指定されたのはとある教室。長年放置されたそこは埃まみれで気持ち悪くなってしまうが、ちゃんとした掃除をするだけの時間はない。
適当に払って、指定された席に着く。……空気が悪い。
「ねえ、こんなところで試験なんかできるの……? いつもはテスト時間中は教員が不正行為を監視してるけど。もちろん、居なくても不正なんかしないけど!」
「そうですね、コハルちゃん。監視している方が居ないからと不正をでっちあげるような真似はしないと思いたいですけれど」
「それ以前に試験用紙はどうするのでしょうか? 用紙がなければ試験も何もないのですけど」
「ヒフミ、コレじゃないか?」
アズサが教室の隅に立てかけられたそれを指差す。まあ、爆弾みたいな形をしていて、アズサはずっと警戒していた。
もしかしたら爆破していたかもしれない。下手に触れて起爆させるリスクを取るよりも、爆破してしまった方がずっと安全だ。
それをしないのは、試験に合格したいとアズサも思っているから。
「……うん。スイッチとかはなさそうだね」
先生が警戒心もなくそれにべたべたと触れる。
「なっ!? やめるんだ、先生。調べるなら私がやる」
「ううん。開けるのは無理っぽいけれど」
アズサがそれから先生を引き離す。先生は苦笑いしてアズサが色々と弄る様子を見ていた。
「……試験開始の時間まで、あと三分」
ぽつりと、ハナコが呟いた。その瞬間。
「――ッ!」
カシュン、と軽やかな音を立ててそれが開く。爆弾ではなく、カプセルだった。まず目に入るのは電子時計。
映る数字は静止している。それはタイムリミット、試験の終わりまでの時間を示すもの。
「ふふっ……」
そして、そのカプセルから笑い声が聞こえてきた。聞き覚えのある声……彼女たちを補習授業部に落とした、ティーパーティーホスト、桐藤ナギサの声であった。
落ち着いた、しかし含みのある声は馬鹿にしているのかと言いたくなるくらいには憎たらしい。
「恨みの声が聞こえてきますね。まあこれは録画映像なので、リアルタイムには聞こえないのですが。ですので、今の私に話しかけても無意味ですよ」
そして、立体映像が映し出された。優雅に紅茶を持ったナギサの姿だ。
先生は、何とも言えない様子でそれを見る。彼女が追い詰められて何もかも信用できなくなっているのは知っている。
けれど、セイアが無事だったのを知って一息付けたはずだったのに。と、先生は少し悲しくなった。
「それでは約束の時間までに試験を終えて、戻ってきてくださいね」
完璧な笑顔。けれど、一切の親しみのない余所行きの笑顔は人の敵意をかき立てる。誰かが、ギリと歯を食いしばった。
そして、そう思われることも計算済みなのだろう。ナギサという少女は。
「一応引き続きモニタリングさせていただいておりますので、そのことをお忘れなく……では、幸運を祈りますね、補習授業部のみなさん」
まったく幸運を祈っているとは思えない声色で、そう締めくくった。そもそも試験会場と範囲、合格点まで変えて合格を阻んだのは彼女なのに。
どの口で言えるのか、ということを平気で口にする。しかも、何も知らない人間から見れば何の裏も含んでいないような顔で。
「――どうか、”お気をつけて”」
皮肉、と受け取り睨みつける面々。けれど、ハナコだけはその裏の何かを感じ取った。そのカプセルを睨みつける。
爆薬……とは思うがそれらしいものは見えない。それに、そんな直接的な手には出ないだろうという確信もある。
「みんな、落ち着いて席に座って。今は試験のことだけ考えよう。試験用紙があったから、配るね」
不承不承と、四人は席に着く。ここで何を言ったって無駄。一緒に文句を言い合うにも、試験開始までには時間がないのだ。
それで不正認定されて不合格になるほど悔しいこともない。……カプセルをよく見れば、カメラらしきレンズも見えるし。
「おや? 筆記具も用意してくれているね。不正防止にこれを使ってくださいってことなんだって。……ここに来るまでに落としてても安心だね」
「「「「……」」」」
呑気なことを言う先生に、いやいやそんなこと……と言う視線が集中する。とはいえ、自分が持ってきたやつを使うなということなら、と大人しく先生から鉛筆を受け取る。
「――」
ハナコだけは、受け取った鉛筆を親の敵のように睨みつけていた。
そして、試験開始の時間が来た。
「この任務を達成し、ペロロ博士を……!」
「やってやるわよ! 私は正義実現委員会のエリートなんだから!」
「みんなで、合格を……」
真っ先にテスト用紙を手に取り、最初に名前を記入する。問題文を見るより先に、まずやることはそれだろう。
後でやろうと思って忘れれば0点だ。
けれど――
「なっ!?」
「きゃあっ!」
「熱いです!?」
書き込んだ、その瞬間に燃え上がるテスト用紙。炎を消そうと叩いても、それは紙だ。すぐに燃え尽きてしまって跡形もない。
「そ、そんな……」
誰かが、嗚咽する声。
「そういうことですか……!」
ハナコが、鉛筆を用紙に突き立てる。そして、やはり燃え上がった。
「回答用紙には……油かなにかが染み込ませてあって、鉛筆と触れた瞬間に燃え上がるような仕込みがされていたのですね」
「どういうことよ、ヒフミ!? そんな、それじゃあ始めから合格させる気なんてなかったってことじゃない!」
「それは……」
「ぐすっ……無理、絶対無理よ……ここまですっごい頑張ったのに、これ以上なんて……頑張ったもん……でもこれ以上は、私にはもう無理……私、バカなのに……無理だって……うぅっ……」
とうとうコハルが泣き出してしまった。この絶望的な状況、もう一度頑張れと言っても無理だろう。
そもそも実力を発揮する舞台そのものを壊す暴挙だった。努力がどうのと言うレベルじゃない。
「コハルちゃん……」
「もう終わりよ! こんなの、どうしようもないわ! 私たちはトリニティから追い出されるのよ! 正義実行委員会には――二度と戻れない……!」
「あの……えと、どう声をかけていいか」
「アンタには分からないわよ! アンタはペロロだかのキモい人形が居ればそれでいいでしょうけど、私は――ッ!」
震えて、何が何やら分からなくなってしまっているコハル。ヒフミがどうにか落ち着かせようとするけれど。
「皆、油断するな。まだ終わっていない」
「なによ、アズサ! 何が終わっていないのよ! アンタも私も、もう終わりだって――」
アズサは、ずっとカプセルを睨みつけている。
「伏せろ! 先生、危ない!」
机を蹴り倒しながら、先生に飛びついた。胸とか諸々が押し付けられるのにも関わらず、全身で先生を床に倒して抱え込む。
チチチ、と音が聞こえた。
「……桐藤ナギサ。いえ、ねこちゃんが思いつく手ではありません。この悪辣な策は、まさか百合園セイアですか。眠り続けていた彼女が、何の目的をもって動き出したのですか……!」
ギリリ、とハナコがほぞを噛む。
「カプセルが……」
アズサの様子を不審に思ったヒフミが視線の先を辿る。その先にあるカプセル、そこが赤く点滅する。
――爆発する、とそう思った。
「……ッ!」
「ぐっ! 先生……!」
「きゃあっ!」
充満する黒煙、爆音――天地がひっくり返ってしまうような衝撃が走り抜けた。
「なんだ……? 爆発ではないのか?」
先生を組み倒したアズサが不審そうにカプセルの様子を確認する。カプセルが燃えていた。証拠隠滅、ということだろうが。
なお、まだアズサは先生と密着している。
「なに? なんだったの?」
ひっくり返ってしまったコハルが身体を起こす。幸運だったのは、アズサに組み倒された先生が、露わになってしまったコハルのパンツを見なかったことだろうか。
ただ、黒煙をもろに喰らった上半身は真っ黒に染まっている。それはアズサも同じだった。
「……あはは。みなさん、怪我はないみたいですね。良かったです」
爆発の直前に机の下に潜り込んでいだヒフミはあまり汚れていない。本当の爆発ではなくて、ただ煙と爆発音を轟かせただけ。
もっとも、その隙に証拠品は灰になったけども。まあ、それをするにも他にも方法があるはずで、これは馬鹿にされたようなものだった。
「――みんな、立ち上がってください」
爆発の瞬間から今まで仁王立ちだったハナコが静かな怒りを燃やしていた。
「ハ、ハナコちゃん……怒りました?」
「いえいえ、そんなことはありませんよ。ヒフミちゃん。ただ、ここまで騒ぎが起きてしまったのなら外のヘルメット団の方々が来てしまうかもしれませんし」
「そ、そうですね。いつまでもここに居るわけには行きませんからね。コハルちゃん、立てますか?」
「うう……大丈夫よ。憂さ晴らしに外のヘルメット団なんかやっつけてやるわ!」
「その意気です。しかし、汚れてしまいましたね。ちょっと待っててください、着替えてきますので♡」
「は? なんでアンタ、試験会場に着替えなんか持ち込んでるのよ。って、いない……いや、あいつなら先生の居る前で着替えかねないからいいんだけど。……って、アズサ! アンタ、いつまで先生に引っ付いているのよ! ダメ! エッチなのは禁止! 死刑!」
「エッチ? 玩具で油断させて次に本命を仕込むのは常道だ。まだカプセルの安全性が保証された訳じゃない。警戒は解けない」
「もうそんなの燃え尽きてるわよ! 先生もいつまでアズサを抱きしめてるのよ!?」
「いやいや、私は抱きしめている訳じゃなくてね?」
「言い訳するな! さっさと離れなさい! 死刑!」
「アズサちゃん、先生を離してください。ここから出ましょう。ハナコちゃんも……すぐ戻ってくると思うのですけど」
「はい♡ 今戻りました。行きましょう」
そして、戻ってきたハナコは……
「なんで水着なのよ!? エッチなのは死刑!」
「いえいえ、考えて見てもください。いかにもどこかを爆破してきましたみたいに埃に塗れているよりは……プール帰りの方が、不審ではないんじゃないでしょうか」
「う……確かに、制服は凄い汚れちゃってるけど。って! プール帰りだからって、水着を着ている訳がないでしょ!」
「あはは。まあ、確かにトリニティでは見ないかもしれませんね」
「おや。ヒフミちゃん、まるでトリニティの外では水着で外を歩く集団が居るみたいな話ぶりですね」
雑談に花を咲かせた当たりで、銃弾が飛び込んで来た。
「居たぞ、建物の中で花火しやがったバカだ!」
「潰せ!」
外にたむろしていたヘルメット団が、爆発音を聞きつけて人影に向かって撃っているのだ。
「……まあ、なんにせよ――強行突破と行こうか。合宿所に帰ろう」
先生がため息を吐きつつ、殲滅を宣言した。
「「「「――はい」」」」
補習授業部は、ヘルメット団との戦闘に入る。