないね。生徒会長に類する存在かとも思ったけど、それとも違う様子だった。言われてみれば、なんで気付かなかったかなあ。そっか、カイザー理事と同じ……」
「いいや。あいにくと私はカイザー理事のことは知悉するわけではないが、同じではないだろう。少なくとも、彼とは違って大立ち回りを得意とするわけではないようだ――だが『大人』としての手腕ならば、比べるまでもなかろう」
ミカとセイアが睨み合うように話を進める。あいまいな相手のことだ、黒幕と……その存在があることは分かる。けれど、何も見当は付いていないのだ。
「……お二人は何のことを話しているのですか? そのマダムとやらが”黒幕”なのですか? ならば、トリニティの全兵力をもってしてそいつを潰してしまえば良いのではないですか」
だからこそ、ナギサはそんな案を出す。
トリニティはキヴォトスでも最も規模の大きい学区の一つ。そして、その三人の生徒会長が目標を定めたのなら、どんな敵でも叩き潰せるはずと。
「あは、ナギちゃん脳筋だ。……そうできれば良かったんだけどね。私も会話から伺い知るだけだった、マダムの居場所は誰も知らない。本社ビルと周辺施設を虱潰しにすれば傾くカイザーごときとは格の違う、『大人のやり方』をする敵だよ」
「更に絶望的な事実を重ねるようだが、彼女たちの本領は武装ではなく神秘にあると推察される。強力な兵器など、ツルギやミカの前では恐れるには足りないが――むしろ、そのツルギやミカの持つ力の本質に近いところに、ゲマトリアの本領はある。無論、脳筋と言う意味ではないよ。私の持つ予知と同じような、神秘の恩恵……奴らはそれを利用するのだ」
「分かった……とは言えませんが。お二人がそこまで言うとなれば、そのマダムとやらは一筋縄では行かない相手なのでしょうね」
「だが、ミカは倒す手段を知っているのだろう? いい機会だ、ナギサにも教えておきたまえ。君が未来を知っていることを」
セイアは簡単にミカが未来を知ったことを指摘する。セイアにとっては、それはほぼ100%の推論だ。
言い当てられたミカは苦笑する。そういうところで勝てる気はしない。
「――セイアちゃん。それも予知?」
「その通りだね。私の予知の中で、君だけが決定された未来から外れた行動を取っていた」
「予知? ミカちゃんが? え? ミカちゃんの頭で?」
「むかっ。セイアちゃん、ナギちゃんが私のこといじめるーっ! 私、馬鹿じゃないもん!」
「確かにミカの頭では予知を詰め込んでもトコロテンのように出ていくだけかもしれんがね。ともかくも、これからのことを聞かせたまえ。そして、君がどうしたいのかも」
ミカは、ため息を吐いて一気にカップを空にする。
「始めから話さなきゃいけないよね。うん、そういうのかなり苦手だけど、分かりやすく話せるよう頑張るね☆ 特にツルギちゃんが寝ないように!」
「……ッ!」
碌に話についてこれないツルギは、ぶんぶん首を振った。
「始まりは、『アリウス分校』のこと。袂を分けた仲間だったのに、ちょっとした意見の違いで迫害されて今も苦しんでいる。助けてあげられないかなって……そう思った」
「なるほど。あれか」
「ええ、あれですね。思い出しました」
「だから、二人には内緒でアリウス分校を探したんだ。それでね、秘密に付き合いを持ったの。そんなときさ、セイアちゃんが……ほら、うるさかったから。ちょっとした襲撃事件を企てたんだよね」
「ふむ。まあそういう考えなしがミカで、私の悪癖がそうさせてしまったのだね。それで派遣されたのが、白洲アズサというわけか」
「白洲アズサ!? やはり彼女が裏切り者……!」
いきなり聞き覚えのある名前が出てきたナギサは驚いた。とはいえ、そう……言ってしまえば”再利用”は当然のことだ。
自爆テロではないのだから、もう一度使えるのだ。
「落ち着きたまえ、ナギサ。短慮はいけない。そもそも裏切るためにトリニティに入ったのだから、表返ったということになるね。落ち着かないと、ミカのようになってしまうよ」
「あはは。セイアちゃん、本当に容赦ないことを言うよね。殴りたくなってきちゃった☆」
「白洲アズサには確かに私を殺す任務を下されたが、実際のところでは相談に来たのだよ。だから私は私の身柄がミネ団長に渡るように手配し、殺害現場に見えるように偽装工作の手段も預けた。彼女はアリウスの尖兵ではない。彼女は――”何”かな?」
セイアは目を細める。
状況は分かる。未来も知っている。……だが、君の望みは何かとミカに問いかける。
「アズサちゃんは、和解の象徴だよ。あの子がここで楽しく暮らせれば、アリウスの子でも戦争を忘れて幸せになれることが証明できる。……私が望み、錠前サオリが選んだ――希望の種」
ミカはそっと答える。大事なものを抱きしめるように。
「なるほど。では、ミカちゃんは白洲アズサを和解の象徴として育てるために補習授業部を作ったのですね。……私がスパイを疑って一か所に集めた結果が、回り巡って絆を育てたことになったとは驚きですね。これもヒフミさんが居てくれたからですかね」
「あは、ナギちゃん。ヒフミちゃんのこと大好き過ぎない? まあ、ちらっと見た限りヒフミちゃんが皆のことを引っ張ってくれてできた絆なのは間違いないみたいだけど」
「君たちが阿慈谷ヒフミに抱く偏愛や信頼は想像を絶するものがあるようだ。これは、うかうかしていると三人目の枠が盗られてしまいそうだね。まあ、対策は追々考えるとして……話が逸れたね。マダムへの対策会議を続けよう」
「うん。あ、これは話しておいた方が良いと思うんだけど私の予知は……そうだね。ゲームで言うと周回前って表現が近いかな。前はこうやった。今回は――行動を変えたら、その分世界が変わってしまう。だから私は補習授業部でうまくいった未来を、変えたくないんだ」
ミカはそっと目を伏せる。
未来予知の力、それは便利なものではない。一度体験したことを過去に戻ってきたようなものなのだ。
何をどうすれば未来が変わるか、そもそも何をしなければ未来が変わらないかも知らないのである。あまりにも不安定な未来だ。
「まあ、白洲アズサについてはそこまで心配することもないだろう。補習授業部と先生に任せれば、十二分に役目を果たせるようになるはずだ。――重要なのは、その先だ」
とはいえ、未来についてはセイアが一家言ある。セイアがミカから情報を吸い上げる形でどんどん会議は進んでいく。
「そうだね、セイアちゃん。私の動機はそんなもの。そして、私を利用したマダムは――エデン条約を利用して『アリウススクワッド』にトリニティとゲヘナを潰させようとしていたよ。ミサイルを打ち込まれたりもして……色々省くけど、ヒフミちゃんの尽力もあってそこは跳ね返した」
「ヒフミさんが危険な真似を!? どういうことですか、ミカちゃん!」
「いや……ナギちゃん、相変わらずだね。でも、アビドスを協力者として引き込んだくらいかな? そっちでは私とアビドスの関わりなんてないから、ヒフミちゃんが居なければ参戦する理由もなかったし。ただ、別に正義実現委員会と風紀委員会は一旦撤退に成功してツルギちゃんもヒナちゃんも回復してたから――実は、居なくても何とかなったかも。もちろん和解の象徴にはなれなくなっちゃうけど」
ううん、と唸る。
ここらへんはミカは参加していないから仕方がない。未来予知などと言っても、セイアとは違って知っていることしか知らないのだ。
そして、実はヒフミが居なければその目論見が砂上の楼閣のように崩れ去ってしまう可能性があることも知らない。
「まあ、アリウス分校の戦力を考えれば両校のうちの一校を相手にすることもできない程度の弱小勢力だろう。地に潜もうが……所詮は敗北者に変わりない。ゲマトリアの力が無ければ、ヘルメット団にも劣る兵力でしかないよ」
「そうだね。何かよくわからない力で戦力を確保してたよ。
「なるほど。色々と明らかになったようだね。マダムはエデン条約をキーとしてゲマトリアの力でミメシスとやらを創造した。アリウススクワッドはその力を手にしたけれど、結局は両校の戦力の前に敗北した。けれど、マダムの真の目的は生贄を用いて更なる力を得ることだったと。もちろん先生に挫かれたのだろう?」
「あ、うん。そう、その通り。先生が負けるわけないからね」
そこだけは顔が明るく輝くミカ。先生のことを信頼している。……ナギサは影でほぞをかんだ。
「ふむ、知ってはいたがミカは先生を信じ切っているようだね。マダム討伐戦の、先生に付いていた戦力の方はいかほどかね?」
「ええと……アリウススクワッドだけでマダムを倒してた。私が、ええと”ここは私に任せて先に行け”ってやってたし、ナギちゃんもトリニティ中の兵力をかき集めてアリウスを制圧してたから横やりは防いだけど――それだけかな」
「なるほど、マダムの戦闘力は先生とアリウススクワッドだけで対処可能。だが、無限の兵力の対処方法も考えておく必要がある……か。ミカ、その先の未来は知っているかね?」
「その先? アリウススクワッドは解散して、アリウス分校の子達は連邦生徒会からも逃げ惑ってる。私も退学になりかけたけど、先生と、それとナギちゃんセイアちゃんに助けてもらっちゃった」
「ああ、いや――そういうことではないんだ。マダムを倒しても、キヴォトスは滅びるという話だよ」
セイアはあっさりと滅びの未来を宣言する。変えようのない、破滅を。呆気にとられるミカとナギサにこんこんと語りかける。
「……え?」
「天より飛来するものにキヴォトスは滅ぼされる。それは決まった未来だ、マダムのような狂言回しを倒したとしても絶望的な未来は変えられない。――それでも、滅ぶまでの時間に価値はあると思ったから私はここに居る」
「セイアちゃん……」
「セイアさん。また暗い予言を……ですが、あなたが言うということは本当に起こることなのでしょう」
三者三様に天を仰ぐ。何を言っているか分からないツルギは必死に眠気と戦っていた。
「それは……きっと私が悪いんだよ。私が馬鹿だったから、マダムは私の行動を利用して――きっと、何かがトリガーになってしまったんだね。私さえ居なければ……マダムの野望は始まってさえ――」
ミカは暗い目で俯いた。けれど、続く言葉がある。罰を求めて殻の内側に閉じこもってしまった”前”とは違う。
ちゃんと『友達』に助けを求めることができるのだから。
「そんな私だけど……二人と一緒に居たい。許してほしい! なんでもするから、二人の言うこと聞くから! 私をお姫様扱いしてほしい!」
だから、ここでは折れない。
たくさん助けてもらった。心の傷は塞がってはいないけど。まだ血を流しているけれど、一緒に居たいと思えるから。
「私はあなたのことを一度も責めたりなどしていません。私は、あなたのことを必ず守ります――ミカちゃん」
「もとより、君一人で負うべき咎ではない。……三人で、取り返していこう」
二人は、そっとミカの手を握る。
「……うん。ありがとう」
ミカは花が咲くような笑顔を浮かべた。