ミカが、ティーカップから上品に紅茶を口に含む。ゆっくりとその香りを楽しんでから、嚥下する。
「――ううん、何か変な感じだね? 別に報告なんてメールで一言で済むのに、わざわざお茶会までして……なんてさ」
くすり、と悪戯気に笑う。
くすぐったそうな、けれど皮肉気な顔に隠そうとしても喜色が隠し切れていないその笑顔。所在なさげにクッキーをつまむ。
「まあ、その報告とて聞くまでもあるまいが。マダムがそれほど気を回せるような性質なら、ミメシスなどと言う戦力を必要とはするまいからね」
「別に口実など必要ないでしょう。……友人、なのですから――集まるのに理由は要りません。そうでしょう?」
こちらは堂の入った皮肉顔を見せるセイア。そして、柔らかな笑みを浮かべているナギサ。
3人だけの、気負いもないお茶会だ。セイアの療養に使っている救護騎士団所有の屋敷の一つに集まった。護衛の兼ね合いもあって、ミカもそこに住んでいるから。
これは、放課後になってナギサが訪ねてきてのお茶会だった。
「あはは。なんか分かってるぽいね?」
ミカがかりかりと頭の後ろをかく。全てを支配する”絶対者”などと、マダムのことをそうとまで思っていたわけだが。
しかし、ちゃんと考えてみれば”そう”なるために準備をしているのが彼女だ。そして、その道筋を考えればいくつも失敗をしていた。
――彼女の思い通りにならずに激高していた。その有様は、とてもではないが絶対者などと呼べるほど完全でもなければ周到ですらない。
「錠前サオリはただの兵隊に過ぎない。仮に彼女が違和感を抱いたとしても、マダムはまともに取り合いはしないだろうね」
「そもそも、目的は高位存在になるための儀式なのでしょう? よく分かりませんが、ゲヘナとトリニティの壊滅は余興に過ぎません。結局、ミカちゃんの進退などどちらでも良い……後でいくらでも取り返せるのですから」
敵は、どうしようもないほど強いわけではない。けれど、決して油断できる相手ではないのも事実だろう。
それに、彼女の目的を果たさせるわけにもいかない。それで”どうなる”かも分からなくても、敵の目的を挫くのは当然の結論だろう。
そして、アリウスは必ずしもマダムの味方ではない。利用されていても、忠誠を誓っているわけではないのだから。
「うーん。言い出したの私だけど、話変えない? サオリちゃんはマダムには何も言わないよ、意見できる関係じゃない。だからさ、マダムのことは騙せたと思うよ。どっちでもいい、っていうのもあるかもしれないけどさ」
ミカがぶすっと頬を膨らませる。言い出したのは自分なのに、つまらない話はやめようと全身で主張していた。
「……やれやれ、君は仕方ないな。だが、我々の作戦は滞りなく遂行されていると言うことで、それ以上議論する必要もないかもしれないね」
セイアが苦笑する。仕方ないな、と微笑ましいものを見る目でミカを見る。とはいえ、ナギサには話すことが残っていたようでそのことを口に出す。
「そう言えば、補習授業部の皆さんは合宿所を抜けてちょっと暴れたそうですね」
「どういうこと? ……そういえば、前回も何かを聞いたような覚えがあるような……ないような……」
ミカはうむむ、と唸る。
せっかくの未来予知だが、こういう取りこぼしもよくあった。セイアとは違って、十分に生かせていない印象なのはこういうところからだ。
「ミカちゃんの記憶力は、あまり信用できないですねえ。ですが、まあ本当に大したこともありません。……ヒフミさんにも怪我はありませんし。ゲヘナのおバカさんがちょっと暴れたのを、シャーレの先生と一緒に鎮圧してくれたとのことです」
「ああ、シャーレの先生が対処したということにすればエデン条約への悪影響が防げるからね。補習授業部の戦力にも不足はなかったようだ。問題児だけあって、武力と言う意味でも一般生徒とは一線を画すようだね」
「――ふうん。ま、何とかなったなら良かったよ」
「そうだね、これも補習授業部の絆を深めるエピソードの一つに過ぎない。我々が無理に介入しなくても、運命は決まっているのだから」
ふう、と誰かがため息を吐いた。運命と戦うと言うのは、あまりにも茫漠的で不透明だ。勝てばいい、なんて単純なものではない。変わったこと、変わっていないこと、そこまで気を向ければ果てしのない仮定に溢れている。
セイアが話を変える。これ以上考えてもドツボにはまるだけ。それなら、考えない方がマシでさえあるのだ。
「そうだ。ゼリーでもどうかね? お茶うけの一つも用意せずにお茶会に参加するのもどうかと思ったので、買ってきてもらったのだよ」
そして、色とりどりのフィルムに包まれたゼリー状のお菓子を差し出した。自分を世話してくれる救護騎士団に頼んで買ってきてもらったものだ。
そう、それはオブラートに包まれたアレだった。田舎のおばあちゃん家ででもよく見るような……
「あはは。セイアちゃん、いつものそれ? 砂糖塗れで冷たくもない、滅茶苦茶甘ったるいゼリーの奴じゃん。私、それ食感がキライなんだよね」
「それ、甘すぎて……あまり紅茶に合わなくて。私も、ちょっと」
けらけら笑って自分から遠ざけるミカと、ちょっと申し訳ない顔をしつつ同じようにするナギサ。
「……食べやすくていいじゃないか。――行方不明だった分、無駄に貯金が溜まっていたので今回は極上ものを購入してみたのだが……」
セイアは、少し悲しそうな顔をした。
「ふふん。今日はね、私もお茶うけを用意したんだよ!」
きらん、とミカが笑顔を見せてすかさずセイアが突っ込んだ。
「私が購入を頼んでいたのを見て、自分もやると言い出しただけだがね」
「もう、セイアちゃん。そういうのは黙っててよ! それに、私はセイアちゃんと違って今どきのセンスを持ってますから」
からかうセイアを優しく押しのけつつ、指を鳴らす。はいはい、今から持って来ますよ。と外から声がかかる。
救護騎士団の子だった。ティーパーティの護衛と、救護騎士団の治療班。複数勢力を常駐させて互いを監視させるのはナギサの手腕だった。
「――若い子のことは、良くわからないな」
「セイアさんも私と同じ三年生でしょう? まあ、老成した雰囲気を持っているとは思いますが……そう捨てたものではないですよ」
「……む。君はミカのことをミカちゃんと呼ぶのに、私のことはセイアちゃんとは呼んでくれないのかい?」
「な!? い、いや……あなたそんなキャラではないでしょう?」
急にそんなことを言われて顔を真っ赤にするナギサ。言い慣れてきて普通にミカちゃんなどと呼んでも、指摘されれば恥ずかしさがぶり返してしまうのだ。
「ナギサ。私はミカを見てこう思ったのだ。……こんな風に何も考えられずに気楽に居られれば、幸福だろうと」
「――セイアちゃん。何か酷いこと言ってない?」
ミカが目を細めて突っ込むが、セイアの方はどこ吹く風だ。
「ゆえに、殻に閉じこもるのはもうやめにしようと思ったのだ。未来にただ絶望するのではなく、今を楽しもうと思えた。素直に……余計な
セイアが真摯にナギサを見つめる。見つめられたナギサは顔を真っ赤にしたまま……目を左右に走らせて。
ただ、救いが見つかることはないけれど。……しかし、ナギサは自分でそれを見出した。これでもトリニティの支配者である。
「……ふふ。私ばかりがそのように呼ぶのは、本当の友達関係などではないと思いませんか?」
「――なに? それは、どういう……ッ! そういうことか、ナギサ……!」
考えを読んだのか、セイアの顔にも朱が差した。
「なになに? なんか面白い頭脳戦が始まってる? あはは、セイアちゃんもナギサちゃんもがんばれー♡」
けらけらと、ミカが面白そうに笑う。
横で救護騎士団の子から箱を受け取った。その子は何か難しい意味深な話をしているのだろうか、自分は聞かない方が良いのではないか……などと思った。実際はおバカな話しかしてないのに。
「はい。あなたも私のことをナギサちゃんと呼ばなければ、それは本当の友達などではないでしょう?」
「待て待て。呼び捨ては十分に親しい関係と呼べるのではなかろうか? 苗字ではなく、下の名前を呼んでいるのだから」
「今の子は、親しい間柄でもさん付けで呼ぶことは多いですよ。ティーパーティー所属であれば、なおさらに。けれど……本当に親密な関係ならば、ちゃん付けするのではないでしょうか?」
「……ぐぐ。だが、ナギサ。君とて、私のことをセイアちゃんと呼ばなくてはいけないのだぞ……?」
「ええ、セイア……ちゃん。私はミカちゃんで多少慣れているのです。さあ、次はあなたの番ですよ、セイアちゃん」
ふふん、とナギサがちょっと照れの残る勝ち誇った顔を見せる。むむむ、とセイアはほぞを噛んだ。
「ふふん。今はナギサちゃん有利かな。ほら、セイアちゃんも早くナギちゃんのことをちゃん付けで呼んであげないと」
笑っているミカが、自分で用意したケーキを皿に乗せる。二人の争いを横目に着々と準備を進めていく。ひょい、と二つのフォークをケーキの箱の中に隠しておく。
「……むぅ。これは――呼ばねば、おさまりが付かなさそうだね」
「ふふふ、観念しなさい。セイアちゃん? 私はいくらでも呼べますよ」
「ならば、耳をかっぽじって聞くがいい。……ナギちゃん。ミカちゃん」
消え入りそうな声で、顔を真っ赤にして――けれど、確かにそう呼んだ。
「はい」
「はーい。セイアちゃん、よくできました。あーん☆」
満足そうに頷くナギサ。そして、ミカの方は、ケーキにフォークを突き刺してセイアの口元に持っていく。
切り分けられた真っ白なショートケーキが、宙に浮かんでいる。
「……ミカちゃん。いくら弱っているとはいえ、私はもう自分でものを食べれるのだが。……む、フォークが見当たらない?」
「仲がいい女の子は、あーんくらいは普通にやるんだよ? それとも……私が差し出す食べ物は信用ならない?」
そして、油断すると来るミカの自虐。ふとした瞬間にネガティブモードに突入してしまう。
これはやるしかないと、セイアは観念した。
「私のキャラではないが。……しかし、私は自らのキャラを脱却すると決意したのだったな。良いだろう。……フォークを動かしてくれるなよ、ミカちゃん」
「まだまだ回復しきってないセイアちゃんにそんなことしないよ。ほら、あーん」
「……うむ。あーん」
パク、とそれを食べる。セイアの口元に真っ白なクリームが着いた。小さな舌でぺろりと舐めとった。
その様子を、ミカとナギサは微笑まし気に見守る。
「しかし。ケーキは……なんというか、柔らかすぎてな」
「そうですか? 私はケーキの方が好ましいですが」
「じゃあ、次はナギちゃん。はい、どーぞ☆ あーん」
「わ、私もですか? あー……んッ!?」
照れた顔のナギサが、あーんをしようとして――不意にフォークが引かれて、宙を噛むカツンと音が響いた。
「うん、さすが私の選んだ奴。おいし☆」
「くふふ。見事に引っかかってしまったな、ナギちゃん」
これみよがしにケーキを食べるミカと、溜飲が下がってニヤリと笑うセイア。ナギサは顔を真っ赤にして――
「そんなにケーキが食べたければ、全部私があーんしてあげましょうか? ねえ、ミカちゃん。どうやらミカちゃんは三つもケーキを用意してくださったようですしね……!」
ミカからフォークを奪い、ずんと残ったケーキ本体に突き立てて丸ごと持ち上げる。それを、ミカの口に押し付けようとして――
「きゃう……! そんなに怒らないでよ、ナギちゃん。ちょっとした冗談じゃん。ケーキ三つも食べたら太っちゃうよ」
ミカは必死に止める。さすがにそんなに口が大きくないから、食べきれずに顔も服もクリームでべとべとになってしまうだろう。
というか、ケーキ3個も食べられない。ただでさえ最近は行動を制限されて運動できていないのに。
「……はあ。まったくミカちゃんは仕方のない子ですね。はい、あーん」
ナギサも落ち着いて、改めてケーキを切り分けて一口分を差し出す。
「あーん。はむっ。……って、あれ? なんで私が食べてるの? 私、これ二口目じゃなかったかな」
「ああ、そういえば。というか、フォークは1本しかないのでしょうか……」
「ならば、私がやってやろう。うむ、こういうのも良い経験だろうさ」
セイアがさっとミカからフォークを奪い、ナギサに向かってケーキの一片を差し出す。
「はい、セイアちゃん。……ん。おや、本当に美味しいケーキですね」
「私が変なケーキでも買ってきたと思ってるの?」
「では、次はミカちゃんだな。ほら、あーん」
「あーん。……あ、ショートケーキ無くなっちゃったね」
「残りはチョコレートケーキとチーズケーキだね。ふむ、あつらえたようなラインナップだね」
「いや、ショートケーキだけにするより選べた方がいいかなって思っただけなんだけど」
「ふふ。3つのケーキを、三人で、一つのフォークを使って食べるのも中々得難い体験ですね。……そういえば、以前ツルギさんに愛を学んでもらおうと放課後スイーツ部に参加してもらったのですが、彼女もこういった経験をしたのでしょうか?」
「さすがに体験入部じゃそこまで仲良くならなくない? まあ、そのスイーツ部? が、スイーツを食べるだけの仲良しサークルで、その子達同士なら機会なんていくらでもあるだろうけど」
「――仲良し、か。うむ……私たちは、今とても仲良くなってるね。こんなもの、ただただ太るだけの、何の意義もない経験だが。しかし、悪くないと思ってしまうのは何故なのだろうね」
「ふふ。いつも難しいことばかり言ってるのに、こんなに簡単なことも分からないの? セイアちゃん」
「では、何だと言うのかね?」
「友達だから。無駄に騒ぐだけでも楽しいんだよ」
「――友達、ですからね」
「ミカちゃん、ナギちゃん。……ふふ、いつの間にかこう呼ぶのがしっくり来てしまった気がするよ」
「それでいいんですよ、セイアちゃん」
「うんうん。次はチーズケーキね。はい、セイアちゃん。あーん」
「うん。あーん」
そして、三人は雑談を交えつつ一つのフォークで3つのケーキを食べ終わった。そして、解散する。
片づけをする救護騎士団の子はこう思った。
(ティーパーティー、ホストの桐藤ナギサ様……! フォークは三つ用意したのに、一つしか使った痕跡がない。一体、どんなプレイを……?)
一応トリニティで一番偉い三人だけど、現ホストのナギサ様と落ち目の二人だから仕方ないよね。ミカは牢獄に閉じ込められたけど牢屋を壊したので、今度は救護騎士団の病院代わりの建物に閉じ込められている哀れな籠の鳥だからね。風評被害も仕方ないね。